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−これまでのあらすじ−
アルプスを越えイタリアに攻め込んだハンニバルは連戦連勝、カンネーでローマ軍を撃破(紀元前216年春)し、カプア(紀元前216年)、シラクサ(紀元前213年)、さらにタラス市街の制圧(紀元前212年初頭)に成功。
だが、ローマ軍の大反攻により、シラクサを奪い返され(紀元前212年秋)、総力を挙げた包囲戦によりカプアも陥落(紀元前211年秋)。ハンニバルは次第に南へ撤退のやむなきに陥り、イタリア戦線は膠着。
戦線の焦点は再びイベリア半島へ。
紀元前211年冬。ジスコーネは計略を駆使し、父スキピオ、グナエウス率いるローマ軍をバエティス川上流にて潰滅することに成功。
これに対して、新たに指揮官となったネロはハシュドゥルバルの軍勢を撃破し、『黒岩』と呼ばれる山間に追い詰めることに成功するも、ハシュドゥルバルの策にかかり取り逃がしてしまう(紀元前210年)。
その後任の司令官に、ついにスキピオが選出される。
急募
ここ、フォルムから少し離れた下町のインスラ。
インスラとは古代の集合住宅のこと。アパートメントのことである。
現代と異なり、上にいけばいくほど賃借料は安い。なぜならば、水回りの設備が地上にしかない訳で、炊事や用を足すため階段を往来しなければならないからだ。加えて、上層階の部屋は、いざ火事発生となると絶望的に危険であった。
その三階の部屋に、ラエリウス夫婦がつつましく生活していた。
「そうですか…。スキピオ様が、ついにイベリア遠征軍の指揮官に」
「そうなのだ。いよいよ、我らがスキピオ殿の立ち上がる時が来た」
会話していたのは、ラエリウスとミルトの夫婦。二人の囲む食事は、つつましいものであったが、幸せ一杯の二人であった。
「では…あなたもイベリアに?」
「無論だ」
ラエリウスは当然と言わんばかりに頷き、勢いよく安物のぶどう酒を呑み干した。
「筆頭副官として来てもらいたいと言われたよ」
筆頭副官は、重量級の人物がつくことが多い。執政官候補者や執政官歴任者であることもある。スキピオのラエリウスに対する並々ならぬ信頼が窺われる。
「いや、嬉しい。こんな嬉しいことはない。あの御曹司…いや、スキピオ殿と、いよいよ共に立ち上がるのだ」
出会いから十年。この日をどれほどに待ち詫びていたか。
「いいわね。男の親友同士って」
ミルトは少し羨ましげに言った。
「共に大きな夢を見て、それに向かって共に進んでいく…」
「はははは。そうだな。女同士ではこうはいかんかもなあ」
ラエリウスは気持ちよく笑った。
「しばらく帰って来ないのね…。寂しくなるわ…」
「なんの」
ラエリウスは、彼女の肩を抱き寄せた。そして、いかにも彼らしい力強い言葉で、彼女を慰めた。
「これは我ら二人の幸せを掴みにいくためでもある。必ず、大きな果実を掴んで帰って来る。それを愉しみに待っていよ」
スキピオの許で大功を立てれば、一流人士の仲間入りも夢ではなくなる。それは、富を掴むことと同義であった。
「はい…」
ミルトはこくと頷いた。
翌日から、ラエリウスはスキピオ家に日参した。戦備のこと、作戦のことを協議するためだ。ラエリウスら副官たちと軍団長が集まっていた。
「冬に入る前にタラコ(現タラゴーナ)に向かう」
スキピオは言った。
イベル川北岸のタラコを拠点に活動することを言明したのだ。
「今、タラコの防衛に当たるマルキウス殿は、引き続き我が下で軍団長を務めてもらう。…よろしいですかな?シラヌス殿」
スキピオは穏やかな顔を、傍らの初老の人物に向けた。
「結構かと存じます」
その人物もまた穏やかに応じた。
協議の節目節目、スキピオは、必ずこの人物に確認をとるように言葉をかける。並々ならぬ気遣いようだ。
「…では、今日はこのくらいで」
やがて散会となった。
だが、ラエリウスと、ディキトゥス改めヘレンニウスは居残った。ディキトゥスは、この頃、スキピオの仲立ちでヘレンニウス家の養子となっていた。ディキトゥスに学才のあることに白羽の矢が立ったものだ。
だから、彼のことは、今後ヘレンニウスと呼ぶことにする。
「やれやれ…全く肩の凝ることですな」
そのヘレンニウスが言った。
今回、副官と工兵長を兼務する彼。名家に入ってから節制と摂生に努めたためか、小太りの体型は随分と引き締まり、人が変わったように精悍な顔つきとなっていた。
その彼が言外に指したのは、副将シラヌスの存在。日々の会議が、万事、彼の了解を取る形で進められていくからだ。若者たちには、さぞ煙たかったろう。
「ふふ。仕方がない。ファビウス閣下がおられるのと同じなのであるから」
スキピオは苦笑を浮かべた。
彼は、そういう風に割り切っていた。特例で指揮権を与えられた以上、何らかの条件は付されるものだ、と。
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