新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第10章アフリカの章

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 眼前に上陸
 ラエリウス撤退の後、ジスコーネはキルタへ帰還した。
「スキピオはどこから上陸するか」
 ジスコーネとマニアケスらは、日々討議を重ねた。
 スキピオ率いる主力部隊がリリュバエウムにあることは分かっていた。
「ラエリウスを先行して上陸させたのはスキピオの露払い。とならば、ラエリウスの上陸した海岸付近ではありますまいか」
 アドヘルバルが言った。
 要はヒッポ・レギウス近郊の海岸であろうという。
 それが自然の発想であろう。先遣部隊を派し実地に地形を調べさせ、ラエリウスが上陸に適した地点に味方を誘導する。




「…ですが」
 マニアケスが口を挟んだ。
「彼は奇想天外な行動をとります。果たして常道どおり動きましょうか」
 彼女は、スキピオ登場以来、ずっと裏を掻かれ続けて来た。
 新カルタゴ、バエクラ、イリパ…。
 しかも、先には、ロクリを鮮やかな手並みでハンニバルから奪って見せているのだ。
(あの若者の機略には驚かされる…)
 それが正直な感想であった。
 スキピオの着想が、ミルトやハンノン改めセルギウスら密偵たちの奇策によるものならば、彼女も見抜けたに違いない。
(密偵の狡猾とは根本的に違う。あれらは全てスキピオの独創)




「とは申せ、いきなり地理不案内の地に上陸するは無謀であろう」
 ジスコーネは言った。
「そなたは、ヒスパニアの経験を基に語っておるのであろう。…だが、奇略に目を奪われると、かえって敵の行動の基が見えにくいものとなろう」
 それは、物事は、あくまでも常道を基に、その上で奇道を思うべし、という達見。確かに、奇略ばかり駆使していては、奇とならない。
 それは正論であったから、
「は…」
 マニアケス、頷くしかなかった。
 だが、この数日後、キルタに激震が走ることになる。




 とある日の未明。人々がすっかり寝静まった頃。
「た、大変です!ジスコーネ閣下!」
 アドヘルバルが転がり込むように駆け込んで来た。
「何事か」
 寝間着のままジスコーネが現れた。
「カルタゴより急報が…」
「何があったというか?」
 ジスコーネ、寝起きとあって、瞼が重そうであった。
「スキピオが…」
「スキピオがどうした。端的に申せ。眠いのだ」
「それが…ウティカに上陸したと早馬があり…」
 アドヘルバル、喘ぐように言った。
「なにっ!」
 ジスコーネ、くわっと目を見開いた。


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 宮中の攻防(さらに続き)
「我らがこうして現れたのは、王君に、あの時の覚悟を思い起こしてもらうため」
 そう迫るジスコーネ、裂帛の気概がみなぎっていた。
「…さもなくば余を斬る、そう申すか」
 シファクスの瞳に警戒の色が浮かんだ。
「いえ」
 ジスコーネは、にことした。
「王君の心の迷いは君側の良からぬ者の策動と拝察。その者を遠ざけていただきます」
「それは…アルケラオスのことを申しておるのか」
 ジスコーネは、シファクス主導の政略と見抜いた上で、敢えて彼には報復せず、代わりに近臣を差し出させることでけりを付けようとしていた。





「はい。彼の素性をただせば、あの傭兵の乱の総司令官マトスの副官。我がカルタゴ国家の憎きお尋ね者にございます」
「そのようなこと…。そなたも、とうに承知していた筈ではなかったか」
 何を今更言うのか、という語気であった。
「何も言わなかったのは、王君が重用しているのを弁え、敢えて素知らぬ体にしておったに過ぎませぬ。ですが、王君を唆し我がカルタゴに再び害なすとあれば、話は全く別」




「どうしてもアルケラオスを引き渡せ…そう申すか」
 王は抵抗を試みた。
 というのも、アルケラオスは、東方世界の事情に通じ、軍事にも明るく、若きシファクスにギリシア語を手ほどきするなど、王が内政外交に重宝して来た男であったからだ。
「はい。さもなくば、あの夜の誓いに従い行動するのみ」
 ジスコーネが右手を上げた。 
 すると、カルタゴ兵たちが槍を高々と掲げた。
 公然と武力を誇示されては、咄嗟の言い逃れなど意味をなさぬ。




