新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第9章ヒスパニアの章

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 イリパ前夜(続き)
「スキピオは、いつもどのように動いていたか」
 マニアケスの顔を見て、それから指をすっと動かす。
「まず我らに先んじ出陣し、両軍の中間に進む」
 彼の指が、丘と丘に挟まれた低地の地点を押さえた。
「そして、我が軍が出陣し、展開するのを待つ」
 指と指が、カルタゴ軍の布陣する丘の麓で広がった。
「そして、展開し終わるのを待ち退却を始める」
 ジスコーネ、そこで顔を上げ、再び彼女の顔を見た。
「つまり、彼は我が軍の布陣を、確かめている」
「確かめている?なぜでしょう?」
「分からぬ。だが、確かめている」
 そこで、と彼は続ける。
「この後に、彼の策が待っているに違いない。それゆえ、我らも方針を変えねばならぬ」
 そう。これまでの作戦は、敵が動き出すのを待つ策。戦力に優位にあることから、敵が補給に苦しみ退却を始める時に追撃する、これを基本としていたのだ。




「彼がまだ確かめている間に、合戦に持ち込む」
 再び彼の指が動き出す。自軍の陣地のある丘に戻った。
「彼は明日も出陣して参ろう。だが、これまで敵が出陣して来る時刻は、朝日が昇ってしばらくしてからだ。両軍が対峙する形となるのは、いつも正午になろうかとする頃」
「はい」
「それゆえ、明日は、陣内にて充分準備を施しておく。そして…」
 彼の指が、さっと動いた。
「いち早く中間地点に布陣する。そして、一斉に攻撃を仕掛ける」
「なるほど…それは名案」
 マニアケス、大きく頷いた。
(スキピオは機略の人。その機先を制することが何より大事。そのことを、この御仁は、よく理解しておられる)
 ジスコーネは、敵をよく知り、柔軟に戦術を変更して来たのだ。




「彼が何を思うかは知らぬ。だが、機先を制されたスキピオは動揺するに違いない。一旦崩れれば、こちらのもの。イベリア兵はたちまち離反しよう。そこを追撃する。あのバエティス川の戦いを、ここで再現するのだ」
 そこには自信に満ちた指揮官の顔があった。
 そう。彼も、このヒスパニアの大地で勝利を重ねて来た、名誉あるカルタゴの武将であったのだ。


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 イリパ前夜
 マニアケス、幕舎の内へと声をかけた。
「マニアケスにございます」
 中で会話していた声が、ぴたと止んだ。
「入るがよい」
「御免」
 幕をくぐると、ジスコーネは、副官アドヘルバルと談合している最中であった。
「こんな夜更けにどうなされたのだ?」
 ジスコーネ、優渥な表情を向けた。
 敵に対しては狡猾な司令官。だが、内にはこれほど気遣いの細やかな男もない。
「はい…」
 マニアケスは、敵の現況を伝えた。即ち、ローマ兵は戦意旺盛だが、イベリア兵は戦意薄弱だと。無論、先に指図された流言も充分に仕込んであるとの言葉も添えて。




「うむ。思った通りに進んでおるな」
「は…」
「…で、何を気掛かりとするのだ?」
「は?」
「そなたがこんな夜更けに来たということは、自身の工作が巧く進んでいるとの報告だけではあるまいが。何か懸念する点があるのであろう」
 ジスコーネ、薄らと笑みを浮かべた。
「御明察」
 マニアケスは、少し頭を下げると、自分の案ずることを打ち明けた。
 スキピオが、なにゆえ日常行事のように出陣退陣を繰り返すのか、なにゆえイベリア兵の動揺を鎮めるべく手を打たないのか。
「あの若者のことです。またもや何か策を巡らしているのはと…」
「そうか…」
 ジスコーネは立ち上がった。




「偶然だな」
「え?」
「実は、今、そのことをアドヘルバルと話していたところなのだ」
 彼女がその副官を見ると、端正な顔立ちを僅かに微笑してみせた。
「そこで、考えた。スキピオは一体何を思うのか」
「はい」
「正直に申すと、彼が何を考えているかまでは、幾ら考えても分からぬ」
 お手上げといわんばかりに、肩をすくめた。
「だが、明らかに何かを狙い、敢えて繰り返している。それは明らかだ」
 言葉を切った。深夜の、しんとした静寂が三人を包み込む。




