新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第9章ヒスパニアの章

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 宴に隠れて(続き)
「そういうことで、貴君らをこの宴に招いた、ということなのだ」
「そういうことでございましたか…」
「そこで、これからの戦略であるが」
 そういうと、ジスコーネは、ちらと隣のアドヘルバルに目で合図した。
 そのアドヘルバル、頷くと、懐から書き付けを取り出した。
「はい。我ら、ガデスで安逸を貪っていると見せかけ、既に動いておりまする」
 ジスコーネは、ある方針に基づいて密かに行動を開始していた。
 それは、イベリア人部族の人心を取り戻すという方針に基づく。




「しかし…」
 マニアケスが口を挟んだ。
「イベリア人の大半は、スキピオ率いるローマ軍に靡いてしまったと聞きましたが…」
「そこです」
 アドヘルバルは微笑んだ。彼はジスコーネに重用される優秀な副官。
「靡いた理由は、スキピオが新カルタゴ攻略時に身柄を押さえた妻子を取り戻すのが主な目的。あとは我らカルタゴとローマを天秤に架けた結果に過ぎませぬ」
「ふうむ…」
「彼らは妻子を取り戻しました。ですから、天秤をこちらに傾けてやればよいのです」
「なるほど…しかし、どうやって傾けるのです」
「利です」
「利?」
「イベリア人は、ガリア人と同じく貪欲。利があれば、それに群がって参ります」
「どのような利を与える、と?」
「ローマの占領するイベリア・ヒスパニアの土地全てにあるものです」
「えっ!」
 マニアケス、一驚した。
 アドヘルバル、苦笑した。
「それぐらいの大盤振る舞いをしなければ、彼らの心を掴む事は出来ませぬ」




 要は、ローマ軍に占領された土地にある物資の略奪勝手のお墨付きを与えた訳だ。何を奪おうと自由だと。
 事実、この提案にイベリア人部族は大いに心を動かされ、早くもカルペタニ族などの大族が、ローマの背後を脅かし始めていた。新カルタゴの財宝はローマに接収されたが、なお莫大な金銀が残されていたからだ。
「あわよくば新カルタゴを奪わん」
 その思惑だ。それは、一つカルペタニ族だけでなく、他の部族に共通する欲望。だから、一時、熱狂的に傾いたローマ支持の動きは、この頃ぴたりと止んでいた。


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 宴に隠れて 
 饗宴は客たちの歓談の下に進んだ。
 だが、紅一点マニアケスの口数は少なかった。時折、言葉少なく相槌を打つばかり。




「ふふ」
 ジスコーネが薄ら笑いを浮かべた。
「恐らく、マニアケス殿は…」
 口に含んだぶどう酒を、ごくと飲み込むと続けた。
「このような時局に、このような事をしている場合かと思っておるのであろうが」
「はい。正直申せばその通りです」
 マニアケス、心にあるまま応えた。イタリアのハンニバルの置かれた苦境を思えば、美酒や美食に溺れる気になれない。しかも、つい先頃、ハシュドゥルバルが最期を遂げた苛烈な戦い経て来たばかりの彼女なのだ。




「宴席の方が雑音が入らぬ」
「どういうことです」
 ジスコーネ、すぐには応えず、
「その方ら、もう下がってよいぞ」
 給仕に当たる女たちに下がるよう命じた。
 女たちが扉の向こうに消えると、言った。
「ジスコーネをはじめとしたカルタゴの者どもが饗宴に浮かれていると囃されている方が、作戦を立てやすい」
「それは…新たな戦いの前の偽装ということにございますか」
「うむ」
 ジスコーネは静かに頷いた。
「我がカルタゴ陣営には、将多数ありといえども、その中で真に将たるは、ここにある者どもだけだ。先般、送り込まれたハンノンも何の事はない」




 昨年末、カルタゴ本国よりハンノン(大ハンノンとは別人)という将と共に兵が、このヒスパニアに送り込まれて来た。
 聞くと、熱心なハンニバル信奉者だと言う。
「是非とも、我を前線に投じて頂きたい。ローマ軍を打ち破って御覧に入れよう」
 若者は意気軒昂にこう申し入れて来た。
「左様か…ならば」
 ジスコーネは、腕試しとばかりに、敵将の一人シラヌス率いる隊に彼を向かわせた。
 スキピオは、この頃、弟ルキウスやシラヌスに一隊を任せて、各地に進ませていた。
 が、ハンノン軍は呆気なく敗れ去るや、なす術無く、シラヌスの軍に捕縛されたとの報がガデスに届いた。




「何たる役立たずか」
 ジスコーネは呆れ果てた。
 退却もできず、麾下の兵共々降伏してしまったのである。
 ハンノンは捕虜としてローマに護送されてしまったという。またしても、スキピオの戦果の一つに数えられる結果に終わってしまったのだ。
(やはり、カルタゴ本国に見るべき人材はいない)
 そのことを痛感せざるを得ない。
 見回すと、将たる人材に値する人間は、まさしく本日宴に招いた人々のみであることを彼は認識した。
(この人々と語り、必勝の策を巡らす他なし)


