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落城の時(続き)
「な、なにっ、暴徒が屋敷を囲んでおると!」
カラヴィウスは仰天した。
「早く、早く裏口からお逃げください!」
執事は、寝室の壁の一部をぐいと押した。すると抜け道が現れた。
そう。こんな時のため、カラヴィウスは隠し道を用意してあった。
カラヴィウス、寝間着のまま通路をひいひい通っていく。なにせ、立派な肥満体、通り抜けるのも一苦労。
やがて、表の通りに出た。
「なんとか、逃げ果せたようだな」
ほっとした。
だが、それは、彼の思い違いであった。
既に、そこには真っ黒な群れがあった。
「あっ!」
彼は逃げようとしたが、すぐに取り囲まれてしまった。
「この期に及んで逃げる場所があると思うたか」
怒りの人々が、今か今かと待ち構えていたのだ。中には見覚えのある顔も。そう。家人からもカラヴィウスは見放されていたのだ。抜け道など意味をなさない。
市民はわっと飛びかかった。そして、カラヴィウスをぐるぐるに縄でくくると、有無を言わさず引き立てていった。
同じ頃には、カラヴィウスに連なる主だった面々は、悉く捕らえられていた。なかには、覚悟の自決を遂げた者もあったとか。戦後のローマの報復を思えば、むしろ、それは賢明であったろう。
あの人の良いカルタゴ人指揮官カルタロも、覚悟を決め自決を遂げていた。
タウレアの身にも、怒りの市民の手が迫っていた。
かつては勇者と謳われた彼も、カラヴィウス政権の一翼を担う身であったのは否定し得ない。当然、戦犯の一人として訴追されるべき存在。
群衆は彼の屋敷を取り囲んだ。
「タウレア様!市民が押し掛けております!」
執事が青い顔を抱えて転がり込んで来た。
対するタウレアは、静かなままであった。
「…そうか」
瞑目してあった。彼は、この事あることを当然の如くに予期していた。
「分かった。すぐに出よう。身支度する猶予を一時頂きたいと申しておけ」
「よ、よろしいのですか。表に出れば暴徒と化した市民に何をされるやら」
「それが指導者たる者の務め」
タウレアは僅かに唇の端を綻ばせた。
国の存亡を賭けた戦いに敗北した以上、たとえ、開戦にいかなる正当な目的があろうとも、指導者は責めを負わねばならぬ。それが、敵国の報復という形をとろうとも、自国民の蜂起であろうとも、である。それが指導者の矜持だからである。
タウレアは、奥の部屋に向かうと、ある女性と最期の別れを惜しんでいた。
それはミルトではない。彼の妻であった。
彼の妻は、ミルトの許に走り自分を捨てた夫タウレアの最後を見届けるため戻って来ていた。そこは名家の娘。譲ることの出来ない女の矜持であったのだ。
「そなたにとって、私は良い夫ではなかった」
タウレアは妻の手を取り素直に詫びた。
「…いえ」
妻も分かっていた。夫から離れて、それが分かった。夫の心の移ろいが。
幾多の敗北の苦痛に苛まれ、ついにミルトの誘惑に揺れ動いてしまった、勇者であるタウレアならではの苦しみが分かった。
「…では、参る。達者で暮らせよ」
タウレアは、妻の肩をそっと抱いて囁いた。
「はい」
タウレアは、将軍としての正装に着替えると外に出た。
群衆は彼を取り囲んだが、縄は打たなかった。静寂の中を、彼を連行していった。
その始終を、彼の妻は見詰めていた。夫の最後の姿を目に焼き付けるかのように。
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