「何かを狙っている。即ち、このまま我らがそれに付き合っていれば、足をすくわれる事態が必然生ずる」
「はい…」
 そう。まさにそれをマニアケスは危惧していた。
「それゆえ、彼が密かに思う策を実行に移す前に、機先を制し打ち砕かねばならぬ」
「どのようにして?」
「彼が、今度出陣してくれば、何としても合戦に持ち込むことだ。そのための策を、今、練っていた」
「それは一体…」
「地図を見給え」
 ジスコーネは、机一杯に、周囲の地形を書き写した地図を広げた。


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 優位にある者の不安
 ここカルタゴ軍のマニアケスの幕舎。
 彼女は、夜更けにも関わらず、手下の密偵の報告を熱心に聴き取っていた。
「…そうか。ローマ兵の士気はすこぶる高いか」
「は。ここまで連戦連勝。指揮官への信も篤く」
「イベリア兵どもの方はどうだ?」
「はい。こちらは全く対照的で…」
「どうなっている?」
「甚だ戦意上がらず」
「流言が利いたか?」
「充分過ぎるほどに」



 そう。マニアケスは、ジスコーネの司令に基づき、ローマ軍の弱点であるイベリア人の部隊の間に、密かに噂を広めていた。
『カルタゴ側に寝返れば、これまでの罪は赦される』
『ローマ軍の物資は恩賞としてイベリア人部族のものになろう』
 この噂に、俄然、イベリア兵は動揺していた。
 現実に、ジスコーネの陣営に、イベリア人部族が続々駆けつけている。だから、ローマ軍の陣営にあるイベリア人たちは気もそぞろであったのだ。
 ジスコーネは、かつて父スキピオと伯父グナエウスの兄弟を討ち取った折のように、イベリア人を離反させ、ローマ軍を内部から崩壊させようと図っていたのだ。




「…そうか」
 マニアケス、小さく頷いた。
「ご苦労であった。下がって休むがよい」
「は」
 その手下は、影がすっと引くように消えていった。
 手下が出ていくと、
「ふうー」
 マニアケス、大きく溜め息をつき、思案に耽った。 
 手下の報告は、自身の施した工作がてきめんに効果を見せている朗報であった筈だが、なにゆえか表情は冴えなかった。
(そのことはスキピオも知っている筈。なのに、なぜ手を打たないのか)
 その疑念である。




 そして、敵のスキピオが出陣しては退却する、そのことをまるで日常行事のように繰り返すことにも、不審の念を抱いていた。
 総司令官ジスコーネは、
『我が軍に隙を生じさせようとの考えであろう』
 と、格別意に介さない。
(やはり気になる…)
 彼女は、すっくと立ち上がると外に出た。
 ヒスパニアの暖かな春風がそよぎ、彼女の美しい黒髪がなびいた。
 百歩ほど先のジスコーネの幕舎に向かった。そう。総司令官の周囲に、部将の幕舎が配置されていた。
 彼もまだ寝入っていないものと見え、明かりが灯っていた。


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 戦列を変える(続き)
「ふ。ハンノン殿だけは分かっておられるようだの」
「戦列の変更が、何か大きな意味がありまするか?」
 弟のルキウスが首を傾げ訊いた。
 スキピオは、それには答えずに、
「諸君はレウクトラの戦いを御存知か」と訊き返した。
「知っております」
 ラエリウスが答えた。
 彼は、今は亡きフラミニウスから戦術を叩き込まれた。その教材の中に、戦史を振り返ることがあり、その中の一つにレウクトラの戦いがあった。
「今からおよそ百五十年前。ギリシアのテバイの指導者エパミノンダスが、当時の覇者スパルタを打ち破った戦いにございます」
「その勝因は何であったと思う」
「それは…斜線陣にございます」




 紀元前371年。当時のスパルタ軍は絶対無敗の常勝軍団だった。
 そこで、エパミノンダスは一計を案じて、布陣に工夫を凝らした。
 即ち、寡勢のテバイ軍は、戦意の上がらぬ同盟国兵を斜め後方へと細長く配し、敵補助部隊との衝突を遅らせた。その間隙に、自ら率いる分厚い主力でスパルタ軍にぶつかり、敵主力を撃破した。その後、転じて敵の補助部隊を蹴散らし、全体の勝利を掴んだ。
 要は、味方の主力を敵の主力に集中し、小勢の別隊の衝突を遅らせて時間を稼ぎ、主力だけで勝負を決める戦法だ。
 古代ギリシア史上燦然と輝く勝利であった。




