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窮地に敵を動かす
この頃、ハンニバルの予想違わず、フラックス率いるローマ軍三万余がローマに急進していた。
もう一人の司令官プルクルスがカプア包囲戦の最中、流れ矢に当たり負傷したため、彼がローマ防衛に戻ることになったもの。
「諸君!急げ!祖国の危急ぞ!」
馬上、勇躍鼓舞した。
ローマを救う、最初はそれがフラックスの頭脳の全てを占めた。
「なにっ!ハンニバルがローマへ進撃したと!」
まさしく狼狽した。取るものとりあえず馬に鞭打ち続けた。
だが、今は違った。
ローマ元老院からの急報により、首都ローマは揺るがず、ハンニバルはそのままアニオ河畔に布陣していることを知った。当然、心持ちはがらりと変わった。
(ハンニバルを討つまたとない好機が訪れた!)
ローマは、新執政官ガルバらが万余で防御に当たっている。
(我がローマが容易に落ちることはない…。ならば、彼の背後を衝くことが出来る)
ローマ周囲は勝手知ったる地形。本市を守る軍勢と挟撃すれば、さしもの無敵ハンニバルとて打ち破れよう。その期待が高まるのは当然であった。
「今こそハンニバルを討つ時ぞ!」
フラックスが叫ぶと、呼応して雄叫びが上がり、それが全軍へと伝播し、そのどよめきに山野揺れ動かんばかりとなった。そう。ローマ軍は、まさに必勝を期していた。
フラックス進撃の知らせが届くと、ローマ元老院も大いに沸いた。
「ハンニバルを挟撃し、このローマの眼前にて虜にしてくれよう」
新執政官のガルバとケントゥマルスは、就任後いきなり訪れた一世一代の好機に、武者震いしていた。
「良い策がある」
ガルバが言った。
「背後から敵が迫っていると知れば、ハンニバルめ、必ずや北にアニオ川を越え退却するに違いない。今のうちに、その退路である橋を破壊しておくのだ」
そうすれば、ハンニバル軍をティベリス川とアニオ川に囲まれた狭い地形に追い詰め、撃滅出来る、そういう作戦だった。
「なるほど…それは妙案だ」
もう一人の執政官ケントゥマルスも一も二もなく賛成した。
その夜、ローマの城から二千の兵が密かにティベリス川西岸沿いを北上した。いずれの兵も、木槌を手に抱えていた。
「物音を立てるな」「そっと進め」
対岸からその様子をじっと見詰めている者がいた。
樵の格好をしていたが、顔の手拭をぐっと上げた。
マニアケスであった。
「そうか。敵軍は鎚を手に北に回り込もうとしておるか」
「あれは我が軍の退路を断たんとの策に相違ありませぬ」
「ふふ」
ハンニバル、快心の笑みを浮かべ、すっくと立ち上がった。
「ようやく…ようやく動き出してくれたようだな。ローマに迫り、城の回りを闊歩してみせ、なおかつ川を背にし、ようやく出て来てくれた」
そう。これこそ待ち焦がれた戦機。
そのため、ふんだんに撒き餌してきた。これ全て大きな獲物をおびき寄せるため。
「直ちに軍議を開く。諸将を集めよ」
「はっ!」
ハンニバルの幕舎に将たちが集まった。
ボミルカルの子ハンノン、ハシュドゥルバル、ヒミルコ、マハルバル、そして、マニアケスである。
「諸君、時は来た」
彼は、敵が味方の退路を断つため、橋の破壊に動き出していると告げた。
将たちは顔を見合わせた。退路を断たれては普通は敗北するより他ない。
「だが、心配は要らぬ。このときに備え、アニオ川の流れは調べてある」
隻眼の総司令官はそういうと、ちらとマニアケスを見た。
当然、彼女と彼女の手の者が調査した訳だ。
「そもそも、それほどの大河でもなし。渡ることの出来る地点は、実は幾らでもある。要は、落ち着いて渡河すべき地点を選びさえすれば良いのだ」
「なるほど…」「さすがは総司令…」
細心の化身。改めて諸将は感心していた。
「それよりも、敵が退路を断とうとしている、そのことは敵が間もなく動き出すということ。そして、敵がどう動くかも、あたかも教えてくれるようなもの」
「それはどのようなもので?」
ヒミルコが訊いた。
「まず、後方のアニオ川北岸にどっと現れ気勢を上げ、我らを動揺せしめる。その後、ローマ本市より攻め寄せて来る、それに万々間違いあるまい」
「なるほど…」
「ならば、余の打つ手は決まっている」
「それは…」
「諸君、耳を貸し給え」
ハンニバルは、何度も練り上げていたろう策を伝えた。どう動くべきかを、繰り返し繰り返し、諸将の頭に叩き込んだ。
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