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−これまでのあらすじ−
アルプスを越えイタリアに攻め込んだハンニバルは、連戦連勝、カンネーでローマ軍を撃破(紀元前216年春)し、カプア(紀元前216年)、シラクサ(紀元前213年)、さらにタラス市街を制圧(紀元前212年初頭)することに成功。
だが、ここからローマ軍の大反攻が始まり、猛将マルケルスによりシラクサを奪い返され(紀元前212年秋)、総力を挙げた包囲戦によりカプアも陥落(紀元前211年秋)。
ハンニバルはイタリア全土を攻撃するも、次第に南へと撤退のやむなきに陥り、イタリア戦線は膠着。
戦線の焦点は再びイベリア半島へ。
紀元前211年冬。ジスコーネは計略を駆使し、父スキピオ、グナエウス率いるローマ軍をバエティス川上流にて潰滅することに成功。
これに対して、ローマは、クラウディウス・ネロを新任の指揮官として派遣し、そのネロはハシュドゥルバルの軍勢を撃破し、『黒岩』と呼ばれる山間に追い詰めることに成功する。
狡猾なハシュドゥルバル
「どうしたものか」
ハシュドゥルバルは悶々とした。
援軍を要請するにも、その道がない。かつて、彼の父ハミルカルは、傭兵軍を鋸山に追い詰め飢餓地獄に陥れたことがある(第二章)が、その災厄が子の自分に降り掛かってきそうな雲行きであった。
「強行突破するしかないか…」
唇を噛んだ。
と、その時。
「手はあります」
どこからともなく声がした。
だが、幕舎には誰もいない。
「誰だ!」
「わたくしにございます」
片隅の暗闇から人の影が浮かび上がり、そして、その者は現れ出た。
すっと片膝付いた。
「お前は…マニアケス!」
「はい。お久しゅうございます」
ぞっとするほどの美貌が灯火に浮かんだ。
「ふん」
ハシュドゥルバルは鼻であしらった。
「兄ハンニバルの言葉ゆえ許してあるが、汝はそもそも義兄の仇。お前の手など借りようとは思わぬ」
「ほほほ」
「貴様!何がおかしい!」
「弟君の心の狭さにです」
彼女は言い放った。
「なんだと!」
ハシュドゥルバル、思わず剣の柄を握った。
が、マニアケス、平然としたままであった。
「今が平時ならば、そのように仰せあるのも良いでしょう。ですが、今は絶体絶命の危地にある時。ならば、仇敵の力も我が力とせねばなりませぬ。それをお弁えなさっておられぬからです」
「おのれ…ぬかしたな…」
「兄上のハンニバル閣下も、ここにあれば、きっと同じことを仰せになるに違いありませぬ。そのぐらい弟君もお分かりの筈」
ハシュドゥルバル、黙り込んだ。
あたかも、遥か遠くにあるハンニバルに叱られたような心地がしたからだ。
確かに、今は全軍の無事をどう図るか、それが最も優先されねばならない。
「どんな策だ。言ってみろ」
「閣下に降伏して頂きます」
「なにぃ!降伏しろだと!」
ハシュドゥルバル、血相を変えた。
「この後をお聞きください」
マニアケス、微笑んだ。
「降伏の交渉と称し、時を稼ぐのでございます」
「時を稼いで何とする?」
「その間に、新カルタゴに戻り、ジスコーネ閣下、マゴーネ閣下に来援を仰ぎます」
自分ならば、三日もあれば駆けてみせると。そして、すぐさま味方の大軍を伴って来ると。それまで時を稼いでほしい、そういうことであった。
「うーむ。それは時間がかかるのう」
ハシュドゥルバル、渋い顔となった。
敵将ネロも、ジスコーネらの大軍が近づくまで気付かぬぼんくらではないであろう。
「なんの」
マニアケスは首を振った。
「新カルタゴが総出で出撃すると聞こえれば、カルペタニ族やらウァッカエイ族など、我らに与する部族も駆けつけて参りましょう。しばらくの辛抱にございます」
懸命に言い募った。熱っぽく説くのだ。決して諦めるには及ばない、と。
(なるほど…こういうことか…)
ハシュドゥルバル、冷静を取り戻すと共に、兄ハンニバルがなぜこの女を許し、なおかつ重用し、また弟マゴーネが深く信頼しているのか、それが分かったような気がした。
一言でいえば、誠実なのだ。愛する人の命を奪ったことの贖罪に全てを賭け、そのためには我が命も忘れている。
「ふふ」
ハシュドゥルバル、自然と笑みが浮かんだ。
落ち着きと共に、頭脳に彼元来の狡猾さが閃いた。何度も言うが、戦場での狡猾は決して悪ではない。それで味方を救うことが出来るのならば、大いなる善とすらいえる。
「良い策を思いついた」
ハシュドゥルバルは言った。
「どのような?」
「汝の申す通り降伏を申し出ることにする。だが、一つ工夫を加えよう」
「どのような工夫で?」
「こういう策だ。お前にも働いてもらうぞ」
「勿論にございます。して…」
ハシュドゥルバルは、ある策を囁いた。
そう語り合う頃には、二人は、深い信頼で結ばれた主従の如き姿となっていた。
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