新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第8章シチリア・カンパニアの章

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索


https://novel.blogmura.com/novel_historical/ にほんブログ村

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)


 急募(続き)
「それよりもスキピオ殿」
 ヘレンニウスが言った。
「我が軍に一つ足りぬものがありますぞ」
「足りぬもの…何だ?」
「信頼に足る密偵です」
「密偵か…」
「はい。ハンニバル軍にはマニアケスあり、またハンニバル船長もおります」
 この頃、ローマにも二人の存在が知られていた。凄腕の密偵として。彼らの活躍が、ローマ軍の裏を掻く決め手ともなっているからであった。



「イベリアでは、そのマニアケスが待ち構えております。先の、お父上の敗戦も、あやつが一枚噛んでいるに違いありませぬ。我らにも手だれの密偵が必要です」
「ふーむ。だが、そんな者、簡単に見つかるまい」
 ラエリウスが言った。
「一人、心当たりがいるにはいるのだ」
 ヘレンニウスは幼馴染みの顔をじっと見詰めた。
「それは誰だ」
「ミルト殿だ」
「な、なにっ」
「怒るな。名を挙げただけだ」



 だが、ラエリウス、眉をくわと吊り上げた。
「彼女は密偵の足を洗い、我が妻に収まっている。それを今更…」
「他に思いつかぬゆえ、名前を挙げたのだ」
「いい加減にしろ」
 ラエリウスは本当に怒り始めた。
「斥候ならば、この私が務めてやる。マニアケス如き、この私が近づけるものではない」
「斥候では駄目なのだ」
 ヘレンニウスも負けていない。
「密偵が必要なのだ。我らに勝利をもたらす情報を届けてくれる密偵だ」
「貴様…」
 下町の幼馴染みの二人が睨み合う格好となった。



「まあよい」
 スキピオが取りなした。
「まだ出発まで日はある」
 進発するまでにあらゆる伝手を使って優秀な密偵を急募しよう、そうなった。


https://novel.blogmura.com/novel_historical/ にほんブログ村

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)

−これまでのあらすじ−
 アルプスを越えイタリアに攻め込んだハンニバルは連戦連勝、カンネーでローマ軍を撃破(紀元前216年春)し、カプア(紀元前216年)、シラクサ(紀元前213年)、さらにタラス市街の制圧(紀元前212年初頭)に成功。
 だが、ローマ軍の大反攻により、シラクサを奪い返され(紀元前212年秋)、総力を挙げた包囲戦によりカプアも陥落(紀元前211年秋)。ハンニバルは次第に南へ撤退のやむなきに陥り、イタリア戦線は膠着。
 戦線の焦点は再びイベリア半島へ。
 紀元前211年冬。ジスコーネは計略を駆使し、父スキピオ、グナエウス率いるローマ軍をバエティス川上流にて潰滅することに成功。
 これに対して、新たに指揮官となったネロはハシュドゥルバルの軍勢を撃破し、『黒岩』と呼ばれる山間に追い詰めることに成功するも、ハシュドゥルバルの策にかかり取り逃がしてしまう(紀元前210年)。
 その後任の司令官に、ついにスキピオが選出される。


 急募 
 ここ、フォルムから少し離れた下町のインスラ。
 インスラとは古代の集合住宅のこと。アパートメントのことである。
 現代と異なり、上にいけばいくほど賃借料は安い。なぜならば、水回りの設備が地上にしかない訳で、炊事や用を足すため階段を往来しなければならないからだ。加えて、上層階の部屋は、いざ火事発生となると絶望的に危険であった。
 その三階の部屋に、ラエリウス夫婦がつつましく生活していた。



「そうですか…。スキピオ様が、ついにイベリア遠征軍の指揮官に」
「そうなのだ。いよいよ、我らがスキピオ殿の立ち上がる時が来た」
 会話していたのは、ラエリウスとミルトの夫婦。二人の囲む食事は、つつましいものであったが、幸せ一杯の二人であった。
「では…あなたもイベリアに?」
「無論だ」
 ラエリウスは当然と言わんばかりに頷き、勢いよく安物のぶどう酒を呑み干した。
「筆頭副官として来てもらいたいと言われたよ」
 筆頭副官は、重量級の人物がつくことが多い。執政官候補者や執政官歴任者であることもある。スキピオのラエリウスに対する並々ならぬ信頼が窺われる。
「いや、嬉しい。こんな嬉しいことはない。あの御曹司…いや、スキピオ殿と、いよいよ共に立ち上がるのだ」
 出会いから十年。この日をどれほどに待ち詫びていたか。