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 ガデスの饗宴(続き)
 マニアケスは、饗宴の催される部屋の扉をぎいっと開けた。
「マニアケスにございます」
 姫の如き衣服をまとう彼女はまことに神々しく、男の目を奪うに充分であった。
「おお」「さすが…」
 果たして、男どもの感嘆の声が上がった。
「おお。来たか」
 館の主も、思わず身を起こした。
 この時代の地中海世界の饗宴は、寝そべって飲食するのがならわし。ローマもカルタゴも同じであった。これもギリシアから取り入れた風習の一つ。ギリシアの流儀と異なるのは、女性も参加出来ること。ギリシアが女性を深窓へ追いやったのとは大きな違いだ。




「うむ。やはり、女性はそうでなくてはならぬ」
 満足げに頷いたのはジスコーネ。
 そう。この館の主とはジスコーネその人であった。
「これ。マニアケス殿に酒と食事を持って参れ」
 彼は召使いに言いつけた。
「マニアケス。そなたは、そこの寝台にあれ」
「は…」
 主の指差す寝台に、彼女は身を横たえた。
 間もなく、彼女の前にも山海の珍味を山と盛った皿が幾つも運ばれた。そして、ヒスパニア産のぶどう酒が並々と銀杯に注がれた。
「まずは、再会を祝し、乾杯といこうではないか」
 ジスコーネの音頭で、主と客人たちは、ぐっとぶどう酒を呑み干した。
 寝そべって酒を呑むのは、現代の我々からすると、かえって窮屈に感ずるが、貴顕の人々は、うまそうに呑み干していく。




「マニアケスよ。随分と久しぶりだのう」
 しみじみといったのは、ハンニバルの弟マゴーネであった。
 二人の再会は、マゴーネがカンネーの戦後カルタゴに帰還して以来であった。マニアケスがヒスパニアに戻ってからも、マゴーネは別軍を率いて転戦したり、途中からガデス防衛の任に当たったりと、すれ違いが続いていた。
「はい。弟君様の御健勝なお姿を拝し、何よりにございます」
「そう堅苦しい物言いはなしにしよう。我ら戦友ではないか」
「いえ…そんな恐れ多いことを」
「いいや。俺はそう思っている」
 二人のやりとりに、ジスコーネはくすっとした。
 彼は、マゴーネの淡い想いを知っていたからだ。



「マニアケスよ。今日は普段の礼儀を構えなくともよい。寛いで存分に語り合おう。我ら、身分の差ありとて、共に、このヒスパニアのため、カルタゴのため働く、いわば同志」
 座にいるのは、ジスコーネ、マゴーネ、ジスコーネの副官アドヘルバル、そして、マッシュリ王国の王子マシニッサ。マニアケスを含め五人だけであった。
 ここにいる五人こそが、イベリア・ヒスパニアのカルタゴ勢力の根幹をなしていた。

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※現在のカディス(古名ガデス)です。GNUフリー文書利用許諾書 (GNU Free Documentation License) 1.2に基づいて掲載しています。



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 ガデスの饗宴 
 ここガデス(現カディス)。
 只今、大西洋に浮かぶこの街が、ヒスパニア・カルタゴの臨時首都となっていた。バルカ家の主要な人々はここに居を構え、カルタゴ領ヒスパニアの統治の機能はここに集められていた。
 臨時の首都とはいえ、ここは八百年の歴史を誇る由緒ある海上都市。また、イベリア・ヒスパニアにおけるバルカ家の事業草創の地。従って、政府の機能を果たすに何の不足もない、まさしく完備された政治経済都市であった。




 大西洋を望む、とある居館。
「湯加減はいかがにございます。ぬるければ、下女に言いつけまするが」
「む。ちょうど良い」
 湯船から上がると、その人物は、湯煙の中、輝く白い肌を見せ、女に背を洗わせた。
「もうよい。湯につかり、それから上がるとする」
「は」
 女は下がっていった。
 その人物は立ち上がると、美しく伸びる黒髪を両の手でたくし上げた。
 輝く美貌が現れた。マニアケスである。
 この時、齢三十近くになっていた筈だが、肌はつやめき、豊穣なる胸の乳房に、腰は柔らかな曲線を描いていた。それは、王家の姫ともいうべき容姿であり、誰も彼女のことを屈強なる女戦士とは思わぬであろう。




「ふう」
 彼女は溜め息をついた。
 眼前には、広大なる大西洋の海原が広がっている。
 その風景に思い浮かべるのは、メタウルス河畔の戦いで散ったハンニバルの弟ハシュドゥルバルの壮絶な最期の光景であった。
(ハシュドゥルバル様…)
 そう呼びかける時、脳裏に浮かべるのは決まって、かつて愛した先の総督であったが、今はもう一人を思い出さざるを得ない。
(この私は、二人のハシュドゥルバル様によって生かされている)
 そう思わざるを得ない。