 しばらく、睨み合いが続いたが…。
 やがて、王君は、さじを投げるようにこう言った。
「そなたの好きなようにいたすが良い」
 間もなく。アルケラオスの身柄はジスコーネの党派に引き渡された。
 凱歌がどっと上がった。宮廷はジスコーネ党により制圧されたのだ。
 そして、アルケラオスの身柄はカルタゴ本国へと護送されていった。




 アルケラオス護送を見送ったジスコーネ。
 アルケラオスは、逮捕された時にも、檻車に押込められる時にも一言も語らなかった。
 ずっと薄ら笑いを浮かべていた。




「閣下」
 マニアケスが訊いた。
「なにか」
「処刑してしまうのですか」
「この戦いが終われば…な」
 ジスコーネはそう答えた。
「なにゆえにございます」
 なぜすぐに処刑してしまわないのか、ということ。
「必要になるやも知れぬ」
 シファクス王との駆け引きに、ということ。
「手札は手許に多くあった方が良い」
「手札?」
「さもなくば、とんだ犠牲を強いられることになろうでな」
 ジスコーネ、苦笑した。




 政治の取引に際し、見返りに与える物は往々高くつく。特に、利害得失の判断に鋭敏な相手に対しては。
(アルケラオスは、その時のための…いわば手札みたいなものよ)
 こうして、とにもかくにも、キルタの王城は反ローマの政策で固まった。
 間もなく、ジスコーネ率いる万余の軍勢が、ラエリウスの陣取るヒッポ・レギウスに向かって進発していった。
 それがあってか、ラエリウスの軍勢は艦隊に引き揚げ、海上へと退却していった。


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 宮中の攻防(続き)
 その日の夜。ジスコーネの屋敷。
 ジスコーネは、寝室の片隅で、小さな影とひそひそ会話していた。
「そうか…。やはり、そのような動きがあったのか」
「はい。くれぐれもご注意遊ばすようにと仰せです」
「…相分かった。これからも慎重に探ってくれ」
「は」
 影はすっと消えた。
 そう。ジスコーネは、マニアケスの手下の女たちを密かに宮中に潜り込ませていた。王妃ソフォニスバ付きの女官として。そうして、宮中の機密を探り、またソフォニスバと連絡を取り合っていたのだ。




(やはり、シファクスめ…油断ならぬ狐よ)
 マシニッサから王権を奪取する際には、頭を低くしてジスコーネ率いるカルタゴ軍の武力を借りておきながら、ひとたび王権を奪うや、カルタゴの宿敵ローマにも色目を遣う。
(このままではつけあがるばかり。こうなれば…)




 翌日。
 朝日と共に、ジスコーネは、大勢の兵を帯同し、シファクスの宮殿に現れた。
 美々しい鎧に身を包み、従うマニアケスもアドヘルバルも完全武装していた。
 従う兵も、槍を握り、あたかも戦場に赴く体の殺気に全身を包みこんでいた。




「あっ!」「これは何事でございます!」
 宮中付きの衛兵は立騒いだ。
 王家の執事アルケラオスが、慌ててやって来た。
 いつも沈着な彼も、武装した彼らに一瞬驚いた表情となったが、すぐに、いつものやんわりとした笑みを浮かべて見せた。
「…これはこれは閣下。一体いかがなされました」
「王君に謁を賜りたい」
「王君は只今休息中にございます。それゆえ、後ほど取り次ぎ、追って沙汰いたすでございましょう」
 近頃、こんな口実を構えられ、王に会うことができないことが多かった。
 だが、今日はジスコーネはてこでも引き下がる様子はなかった。




「このジスコーネが、どうしても会いたいと申しておる」
 ジスコーネ、声音にドスを利かせた。
「いかに、お妃様の兄上と申せ、それは無礼でございましょう。後刻、謁見の段取りをいたしますれば…」
「黙れっ!」
 抜刀するや、剣先を執事に突きつけた。
「こ、これは無体な」
「貴様…。このジスコーネが下手に出ているからとて侮るな」
「な、何を仰せある」
「汝の旧主マトスの如く八つ裂きにしてやってもよいのだぞ」
 凄まじい眼光に射すくめられ、さしものアルケラオスも動けなかった。
 その彼らを押しのけると、ジスコーネらは、ずかずか通り過ぎていく。




