新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第9章ヒスパニアの章

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 歴史を物差しに(続き)
 その頃。
 ローマ軍の陣営は、ジスコーネの予測通り大勝利に沸き立っていた。
 スキピオの幕舎は、戦勝言祝ぐ将たちが詰めかけ溢れかえっていた。
「閣下の見事な采配による堂々の勝利。本国の分からず屋もぐうの音も出ますまい」
 軍団長マルキウスは、本国の反スキピオ派が目の前にあるかのように、どうだといわんばかりに誇ってみせた。
 これまでのスキピオの戦勝は全て奇襲によるもの。だから、偶然が幸いしたに過ぎぬと過小評価する向きもあったのだ。
 それが、堂々の会戦で勝利を収めたのであるから、ということでスキピオ支持者たちは溜飲を下げていた訳だ。そう。いつの間にか、スキピオ麾下の部将たちは、誰もが熱烈なスキピオ支持者となっていた。
「左様。はじめ敵前での旋回など無謀なことと存じましたが…。敵の象軍の鈍重を考慮に容れたものであったとは。いやはや、まこと感服いたしました」
 老将シラヌスも白い髭の顔を綻ばせていた。
 この老将も、当初はスキピオの目付役であった筈だが、近頃は若者たちに劣らずスキピオに傾倒を見せ始めていた。
 ローマ陣営は、このように誰もが空前の勝利に浮き立っていた。




 だが、なにゆえか、当のスキピオはつまらなさそうな顔をしていた。
 座がやや静まると、
「諸君は…」
 おもむろに口を開くと、冷笑を浮かべた。
「随分と喜んでおるの」
 彼をよく知る人は、それが彼の不機嫌な時と分かった。
「なにか…お気に召さぬことがありまするか?」
 おずおずそう訊いたのはヘレンニウスである。
「鉱脈を探し当てながら、小さな宝玉を掴んで嬉々とし、みすみす大きな宝玉を見逃す始末となっては、不機嫌にもなろうて」
「小さな宝玉…とは何のことですか?」
「今回の会戦の勝利」
「では、大きな宝玉とは何のことで?」
「ヒスパニア全土だ」
「え…」
 ヘレンニウスは目を点にした。




「確かにジスコーネは敗れた。だが、彼にはまだ大軍が残っておる。しかも、彼の権威をもってすれば、再び大軍を集めることも不可能ではない」
 調べたところによれば、ガデスには金銀物資が山と積まれていること。もし、彼がガデスに戻り態勢を立て直せば、再び容易ならざる事態となろう、と言った。
「我らは、強敵となった彼と再度相見えることとなろう」
 その口吻は、ちっとも勝者のそれではない。
 スキピオは知っていた。
(一時の勝敗など、歴史の物差しで見れば、どうにでも転ぶもの)
 少年時代、間近に見たクレオメネスを見れば分かる。彼は勝利に勝利を重ねた。だが、最後のセラシアの戦いで敗れ、覇座を失い祖国を失った。
 また、ハンニバルの父ハミルカルの事績もそれを証明している。ローマとの戦いに常に優勢に戦った。傭兵の乱にも勝ち抜き無敵の英雄と讃えられた。その彼も、イベリア人の奇襲に敗れ、濁流に命を失った。




 だから、スキピオはこう言った。
「きっちり最後まで克ち取らねばならぬ」
「それは…追撃せよ、ということですか」
 マルキウスが訊き返した。
「そうだ」
「それは念頭にありまするが…今宵はこのような豪雨。明日、晴れた後に追撃にかかっても遅くはありますまい」




「貴君はジスコーネを知らぬような」
「え?」
「彼は、戦場においては狡猾を信条とする男。その彼が、この豪雨を見て何と考えるか」
「あ…」
 軍団長マルキウスも、父スキピオに従い、幾多の修羅場を踏んで来た男。戦勘は人並み外れている。
「まさか…この豪雨に紛れて…」
「貴君がまさかと思うのであるから、それを利用しない手はない、と私がジスコーネならば考える」
「あああ…」
 マルキウスはうめき声を上げた。
 それは、人間が何かに思い至ったときに、しかも、それが事の真相であると確信した時に発せられる、生命の声であった。


