新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第10章アフリカの章

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 奸臣を取り戻す(さらに続き)
「そう毛嫌いすることはない」
 シファクスは苦笑した。
「人とは変わる存在でもある」
「変わる…存在?」
「うむ」
 シファクスは立ち上がった。
 彼は、これまで口にしなかったアルケラオスとの出会いを語り始めた。




「父の話によると、あやつは、傭兵の乱後、しばらくして我がマサエシュリに落ち延びて来たそうな」
 今から三十年前の紀元前237年、アルケラオスは、ハミルカルとの大決戦に敗れた後、主マトスとは別れ、遠く西方にあるマサエシュリに落ち延びて来た。
 彼は、ここで一傭兵として、王家に仕える身となった。
 その頃、地中海世界はヘレニズム全盛期。ヘレニズムとはギリシア化。誰もがギリシアの文物素養を求めていた。
 このマサエシュリも例外ではなかった。
 そこで、元来半農半牧の国家でありながら、海辺にシガという宮廷を建設し、ギリシア風に装いを凝らしてみた。が、なにせ中身が伴わぬ。




「誰か心利きたるギリシア人はおらぬか」
 シファクスの父は東方に人材を求めた。
 だが、教養あるギリシア人というものは、実は、なかなか転がっていなかった。
 いわゆる知識人は、当時興隆していたシリアやマケドニアなど東方ヘレニズム王朝に士官の道を求めた。また、アレクサンドリアやアテネという学芸の都へ向かった。また、名高き学者は、諸王家から高禄をもって招聘された。
 その引く手数多の中、西方の僻地の、しかも習俗のまるで異なる遊牧王国にやって来る物好きは、皆無に等しかった訳だ。
 そこで、白羽の矢が立ったのが、アルケラオスであった。




「あやつは、余にバシレウス(=王)の心得を叩き込んでくれた。そして、血に塗れた我がマサエシュリ王家に、法と秩序を与えてくれた」
「あのアルケラオスが…」
「人は変わるものなのだ」
 シファクスは繰り返した。
「後に余が長じてから、あやつは傭兵の乱に参加したのは大きな過ちであったと、事ごとに繰り返していた。ジスコーネ殿の父君のことも悔やんでいた。蛮勇だけでは事をなすことは出来ぬ、と。自身の過ちを悔い、それを糧に、余に教訓を与えてくれた」
「あの者が…」
「あやつが奸臣に見えるのは、狡知が見えるからであろう。だが、思うがよい。敵に狡猾というは、それ即ち味方にとっては忠実であるということぞ」




 それから間もなく。
 要求は容れられ、アルケラオスの身柄はシファクスに引き渡された。
 それに合わせ、シファクスとジスコーネは歩を一にして動き出した。
 カルタゴ・マサエシュリ連合軍、騎兵一万、歩兵五万、総勢六万余。
 恐らく、当時のアフリカ大陸において最も強力な軍団であったろう。


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 奸臣を取り戻す(続き)
 兄と会った後、ソフォニスバは夫シファクスの許へ向かった。
 先の政変以降、宮中における王の存在感は希薄となっていた。
 それは、ジスコーネの監視の目が厳しくなったからであった。
 そのため、キルタは、マサエシュリ王国の首府でありながら、あたかもジスコーネらカルタゴ勢力の幕府の庁の観を呈し出していた。
 だが、ヌミディア騎兵の采配となると、やはり王の出馬は不可欠。
 ジスコーネが妹の許を訪れたのは、彼女を介して、これまでの事は水に流し共に出馬ありたしと願うためであった。




 ソフォニスバが、王の間に入った時、シファクスは長椅子に身を横たえ、書物を読み耽っていた。
「王様」
「おう。ソフォニスバか」
 むくりと半身を起こした。
「御機嫌いかがにございます」
「む…。それほど悪くはない」
 王は、書を巻き閉じた。
 そして、妻の顔を見た。
 ソフォニスバは目を伏せた。
 兄の命とはいえ、マシニッサとの仲を生木を裂かれるようにして嫁いで来た。
 心の中の違和感は否みようがなかった。




