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不思議な縁(さらにさらに続き)
ある日。ラエリウスは言った。
「そんなにやってくれなくともよいぞ。別に、官にそなたのことを告げたりはせぬ。どこに行くも自由だ」
言葉は交わさずとも、彼女の心が、日々穏やかになっていくのを感じた。
家事に励む彼女の表情が、澄んだものに変わっていくのが見えたからだ。
(もう自由にしてやっていいだろう)
そう思った。
だが、彼女はぽつりと呟いた。
「私には行く場所など…ない」
彼女はハンニバル軍の密偵。マニアケス直属の部下である。
が、そこは、もはや彼女の戻る場所ではなかった。
「行く場所がない…か。それは困ったのう」
ラエリウスは当惑した。
「ディキトゥスに頼むか…いや、あいつに頼むと、娼館に売り飛ばしかねんな。うーむ」
あれこれ思案していると、ミルトは、彼の前に跪いていた。
「なんだ?どうした?」
「頼む…いや、お願いします。私を…ここに置いてください。何でもします」
「しかし…ここは狭いしの。私も高給取りではない。奉公人を雇う余裕は…」
そう。ラエリウスは貧乏軍人であった。金に困ると、親友のスキピオの家に赴き、そこで御馳走になることも多々あったほどだ。
「金など要りませぬ」
「そういう訳にはいかん」
ラエリウス、潔癖そうに首を振った。
「そなたのような乙女、まだまだこれからではないか。嫁入りの金も必要だ。ただ働きはさせられぬ」
そう。この時代、ギリシア・ローマでは、嫁ぐ女性の実家は、婚姻の際に莫大な嫁資を夫の家に贈与するのが慣習となっていた。日本でいうと、男女を逆にした結納に当たろうか(近頃廃れつつあるが夫の実家から妻の実家に贈る)。結構な金額に上り、これが払えないため婚期を逃す、という話もちらほらあったとか。
「構いませぬ」
ミルトは言い切った。
「お側に置いてくだされば」
「え…」
ラエリウスは当惑した。
潤んだ瞳で見詰められていたからだ。
「いや…それはいかん。そなたはタウレア殿の…」
艶名絶えぬ彼も、こういうところの筋目にはこだわった。
「タウレア殿もお許しくださる筈。あなた様のような、寛仁の将の見守る中で最期を遂げた訳ですから」
「いや…しかし」
「ですから…ですから、お願いです」
そういうや、ラエリウスに取り縋って来た。
(こういうつもりではなかったのだが…)
彼は、愛の神エロスにでも弁明するかのように、言い訳した。
だが、彼は、彼女の体を、いつの間にか強く抱きしめていた。
そう。これもいい男の役回りなのであろう。羨ましいことだ。
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