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 歴史を物差しに 
 カルタゴ軍司令官ジスコーネは、無事本陣に引き揚げ果せると、すぐに、マニアケス、マゴーネ、アドヘルバルの三人を、自身の幕舎に呼びつけた。
 三人の姿を見ると、
「負けた」
 開口一番、彼は、そう言った。
 意外とさばさばした顔つきであったが、淡い悔いがにじむのは否みようがなかった。
「だが、まだ終わらぬ。豪雨の御蔭で半数以上の兵が逃れ得たからの」
 手許にはまだ四万余の軍勢が残されていた。充分に戦える兵力だ。
「まだ雨は降りしきっている。天文官の見通しも今宵一杯雨とのこと。スキピオも、勝利したばかりの今宵は鎧を解き寛いでいよう」
 即ち、この豪雨に紛れ退却してしまおうという提案であった。




「ガデスに引き揚げては、我ら孤立してしまいませんか…」
 アドヘルバルが案じた。ローマの勢力がヒスパニア全土を席巻しては、ガデスは大海の孤島に成り下がるのではないか。
 いや、とジスコーネが言った。
「ガデスには金銀兵糧物資を山と蓄えてある。再び兵を集めることも可能だ」
 一旦、ガデスに退却し、状況を見守りながら英気を養おうといった。ガデスは海上の都市で難攻不落の要害。建設以来千年敵の蹂躙を見たことがないのだ。
「されど、イベリア人が全てローマに降伏しては、もはや万事休す、となりませぬか?」
 今度はマゴーネが訊いた。
 ガデスに総退却、それ即ち、陸上の部族がローマに靡くことと同義だ。
それにもジスコーネは首を振った。
「元来、イベリア人どもは後背定まらず。我らの敗北にローマに服しても、時をおけば、必ず不平不満を言い立て騒ぎ出そう。機を見計らい、陸上に大軍で押し出すのだ」




「よいと思います」
 マニアケスは言った。
 彼女に異議はなかった。というより、今宵という時を逃すと、退却もままならなくなろう、彼女には、そちらの危惧の方が強かった。
「では、直ちに退陣の準備に取りかかります」
 マニアケスはすっくと立ち上がった。
「うむ。急いでくれ。敵にも熟練の密偵がいるようだからな。雨が上がれば、我らの動きを察知されてしまおう」
 ジスコーネ、今回のスキピオの采配の鮮やかさに、強力な諜報を嗅ぎ取っていた。
 雨降りしきる中、カルタゴの陣営は総退陣の準備に慌ただしくなった。


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 イリパの戦い6−豪雨(さらに続き)
「ミルトよ」
 スキピオは、ただ一人我が身を守る彼女を呼んだ。
「はっ」
 その彼女、住処を失った野うさぎの如く、しとどに濡れそぼっていた。
「引き揚げの合図を」
「えっ、引き揚げ!」
 素っ頓狂な声を上げた。
 味方は圧倒的優勢、敵は潰滅寸前なのだ。
「こう視界が利かなくては、やむを得ぬ。同士討ちの恐れもあるからな」
「しかし…折角の勝ち戦を」
 彼女は惜しんだ。他のローマ将兵も同じ思いであったろう。




