新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第8章シチリア・カンパニアの章

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−これまでのあらすじ−
 アルプスを越えイタリアに攻め込んだハンニバルは連戦連勝、カンネーでローマ軍を撃破(紀元前216年春)し、カプア(紀元前216年)、シラクサ(紀元前213年)、さらにタラス市街の制圧(紀元前212年初頭)に成功。
 だが、ローマ軍の大反攻により、シラクサを奪い返され(紀元前212年秋)、総力を挙げた包囲戦によりカプアも陥落(紀元前211年秋)。ハンニバルは次第に南へ撤退のやむなきに陥り、イタリア戦線は膠着。
 戦線の焦点は再びイベリア半島へ。
 紀元前211年冬。ジスコーネは計略を駆使し、父スキピオ、グナエウス率いるローマ軍をバエティス川上流にて潰滅することに成功。
 これに対して、ローマは、クラウディウス・ネロを新任の指揮官として派遣する。
 そのネロはハシュドゥルバルの軍勢を撃破し、『黒岩』と呼ばれる山間に追い詰めることに成功するも、ハシュドゥルバルの策にかかり、取り逃がしてしまう(紀元前210年)。



 我に任せよ 
 紀元前210年初秋。
 元老院は、次のイベリアの司令官を誰にするか、それを討議した。
 英雄雲の如く、との表現がローマにはまさに当てはまる。なぜならば、将たる人材が次々輩出されたからである。フラミニウス、パウルス、グラックス、スキピオ(父)という柱石を失っても、ファビウス、マルケルスが健在であったし、その後も続々、フラックス、ガルバ、ラエウィヌスと、名将の名に値する人々が登場して来た。
 だが、昨今、さすがに人材の払底が見られ始めていた。
 というのもは、戦線が拡大し、人材をますます必要としていたからだ。
 先年の紀元前211年、法務官格司令官ラエウィヌスが外交の才を駆使し、アイトリア同盟と対マケドニア攻守条約締結に成功した。また、小アジアの雄ペルガモン王国のアッタロス王とも盟約を結んだ。
 野望の王フィリッポス五世のマケドニア王国を四方より取り囲んだのだ。
「これで、フィリッポスのローマ侵攻を阻止出来る」
 元老院は大いに喜び、ラエウィヌスを讃えた。
 これらの条約に従い、先年の執政官ガイウス・スルピキウス・ガルバは、プロコンスルとして指揮権を与えられ、艦隊を率いギリシア方面に進んだ。そして、つい先頃にはアイギナ島を制圧するという大きな戦果も上げていた。



 だが、戦線の拡大に伴い、当然、司令官を幾人も送り込まねばならない。
 しかも、イタリア南部でのハンニバルの行動を押さえ込むために、マルケルス、クリスピヌス、そして、ファビウスがかかり切りになっている。
 加えて、シチリア島では、未だアクラガスが反ローマの拠点として頑強に抵抗していた。それを制圧するため、今年の執政官となったラエウィヌスが馳せ向っていた。
「困った」
「将たる人材が…」
 そう。イベリアに送り込むに値する大物が見当たらなかったのだ。



 元老院は、いつも通りの喧噪となり、なかなか結論を見ることができなかった。
 と、その時である。
「それがしにお命じください!」
 衆目が一人の人物に集まった。
 立ち上がったのは白面の青年。プブリウス・コルネリウス・スキピオであった。
 そう。スキピオである。先頃、二十五歳になったばかり。
 議場はどよめいた。
「む、スキピオ殿か」
「うーむ。…しかし」
 家格には何の文句もないが…。指揮権(インペリウム)を与えるには執政官に任じてというのが正式であるが、慣例として四十歳以上となっていた。つまり、若過ぎるということだ。



