新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第8章シチリア・カンパニアの章

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 狡猾なジスコーネ(続き)
 ジスコーネのとった策は、極めて狡猾なものであった。
「ローマ側に付いているイベリア人部族を内応せしめよ」
 彼は知っている。
 戦場で戦うだけが戦争ではないことを。そして、ときに狡猾が味方の被害を最少にし、勝利を確実にたぐり寄せる術であることを。
(戦場において、人の良さを見せてはならぬのだ)
 彼は、人の良さゆえ敵に囚われ、むごたらしい最期を遂げた父を想い出し、そのことを心に刻み付けていた。
「金を惜しむな。領地を与えることも躊躇するな」
 密使を派遣し、ローマ方につく部族の切り崩しにとりかかった。
 そして。マニアケスに命じて送り出した先が最も重要であった。



 読者諸氏は覚えているであろうか。
 マニアケスは、誰の手引きでハンニバルに引き合わされたのか、を。
 イルルゲテス族の王アンドバレスである。総督ハシュドゥルバル暗殺後、彼女はイルルゲテス族の土地に身を潜めた。
 その後、ハンニバルの北進に際し、王弟マンドニオスを介し、彼女は旧怨を許され、ハンニバル軍の密偵となったのである。
 その彼女にジスコーネは厳命した。
「そなたの才知を駆使し、アンドバレス王をこちら側に引き戻せ」
 アンドバレス王は、元々熱心なカルタゴ派であったが、スキピオ兄弟との戦いに敗れ、許されてからはローマ派に転じていた。部族存続のためやむを得ない選択であった。
「かしこまりました。必ずや」
 マニアケスは微笑んだ。

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−これまでのあらすじ−
 アルプスを越えイタリアに攻め込んだハンニバルは、連戦連勝、カンネーでローマ軍を撃破(紀元前216年春)し、カプア(紀元前216年)、シラクサ(紀元前213年)、さらにタラス市街を制圧(紀元前212年初頭)することに成功。
 だが、ここからローマ軍の大反攻が始まり、猛将マルケルスによりシラクサを奪い返され(紀元前212年秋)、総力を挙げた包囲戦によりカプアも陥落(紀元前211年秋)。
 ハンニバルはイタリア全土を攻撃するも、次第に南へと撤退のやむなきに陥り、イタリア戦線は膠着。
 戦線の焦点は再びイベリア半島へ移ることに。




 狡猾なジスコーネ 
 紀元前211年初冬。
 ローマのスキピオ家では、若きプブリウス・スキピオがあたかも当主のように振る舞っていたが、本来の当主である彼の父は、ずっとイベリアにあった。
 ローマの人々は半ばイベリアのことを忘れていたが、それはこの戦線がローマ側の優勢に順調に推移していたからだ。
 紀元前217年以降足掛け七年。父スキピオは執政官格司令官(プロコンスル)として、彼の兄グナエウスと共に、イベリアの平定作戦に当たって来た。



 ここタラコ(現タラゴーナ)。
「ようやくだな、弟よ」
「ええ。ようやくです」
 兄弟は、カルタゴ領イベリア−ヒスパニア−完全制圧のため、大軍を催していた。
 元来、晩秋に入ると冬営−冬籠り−の支度に入るのが通例であるが、そこに大攻勢をかけようと画策していたのだ。
「敵が新カルタゴとガデスに籠る時が絶好の機会」
 敵兵力が潮引くように消えたその時を狙い、バエティス川(現グァダルキビル川)流域に進攻しようと目論んだのだ。この流域の肥沃な大地こそが、バルカ家繁栄の源泉であるからだ。
「ここを制圧すれば、バルカ家のヒスパニア支配は瓦解する」



 だが、彼ら兄弟率いるローマ兵の戦力だけでは、大規模な作戦には不足。そこで、降伏して来たアンドバレス王率いるイルルゲテス族の兵力を募っていたという訳だ。
 それが、ようやく集結を見ていた。総勢六万余の大軍勢に膨れ上がっていた。
「それぞれ三万の兵を率い、河の南北を進もうではありませぬか」
「うむ。それがよい」
 パエティス川の南北両岸に、カルタゴに服する主要な都市が点在している。それを制圧し、敵勢力を掃討しながら、ガデス方面に進撃する作戦だ。
 だが、このスキピオ兄弟の意図を察知した人物がいた。
 ヒスパニア・カルタゴ軍の総司令官ジスコーネである。