 嘆き悲しむ彼女に向かって、彼女の主ハンニバルは命じた。
「来る決戦はヒスパニアの地にある。直ちに向かえ。ジスコーネ殿を支えよ」
 こうして、彼女は雪辱の炎に燃え、このガデスの地にやってきた。
(ガデスでは、さぞ戦いに向け、準備に邁進しているに違いない)
 そう思っていた。
 だが、案に相違し、ガデスの街は、あたかも新たな都の誕生を喜ぶかのような人々ばかり。今日も、彼女は、この居館の主の催す饗宴に招かれたものであった。
(このような、優雅な都人のような日々を送っていて大丈夫なのか…)




 湯から上がると、彼女は、そこに用意されてあった衣服をまとった。それは、名家の女が着る彩色鮮やか絢爛たるものであった。
(この私に…このようなものを着せて…)
 彼女は館の主の趣向に苦笑しながらも、女たちの手を借りて、衣服に袖を通していく。
「これはいかがなさいます」
 侍女が両手に捧げて来たのは、 ハンニバルより拝領した愛刀『月光の剣』である。
 マニアケスが肌身離さずつけていた名刀。
「お預けします」
 彼女は言った。どう見ても、自身のまとう豪奢な衣装に相応しくない。
 着替えを済ませると、主たちの待つ部屋に楚々と向かった。


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−これまでのあらすじ−
 アルプスを越えて来襲したハンニバルに、ローマはカンネーで大敗(216年春)するなど連戦連敗。
 だが、反攻に転じてシラクサを奪回(212年秋)。カプアも攻略(211年秋)。ハンニバルをイタリアの南へ追いやることに成功する。
 ところが、ヒスパニア戦線では父スキピオはバエティス川流域の戦闘でジスコーネの策にかかり潰滅(211年冬)。ネロはハシュドゥルバルを山間に追い詰めるも、取り逃がしてしまう(210年)。
 新司令官に弱冠二十五歳のスキピオが選出され、ヒスパニアに着任するや内偵を進め、新カルタゴ北に広がる遠浅の海(潟)に道筋を見出すや、一気に急襲。新カルタゴを一夜にて攻め落とす(209年春)。
 だが、ローマの一方の雄マルケルスは斥候に出た所をハンニバル軍に急襲され、あえなく戦死。
 微妙な均衡の中、スキピオ率いる軍勢がバエティス川流域に進攻。バエクラでハンニバルの弟ハシュドゥルバル率いる大軍と激突し、勝利を収める(208年)。
 敗れたハシュドゥルバルはアルプス山脈を驚く速さで越えイタリアに進攻するも、メタウルス川上流でネロ率いるローマ軍と激突、優勢に戦うも背後を不意に衝かれ、急転直下滅亡する。
 攻防の舞台は再びイベリア・ヒスパニアへ。
 そして、ヒスパニアの部族の跡地を訪れたラエリウス、失われた記憶を取り戻し始める。


 繋がる糸(さらに続き)
「わたくし、その話を聞いたときには、魂が消し飛ぶ心地がいたしました」
 ミルトはしみじみと述懐した。
「そうであったのか…」
 想像を絶するマニアケスの半生に、さしものスキピオも言葉が出て来ない。
(あの者の超人的な強さは、その困難な人生を所以とするものであったか…)
「だが…」
 スキピオは言った。
「今の話では、マニアケスとラエリウスに、何か関係があったとは分からぬではないか」
「私は、彼女の話が終わってから一つ訊ねました」
「何と訊ねた?」
「はい…」




 ミルトはマニアケスにこう訊ねた。
「頭領様(マニアケスのこと)以外に、その村から逃れることのできた方はおられないのですか」
「いないと思うていた…。家族も全て死んだと思うていた。だが…」
「が、なんです」
「最近、少しずつ記憶が甦って来て、誰かが逃げるのが見えた。後ろ姿でしかないが、それは私の母であったと思う…。誰か幼子の手を引いて火炎をくぐるのを見た。だが、その連れているのが、私の肉親なのかどうか…。記憶が定かでない」
 マニアケスも、悲惨な事件の衝撃に、記憶の大半をこの時失っていたのだ。





「まさか…その連れている幼子がラエリウスだと!つまり、マニアケスとラエリウスは姉弟…だと!」
 言葉を紡ぎながら、スキピオは愕然とし、青ざめていた。
「そうと決まった訳では…。ですが、あの惨禍を逃れ得た者は僅か。それが、マニアケスの深く知っている人間となれば…浅からぬ血縁にあるのではと推量されます」
 ミルトの顔色も青くなっていた。
「うーむ…」
 スキピオは唸った。
 彼は、ラエリウスの前では、いかなる出自であっても自身が動揺することはないと見得を切った。だが、明らかに今、彼は動揺していた。
(ラエリウスが、宿敵にも等しいマニアケスと姉弟…)




 スキピオは呼吸を整えると、口を開いた。
「ミルトよ」
「はい」
「今の話は当分内密にいたせ。ラエリウスにも話すでないぞ」
「はい…」
「ラエリウスが、そもそもオリッセス族の出であると決まった訳でもない。近隣の部族の出かも知れぬ。また、今の話も、所詮推量の域を出るものではない」
「はい…」
「ようやく、あいつは、この世に飛躍しようとしておるのだからな」
 スキピオは、仲間に囲まれ、気持ちよく笑っている親友の姿を見ながら、そういった。


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