 議員の不安を代弁するかのように、一人の人物が立ち上がった。
「スキピオ殿、待たれよ」
 クィントゥス・ファビウス・マクシムス。あのクンクタトールである。
 彼は、たまたま一時ローマに帰還しており、この審議に出席していた。
「貴殿はプラエトル(法務官)も未だ経ておらぬ」
 要は、一度もインペリウム(軍指揮権)を行使したことがないということ。即ち、軍の采配を振るったことがないではないか、ということ。
「敵は戦巧者のジスコーネ、ハシュドゥルバル。ここは経験豊かな将が必要だ」
 ファビウスは諭すように言った。
 彼は、この時、六十五歳。この時代では最長老の部類に属する。孫に言い聞かせる口調になっても奇異ではない。しかも信望篤きファビウスの言葉である。普通ならば、彼に退けられてしまえば、それで終わりだ。
 だが、スキピオは微笑みを湛えたままであった。


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 狡猾なハシュドゥルバル(さらに続き)
「もう一つお願いがあるのだが…」
 ハシュドゥルバルが言った。
「何か」
「我が軍の水が乏しくなっておる。これの補給を許可してもらいたいのだ。水もなくば落ち着いて話し合うことも出来ぬゆえ」
「よろしいでしょう」
 兵糧の補給はさすがに認められないが、水ぐらいならばと認めてやった。
「百人ほどの通行を認めてもらいたいが…」
「よろしいでしょう。…だが、条件がある」
「何でしょう?」
「運搬に当たる兵は同じ面々であること」
「無論、そのようにいたす所存でござる」
「将兵らの面通しもさせてもらいますぞ」
「構いませぬ」
 こうして、水を補給する名目でカルタゴ兵の通過が認められた。



 翌日。昼頃にカルタゴ兵百人が『黒岩』麓に降りて来た。台車の上に大きな壷を無数に積んである。代表者の兵が、麓の柵を守備するローマ軍の指揮官に挨拶し、指揮官が頷くと、柵の門が開かれた。
 そして。夕刻。
 辺りが薄暗くなって来たとき、水を汲んだカルタゴ兵が戻って来た。
(同じ面々だな)
 ローマ軍の隊長は目視で確認した。とはいえ、前列の十数人ぐらいではあったが。
「では通らせて頂きます」
 代表の兵は挨拶し、また『黒岩』の上へと戻っていく。
 この作業が、一週間、ずっと繰り返された。



 ここ『黒岩』の麓のローマ軍陣営。
 ハシュドゥルバルが約束した一週間後の日がやって来た。
「今日は約束の日だが…。何も言うて来んのう」
 ネロが訝しそうであった。
 既に、日は高くなっていた。何らかの応答がなくてはならない。
「まだ軍内で揉めているのでございましょうか」
「うーむ」
 将としての寛容を見せ、時の猶予を与えたネロであったが、何か胸騒ぎがして来た。
「まさかとは思うが…物見を出してくれ」
「かしこまりました」



 それから数刻後。
 その物見は血相変えて帰って来た。
 ネロは遅い昼食の最中で、固いパンを小さくちぎり、それをぶどう酒にひたし、柔らかくして食べていた。武骨な外見とは異なり、なかなか細かい。
「閣下!大変です!」
「どうした」
 ネロは、もぐもぐ咀嚼しながら応えた。
「敵陣は既にもぬけの殻です!」
「な、なにいっ!」
 余りの驚きに、パンが喉につかえ、激しくむせ返った。
「げほ…それは…げほ…まことかっ!」
 副官の差し出す水をぐいっと呑み込んだ。



「それは本当かっ!」
「はっ、幕舎や松明はそのまま、兵の姿は一人も見たありませぬ!」
「馬鹿なっ、出口は封鎖しておるのにどうやって脱出出来たのか!」
「分かりませぬ。とにかく敵兵は一人もおらず…」
「調べるのだ!直ちに敵の行く先を突き止めよ!」
 ネロは喚いた。
 ローマ軍陣営は大騒ぎとなった。
 だが、真相はすぐに分かって来た。周辺部落の住民に聞き込むと、カルタゴ将兵が壷の中から出て来るところを見て、その空の壷に水を汲んで荷車に乗せて帰っていく光景が目撃されていたのだ。
 そう。水を汲みに行くとの口実に、空の壷に兵を詰め込み脱出させ帰りに水を詰める、これを一週間繰り返した訳だ。最後に、運搬していた兵が、水を汲みにいったまま姿を消すという段取りだ。
「くそっ、ハシュドゥルバルめ!図られた!」
 ネロは地団駄踏んだが、時遅し。ハシュドゥルバルとその兵は手の届かぬ遠くに去っていた。