「ミルト」
「はい…」
「よく覚えておくがいい。ときに足るを知らねばならぬ、ということを」
「足るを知る…」
「実りを求めるあまり、実りの重みに足滑らせ全てを失えば、何の意味もあるまい」
「は…」
「今の我らがそうだ。ここで敵の殲滅にこだわるあまり、味方同士が刃を交わすこととなればどうなる。おびただしい犠牲が生じよう。これまでの勝ち戦も台無し」
「な、なるほど」
 ミルトは、頷くと同時に、底知れぬ驚きを禁じ得なかった。
 なぜなら、それは智慧に富む長老の如きものだったからだ。
(この若さで…このような心境に早くも到達しているのか…)
 彼女は若き司令官の姿を仰ぎ見た。
 馬上屹立し、頬を雨粒に濡らしつつも、まっすぐ前を見て、縦容としていた。
「急げ、ミルト」
「あ、はいっ!」
 我に返ると、ミルトは慌てて駆け出し、声を枯らして叫んだ。
 絶叫しなければ声が通らぬほど、水滴は大地を激しく叩き付けていた。




 間もなく退却の合図のラッパが鳴り響いた。が、豪雨降りしきる中のこと、なかなか伝わらなかった。それでも、やがてローマ軍は潮が引くように退き始めた。
 隊列を整え、本陣に向かって誰もが意気揚々引き揚げていく。止めこそ刺し損なったとはいえ、堂々たる勝利軍であった。
 カルタゴ軍も本営の丘へと引き揚げ始めた。その様はローマ軍とは全く対照的で、まさしく敗軍そのもの。無数の犠牲を戦場に残し、誰もが傷つき、将兵は己の体を支えるのもままならず、互いに互いの体を支え、足を引きずり引き揚げていく。
 だが、包囲撃滅戦の渦中にあったから、生きて引き揚げ得ただけでも幸運であった。
 ジスコーネにとって、この雨は九死に一生の天恵であった。
 ともかく、イリパの戦いはローマ軍の大勝利に終わったのである。

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 イリパの戦い6−豪雨(続き)
 続いて上がる声は、勝利を確信していたジスコーネを愕然とさせた。
「スキピオ率いる部隊だ!」
「敵将スキピオ自ら斬り込んで来たぞ!」
「なにっ!」
雨粒の帳の向こうから、ローマ騎兵と重装歩兵が殺到して来るのが、視界に飛び込んで来た。
「おおっ!」
 ジスコーネが慌てて馬首を向き直した時は、味方は大混乱に陥っていた。
 スキピオ率いるは精鋭の騎兵五百と忠誠無比な重装歩兵二千。
 彼らは一気呵成に突入して来た。
 先頭には、密偵ハンノンが重装歩兵となって味方を鼓舞していた。
「さあ、功名を立て世に名を知らしめるはこの時ぞ!奮えや、皆の衆!」
 あたかも青年を鼓舞する年配の兵の様だ。すっかりローマ兵ぶりが板に付いていた。
「おおお!」「やってやろうぞ!」
 檄に呼応して闘志の声がわっと上がった。




「ええいっ!敵は小勢だ!逃げるな!」
 ジスコーネは声を枯らした。
 だが、絶対安心と信じていた背後を衝かれ、動揺は収まらなかった。そこに、ラエリウス隊が態勢を立て直して攻め込んで来ると、隊列は大きく崩れた。
 さらに、その時、前方のアドヘルバル指揮のリュビア兵部隊がどっと乱れ立った。




「どうした、今度は何があった」
 さしものジスコーネも狼狽を隠せなかった。
 この時、中央正面でほとんど動かずにいた、ルキウスとヘレンニウス率いるローマ側のイベリア歩兵部隊が突入して来たのだ。戦意上がらぬ彼らイベリア兵も、味方の優勢に勇気百倍になって戦闘に加わり始めた。
 こうして、カルタゴ軍は、両翼からラエリウス隊、シラヌス隊、前方からルキウス・ヘレンニウス隊、後方からスキピオ隊と、四方を敵に囲まれる形となった。
 こうなっては、いかなる名将も支えることは出来ない。
 カルタゴ軍は急激に潰乱し始めた。
 このまま潰滅か。そう思われたが、ジスコーネの命運は未だ尽きていなかった。
 