 ジスコーネと配下たちは、立ちはだかる役人や衛兵を押しのけ、女官たちの悲鳴の中を、王の間にどやどやと押し入った。
 すると、シファクスは既に玉座にあって彼らを見下ろしていた。
 輝く白衣に身を包み、ディアデマ(王環)を頭に巻き付けているその様は、うろたえている様子は微塵もなかった。
(…ふん。さすがだな。肝太いわ)




 ジスコーネ、一瞬冷笑を浮かべたが、すぐに謹厳な表情に戻った。
「王君、ジスコーネにございます」
 外戚が国王に相対する礼をとった。
「うむ。その姿はいかがいたした」
「はい」
 ジスコーネは、配下に目配せすると、一人、玉座の前へと進んだ。
「これは我らの覚悟、にございます」
「覚悟とな」
「はい」
 ジスコーネはこくと頷いた。
「王君。我らが手を結んだ時のことを覚えておいてですか」
「手を結んだときの…」




 それは、ジスコーネが旧交厚かったマシニッサ王を裏切りを見せた時の事。
 先年、彼とその兵力は、マシニッサの居るキルタの王城におめきかかった。
 軍を指揮するジスコーネ、優勢を誇る色など微塵もなく、眦を決していた。
「王君。我らは、あの穏やかで愛すべきマシニッサをここに捨てます。また、最愛の妹の夫を捨て去るのです。取り交わした信義を裏切り、貴方との同盟を選択するのです」
「う、うむ」
 シファクスは、相手の覚悟にたじろぐように頷いた。
「それは、ひとえに我がカルタゴ国家のため。アフリカで我らカルタゴ人が生きていくための選択。そのことを、もし王君が忘れるときがあらば、我らは王君を決して許しはしないでしょう」
 多大な犠牲を払って汝を王座に着けようとしておるのだ、それを決して忘れるな、ということ。
「分かった。心にしかと銘じておこう」




 総攻撃が始まり、夜が明けると共に、マシニッサの王権は瓦解した。
 代わってシファクスがマッシュリの支配権を継ぎ、東西ヌミディアの王位に即いた。ジスコーネは妹を彼に嫁がせ、外戚となった。約束通り、カルタゴとヌミディアは攻守同盟を締結した。


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 宮中の攻防
「案外、あっさりお引き揚げになられましたなあ」
 そういって首を傾げたのは、王家の執事アルケラオス。
「左様。あの押しの強い御仁にしては気味悪うござるな」
 テュカイオスも同調した。
「彼も、この国の王が誰であるか、そのことを弁えておるのであろう」
 シファクスは冷笑した。
 彼としては、妻の兄という外戚として、また強大な武力を背後に次第に大きく出て来るジスコーネを煙たくなっていたものだった。
(ここらで、王権を保持する者は誰なのか、それを知らしめておかねばならぬ)




 シファクスが、ジスコーネを押さえ込もうとするには訳があった。
「余はローマとカルタゴの和睦を仲介する」
 その肚であった。
 これは側近のアルケラオスも同心であった。
 それは、己の権力を確固たるものにするため。
「…しかし、そんなこと、果たして可能でしょうか?」
 青年貴族テュカイオス、これまで幾度となく訊いたことをまた訊いた。
 ローマとカルタゴの大戦は、既に十三年を経ている。壮年は老人になり、青年は壮年に、少年は青年に成長し、生を享けた者は少年となっていた。
 互いに相手の息の根を止めようと必死なのだ。勝利と降伏、二者択一以外に道はあるのか、疑問に思うのも当然だ。




「可能かどうか問題ではない。そう運ばねばならんのだ」
 シファクスは語気を強めた。
 確かにヌミディア全域に覇権を打ち立てることに成功した。が、ヌミディア人は、これまで離合集散を繰り返して来た。彼の権力も決して盤石ではない。
 現に、国外のマシニッサがしきりに反攻を企てていると聞こえて来る。
 そのマシニッサがひとえに恃みとするのが、スキピオ率いるローマ軍。
 スキピオ軍上陸となれば、マシニッサが直ちに合流するは見えていた。
「だが、この余が和平を仲介すれば…。スキピオとて我が王権を尊重せざるを得ぬ」
 つまり、この時、ジスコーネとシファクスを、まるで違う方向を向いていた訳だ。
 二人の息が合わぬのは、当然といえば当然であったのだ。