 この結果が、ローマ元老院に知れると、長老たちは大いに怒った。
「なんたる間抜けな話ぞ。敵を追い詰めておきながら…」
「敵の言葉を信じ過ぎるからこうなったのだ。甘い話よ」
 元老院はネロの召還を決定した。インペリウム(軍指揮権)が剥奪されたのだ。
 敵将を従えての凱旋式を夢想していたネロであったが、手ぶらのままローマ本国に帰還する羽目になったのである。


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 狡猾なハシュドゥルバル(続き)
 ここ『黒岩』の麓、クラウディウス・ネロ率いるローマ軍本営。
「なに!ハシュドゥルバルが降伏を申し出ておると!」
 ネロは、かたんと立ち上がった。
「は。兵糧は底を尽き抗戦も叶わず、閣下の慈悲に縋るしかないと申しております」
「そうか!」
 ネロの顔一杯に喜色が広がった。
(してやったり…)
 ハシュドゥルバルが率いるのはヒスパニア・カルタゴ軍の主力の一つ。それを潰滅させ、しかもハンニバルの実弟を捕獲したとあらば、近頃ない大功である。
(凱旋式を挙行出来るぞ…)
 脳裏に、マルス野からフォルムに進み、ユピテル神殿で市民の歓呼を浴びる自身の姿を思い浮かべた。



「閣下。続きがございます」
 副官の声が、ネロを夢想の世界から引き戻した。
「なんだ」
「はい。ハシュドゥルバルは、あくまでも尊厳ある待遇を求めております。それが叶わぬならば、最後の突撃を敢行し、貴軍に大いなる打撃を与えて果ててみせん、と豪語しております」
「ほほう」
 ネロは、その言葉をむしろ喜んだ。
 なぜならば、虜囚がひとかどの将であるということだからだ。凡物を捕虜にしたところで大した誉れにはならない、そんないかにも武将らしい感覚である。
「よろしい。交渉に臨むとしよう」
 ネロは自信があった。
 寛容と懐の広さを見せ降して見せる、それも将の腕の見せ所だ。



 ハシュドゥルバルとネロの交渉は『黒岩』の麓で行われた。
 互いに少し離れた大きな岩の上に登り、そこから相手に応答する形をとった。あくまでも対等に。ここらもネロの配慮であった。
「それがしはハミルカルの子、カルタゴの将ハシュドゥルバルである」
「それがしは、ローマのプロコンスル、クラウディウス・ネロである」
 通訳を介し、名乗りを上げ挨拶を交わすと、ハシュドゥルバルは早速に
「こたびは、それがしの申し出に従い出張って頂き、感謝申し上げる」
 と礼の言葉を申し向けた。
「なんの」
 ネロは首を振った。
「互いに潔く戦った結果。恥じるには及ばぬ」
「ありがたい」
 ハシュドゥルバルは再び感謝した。
「先のバエティス川の戦いにてスキピオ殿を討ち取ったのも、運が幸いしたに過ぎぬものと今は痛感いたしておる。今回は、その武運に見放されたもの。ならば、味方を救うために、名誉ある将軍の陣門に下るしかないと決断してござる」
「よくぞご決断を」



 それから、本題である投降の条件に話が移った。
 自分は捕虜となることを覚悟している、ただ将兵の身体の安全を保障してもらいたい、そのことをハシュドゥルバルは訴えた。そして。
「私の肚は決まっております。だが、味方の内には、なおも抗戦すべしと強硬に訴える者も少なからず。その者らを得心させる時間を少し頂きたいのです」
 その申し出に、ネロは傍らの副官とひそひそ会話し、そして正面を向いた。
「よろしいでしょう。して、どれくらい待てばよろしいか?」
「一週間いただきたい。ならば、刺だった兵の心も落ち着きましょうゆえ」
「よろしい。お待ちする」
 ネロは快諾した。
 なにせ、敵の籠る『黒岩』の出口は封鎖している。敵の動きに何らかの異変があっても、いかようにも対応出来る、その自信があったからだ。