「いいわね。男の親友同士って」
 ミルトは少し羨ましげに言った。
「共に大きな夢を見て、それに向かって共に進んでいく…」
「はははは。そうだな。女同士ではこうはいかんかもなあ」
 ラエリウスは気持ちよく笑った。
「しばらく帰って来ないのね…。寂しくなるわ…」
「なんの」
 ラエリウスは、彼女の肩を抱き寄せた。そして、いかにも彼らしい力強い言葉で、彼女を慰めた。
「これは我ら二人の幸せを掴みにいくためでもある。必ず、大きな果実を掴んで帰って来る。それを愉しみに待っていよ」
 スキピオの許で大功を立てれば、一流人士の仲間入りも夢ではなくなる。それは、富を掴むことと同義であった。
「はい…」
 ミルトはこくと頷いた。



 翌日から、ラエリウスはスキピオ家に日参した。戦備のこと、作戦のことを協議するためだ。ラエリウスら副官たちと軍団長が集まっていた。
「冬に入る前にタラコ(現タラゴーナ)に向かう」
 スキピオは言った。
 イベル川北岸のタラコを拠点に活動することを言明したのだ。
「今、タラコの防衛に当たるマルキウス殿は、引き続き我が下で軍団長を務めてもらう。…よろしいですかな?シラヌス殿」
 スキピオは穏やかな顔を、傍らの初老の人物に向けた。

「結構かと存じます」
 その人物もまた穏やかに応じた。
 協議の節目節目、スキピオは、必ずこの人物に確認をとるように言葉をかける。並々ならぬ気遣いようだ。
「…では、今日はこのくらいで」
 やがて散会となった。
 だが、ラエリウスと、ディキトゥス改めヘレンニウスは居残った。ディキトゥスは、この頃、スキピオの仲立ちでヘレンニウス家の養子となっていた。ディキトゥスに学才のあることに白羽の矢が立ったものだ。
 だから、彼のことは、今後ヘレンニウスと呼ぶことにする。



「やれやれ…全く肩の凝ることですな」
 そのヘレンニウスが言った。
 今回、副官と工兵長を兼務する彼。名家に入ってから節制と摂生に努めたためか、小太りの体型は随分と引き締まり、人が変わったように精悍な顔つきとなっていた。
 その彼が言外に指したのは、副将シラヌスの存在。日々の会議が、万事、彼の了解を取る形で進められていくからだ。若者たちには、さぞ煙たかったろう。
「ふふ。仕方がない。ファビウス閣下がおられるのと同じなのであるから」
 スキピオは苦笑を浮かべた。
 彼は、そういう風に割り切っていた。特例で指揮権を与えられた以上、何らかの条件は付されるものだ、と。


https://novel.blogmura.com/novel_historical/ にほんブログ村

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)


 我に任せよ(さらにさらに続き)
 数日後。元老院で会議が開かれた。
 そこで、イベリアの司令官を誰にするかが再び議題となった。
 ここでも、スキピオは再び立ち上がった。
「是非とも、我にお任せ頂きたい」
 人々の視線は、再びファビウスに向かった。
 だが、彼は反対の意見を述べなかった。否、むしろこう言ったのである。
「他に志す人がなく、なおかつ適切な補佐の任に当たる者があれば、余は反対しない」
 人々は驚いた。彼が意見を翻すことは滅多になかったからである。
 ファビウスは理由を添えた。
「スキピオ殿の父上、そして伯父のグナエウス殿は、長年イベリアで奮闘して来られた。それを思えば、スキピオ君を指揮官として守備に当たらせるも一つの策と思い至ったからである」
 イベリアに残るローマ軍団のスキピオ家に対する思慕を考慮したということだ。