 そんな妻の顔に、シファクスは笑った。
「久しぶりにそなたが顔を見せてくれたのは、何か起きたからであろう」
「はい…」
 彼女は、スキピオ率いるローマ軍が、カルタゴ本市の眼前ウティカ近郊の海岸に上陸したこと、そのためカルタゴ本国に大動揺が走っていることを告げた。
「そうか…。ついに来たのか」
 予期していたのか、王は、別段驚きは見せなかった。




「我がマサエシュリは、カルタゴと同盟を結び、余はカルタゴの元老ジスコーネと縁戚。無論、出馬いたすつもりだ」
 王はきっぱりと言明した。
「ありがとうございます」
 ソフォニスバは礼を述べた。




「だが、一つ、頼みがある」
「…何でございましょう?」
「我が執事を返して欲しい」
「アルケラオス…ですか?」
 ソフォニスバは怪訝な顔をした。
 彼女は、穏やかな面持ちのアルケラオスが、ジスコーネの父を惨殺したマトスの副官だった男かと思うと、その笑顔の裏におぞましさを覚えざるを得なかった。

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 奸臣を取り戻す 
 ここキルタ。王城は大騒ぎとなっていた。
「スキピオ軍が『麗しの岬』に上陸したとか」
「既にマシニッサの軍が合流を果たしたとか」
「早くも、周辺の都市を攻め立てているとか」
「いや、カルタゴ本市を攻め落とすつもりぞ」
「遅かれ早かれこのキルタにも攻めてこよう」




 そんな喧噪の中、ジスコーネは宮中にいた。
 妹で王妃であるソフォニスバを訪ねていた。
「今こそ、我ら兄妹、国家のために尽くす時」
 ジスコーネは静かな決意を面に見せていた。
 自身の年来の信義を犠牲に同盟者マシニッサを裏切り、そうまでしてシファクスと手を結んで巨大な騎兵戦力を手に入れた。そのシファクスには、さらに妹を妻として与え、血でも結ばれた。
 それ全て、来るスキピオとの対決に備えるため。
(我個人の声望など眼中になし。今は、国家存続のために全ての精魂を傾けるのみ)
 そう思い切っていたのだ。




 それとはまるで対照的な面持ちの王妃がいた。
「スキピオ殿と…再び戦うのですね…」
 彼女は、キルタに住まう身となってから、ずっと憂愁の中にいた。
 前夫マシニッサはずっと征旅に出て、異国の孤独に耐えて来た。その夫がようやく帰還したと思った途端、王位を巡る内乱の勃発。
 さらに、突然、兄ジスコーネがシファクスと共に攻め込んで来た。そして、兄の命によるマシニッサとの離縁、シファクスとの再婚。
 まともな女の神経で、この転変に心身を適応させることは難しい。
「そうだ。あのスキピオと、ここアフリカで再び戦う」
 ジスコーネは語気を強めた。
 それは、己に己が言い聞かせるが如きであった。あたかも、強いて自身を奮わせるかのようであった。




「いかに時勢の転変とはいえ…未だに信じられませぬ」
 ソフォニスバは嘆息した。
 共に笑ったあの記憶から、時を経て、宿敵の間柄となってしまったのだ。
「それが戦争だ」
 ジスコーネは言った。
「国家と国家が刃を交わす時、それは友情や愛情をも引き裂く。だから、それが起こるまでは、何を措いても懸命に止めねばならぬ」
 それは彼の生き様そのものを表す言葉だ。
「しかし、一旦、戦端を開いたからには、何が何でも勝利せねばならぬ。勝利せねば明日を掴むことが出来ぬ。明日を語る資格がなくなるのだ」
 この時代は勝者絶対。国際正義やら人権の観念は存在しない。敗者は勝者の命に服すしかなく、抗弁の余地はない。敗者は、勝者の前に跪き、ただ憐れみを乞うしかないのだ。
「勝つしかない」
 ジスコーネは繰り返した。

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 ※カルタゴ、「ビュルサの丘」からの光景です。このファイルはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植ライセンスのもとに利用を許諾されています。Photo by Ms. Ludushka.

