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合戦前の人の綾
大平原の地で睨み合いが始まって三日目。
ローマ軍の陣営では軍議が開かれていた。
「諸君。こたびの戦場は、ローマ軍の力を見せる格好の舞台である」
その言葉に、あれ、という顔をする将もいた。
というのも、ここは、カルタゴ・マサエシュリ連合軍が先に陣取り、そこにローマ軍が押し寄せて来たもの。つまり、ここを戦場にと望んだのは、敵の方なのだ。
訝しげな視線を意識してか、スキピオは言葉を続ける。
「敵は、なにゆえこの地を戦場に望んだか。それは、私が策士で、まともに戦おうとしない油断ならぬ男である、だから平原におびき寄せるのだ、そう言いたいらしい」
その言い草に、幕僚たちはくすりとし、スキピオも笑った。
「だが、私から言わせれば、思い違いも甚だしい。これまで、何ゆえ、様々な策を駆使したか、それは敵が真正面から我らと戦おうとせなんだから。それゆえのことに過ぎぬ」「元来、ローマ軍の力は、このような平原、即ち、正面対決をなし得る地でこそ発揮されるものである。こたびは、それを敵に思い知らしめる絶好の機会。そして…」
そこで、言葉を切ると、
「我らに勝利できる地など、この地上に存在しないことを証明してやろうではないか!」
スキピオが、吠えるように締めくくると、将たちから
「おおお!」
闘志の声が一斉に上がった。
ローマ軍の士気は天を衝かんばかりであった。
同じ頃。
ジスコーネは、マニアケスを幕舎に招き寄せていた。
「何ですと。王妃様を…密かにカルタゴにお伴いせよ、と」
「うむ」
ジスコーネは苦渋に満ちた面持ちで頷いた。
「しかし、王妃様は既に出立されましたが…」
昨日、ジスコーネの説得を振り切り、マサエシュリの都への帰途に就いていた。
「分かっている。だから、そなたに頼むしかないのだ」
キルタに戻った妹の身を密かに奪い、カルタゴに導いて欲しい、と。
「ですが、そのようなことをしては、マサエシュリとの盟約が…」
マニアケスの懸念にジスコーネは頷き、
「それゆえ、頃合いを見計らい、妹を連れ出してほしい」
それは、狡猾を旨とし、手段選ばぬ指揮官ジスコーネの言葉ではなかった。
妹の先途を想う兄の言葉でしかなかった。
マニアケスは、その相手をじっと見詰めていたが、おもむろに口を開いた。
「閣下」
「何か」
「閣下は、もうお諦めになられたのですか」
「いや。そんなことはない」
「ですが、王妃の身の安全を図るなど…」
「違うのだ」
ジスコーネは言う。妹の役目は終わった。マサエシュリは、もはやローマを宿敵として戦い、勝つことでしか明日はない。その宿命にある。
「即ち、我がカルタゴと運命を共にするしかなくなった。妹の務めはここまで。ならば、これ以上の犠牲を強いることは、兄として忍びない」
その弁明を聞きながら、マニアケスは僅かに憐憫の色を浮かべた。
(ジスコーネ殿は…すっかり弱気になられたようだ)
ヒスパニアで、父スキピオ相手に互角に戦っていた頃は、自信に満ちあふれていた。だが、スキピオの登場以来、イリパの敗北に続くウティカの大敗で、彼の自信は大きく揺らいでいたのだ。
が、マニアケスはそのことは口に出さなかった。
ジスコーネが、妹の無事と引き換えに、決死の覚悟を固めている容子がありあり窺えたからである。
「分かりました。…して、王妃様をカルタゴにお伴いした後は?」
「うむ…そのことだが…」
ジスコーネ、再び苦渋に満ちた面持ちとなったが、思い切ったように口を開いた。
「スキピオの許へ連れて行ってもらいたい」
「えっ!」
マニアケスの驚愕に、ジスコーネは苦笑した。
「そなたも薄々勘付いていたと思うが、妹はスキピオのことを想うておる。このままいけば、虜囚として彼の前に引き出されよう。それだけは避けたい。それゆえ、まずはカルタゴに連れ戻し、その上でスキピオの許に連れて行ってほしい」
赤裸々な告白に、マニアケスは唖然とした。
ジスコーネは静かな面持ちで、言葉を続ける。
「余はどうなってもよい。その覚悟でスキピオの父を討ち取ったことでもある。だが、妹がこのまま不幸の途を辿るのは忍び難し。地下にある我が父母にも面目なし」
まじまじ見詰めていたマニアケス、やがて微笑んだ。
「かしこまりました。仰せの通りいたしましょう」
「恃む」
ジスコーネ、マニアケスの手を取り、己の額に付けた。
「そなたをおいて、これを任せ得る人間はいない」
感謝の言葉を表した時の彼の顔は、大きな荷を肩から下ろしたような安堵があった。
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