 と、その時。背後で、ことりと物音がした。
「む。なんだ」
 シファクス、さっと振り返った。
「ネズミではありますまいか」
 テュカイオス、何気にそう言った。
 が、シファクス、よほどに潔癖なのか、怖気を振るわせた。
「怪しからん。駆除するよう役人に伝えておけ」
 鼠が不衛生の象徴であったのは古今同じである。
 だが、物音を立てたのは、只の鼠ではなかった。


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 微妙な齟齬(続き)
「王君」
 王の居間に通されると、ジスコーネはすぐさま口を開いた。
「おう、どうなされた」
 シファクスは、豪奢な衣装に身を包み、頭にはディアデマ(王環)を巻いていた。
 ディアデマとは王者であることを示す飾り紐のこと。元々、ペルシア大王が着けていたものだが、アレクサンドロス大王がペルシア征服後に大王の権威を承継して着け始めた。後に、彼の後継者を名乗るヘレニズム王朝の王たちが真似して着用し、それ以降、東方君主の権力の象徴となった。
 即ち、シファクスは、ヘレニズム王朝と同じ権威を気取り出していた訳だ。




「ローマが動き出しましたぞ。ヒッポ・レギウス近郊に上陸したとか」
「ええ…。余も、今耳にいたしました」
「この王国を狙ってのことと思われる」
「左様。我らも準備せねばなりません」
 語気を強めながら、ジスコーネ、呼吸が合わぬことに気付いた。
(どこかのんびりしているな…)
「早速、軍の手配を取り決めたいのだが…」
「ええ。後日、閣下にも御通知いたす所存」
「え…」
 ジスコーネの目は点となった。
「なぜです。今、出来るではありませんか。ここに主要な面々が揃っている」
 ジスコーネの配下のマニアケスもアドヘルバルもいる。
 シファクスの側も、王家の執事アルケラオスに加え、近頃一族から取り立てられたテュカイオスという勇武の若者が控えていた。 




「ジスコーネ殿」
 シファクス王は柔和な笑みを浮かべた。
 確かに、その雰囲気は、東方の開明的なヘレニズム君主のようであった。
「物事には順序があるとか。今、我らが手にしているのは、敵がヒッポ・レギウスに上陸したという話だけ。詳細は分かりませぬ」
「…しかし」
 ジスコーネが色をなしかけるのを、シファクスは軽く押さえた。
「まあ、お聞きあれ。敵がこのキルタまで押し寄せるには、相当の無理があると存ずる」
 ローマ軍は、味方の全くいない敵地の中を、百数十キロを突破せねばならない、と。そんな無謀を冒す筈がないと説いた。
 要は慌てる必要はない、そういうことのようであった。
 それは一理あるものではあったが…。




「王君。私が心配しているのは、ヒッポ・レギウスがスキピオの橋頭堡と化してしまうことです」
「そのことも心配要りませぬ」
「なぜです」
「ヒッポ・レギウスは、確かに、お国(カルタゴ)と我が国の中間に位置します。ですが、ここから出撃して直ちに両国のいずれかに打撃を与える、という戦略上の拠点としては甚だ不便」
 遠距離にあるということ。
「ふーむ」
「それゆえ、ひとまず一軍をヒッポ・レギウスに派し、様子を見るべきかと存ずる」
 理に適ってはいたが、ジスコーネ、何か腑に落ちなかった。




(なにか…敢えて戦うまいとしているかのような…)
 そう察すると、なにゆえか、ジスコーネは微笑んでみせた。
「…分かりました。ここは王君の仰せの通り、しばらく様子をみることにしましょう」
 そういうと立ち去ろうとした。
「ジスコーネ閣下…しかし」
 マニアケスは異論を挟みかけたが、
「よい」
 ジスコーネはそれを軽く押さえた。
「…では、後日、軍議の通知をお待ちしておりまする」
 そういうと、にこやかに立ち去っていった。


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