 ここ新カルタゴ(現カルタヘナ)。
 街の西北の丘に聳えるバルカ宮殿。ここがカルタゴ軍総司令本部となっていた。
「敵は、冬にもかかわらず大挙進攻するつもりだ」
 ジスコーネが言った。
 彼の前には、あのマニアケスがいた。
 彼女はハンニバルに命じられていた。
「こちら(イタリア)は、局地戦続きとなろう。そなたの活躍する地はイベリアにある。ジスコーネ殿と我が兄弟を助け、イベリアの勢力を回復せしめよ。ならば、自然とこちらの戦線も我らの優位に運ぶであろう」
 マニアケスは直ちにイベリアに飛んだ。そして、ハシュドゥルバルでもマゴーネでもなく、ジスコーネ付きの将官となった。



 この地で彼女の活躍が始まった。
 イベリア全土を駆け巡り、只今現在の人心を探り、そして、ローマ支配下にある地域も丹念に調査した。そして、探り得た結論はこうだった。
(なるほど…司令官スキピオの仁徳により、イベリア人部族を結集し、勢力を次第にヒスパニアに及ぼしていく戦略)
 理に適った作戦に彼女は感嘆したが、他方でこう思った。
(だが、その団結を崩せば、たちまち優位は崩壊することになる)
 彼女は、調べ上げた全てを、ヒスパニア総司令官のジスコーネに報告した。
 それは、あたかも事の全てを俯瞰する地図を披露されたかの如きであった。
「なるほど…我らを取り巻く現況、及び、進むべき道は明らかであるな」
 ジスコーネは感嘆した。
(あのハンニバルが、旧怨を捨て、この者を重用する理由がよく分かる)


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  戦利品を下げ渡す (さらにさらに続き)
 やがて。
「弁護人か…そんなものは必要ないな」
 スキピオはうそぶくように言った。
「え…どうして」
 ラエリウスは、そんな無慈悲な、という色を浮かべた。弁護人抜きの裁判は過酷であったからだ。



「弁護人が必要なのは罪人であろうが」
「は?」
「戦利品ならばどうだ」
「え?」
 ラエリウスは当惑に目をぱちくりさせた。
 はじめてスキピオは大きな笑みを見せた。
「私は敵のマニアケスの下で働いていたミルトを捕らえた。ならば、この女をどうこうするかは私の自由、だな」
「あ…」
 ラエリウスは、ここで親友である眼前の人物の着想に思い至った。



 スキピオは、つかつかと近寄りミルトの顔を見た。全てを縦容と甘受するかのように、澄み切った瞳の色が返って来た。
 スキピオは、にこと微笑んだ。
「ということで…」
 スキピオは短剣で縄をぶちぶち切っていく。
「この縄にはもう用はない」
「スキピオ様…私はどうなるのでございましょう?」
 ミルトは不思議そうな顔で訊ねた。
「下げ渡す」
「下げ渡す?」
「そなたは我の戦利品。ならば、我のために尽力する人間にそなたを授けることが、将としてのあるべき態度」
「え?」
「そなたは、将来我が一翼の将として働くに違いないラエリウスに下げ渡す。今、ローマを去られてたまるかよ」
 スキピオ、うそぶくように言った。
「わたくしをお許しくださるので…」
 ミルトは呆気にとられていた。



「異議は一切聞かぬ」
 スキピオは澄まし顔に戻り、威厳を取り繕った。
「捕虜は敵将の申し渡すことに従うしかないのだ」
「スキピオ様…」
 ミルトは、みるみる瞳を潤ませた。
 スキピオは、くるりと背を向けた。恐らく、つられて自身も熱いものが溢れそうになったに違いない。
 背を向けたまま彼は催促した。
「裁定は終わった。官には届けておく。…さあ、ラエリウス、捕虜を連れて早く帰れ」



 先ほどから、親友の顔を真っ直ぐに見詰めていたラエリウス、こちらも目をまっ赤にしていたが、ここでその背中に向かって頭を深々と下げた。
「スキピオ殿…このご恩、ラエリウス、生涯忘れませぬ。きっと忘れませぬ…」
 妻のアエミリアも、執事ティロも、嬉しそうに涙していた。
 外は木枯らしが吹き始めている。だが、スキピオ家のその部屋は、人の持つ思いやりのぬくもりに、誰もが暖かになっていた。


