新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第9章ヒスパニアの章

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※方角は右が北、左が南となります。セビリア近郊、バエティス川(現グアダルキビル川)北岸が戦場です。

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 イリパの戦い3−旋回する軍団と隊列
 ここマゴーネ率いる左翼の騎兵隊(ローマ軍から見て右手)。彼はマニアケスの手下の少女から、ジスコーネの指令を聴き取っていた。
「相分かった。仰せの通り、ここで持ち堪えてみせようとお伝えしてくれ」
「ははっ」
 少女は駆け去っていった。
 前方を見遣ると、総司令官スキピオ自ら率いる重装歩兵部隊が近づいて来る。
 猛将ラエリウスを先頭に、ずんずん迫ってくる。
 マゴーネ、冷笑を浮かべた。
「ふん、こちらを容易に攻め潰せると思っているのであろうが…そうはいかんぞ。スキピオめ」
 アルプス越えの苛烈な苦闘を経て、トラスメヌス湖畔、カンネーと、負ければ即ち死という幾多の戦場を踏み渡って来た。イベリアに来てからは、ジスコーネの右腕となり、ローマ軍と頑強に渡り合い、父スキピオとグナエウスの兄弟を討ち取りもした。
 その彼の目からは、スキピオなど偶然の勝利を重ねただけの、浮ついた貴顕の曹司にしか見えなかった。
(格好の相手ではないか。返り討ちにしてくれる)




「よし。象軍、突撃の準備だ」
 副官の合図に、象使いらは、十六頭の象たちを一列に巧みに並べる。
 ローマ軍団が1スタディオン(177m)ほどに接近した時である。
 マゴーネが象軍を進ませようと手を上げかけた時、異変が起こった。
「おっ!」「何だ?」
 ローマ軍が、突然左手に−即ち北−の方角に、向きを変えたからだ。
 それも、一散に駆けていく。緩やかな起伏のある大地を駆けていく。
「むっ。一体どこへ向かうつもりか?」
 マゴーネ、敵の意図を推し量りかねた。
 が、すぐにそれは理解する所となった。
 北に進路をとったローマ軍部隊が、やがて反時計回りに旋回し始めたからだ。そして、カルタゴ軍左翼の側面に向かって突き進んで来た。
 そう。スキピオは、敵の側面を衝くため、敵前で急速に旋回して見せたのだ。




「おお!敵が側面から攻めて来るぞ!」
 マゴーネは甚だ狼狽した。
「隊列を左方向に向き変えよ!急げ!」
 騎兵は、馬首を向き直せば、すぐに態勢を整えることが出来る。
 だが、象はやっかいだ。東に向かって南北一列に並んでいたのを北に向き直り、なおかつ移動して、北に向かって東西一列に並び直さねばならないのだ。
 熟達した象使いといえども、かなり手間取った。
「急げ!急いで、象を所定の位置に配置せしめよ!」
 急に向きを変えるべく鞭を強く打たれ、不機嫌に鳴く象も出て来た。
 なにせ、その巨大な図体とは異なり繊細な生き物だ。扱いが難しい。


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 イリパの戦い2−戦列を変える(続き)
 両軍、しばし睨み合いが続いた。
 春風にそよぐ草のさわさわという音が鳴り響くのみ。
 やがて…。
 ローマ軍の方からラッパの音が鳴り響いた。途端に、将兵から喚声が上がった。闘志を露にするように、手にした剣で盾を叩き始めた。
 応じて、カルタゴ側も負けじと、盾をがんがん叩き、咆哮を上げ始めた。
 再びローマ軍にラッパが鳴り響いた。
 すると、ローマ兵が前進を開始した。
 盾を前にかざし槍を前に突き出して。