 誰の目にもローマ軍優勢ははっきりしていた。
 唯一頑強に抵抗していたマニアケスの部隊も、どっと崩れ立ったからだ。
「勝ったか…」
 スキピオは、小さく吐く息と一緒に、ぽつり呟いた。
 いかに快活陽気に振る舞っていても、生死を分ける戦場、極度の緊張を強いられていたことに変わりない。安堵の反応が出るのは、生命ならば自然なこと。
 そして、その安心は、彼の思考を一気に飛躍させた。
「四方より攻め立てよ!この軍勢倒せば、ヒスパニアは平定したも同然ぞ!」
 ここぞと発破をかけた。
「おおう!」「今こそぞ!」
 兵は勝利を確信、闘志を一気に爆発させた。
 逆に、取り囲まれたカルタゴ兵は戦意喪失。
 カルタゴ軍は中央に向かって崩壊し始めた。
 だが、この時である。
 降雨いよいよ激しく、土砂降りとなり、大粒の水滴が無数に大地を打ち付け、ついには辺りが真っ白になった。周囲の人間の顔さえ判別出来ない。

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 イリパの戦い6−豪雨
 この頃、ジスコーネ、マニアケスの両隊は、退却すると見せて大きく迂回すると、それぞれラエリウスとシラヌス率いるローマ軍両部隊の側面に打って出た。
「それっ、ローマ軍は前のめりになっている!側面を衝くのだ!」
 ジスコーネ、精鋭のリュビア兵率いて、どっと斬り込みをかけた。
「おおっ、こんな所からカルタゴ兵が!」
 敵なしの快進撃を続けていたラエリウス隊であったが、不意を打たれた格好となり、どっと隊列を崩した。
「敵は弱兵のリュビア兵ぞ!恐れるな!」
 ラエリウスは怯む味方を怒鳴り、自ら馬を駆って敵中に飛び込み、槍を振るった。
 猛勇を誇る彼、群がる敵兵を次々と突き伏せた。
「ジスコーネ、我と勝負せよ!」
 主敵を求め、馬を懸命に駆った。
 だが、総大将ジスコーネの周囲は分厚い。容易に近づくことは出来ない。
 



 そのジスコーネ、悠々の采配をとっていた。奇兵とはいえ、数千の大部隊で押し寄せている彼なのだ。
「ふ…猪突猛進だな」
 彼は冷笑を浮かべると、すっと抜刀した。
「ラエリウスを捕らえよ!彼の軍を殲滅すれば、スキピオの作戦は根底から覆るぞ!」
 そう。スキピオの作戦は、乏しい兵力をあえて分け、両翼から攻め敵を混乱させることにある。となると、部隊の一つを粉砕しさえすれば、作戦は崩壊するのだ。
 同じ頃、マニアケス率いる部隊も、シラヌス隊の側面を衝いて激しく攻め立てていた。
「それっ!この部隊を破り、敵の思惑を粉みじんにしてしまえ!」
 彼女は、己の勇武のまま馬を乗り入れ、槍を小枝の如く振るった。
 戦況は、カルタゴ軍の逆襲が奏功しそうな形勢となり始めていた。




 その頃。温暖な空気に運ばれた雲が、ヒスパニアの上空を覆い始めていた。
 そして…。ぽつぽつと水滴が落ち始めたとか思うと、ざーっと降り始めた。
 だが、敵味方は生死を賭け激闘の最中。水しぶきを飛ばしながら、槍を繰り出し、剣を振るっていた。
「よし、このまま押し込んでいけば…勝てるぞ」
 ジスコーネの瞳は輝きを取り戻し始めていた。
 彼もずぶ濡れになっていたが、体の芯はかっと熱く、水の冷たさなど微塵も感じない。
 だが、その時である。
 背後の宿営地の方角にある味方がどっと崩れ立った。
「どうした!何が起こった!」
(あと一歩で勝利というこのときに…何があった…)
 だが、周りに訊いても分からない。
 やがて…
兵の叫び声が切れ切れ耳に届いた。
「敵が攻め込んで来たぞ!」
「なに…敵だと!」


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