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−これまでのあらすじ−
 アルプスを越えイタリアに攻め込んだハンニバルは、連戦連勝、カンネーでローマ軍を撃破(紀元前216年春)し、カプア(紀元前216年)、シラクサ(紀元前213年)、さらにタラス市街を制圧(紀元前212年初頭)することに成功。
 だが、ここからローマ軍の大反攻が始まり、猛将マルケルスによりシラクサを奪い返され(紀元前212年秋)、総力を挙げた包囲戦によりカプアも陥落(紀元前211年秋)。
 ハンニバルはイタリア全土を攻撃するも、次第に南へと撤退のやむなきに陥り、イタリア戦線は膠着。
 戦線の焦点は再びイベリア半島へ。
 紀元前211年冬。ジスコーネは計略を駆使し、父スキピオ、グナエウス率いるローマ軍をバエティス川上流にて潰滅することに成功。
 これに対して、ローマは、クラウディウス・ネロを新任の指揮官として派遣し、そのネロはハシュドゥルバルの軍勢を撃破し、『黒岩』と呼ばれる山間に追い詰めることに成功する。


 狡猾なハシュドゥルバル 
「どうしたものか」
 ハシュドゥルバルは悶々とした。
 援軍を要請するにも、その道がない。かつて、彼の父ハミルカルは、傭兵軍を鋸山に追い詰め飢餓地獄に陥れたことがある(第二章)が、その災厄が子の自分に降り掛かってきそうな雲行きであった。



「強行突破するしかないか…」
 唇を噛んだ。
 と、その時。
「手はあります」
 どこからともなく声がした。
 だが、幕舎には誰もいない。
「誰だ!」
「わたくしにございます」
 片隅の暗闇から人の影が浮かび上がり、そして、その者は現れ出た。
 すっと片膝付いた。



「お前は…マニアケス!」
「はい。お久しゅうございます」
 ぞっとするほどの美貌が灯火に浮かんだ。
「ふん」
 ハシュドゥルバルは鼻であしらった。
「兄ハンニバルの言葉ゆえ許してあるが、汝はそもそも義兄の仇。お前の手など借りようとは思わぬ」



「ほほほ」
「貴様!何がおかしい!」
「弟君の心の狭さにです」
 彼女は言い放った。
「なんだと!」
 ハシュドゥルバル、思わず剣の柄を握った。
 が、マニアケス、平然としたままであった。
「今が平時ならば、そのように仰せあるのも良いでしょう。ですが、今は絶体絶命の危地にある時。ならば、仇敵の力も我が力とせねばなりませぬ。それをお弁えなさっておられぬからです」
「おのれ…ぬかしたな…」
「兄上のハンニバル閣下も、ここにあれば、きっと同じことを仰せになるに違いありませぬ。そのぐらい弟君もお分かりの筈」
 ハシュドゥルバル、黙り込んだ。
 あたかも、遥か遠くにあるハンニバルに叱られたような心地がしたからだ。
 確かに、今は全軍の無事をどう図るか、それが最も優先されねばならない。



「どんな策だ。言ってみろ」
「閣下に降伏して頂きます」
「なにぃ!降伏しろだと!」
 ハシュドゥルバル、血相を変えた。
「この後をお聞きください」
 マニアケス、微笑んだ。
「降伏の交渉と称し、時を稼ぐのでございます」
「時を稼いで何とする?」
「その間に、新カルタゴに戻り、ジスコーネ閣下、マゴーネ閣下に来援を仰ぎます」
 自分ならば、三日もあれば駆けてみせると。そして、すぐさま味方の大軍を伴って来ると。それまで時を稼いでほしい、そういうことであった。



「うーむ。それは時間がかかるのう」
 ハシュドゥルバル、渋い顔となった。
 敵将ネロも、ジスコーネらの大軍が近づくまで気付かぬぼんくらではないであろう。
「なんの」
 マニアケスは首を振った。
「新カルタゴが総出で出撃すると聞こえれば、カルペタニ族やらウァッカエイ族など、我らに与する部族も駆けつけて参りましょう。しばらくの辛抱にございます」
 懸命に言い募った。熱っぽく説くのだ。決して諦めるには及ばない、と。
(なるほど…こういうことか…)
 ハシュドゥルバル、冷静を取り戻すと共に、兄ハンニバルがなぜこの女を許し、なおかつ重用し、また弟マゴーネが深く信頼しているのか、それが分かったような気がした。
 一言でいえば、誠実なのだ。愛する人の命を奪ったことの贖罪に全てを賭け、そのためには我が命も忘れている。