 これが決め手となった。
 元老院は、スキピオを執政官格司令官(プロコンスル)に任命することを決めた。併せて、老練の将マルクス・ユニウス・シラヌスを副官に任じ、同じく執政官格司令官の肩書きを与えた。シラヌスは紀元前213年の法務官(プラエトル)を務めた温厚な人物。ファビウスらしい堅実な起用であった。
 そう。老ファビウスとしては、目付役を付け、万全を期した訳である。
 とにもかくにも、スキピオにイベリア派遣軍の指揮権が付与された訳である。
(クィントゥス殿…感謝申し上げる)
 彼は、議員たちから拍手を浴びる中、ここにいない知友に感謝していた。



 その前日の夜。
 ファビウスと息子のクィントゥスは、話し合っていた。
「…そうか。スキピオ君が来ていたのか」
「父上の反対に遭ったと笑っていました」
「…して、そなたはそれに同情したのか」
「…いえ」
 クィントゥスは首を振った。
「羨ましかったのでございます」
「羨ましい?」
「はい」
 クィントゥスは頷いた。
「確かに、スキピオ殿は、父と伯父を一度に失うという悲運に遭われました。ですが、己の時を迎え、自身の本分のために立ち上がろうとしております。その雄々しさに、人間の元来持つ熱情を見ました。それに引き換え、この私は…」
 クィントゥスはうつむいた。
 病身が悔しかったものであろう、ぽたぽたと熱いものがこぼれた。
「そのように申すな」
 父は言った。だが、それ以上に慰める言葉は、彼にも見つからなかった。



 クィントゥスは顔を上げた。
「父上、是非とも、スキピオ君の望みを果たさせてやってください」
「…とは申せ、彼はプラエトルにもなっていない。無謀ではないか」
「いえ。彼は一見無鉄砲にも似たところがありますが、その実、深い思慮に基づき行動しております。彼ならば、イベリア防衛の任を見事果たしましょう」
「随分と彼を買うではないか」
 父ファビウスは苦笑した。
「父上。せめて、わたくしに…最後に人を見抜く仕事をした、そのように後世書き残されるよう、どうか…お願いです」
 クィントゥスは、懇願するように言った。
 迫る最期を悟り、これを最後の仕事としたい、いつの間にかそんな願望に駆られていたものであった。人間の生命を燃やし尽くしたい、そんな本能のなせる業であろう。



 ファビウスは息子の顔をじっと見ていたが、
「…分かった」
 それだけを言うと、息子の部屋から立ち去った。
 こうして、翌日の会議でファビウスは反対しなかった。スキピオは、ファビウスに妨げられ、ファビウスに助けられたのであった。


https://novel.blogmura.com/novel_historical/ にほんブログ村

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)



 我に任せよ(さらに続き)
 そのスキピオは、元老院に出仕する途中か、トーガを美しくまとい現れた。
「おお、スキピオ殿…よく来てくれた。すっかり、そのトーガも身に付いたようだの」
 元老院議員らしくなった、という褒め言葉だ。
「ありがとうございます。…して、お加減はいかがにございます」
「あまりよくない。我が父があのように御壮健なのに、我が身を省みると…なんとも不甲斐ない」
 クィントゥスは青白い顔に苦笑を浮かべた。
 父ファビウスは六十五歳、なのに現役の司令官としてばりばり働いている。間もなく、再びハンニバル軍に立ち向かうべく軍を率いて進発する。



「今日は、お願いがありまかり越しました」
「イベリア行きのことか」
「はい」
 スキピオは素直に頷いた。
「昨晩、父上から聞いた。相変わらず意気軒昂な若者よと、笑っておられた」
 慣例の年齢を飛び越えアエディリス(按察官)となり、今またイベリア遠征のインペリウムを寄越せと言っているのだから。
「ははは。そうでしたか」
 それきり部屋はしんと静まった。



 クィントゥスがおもむろに口を開いた。
「どうしても…行きたいのか?」
「はい」
「父と伯父を討たれた復讐か?」
「いえ」
 スキピオは即座に首を振った。
 不思議と、彼の心には、そんな憎しみにも似た感情は皆無であった。