「私は、そのレウクトラの戦いを参考にしようと思う」
 愚者は己の経験に学び、智者は他人の経験−即ち歴史−に学ぶ。そんな名言を近代のとある政治家が遺しているが、スキピオはここでまさしく歴史に範をとろうとしていた。
「…では、主力でもってジスコーネ本隊にぶつかる、と仰せですか」
 今度はヘレンニウスが訊き返した。
「逆だ」
「逆?」
「主力で敵の弱い部分にぶつかる。そして、弱いイベリア兵を敵の強い部分にぶつける」
「…しかし、それでは、あっという間にイベリア兵部隊は打ち破られてしまうのでは?」
「そこを斜線陣の故知を応用するのだ」
「でも、斜線陣は、敵の主力に味方の主力を集中してぶつける戦術であった筈ですが…」
 そう。エパミノンダスは、五十列もの分厚い隊列でスパルタ本軍を押し潰した。
 つまり、斜線陣とは、精鋭を一点に集め、敵の精鋭部隊を粉砕する戦術だった。




「ヘレンニウスよ」
 スキピオは笑った。
「はい」
「歴史を学ぶ意義は、先人を真似るにあらず。先人の智慧に学び、それを応用することにある」
「応用することに…」
「だからこそ、敵の先を越すことが出来るのだ」
 それは、歴史を知る人間の確固たる自信であった。
 ここで、スキピオは、恐らくこの数ヶ月の時間を費やしたであろう、練りに練った布陣を、初めて披露した。そして、諸将にどう動くべきか、どう展開すべきかを、繰り返し繰り返し説明した。


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 戦列を変える
 出陣・退陣が繰り返されて七日目の夜。
 スキピオは、夜の帳がすっかり落ちると、副将シラヌス、軍団長マルキウス、副官ラエリウス、ヘレンニウス、副官で弟のルキウス、そして、密偵のハンノン、ミルトと、最も信頼する人々のみを、自身の幕舎に集めた。
 そう。この数年に及ぶ遠征で、これらの人々とは何でも打ち解けて話し合う間柄となっていた。
「諸将は、恐らく、この数日、さぞ怪訝な面持ちで我の采配を見ていたことと思う」
 スキピオは、ここでも含み笑いした。それは、こっそり仕掛けたいたずらがまだ見つからない、そんな風にしてやったりと喜ぶ少年のようであった。




「はい。そろそろ、我らにもそのお心を教えて頂ければと存ずるが…」
 シラヌスが諸将を代表して訊いた。この頃、彼は、完全にスキピオ軍の副将としての立場に収まっていた。それが味方にとって最良との年長者らしい判断からであった。
 そんな温厚な老将に、スキピオは頷いてみせた。
「貴殿すらも察し得ぬという点にこそ、この作戦の眼目はある」
「どういうことで?」
「これ即ちジスコーネも気付いていないということ。戦場にて狡猾この上なしと評される彼も、我が意図には至るまい、ということ」
「なるほど…。して、いかなる意図が隠されていると?」
「敵の戦列に変更があるか否か、それを確かめたかった」
「戦列に変更?」
 老将は首を傾げた。
 シラヌスが首を傾げるのも当然だ。この時代、敵が誰であっても同じ戦列で臨むのが普通だ。中央に歩兵。両翼に騎兵。前方に序戦を務める軽装歩兵。これがこの時代のオーソドックスな戦列だ。




「マルキウス殿」
「はっ」
「そなたは我が軍の弱点はどこにあると思う」
「はい…。第一に敵より寡勢であることです」
 それは誰もが知っていること。
「第二は?」
「それは…」
 マルキウス、ちらと皆を見回し、
「イベリア人の歩兵どもです」
 と、やや遠慮がちに答えた。
「なぜ、そう思う?」
「それは…閣下の父上のときもそうでしたが、彼らは後背定まらず。現に、只今も敵勢の優位を見て、明らかに動揺している節が窺えますので」
 そう。エデタニ族やイベリア人首長コリカスが送って来たイベリア兵は、敵の大軍を見て、明らかに尻込みしていた。




「うむ。私の気にかける点もそこにある」
 スキピオは真顔に戻っていた。
「かといって、ローマ兵と信頼に足る同盟国の兵だけでは、ジスコーネの大軍の前にあまりに小勢となってしまい、ひいては味方の士気にも関わろう」
 それだから、頼りなきイベリア兵であっても数の上で不可欠であると前置きして、
「私は来る決戦に戦列を変えて臨もうと考えている」
 といった。
 これこそ、スキピオの戦略の核心を吐露したものであったが、誰もその言葉の重みに気付いていなかった。いや、一人、目を大きく見開いていた。
 密偵のハンノンである。彼は、我が意を得たりとばかりに大きく頷いていた。


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