「む…来る気か…」
 ジスコーネ、意外な面持ちをした。
 この数日、出陣退陣を繰り返した敵が、今、当然のように、こちらに押し寄せ始めたからだ。
 だが、その前進する様は、今まで見たこともないものであった。普通は、全軍一列、同じ速さで迫って来るもの。しかし…。
「総司令!敵の両翼だけが前進して参りますぞ!」
 副官アドヘルバルが叫んだ。
「なに…」
 ジスコーネ、異様な声を上げた。
 敵の隊列の動きを見ると、両翼のローマ兵の隊のみが動きだし、中央のイベリア兵の隊はそのままであった。いや、よく見るとイベリア兵部隊も動いているのだが、明らかに両翼に比べるとその足取りは緩やかなものであった。




「これは…」
 ジスコーネ、目を大きく見開いた。
 この時、ようやく敵の意図の一端が見えて来た。
「スキピオめ…我が軍の弱点である両翼を撃破し、そこから包囲する肚だな」
 そう。カルタゴ軍の両翼はイベリア歩兵。戦意旺盛とはいえ、急遽集めた兵力で、調練が充分ではなかったのだ。




「閣下、いかがいたします」
 マニアケスが訊いた。
「ふん、慌てることはない」
 ジスコーネ、意外な展開にも、決して落ち着きを失っていない。
「両翼には象軍もある。精鋭である騎兵隊もある。落ち着いてしばし持ち堪えよ、とマゴーネ殿とマシニッサ殿に伝令を送っておけ」
 マゴーネはカルタゴ騎兵隊を率いて左翼に、マシニッサはヌミディア騎兵隊を率いて右翼に陣取っていた。
 要は、彼らが敵をあしらう間に、中央のローマ軍のイベリア兵部隊を蹴散らしてしまえば勝利に終わる、ということだ。
「かしこまりました」
 マニアケスは、手下の密偵の少女を伝令に走らせた。なにせ、敵兵迫る中、味方の兵が集結しているため、騎兵を駆けさせるのも難渋するほどだったからだ。


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 イリパの戦い2−戦列を変える 
 この頃、カルタゴ軍の陣営でも、ようやく将兵が起き出し、出陣の準備に取りかかっていた。
 それは、昨晩の、ジスコーネとマニアケスの談合によるもので、今日こそは決着を付けるべく、まさに敵の機先を制するためであった。
 だが、カルタゴ軍は、ローマ軍とは異なり傭兵主体の軍団構成。しかも、急遽駆けつけたイベリア兵も多い。おのずと、規律を厳格に保つのが難しく、早起きの司令が充分に周知されていなかった。
 結果、事実上の序戦ともいうべき早起き合戦に後れを取ってしまったのだ。




「なに。ローマ軍が我が陣営の麓に押し寄せていると!」
 総司令官ジスコーネは一驚した。
「はっ、敵勢は左右に展開し、気勢を上げております!」
「先を越されたか。我らも出陣だ。急ぎ兵を展開せよ!」
「ははっ」
 カルタゴ軍の陣内は騒然となった。
 そして、各隊の指揮官の怒鳴り声やら、将兵らの叫び声が飛び交った。
 それでも、この数日間に繰り返された対峙の御蔭で、要領は得ている。押し合いへし合いしながらも、陣外に出て、いつものように隊列を組み始めた。
 即ち、最精鋭のリュビア兵・カルタゴ兵を中央に分厚く配し、両翼にイベリア歩兵、両翼の端にイベリア騎兵・カルタゴ騎兵を配し、両翼の前方に象軍、中央前方に軽装歩兵であった。そう。いつも通りの布陣だ。




 ジスコーネは右手を上げた。
「それ!前進せよ!」
 今日こそ、けりを付けんと彼も気負っていた。だから、戦列整え終えるのと同時に、前進を命じた。スキピオ軍の戦列をむんずと掴まえんとの気迫である。
 ずんずん進んだ。とはいえ、ローマ軍は既にカルタゴ軍に接近していた。
 すぐに2スタディオン(354m)ほどで両軍睨み合う位置に到達した。
 そして、日が高く上がり始めると敵の戦列が次第に明らかになってきた。