「国家のためです」
「国家のためと…」
「只今ローマの主な戦線は、シチリア・カンパニア、そしてギリシア方面。その優位を維持するためにも、イベリアの動揺は防がねばなりませぬ」
「それはそうだ」
「私が適任なのです。いえ、私にお任せ頂きたいのです」
「なぜ適任か?」
「今、イベリアでローマ兵を率い踏みとどまっている者たちは、この七年、父と伯父に従ってきた者たちばかり。いわば、我がスキピオ家にとっては家族も同然の者ども」
「そうかも知れぬの」
「指揮官としての第一の務めは将卒の心を掴まえること。…ですが、これはなかなかの難事。お父上のファビウス閣下が、かつてミヌキウス殿と対立した故事からも明らかかと」
「ふーむ」
「私が向かえばイベリアの軍団は篤く歓迎してくれましょう。すぐにも一致結束して事に当たることが出来るのです」
 決して盲動しないこと、イベル川の線での防御を第一にすることも申し添えた。



「…なるほど」
 クィントゥスは頷いた。
「…分かった。一度、私から父上に申し上げてみよう」
「ありがとうございます」
 スキピオは頭を下げた。
 そう。彼がここに来たのは、ファビウスを動かす一つに、この息子の知見のあることを見抜いていたからだ。かつて執政官に就任したときに、父ファビウスに下馬を命じた胆力あるこの人物に、スキピオは己の志を託したのであった。


https://novel.blogmura.com/novel_historical/ にほんブログ村

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)



 我に任せよ(続き)
「敬愛すべきクンクタトール閣下」
 スキピオは尊称をもって呼びかけた。
「誰しも、法務官となり執政官となった者は、初めて采配を振るうことになります。それは閣下も同じであった筈。それに勝利すると見られたからこそ、初めて采配を振るう者にインペリウムを与えることになると存じます」
 今は名将と謳われる者も、誰もが采配初心者であったではないか、ということ。
 スキピオは続ける。
「それがし、インペリウムを行使したことはないとはいえ、シチリア・カンパニアで、マルケルス殿、グラックス殿、そして、クンクタトール閣下の許で副官を務め、采配につき実地に学んでおります。初めて采配を振るう備えは充分と自負しております」
 明快な論調に、元老院議員の中には頷きを見せる者も少なくなかった。
 だが、これしきの反論でファビウスは動じない。



「ふふ。さすがだの、スキピオ君」
 長老は笑って反駁にかかった。
「されど、インペリウムを初めて与えるには、やり方がある。まずはそれほど強くない敵で実地に采配を学び、それから強敵に立ち向かうもの。貴君は、いきなりそれを飛び越え強敵に立ち向かうと申している。危ぶまずにおられようか」
 なにせ元老院の長老ファビウスの反対である。
 その日は結論が出ず、そのまま散会となった。



「御曹司…いやスキピオ殿、うまくいきませんでしたな」
 議場の外では、ラエリウスが待っていた。
 親友の彼には、今日の決意を伝えていた。
「なんの。当然予期されたこと」
「ならば、これも計算の内と?」
「それはそうだ」
 スキピオは二十五歳。執政官に就任出来る年齢は、慣例で四十歳以上。法務官就任にも若過ぎる。それを思うと、長老たちの反対が出て来るのは、当然予想されること。
「まずは、元老院に私の決意を知ってもらうこと。それが今日の眼目であった」
「それでは、これからどうなさるおつもりで」
「もう一人のファビウス殿にお会いしてくる」
「もう一人のファビウス殿?」
「クィントゥス殿の許に参る」
 スキピオが言ったのは、ファビウスの子息で父と同名のクィントゥス・ファビウス・マクシムス。三年前の紀元前213年に、家子の身分のまま執政官就任を果たしていたが、この頃、病に伏していた。



 その翌日。ここファビウスの屋敷。
 クィントゥスは床に伏せていたが、執事に来客を告げられると驚いた。
「なに。スキピオ殿が参られたと?」
「はい。ご機嫌伺いに参りましたと」
 スキピオとクィントゥスは、仲が悪くはなかった。かつて、父の独裁官在任時には、共に副官として務めた同僚でもあった。快活なスキピオ、気の良いクィントゥス、以来、時折交流していた。
 だが、と思う。
 彼も既に知っていた。スキピオが元老院でイベリア行きを志願したことを。
(それとの関わりで来られたか…)
「ともかく通せ」
「はい」


.
アバター
Dragon
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

Yahoo!からのお知らせ

友だち(3)
  • ダイエット
  • 時間の流れ
  • JAPAN
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事