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※カルタゴ、「ビュルサの丘」からの光景です。このファイルはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植ライセンスのもとに利用を許諾されています。Photo by Ms. Ludushka.
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カストゥロ・コルネリア
ローマ艦隊の威容は、ウティカ、否、カルタゴ本市からも望み得た。
なにせ三万余の大軍を乗せた大船団。
巨大な船影は、さぞアフリカの人々の肝を冷やしめたことであろう。
「おおお、ローマの艦隊だ!」
「こちらに向かって来るぞ!」
果たして、ウティカの市街は、上を下への大騒ぎとなった。
「城門を閉じよ!」「守りを固めるのだ!」
狼狽して、兵の配置やら兵糧の手配に大童となった。
ここカルタゴ、ビュルサの丘。
「これはいかん!」
ボミルカルの子ハンノンは顔面蒼白となっていた。
昨年ハンニバルに命じられ、一足先にカルタゴに帰還していた。それは、あることを言い含められていたからだ。
「本国政府を監視せよ」
本国政府、即ちカルタゴ元老院は、往々、外地の指揮官の足を引っ張る。それを防ぐためであった。只今劣勢とはいえ、本国で安閑としている連中に、いきなり梯子を外されてはたまらぬ、という訳だ。
だが、ハンニバルは、こうも言い含めていた。
「ジスコーネ殿が健在である限り、そなたは前面に出てはならぬ」
あくまでも、本国の司令官はジスコーネであるということ。
この命にハンノンは内心不満であったが、相手は絶対の指導者ハンニバル。
だから、頷くしかなかった。それゆえ、彼はカルタゴ本市に留まって、本国要人に睨みを利かせていたという訳であった。
(スキピオがこちらにやって来た…ということは私の出番か)
密かに心踊らせたハンノンであったが、元老院は次の如くに命令した。
「キルタのジスコーネに直ちに使者を派し、ヌミディアの事はひとまず措き、カルタゴ本市に帰還するよう命じよ。ウティカ近郊に陣取るローマ軍を討て、と」と。
カルタゴ元老院も、遠くイタリアにいるハンニバルや、ましてや一部将でしかなかったハンノンなどではなく、ヌミディアにいるジスコーネを恃みとしていたのだ。
翌日。スキピオの船団は『麗しの岬』の浜辺に乗り上げると、大挙上陸した。
スキピオ、ついにアフリカの大地に降り立った。
「踏んだぞ」
足の裏に感ずる砂浜の弾力に、自然と笑みがこぼれた。
この地を踏んだことで、事半ば成し遂げた意気だった。
(人は踏み出すまでが大変。踏み出したからには事をし遂げるのみ)
指揮官がこの意気であるから、将卒の士気は必然すこぶる高い。
大半が奴隷出身のスキピオ軍団。兵は誰もがわくわくしていた。
ここで自由と戦利品を獲得し己の未来を掴み取ろうとしていた。
「諸君!ここからが本当の勝負!我らがカルタゴに仕掛ける勝負ぞ!」
指揮官が高らかに叫ぶと、
「おおお!」
将兵は拳を突き上げて応えた。
その中には、無謀と諌めた筈のルキウスやヘレンニウスも混じっていた。
彼らも、いつの間にやら、スキピオの人を高揚させる術にかかっていた。
スキピオ軍は、そこで数日休息した後、南へ南へ進んだ。そして、ウティカの城を包囲する構えを見せた。
が、それは背後を衝かれぬための偽装。そのまま近郊の岬へと進軍した。
ローマ兵は、その岬全体をぐるりと取り囲むように要塞を建築し始めた。
その城塞は、司令官スキピオの氏族名コルネリウスにちなみ、『カストゥロ・コルネリア』、即ち『コルネリア要塞』と名付けられた。地名が女性名詞化(コルネリウス→コルネリア)されるのは、当時の地中海世界の慣例であった。
この建設途上のコルネリア要塞に、早速に駆けつけた人物があった。
マシニッサである。
「我ら、閣下の御来光を、一日千秋の思いで待ちかねておりました」
そういって、ちらと上目遣いとなり、相手の表情を窺った。
そこには、かつて見た、おおどかな笑顔がそのままあった。
「よくぞ来られた。マッシュリの王よ」
そこには、自分に向けられる全幅の信頼があった。
それだけに、彼は申し訳ない気持ちで頭を垂れた。
「先に、味方にと御勧め頂いた時には決心つかず…。結局その優柔を衝かれ、シファクスの野望に遭い、またジスコーネに裏切られ、国を失い妻をも奪われる体たらく。面目次第もありませぬ」
確かに、ヌミディアの大騎兵団を味方にと期待していたスキピオ、落胆したに違いなかろうが、そこは人の心を掴む達人である。そんな色は微塵も見せない。
「なんの」
スキピオは小さく頭を振ると、相手の心に、ずんと矢を放った。
「私は、貴殿の友誼を求めていたのだ」
「え…」
「貴殿の姿に万余の援軍を得た思いぞ」
その一言に、マシニッサは震えんばかりに感動した。
「あ…ありがたきお言葉」
言葉を振るわせ、ぐっと奥歯を噛み締めると、こう続けた。
「我に大兵はありませぬが、生死を共にと誓った強兵二千がおります。必ずや閣下のお役に立って見せましょう」
ここに、スキピオの麾下に、天下無双の勇者マシニッサが加わったのである。
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