「あっ」
 短く叫んだのは、ジスコーネの傍らにいたマニアケスであった。
「どうした?」
「敵の戦列が変わっております」
「なに…」
「御覧下され、あの戦列を」
 そう。ローマ軍は、これまで、中央に精鋭のローマ市民兵。両翼にイベリア兵を配置していた。だが、今日のそれを見ると、中央にイベリア兵、両翼にローマ市民兵を配していた。イベリア兵とローマ兵では、鎧兜の形状など装備が大きく異なるから、遠目で識別出来るのだ。




「これは…どういうことだ?」
「分かりませぬ。敵は、我が精鋭の真正面に最も頼りない部隊を、しかも真ん中に置いたことになります」
「ということは、中央を突破すれば我が軍の勝利。…だが、スキピオがそんな愚かな振る舞いをするか?」
「分かりませぬ」
 マニアケスは繰り返した。
 そう。彼女のほどの才知をもってしても、スキピオの思惑を看破出来なかった。
(何を考えている、スキピオめ…)
 彼女は、敵の右翼に陣取るスキピオの姿を凝視した。


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 イリパの戦い1−早起き合戦(続き)
 全員が陣外に出て整列すると、スキピオが颯爽現れた。
 木箱で設えられた台に上がると、恒例の訓示を始めた。
「諸君、おはよう!」
 彼の挨拶に、将兵らからも一斉に、
「おはようございます!」
 と、大きな声で挨拶が返って来た。
 人に人が凛と響く快さに、スキピオは満足そうに頷いた。
 彼は、ぐるりと将兵の顔を見回すと、いきなり宣言した。
「我らは勝ったぞ!」
「え…」
 兵士たちは、互いに顔を見合わせた。




「分からぬか。見よ、敵陣を」
 スキピオは微笑んで、西の敵陣のある方角を指差した。
 この頃、東の空がようやく白み始めていた。当然、敵陣に動きがある筈もなく、ひっそりしているのが窺えた。
「彼らは眠りこけている。己の運命も知らずに。この一刻一刻の重みも知らずに」
 指揮官の迸る語気に、兵たちは首を傾げた。
(これは…いつもと様子が違う)
 そのことに気付き始めた。この数日続いた出陣退陣の恒例行事に出かけるのではない、そのことを悟り始めた。




「勝者とは時の支配者。我らは既に戦意充分ここにある」
「すなわち、機先を制する時間を手に掴んでいるからだ」
「諸君はただ堂々進め。ならば、必然勝利を掴むだろう」
 指揮官の自信満々に、将兵たちは体の芯が熱くなって来た。そう。眼前の大将スキピオは、これまでも、彼らを、あっと言わせて来た。その勝利に対する予感である。
(またあの不思議な勝利が…)
 そんな啓示にも似た感覚に襲われると、人間というものは俄然勇気が湧いて来る。
「さあ、諸君、今こそ勇武の行進をする時ぞ!」
 指揮官の昂る熱気に、将兵は喚声で応えた。




 ローマ兵は、夜明けの大地を染め上げる如き光を浴びて、夜露につやめく下草を踏みしめ踏みしめ前進した。
「さあ、どんどん進め。いざ、まっすぐ進め」
 スキピオは、馬上躍り上がるようにして味方を鼓舞した。
 彼は、今日という日を心待ちにしていた。
 浮き浮きする心地ですらあった。
(必ず勝てる)
 その予感に、彼も全身支配されていた。
 彼を乗せる馬も、主人の心を察してか、軽やかに地を蹴っていく。




 いつもは両軍陣地の中間の低地に留まって敵の動きを窺っていたのが、今日は、そのままずんずん進んでいく。そして、カルタゴ軍の布陣する丘の麓にほど近い地点に進むと、左右に大きく展開し始めた。
 スキピオは右手を上げた。
「さあ、雄叫びを上げよ!敵の目を覚ましてやれ!」
 応じて唸るような声が上がり始める。
「えいえい」「おー!」
「えいえい」「おー!」
 槍の穂先を高々掲げ、大地を振るわさんばかりに気勢を上げ始めた。
 そう。ローマ全軍は、対決の姿勢を、ここに決然と表したのである。


