新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第9章ヒスパニアの章

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 イリパ(続き)
 ローマ軍は、イリパまで数日という行程まで来ると進軍を止め、斥候を放った。
「ジスコーネはどのような陣容で我らを待ち構えるか」
 斥候たちはすぐに帰って来た。
 彼らの報告するところは全て一致していた。
「ジスコーネはイリパの北にある丘に布陣」
「その兵力は、歩兵およそ七万、騎兵四千」
「丘の麓に防柵を連ね、強固な陣営を構築」




 それらを聴き取ると、スキピオは衛兵の姿をしたミルトを見た。
「そなたのいうとおり、我らを待ち構えて討つ、そういう戦略のような」
「はい」
 ミルトは頷くと続けた。
「ジスコーネとすれば、慌てる必要は何もありませぬから。我らが攻めかかるのを待ち、要所からおっとり囲んで撃滅する、その腹積もりか、と」
 四囲の状況は全てジスコーネ有利。戦機を慎重に見計らって攻めかかればよい。無理押しに攻めかかる必要はないのだ。




「総司令」
 口を挟んだのは密偵のハンノン。彼は、この戦いに密偵として従軍していた。
 スキピオの希望であったし、ハンノンもそう望んでのことだ。
「何か意見がおありか」
「は。油断というものは、常識の内に潜んでいるということにございます」
「ほう…」
「ジスコーネは、カルタゴにあっては珍しく、智に長けた武将にござる。勝利のためには狡猾も厭わぬ男。伝え聞いたところによると、父を傭兵の乱で無残に失ってから、そう心得ておるとのこと」
「む…聞いたことがある」
 かつてアカデメイアで同窓だった折。
 傭兵の乱で父を失ったことは、密かな心の傷としていたせいか、ジスコーネは口数少なかったが、彼の信念として、その言葉を聞いたことがある。
『戦いにおいて、人の良さを出してはならぬのだ』
 温和な彼の言葉として、ひどく違和感を覚えたから、しっかりと記憶していた。
 たが、それは現実のものとして、スキピオの身に襲いかかっていた。ジスコーネは、かつての同窓である友の父を、計略にかけ滅ぼし去っているのだ。




「その彼が、敵の思い込みを利用しないとは考えられませぬ」
 その言葉に、スキピオは瞳を僅かに見開いた。
「そうか…我らが敵は打って出ぬと決め込めば、そこを衝いて来る…ということか」
 その言葉に、ハンノンは静かに頷いた。
「全てにおいて油断は禁物。僅かな油断を見せた方が滅ぶのでございます」
 戦いにおいて、思い込みほど恐ろしいものはない。
 フラミニウスは、敵は退却を急いでいると思い込み、トラスメヌス湖畔でハンニバルの奇襲に身を滅ぼした。父スキピオは、バエティス川流域に進攻しさえすればカルタゴ勢力を崩壊に追い込めると思い込み、ジスコーネの手勢に囲まれ身を滅ぼした。




「ハンノン殿。忠告、感謝する」
 スキピオは微笑んだ。
 心の内で、大敵ジスコーネの人格をしっかと刻み込んでいた。
「僅かなる油断をも戒め、細心の注意の下に進むことにしよう」
 数日後。ローマ軍は進発し、周囲を警戒しながら慎重に進み、やがて、イリパの北郊、ジスコーネの軍勢が陣を構える丘と真向かいに位置する丘に至った。

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 イリパ 
 紀元前206年早春。
 それまでガデスにあったジスコーネは、総勢四万の軍勢を率いて出陣すると、バエティス川沿いに進軍しイリパの街に入った。
 イリパは、現在のセビリアの北14km、アルカラ・デル・リオ村近辺にあった都市で、バエティス川下流域のカルタゴ側の枢要な都市であった。
 ジスコーネ光臨を聞きつけ、イベリア人部族が我先にと続々兵を率いてやって来た。
 イリパ周辺には、たちまち七万余の軍勢が集結した。
 カルタゴの将軍ジスコーネの威光はまだまだ落ちてはいなかったのだ。