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 カストゥロ・コルネリア
 ローマ艦隊の威容は、ウティカ、否、カルタゴ本市からも望み得た。
 なにせ三万余の大軍を乗せた大船団。
 巨大な船影は、さぞアフリカの人々の肝を冷やしめたことであろう。
「おおお、ローマの艦隊だ!」
「こちらに向かって来るぞ!」
 果たして、ウティカの市街は、上を下への大騒ぎとなった。
「城門を閉じよ!」「守りを固めるのだ!」
 狼狽して、兵の配置やら兵糧の手配に大童となった。




 ここカルタゴ、ビュルサの丘。
「これはいかん!」
 ボミルカルの子ハンノンは顔面蒼白となっていた。
 昨年ハンニバルに命じられ、一足先にカルタゴに帰還していた。それは、あることを言い含められていたからだ。
「本国政府を監視せよ」
 本国政府、即ちカルタゴ元老院は、往々、外地の指揮官の足を引っ張る。それを防ぐためであった。只今劣勢とはいえ、本国で安閑としている連中に、いきなり梯子を外されてはたまらぬ、という訳だ。
 だが、ハンニバルは、こうも言い含めていた。
「ジスコーネ殿が健在である限り、そなたは前面に出てはならぬ」
 あくまでも、本国の司令官はジスコーネであるということ。
 この命にハンノンは内心不満であったが、相手は絶対の指導者ハンニバル。
 だから、頷くしかなかった。それゆえ、彼はカルタゴ本市に留まって、本国要人に睨みを利かせていたという訳であった。




(スキピオがこちらにやって来た…ということは私の出番か)
 密かに心踊らせたハンノンであったが、元老院は次の如くに命令した。
「キルタのジスコーネに直ちに使者を派し、ヌミディアの事はひとまず措き、カルタゴ本市に帰還するよう命じよ。ウティカ近郊に陣取るローマ軍を討て、と」と。
 カルタゴ元老院も、遠くイタリアにいるハンニバルや、ましてや一部将でしかなかったハンノンなどではなく、ヌミディアにいるジスコーネを恃みとしていたのだ。




 翌日。スキピオの船団は『麗しの岬』の浜辺に乗り上げると、大挙上陸した。
 スキピオ、ついにアフリカの大地に降り立った。
「踏んだぞ」
 足の裏に感ずる砂浜の弾力に、自然と笑みがこぼれた。
 この地を踏んだことで、事半ば成し遂げた意気だった。
(人は踏み出すまでが大変。踏み出したからには事をし遂げるのみ)
 指揮官がこの意気であるから、将卒の士気は必然すこぶる高い。
 大半が奴隷出身のスキピオ軍団。兵は誰もがわくわくしていた。
 ここで自由と戦利品を獲得し己の未来を掴み取ろうとしていた。
「諸君!ここからが本当の勝負!我らがカルタゴに仕掛ける勝負ぞ!」
 指揮官が高らかに叫ぶと、
「おおお!」
 将兵は拳を突き上げて応えた。
 その中には、無謀と諌めた筈のルキウスやヘレンニウスも混じっていた。
 彼らも、いつの間にやら、スキピオの人を高揚させる術にかかっていた。




 スキピオ軍は、そこで数日休息した後、南へ南へ進んだ。そして、ウティカの城を包囲する構えを見せた。
 が、それは背後を衝かれぬための偽装。そのまま近郊の岬へと進軍した。
 ローマ兵は、その岬全体をぐるりと取り囲むように要塞を建築し始めた。
 その城塞は、司令官スキピオの氏族名コルネリウスにちなみ、『カストゥロ・コルネリア』、即ち『コルネリア要塞』と名付けられた。地名が女性名詞化(コルネリウス→コルネリア)されるのは、当時の地中海世界の慣例であった。