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 イリパの戦い1−早起き合戦 
 紀元前の古代のこと。当然ながら、正確に時を刻む機械は存在しない。日時計は太陽の出ている間しか役に立たないし、法廷などで用いられていた水時計は大仕掛けに過ぎ遠征軍の用に適わない。
 そこで、ローマ軍は、夜の時刻を四つに区分した。第一時から第四時として、これを基準に指令を発し、また行動していた。




 スキピオは、前夜、副官を介して各軍団に命じた。
「第四時に起床し直ちに食事を摂っておけ」
「それから直ちに武具の手入れをしておけ」
「第四時終わりに隊ごとに陣門に集合せよ」
「そして、日の出を合図に、出陣するのだ」
 即ち、日の出前に全てを済ましておけという命令であった。
 ヒスパニアの春の候であるから、現代の時刻でいうと、夕刻六時頃に日が沈み、朝方六時過ぎに日が昇るぐらいであろう。ヒスパニア(現スペイン・アンダルシア地方)の緯度は日本列島と変わらぬ(新潟・福島辺り)から、大体想像がつくと思う。
ということは、夜間は約十二時間であるから、第四時というのは午前三時過ぎとなる。朝というより漆黒の闇が支配する深夜である。




「おい、今日は随分と早起きさせるな。我が大将は」
「分からぬ。お偉方の考えることは、我ら下々には」
 将兵はぶつぶつ言いながらも、眠い目をこすりながら、てきぱき支度していく。
 そう。ローマ兵は、そういう風に躾けられていた。何分、軍律が厳しく、違背すれば棒打ち刑の如き懲罰が待っているから、敏速に行動するよう体に叩き込まれていた。
 そして、各班に分かれて朝食の準備を始める。出陣前であるから、軽食ではなく、しっかり食べなければならぬ。ある班は肉や野菜をどっさり入れてスープを煮込み、ある班は多量のパンを入れた大きな袋を抱えて来る。体を温める意味で、ぶどう酒も運ばれる。




「さあ、食べるぞ」
 この頃には、現金なもので、誰もが目をぱっちりさせている。
 加えて、体の中に食べ物が入り、次第に気力も充実して来る。
 早起きの習慣のある人は理解出来よう。早起きの効用を。体の奥底から充溢して来る、あのみずみずしい感覚である。
 そういうことなのだ。子どもの頃、親や教師にやかましく言われた早寝早起きというものは、実は、強制されてする苦行では決してない。人生を豊かにする、生活の工夫と実践そのものなのである。




 食事を終えると、ローマ兵は各自の幕舎に戻り、武具の手入れに取りかかった。とはいえ、大概の兵は普段から手入れを怠らぬから、すべきことはそれほどなく、次の行動に備えて体を休めていた。そう。寛いでいた訳だ。
 そして、おもむろに鎧兜を着けていく。
 早起きしたがゆえに時間はたっぷりある。これは心の余裕に直結する。
 しばらく経つと合図の声が所々で響いた。普段ならばラッパを用いるのだが、朝の大地には響きやすい。敵に察せられぬようにするための用心だ。
「よし、各隊集合だ!」「行くぞ!」
 将兵は幕舎を勢いよく飛び出した。




 これまでも幾度か繰り返したが、ローマ軍団の構成を改めて説明しておこう。
 まず、最小単位の百人隊(ケントゥリア)、作戦の基本単位であり百人隊二つで構成される中隊(マニプルス)、中隊を三つ合わせた大隊(コホルス)、そして、大隊が十集まって構成される軍団(レギオン)となり、この軍団を指揮するのが軍団長(レガトゥス)、全軍団を指揮するのが執政官・法務官、もしくは執政官格司令官・法務官格司令官となっていた。
 この単位・秩序は、ローマ兵ならば、誰もが頭に叩き込んでいる。だから、すぐさま決められた場所で、皆集合し整列した。そして、整然と順序よく行進を始めて陣門へと向かっていく。


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