 イリパの城に入ると、ジスコーネらは日々軍議を重ねた。
 座にあるのはマゴーネ、マシニッサ、マニアケスである。
 議論を経るごとに、次第にある結論へと落ち着いていく。
「我らは圧倒的な優位にある」
 ここでも、総司令官ジスコーネは絶対的な自信を見せた。
「第一に、敵に倍する兵力が集まっている。第二に、兵糧充分で糧道に不安もない。第三に周囲のイベリア人部族の援護がある。対するスキピオ率いるローマ軍は、この全ての点で我らに劣る」
「従って、ローマ軍は速戦即決を求めるしかなく、我らはそれを落ち着いて迎え撃てば良いということになる。だが…」
 ここでジスコーネは言葉を切った。
 三人の視線が自分に集まっていた。




「ここまでは、スキピオのこと、当然読んでいることであろう」
 怜悧な笑みを浮かべた。
 そう。かつて、共に明日を語り合った仲なのだ。相手の性情はよく心得ていた。
「そこで、一つ策を考えた。我らとて、実は、早くこのヒスパニアで勝利を収めたいことには変わりないからの」
 ジスコーネたちの願いは、ヒスパニアで一日も速く勝利を収め、この地を平定し、イタリアに駆けつけること。そうでないと、カルタゴ側の勝利でこの戦いを終わらせることは出来ないからだ。
「マゴーネ殿、マシニッサ殿」
「はっ」「ははっ」
「御両所は、敵のローマ軍が陣営の設営を始められたら…」
 ここで、ジスコーネはある策を囁いた。
 



 同じ頃、新カルタゴのローマ軍も進発していた。歩兵四万二千、騎兵二千五百。総勢四万五千弱であった。
 山々を越えて西に進み、バエティス川流域に入っていた。そして、カストゥロで、シラヌスが連れ帰って来たイベリア人コリカスの提供になる三千五百の兵と合流した。歩兵三千、騎兵五百である。
 決して多くはないが、スキピオはことのほか喜んだ。
「不足はない。これだけあれば敵の一翼を支えることは出来よう」
 バエクラで数日兵を休息させると、進軍を再開し、さらに西へと進んだ。
 辺りは広大な平原が広がっていた。現代のアンダルシアの大平原である。
 なだらかな丘陵が見渡す限り続き、草木が春風にさわさわそよいでいた。
 早春にもかかわらず、早くも燦々たる陽光が降り注いでいた。
 ぽかぽかして、立ち止まると眠くなってしまう陽気であった。


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 兵力所望(続き)
 そこに副官ヘレンニウスがやって来て告げた。
「総司令、ハンノン殿がお越しですぞ」
 例の娼館の主であるが、既に承知の通り、かつてカルタゴ軍の密偵を務めた男で、足を洗ってからは世を渡る仮の名としてカルタゴ風の『ハンノン』を名乗っているに過ぎない。スキピオの新カルタゴ攻め以来、ローマ軍の協力者となっていた。
 近頃は、スキピオの密かな相談相手となり、ヒスパニア統治にあたっての政治顧問ともなっていた。
「そうか。すぐにこれへ通せ」
 待ちかねていた。まさしく、只今の状況を打開するために呼んでいたのだ。




「総司令閣下、お招きに従い参上仕りました」
 ハンノンは、あの娼館の主の飄々たる風貌を捨て去り、密偵の頃の油断ならぬ姿に戻りつつあった。立ち居振る舞いが武者の容儀となっていた。
 バエクラの戦いの後、ハンノンは明らかにスキピオに対する態度を変えていた。
 スキピオは苦笑した。
「そのような堅苦しい挨拶は…どうも貴殿には似合わぬのう」
「はは」
 ハンノンは笑った。
「娼館の主は、あくまでも仮の姿。こちらが本来の私にございます。やはり、本性は隠しようがないようで」
「…左様か。ならば仕方あるまい」
 二人は笑った。




 スキピオは、早速に、昨今の情勢を告げると、打つべき手を訊ねた。
「どうだ。何か手はないか」
「ま、イベリア人は利に惑いやすい連中。そういうこともありましょう」
 さもありなんと答えた。
「そう呑気に構えられては困る」
 スキピオは眉をひそめた。
 時間があまりないこと、春が到来すればジスコーネが大軍を率いて東進して来るに違いないことを正直に打ち明け、派兵に応じてくれる部族はないか、それを性急に訊いた。




