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イリパの戦い1−早起き合戦
紀元前の古代のこと。当然ながら、正確に時を刻む機械は存在しない。日時計は太陽の出ている間しか役に立たないし、法廷などで用いられていた水時計は大仕掛けに過ぎ遠征軍の用に適わない。
そこで、ローマ軍は、夜の時刻を四つに区分した。第一時から第四時として、これを基準に指令を発し、また行動していた。
スキピオは、前夜、副官を介して各軍団に命じた。
「第四時に起床し直ちに食事を摂っておけ」
「それから直ちに武具の手入れをしておけ」
「第四時終わりに隊ごとに陣門に集合せよ」
「そして、日の出を合図に、出陣するのだ」
即ち、日の出前に全てを済ましておけという命令であった。
ヒスパニアの春の候であるから、現代の時刻でいうと、夕刻六時頃に日が沈み、朝方六時過ぎに日が昇るぐらいであろう。ヒスパニア(現スペイン・アンダルシア地方)の緯度は日本列島と変わらぬ(新潟・福島辺り)から、大体想像がつくと思う。
ということは、夜間は約十二時間であるから、第四時というのは午前三時過ぎとなる。朝というより漆黒の闇が支配する深夜である。
「おい、今日は随分と早起きさせるな。我が大将は」
「分からぬ。お偉方の考えることは、我ら下々には」
将兵はぶつぶつ言いながらも、眠い目をこすりながら、てきぱき支度していく。
そう。ローマ兵は、そういう風に躾けられていた。何分、軍律が厳しく、違背すれば棒打ち刑の如き懲罰が待っているから、敏速に行動するよう体に叩き込まれていた。
そして、各班に分かれて朝食の準備を始める。出陣前であるから、軽食ではなく、しっかり食べなければならぬ。ある班は肉や野菜をどっさり入れてスープを煮込み、ある班は多量のパンを入れた大きな袋を抱えて来る。体を温める意味で、ぶどう酒も運ばれる。
「さあ、食べるぞ」
この頃には、現金なもので、誰もが目をぱっちりさせている。
加えて、体の中に食べ物が入り、次第に気力も充実して来る。
早起きの習慣のある人は理解出来よう。早起きの効用を。体の奥底から充溢して来る、あのみずみずしい感覚である。
そういうことなのだ。子どもの頃、親や教師にやかましく言われた早寝早起きというものは、実は、強制されてする苦行では決してない。人生を豊かにする、生活の工夫と実践そのものなのである。
食事を終えると、ローマ兵は各自の幕舎に戻り、武具の手入れに取りかかった。とはいえ、大概の兵は普段から手入れを怠らぬから、すべきことはそれほどなく、次の行動に備えて体を休めていた。そう。寛いでいた訳だ。
そして、おもむろに鎧兜を着けていく。
早起きしたがゆえに時間はたっぷりある。これは心の余裕に直結する。
しばらく経つと合図の声が所々で響いた。普段ならばラッパを用いるのだが、朝の大地には響きやすい。敵に察せられぬようにするための用心だ。
「よし、各隊集合だ!」「行くぞ!」
将兵は幕舎を勢いよく飛び出した。
これまでも幾度か繰り返したが、ローマ軍団の構成を改めて説明しておこう。
まず、最小単位の百人隊(ケントゥリア)、作戦の基本単位であり百人隊二つで構成される中隊(マニプルス)、中隊を三つ合わせた大隊(コホルス)、そして、大隊が十集まって構成される軍団(レギオン)となり、この軍団を指揮するのが軍団長(レガトゥス)、全軍団を指揮するのが執政官・法務官、もしくは執政官格司令官・法務官格司令官となっていた。
この単位・秩序は、ローマ兵ならば、誰もが頭に叩き込んでいる。だから、すぐさま決められた場所で、皆集合し整列した。そして、整然と順序よく行進を始めて陣門へと向かっていく。
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