 この建設途上のコルネリア要塞に、早速に駆けつけた人物があった。
 マシニッサである。
「我ら、閣下の御来光を、一日千秋の思いで待ちかねておりました」
 そういって、ちらと上目遣いとなり、相手の表情を窺った。
 そこには、かつて見た、おおどかな笑顔がそのままあった。
「よくぞ来られた。マッシュリの王よ」
 そこには、自分に向けられる全幅の信頼があった。
 それだけに、彼は申し訳ない気持ちで頭を垂れた。
「先に、味方にと御勧め頂いた時には決心つかず…。結局その優柔を衝かれ、シファクスの野望に遭い、またジスコーネに裏切られ、国を失い妻をも奪われる体たらく。面目次第もありませぬ」
 確かに、ヌミディアの大騎兵団を味方にと期待していたスキピオ、落胆したに違いなかろうが、そこは人の心を掴む達人である。そんな色は微塵も見せない。




「なんの」
 スキピオは小さく頭を振ると、相手の心に、ずんと矢を放った。
「私は、貴殿の友誼を求めていたのだ」
「え…」
「貴殿の姿に万余の援軍を得た思いぞ」
 その一言に、マシニッサは震えんばかりに感動した。
「あ…ありがたきお言葉」
 言葉を振るわせ、ぐっと奥歯を噛み締めると、こう続けた。
「我に大兵はありませぬが、生死を共にと誓った強兵二千がおります。必ずや閣下のお役に立って見せましょう」
 ここに、スキピオの麾下に、天下無双の勇者マシニッサが加わったのである。


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 眼前に上陸(続き)
 紀元前204年春。スキピオ艦隊は出航した。
 艦隊は、当初南西の方角に針路を取っていた。
 それは先にラエリウス隊の進んだ海路と同じ。
 が、陸影が濃くなると急に南へ旋回し始めた。
 南風のため帆をたたみ漕手が櫂を漕ぎ始めた。




「閣下」
 初め唖然とし、次に驚いたのは、ヘレンニウスとルキウス。
 いや、甲板にいた幕僚の多くも、ざわめき囁き合っていた。
「そちらは…」「カルタゴの方角」
 そう。眼前に『麗しの岬』が接近して来る。その岬を回れば、ウティカ、そして、カルタゴ本市の街並が飛び込んで来る筈であった。
 スキピオは頷くと前方を指差した。
「我ら、あの『麗しの岬』に上陸する」
「えっ!」「なんと!」
「先に、ラエリウスをヒッポ・レギウスに上陸させたのは、敵の目を西方に向けるため」
 この敵本土を眼前に、スキピオは初めて真意を明かしたのだ。
 二人は、いつものことながら、度肝を抜かれた。




「し…しかし…」
 ルキウスがたまりかねたように口を開いた。
「あまりに危険ではありますまいか。かつて、レグルス殿も、遠くヘルマエウム岬に上陸し、アスピスを占領して拠点としたとか」
 この時代、レグルスは猪突猛進の武将の代表格のように語り継がれていたが、彼は、カルタゴ本市から遠く離れた地点に上陸し、次第に接近する穏便な戦術をとった。猪突猛進というのは、最後の大敗北の印象が強烈だからであろう。
「左様。弟君の仰せの通り。敵中枢にいきなり飛び込んでは、どのような危険が…」
 ヘレンニウスも同調した。




「ふふ」
 スキピオは、アフリカ大陸を望みつつ、こういった。
「歴史書の効用とは、故事をそのまま今に用いることにあるのではない。故事を教訓に今に応用することにある。レグルス殿の故事を辿れば、それこそ敵に裏を掻かれよう」
 そして、と続けた。
「カルタゴで勝たねば戦いは決して終わらぬ。このカルタゴの地で、ジスコーネ、そして…ハンニバルを破らねば終わらぬ」
「ここで…ハンニバルを…」
 ルキウスとヘレンニウスは顔を見合わせた。
「私は、そのことをシラクサ、リリュバエウムにある時から、いや、ローマにある時からずっと申して来た。そのことを、今、まさに実践に移しているだけである」
 それは、スキピオの強固な信念に基づくもの。表情は、何人にも異議を差し挟まさせぬ強烈な意思を見せていた。
 二人は口をつぐむしかなかった。

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