「一つ、わたくしに心当たりがあります」
「ほう」
「私の知己でコリカスという男がおります。その男は二十八の村を支配する者ですが、カルタゴをたいそう憎んでおりますれば、声をかければ必ず派兵してくれましょう」
「なるほど、それはよい。それならば…」
「ですが…」
 ハンノンは喜ぶスキピオの言葉を遮った。
「せいぜい五千がほどでしょう。兵力の劣勢を一気に挽回するほどではありませぬ」
「構わぬ」
 スキピオは言った。
 この時の追い詰められた状況では、千でも二千でも貴重な戦力。五千も増えれば、呼吸もずんと楽になり、作戦を立てる余裕がぐっと広がる心地すらする。




「誰を遣れば良いかな」
 援軍を乞う使者に、ということだ。
「シラヌス殿がよろしゅうございましょう」
「ほう。なぜか」
「なにせ誇り高い男ですので、ルキウス殿やラエリウス殿らの若さでは侮りを受けたと感じましょう。それに引き換え、官位の上で閣下と同格で、年長のシラヌス殿であれば、コリカスの誇りも満たされ、閣下の誠実を信頼し、喜んで兵を差し出して参るでしょう」
 人を説く適任というのは、弁舌の巧拙だけで決まることではない。
「よろしい。すぐにシラヌス殿にお願いするとしよう」
 それから間もなく。
 副将シラヌスが百騎ほどの騎兵を連れ、コリカスの村に向かって出立した。スキピオとシラヌスは、昨今の情勢の問題意識は共有してあったから、二つ返事で使者の役目を引き受けてくれたものだ。


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 兵力所望 
 明けて紀元前206年。新カルタゴ。
 ローマ軍の陣営は沸きに沸いていた。
 スキピオの弟ルキウスがオロンギスを攻略したのに続いて、副将格のマルクス・ユニウス・シラヌスが、カルタゴ本国から新たにやって来たハンノン率いる大軍を撃破し、ハンノン以下全てを降伏せしめたからである。
「これで、ジスコーネ率いる勢力はイリパ以西に閉じ込められた」
「ヒスパニアから退散せねばならぬ日も、そう遠くはあるまいよ」
 かつてカルタゴのヒスパニア統治の本拠だった街とは思えぬほどに、ローマの勝利に沸き立っていた。現金なもので、民草というやつは、平和と繁栄をもたらしてくれる統治者であれば、誰でも差し支えなかったのである。




 だが、この時、司令官スキピオは深刻な悩みを抱えていた。
「兵が足りぬ」
 この頃、ローマの支配は、タラコから新カルタゴ、さらにはバエティス川上流のカストゥロ、バエクラ、オロンギスと広大な領域に及んでいた。各地にそれなりの守備の兵力を割いて、となると、前進する兵力がてんで足りないのだ。カルタゴ最後の拠点ガデスへ進撃するなど思いもよらない。
 そのため、イベリア人部族に兵の徴募を呼びかけたものの、反応はすこぶる芳しくなかった。否、それどころか、逆心を抱いていると疑われる部族も散見された。




「これは一体どういう急変か」
 ローマ軍は連戦連勝、そして、スキピオの穏やかな統治の恩恵を蒙っているにもかかわらず、ローマから心が離れ始めているのだ。
 そのことは、ミルトの諜報によっても裏付けられていた。
「どうやら、ジスコーネが巨利をもっての内応を促しているようで、それに心揺らいでいる模様。既に意を通じている部族も少なからずある気配」
「なんたること…」
 スキピオは顔を歪めた。
 イベリア人部族は、父スキピオから離反した罪を許され、スキピオの許に保護されていた妻子を取り戻し、感謝の涙を流して忠誠を誓った筈であった。なのに、もうローマを裏切る準備に精を出していると聞いては、いかに徳性豊かな人間でも、舌打ちせざるを得ないであろう。
「なるほど…この有様では、我が父が統治に並々ならぬ苦心をしたというのも、土壇場に彼らに背かれたというのも、得心出来るというもの」
 この時ばかりは、スキピオも、いいようのない苦渋の色を見せていた。