「ふふ」
 ハシュドゥルバル、自然と笑みが浮かんだ。
 落ち着きと共に、頭脳に彼元来の狡猾さが閃いた。何度も言うが、戦場での狡猾は決して悪ではない。それで味方を救うことが出来るのならば、大いなる善とすらいえる。
「良い策を思いついた」
 ハシュドゥルバルは言った。
「どのような?」
「汝の申す通り降伏を申し出ることにする。だが、一つ工夫を加えよう」
「どのような工夫で?」
「こういう策だ。お前にも働いてもらうぞ」
「勿論にございます。して…」
 ハシュドゥルバルは、ある策を囁いた。
 そう語り合う頃には、二人は、深い信頼で結ばれた主従の如き姿となっていた。


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 『黒岩』(続き)
 ハシュドゥルバルの姿が消えると、
「マゴーネ殿」
「はい…」
「どうも、貴殿の兄上は、私となじめぬようだの」
 ジスコーネは苦笑した。
 ヒスパニアに着任して三年。なおも、このぎくしゃくぶりには困惑するしかない。
「は…。兄には兄の意地があるのでしょう。決して、ジスコーネ殿を嫌うておるとかいうことではありませぬ」
 マゴーネは、兄ハシュドゥルバルの心がよく分かっていた。
 先のバエティス川の戦いの勝利で自信は取り戻したが、まだ充分ではない。自分の実力で勝利をたぐり寄せ、敬愛する長兄ハンニバルの信頼を取り戻したい、それを切望してのことなのだ。
「その心意気は買うが…足をすくわれなければよいが…」
 ジスコーネは案じた。
 逸る敵ほど破るに容易な敵はない。ハンニバルが、弟に替え、ジスコーネに司令官の白羽の矢を立てたのは、そこら辺の考慮があったに違いない。



「…ならば、マニアケスをやるとするか」
 ジスコーネは言った。
 遠く後方から支援させよう、ということ。
「マニアケスを…が、あの者は今や将の一人」
「ふふ。マゴーネ殿、随分気遣うではないか」
「あ…いや」
 マゴーネは小さく狼狽した。
 ジスコーネはくすっとした。
「大丈夫だ。見届けさせるだけ。万が一の事態にならぬ限り、何の手出しもさせぬ」
「は…そういうことでしたら」
 数日後、ハシュドゥルバル率いる大軍が進発した。
 そして、その影を追うかのように、物売りの姿をした女が一人歩いていった。



 ピュレネ南麓で、ネロ率いるローマ軍とハシュドゥルバル率いるカルタゴ軍は衝突した。当初、優勢に戦っていたハシュドゥルバル軍であったが、次第に押し返され始めた。
「甘いな。これではジスコーネらの助力が必要になる訳だ」
 ネロは冷笑を浮かべた。
 名将マルケルスの下で鍛えられ、ノラ攻防戦でハンニバルを打ち破ったことすらある。その後もカンパニアでハンニバル軍と対峙し続け、結果、野戦にすこぶる長けるようになっていた。
「合図を送れ」
 兵が旗を振ると、谷合に隠していた一隊がどっと現れ、ハシュドゥルバル軍の背後を衝いた。
「ははは。挟撃によりスキピオ殿を破った者が挟撃により敗れるのだ」
 ネロは気持ち良さげに笑った。



 采配鮮やかに、思惑通りにハシュドゥルバルを追い詰めていく。
 敗走に転じたハシュドゥルバルの軍は、山間に逃れるしかなかった。そこは地元の住民が『黒岩』と呼ぶ無類の要害ではあったが、出口が一つしかなかった。
「ふふ。自ら袋のネズミとなったな」
 ネロは、当然の如く、その出口の封鎖を命じた。
 ローマ兵は手際よく杭を打ち、柵を連ねていく。
 ハシュドゥルバル軍は、このままでは飢餓地獄、まさに進退窮まることとなった。


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