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 戦利品を下げ渡す(さらに続き)
 ラエリウスとミルトの夫婦は、きちんとアイロンのかかった真っ白なチュニクに身を通し現れた。だが、明らかに体をこわばらせているのが分かった。
「突然の来訪のご無礼、何とぞご容赦を」
「何とも型通りな挨拶だな。ラエリウス」
「今日はお詫びにまかり越しましたゆえ」
「詫び…。何か詫びることがあるのかよ」
「は…既にお聞き及びとは存じまするが」
「それは、そなたの妻ミルトのことだな」
 スキピオは敢えて呼び捨てた。
 その語気が、あたりの空気をそそけ立たせた。



 ラエリウス、席から滑り、床に手をついた。ミルトも慌てて平伏する。
「はっ。知らぬこととはいえ、かつてハンニバル軍の密偵として働いていたと申します。しかも、あのマニアケスの許で働いていたと申します。そのような者を妻にいたし、あまつさえ、お二方に近づけたこと、その不明、いかに詫びても詫び足らぬと…」
 迸るように、詫びの言葉を繰り出した。



「それゆえ離縁いたすと申すか」
「いいえ。離縁はいたしませぬ」
 ラエリウス、きっぱり言った。
「ほう…」
「拙者、この女と添い遂げると、天地神明、女神ユーノーにも誓いましてございます。従いまして、妻の罪は我が罪。その罪を負うため、ここに参ったのでございます」
「ふーむ。そなたも罪を負う、と」
「はい」
 部屋はしんと静寂が支配した。



「神妙なり」
 スキピオはこくりと頷いた。
 部屋の空気が少し緩んだ。許されると思ったのであろう。
 だが、それは違った。
「ティロ!」
「はっ」
「縄を打て」
「え…」
「何を躊躇する。そこの女に縄を打て」
「あなた…」
 アエミリア、とりなそうと口を開いたが、きっとした視線が返って来た。
「要らざる口出しをいたすな!国法にかかわること!」
 ぴしと退けた。
 部屋の空気はぴんと張り詰めた。
「は…かしこまりました」
 主人の命令は絶対。ティロは、ラエリウスの視線を避けるように、観念しきったミルトの体を縄で縛り上げていく。
 ラエリウスは何も言わず妻の横顔を見ていたが、すっとスキピオの顔を見上げた。



「スキピオ殿」
「何だ。不満でもあるのか」
「いえ…お願いがあります」
「何か?」
「是非、我が妻の弁護を…。もし、閣下が不都合と仰せなら、しかるべき人物を弁護人に据えて頂きたいのです。妻を追放刑にとどめてくださるよう…なにとぞ御尽力のほど」
 ラエリウスは額をこすりつけるようにして懇願した。
「私も妻と共にローマを去ります。それゆえ…なにとぞ」
 だが、スキピオは何も応えない。無表情のままだ。
(あなた…どうするつもりなの…)
 アエミリアは、はらはらして成り行きを見守っていた。


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 戦利品を下げ渡す(続き)
 翌日の夕刻。ここスキピオ家。
「なに、ラエリウスとミルト殿がやって来たと」
「はい。是非目通りいたしたいと衣服も整えて」
「衣服を整え…。何事かよ、仰々しいことだな」
 スキピオは笑った。
 だが、すぐに心を衝かれるものがあった。近頃、彼はラエリウスを避けていた。その事と関係あると直感した。



「…いいだろう。ここに通すがよい」
「奥方様にも話を聴いてもらいたい、と」
「いいだろう。アエミリアも呼んで来い」
「では」
「待て」
「は?」
「縄をもって来てくれ」
「縄…でございますか」
「敵は捕えねばならぬ」
「まさか…」
 執事は青ざめた。



「ふふふ」
 スキピオはここで笑った。
「ティロよ。やはり、そなたも知っているな」
「あ…」
 執事は主人にしてやられたことを覚った。
「申し訳ありませぬ。ラエリウスより密かに聞きまして…。話を盗み聞きした訳では…」
 実直に弁明するティロに、スキピオは手を振った。
「ふふ。別にそなたを責めるつもりはない」
 執事が自分たち夫婦をあれこれ心配し、駆け回っていることは知っていたからだ。



「それにしても、ご主人様…」
「なんだ」
「ミルト殿を官につき出されるお積もりで…」
「そこが思案のしどころ」
 スキピオは苦笑を浮かべた。
「まあ見ておけ。見事、敵を縛り付け、我らを苦しめる素を取り払ってやろうぞ」
 何か閃いていたに違いなかった。主人は、いつもの快活を取り戻していたからだ。


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