 とはいえ、逡巡している暇はなかった。
 あと一押しすれば、このヒスパニアからカルタゴ勢力を駆逐出来るのだ。そうなれば、戦局は大きくローマの側に傾くであろう。
 なのに、である。現実は、カルタゴのガデス政府の財力にものを言わせた調略に、イベリア人部族は引き寄せられ、族長たちがひきもきらず伺候し、あまつさえ今春の出兵を約束したという。
 ジスコーネは、春の到来と共に、大軍で押し出して来るに違いなかった。
(もし、後手に回れば…)
 ジスコーネの威風堂々の進軍を目の当たりにすれば、イベリア人部族は心変わりするに違いなかった。そうなれば、新カルタゴの財宝−大半は運び去ったが−に目がくらんだ部族は豹変し、ここに殺到してくるであろう。
(何が何でも機先を制さねばならない)
 ジスコーネが大軍を集結し終える前に、イリパに進撃しなければ、現在の優勢はたちまち瓦解しかねなかった。
 近頃、ジスコーネが、ガデスにあって日々饗宴に耽っているという情報がしきりに流れていることにも、
(臭い。我らを油断させる手に違いない)
 と一倍警戒を強めていた。




(兵力が必要だ。とにかくもう少しなければ、どうにもならぬ)
 今、後方の守備に回す兵力を除くと、直ちに動かしうるローマ軍の兵力は、増強されたとはいえ三万余。対するジスコーネに呼応した部族を数え合わせると、その兵力は軽く十万を越えるほどに膨れ上がる虞があった。
(これは容易ならぬ事態…)
 背筋が凍る思いであった。圧倒的大軍の威容を眼前に見れば、今なお味方にとどまるイベリア人部族の動揺も押さえきれないであろう。
 将兵から喝采を浴びるスキピオは、勝利に得意になるどころか、それとは対極の漆黒の不安に苛まれていた訳だ。


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 宴に隠れて(さらに続き)
「さらに」
 ジスコーネが続けた。
「我らの許に馳せ参ずることを誓う部族の使節が続々来ている。そこで余は命じてある。来春イリパに集結せよ、と」
 イリパとは、現在のセビリア北郊に位置する都市。カルタゴ側の重要な拠点である。
「イリパに。どの程度の兵力が?」
「多分、二十万がほどは集まろう」
「二十万!」
 マニアケスは驚いた。いや、それは、ジスコーネが、こんな饗宴に日々溺れていると見せかけ、着々と手を打っていたことに対するものでもあった。




「しかし」
 マニアケスがある懸念を示した。
「ローマ軍を追い払ったはいいものの、イベリア人部族が増長いたしませぬか」
 略奪勝手のお墨付きをいい事に、新カルタゴやらサグントゥムに盤踞されては、後々の統治がやりにくくなるのでは、というもっともな懸念であった。
「案ずることはない」
 ジスコーネは言った。
「ローマ軍を追い払いさえすれば、我が軍の力は今の数倍になっていよう。それに敵しうる勢力は、このイベリア・ヒスパニアには存在しない」
「それは…」
「我が統治に逆らう部族は悉く滅ぼす」
 ジスコーネは断固としていった。
 要は、好餌を見せてローマ軍と戦うように仕向け、戦後、用済みとなった彼らを再び厳しく統治すると言っているのだ。彼が、後背定かならぬイベリア人部族をいかに不信の目で見ていたかが分かる。
「戦いにおいて狡猾であることは善良なこと。人の良さがゆえに敗れをとっては、国民は酸苦を舐める結果になろうからな」
 カルタゴの冷厳な支配者の確固たる信念に、座は静まり返った。




 ジスコーネはくすっと笑った。この温和な笑顔も、また彼の真実であった。
「敵は、新カルタゴを落として見せたスキピオなのだ。我らも、相当の心構えを持って臨まねば、足をすくわれようでの」
 そして、人々に己の意図と覚悟が充分に伝わったのを確かめ終えると、
「それでは、もとの宴を始めるとしよう。我らの結束を確固たるものにするためにも、酒と料理は不可欠だからの」といった。
「それはようございますな」
 マゴーネやマシニッサが頷き、マニアケスの方を見た。同意を求めるように。
 すると、彼女もようやく笑みになった。
「分かりました。そういうことならば喜んで御相伴にあずかりましょう」
 微笑む彼女は、女性としての魅力を余すことなく輝かせていた。
「そう。そうでなくてはならぬ。女性は笑ってこそなのだ」
 ジスコーネは、そういって杯を掲げた。


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