新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第10章アフリカの章

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 スキピオ、真実を告げる 
 紀元前203年2月。
 半月ほどして、ヘレンニウスとセルギウスは、コルネリア要塞に戻って来た。
「…という次第で、シファクス王は、その後、カルタゴ軍に使者を送り再々協議していたようですが。最後には、ジスコーネの同意を得たと仰せになられました。それゆえ、是が非でも和平を、と」
 ヘレンニウスの報告にスキピオは頷いていたが、
「そうか…」
 と、小さく言った。
 再びシファクスの心を和平に引き戻し得た訳で、所期の目的は達せられたことになる。
「ご苦労であった。下がって休むが良い」
「はっ」
 彼と共にセルギウスも下がりかけたが、
「セルギウス殿、貴君は残ってくれ給え」
「は…」
 その彼の姿に、ヘレンニウスは意味深な視線を遣りながら、執政官の幕舎を後にした。




「セルギウス殿。そろそろ頃合いかと思うのだが…どうであろうか」
「それは…あのことにございますか?」
「左様。貴君の妻の産んだ子どもたちのことだ」
 スキピオは苦笑した。
「時は近い。敵陣には彼の姉がいる。これまでは配慮も利いたが、乱戦ではどうなることか…。知らぬ間に刃を合わせ、後で実は、となれば取り返しがつかぬ」
 イリパの戦いの折では、それなりの配慮が出来た。だが、今度は、それは難しいと感じていた。
「左様。伝えるならば、今しかありませぬな」
 セルギウス、きっぱり言った。
「そうか。そなたもそう思うか」
 スキピオ、いつの間にやら、このセルギウスを処世の先輩のように遇し始めていた。
 なにせ、セルギウスは、熾烈な境遇を生き抜き、ここにある。彼の言葉は、単なる密偵を越えた重みがあったからであろう。




「よし…呼んで来てくれ」
「はっ」
 セルギウスが踵を返すと、スキピオは何ゆえか慌てた。
「あ、待て」
「何か?」
「そなたのことも打ち明けて良いか」
「いや…それは後日で宜しいのでは」
「なぜ」
「わたくしは味方。しかも、当分くたばりませんので」
 セルギウスはそういって、ニヤとした。
「そうか…」
 スキピオは、肩の荷を一つ下ろしたかの如く、ほっとした面持ちになった。


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 セルギウスの志(続き)
 ハンノンは、ハシュドゥルバルの復讐戦に従軍した。
 ハミルカルの仇討ちとあって、戦いは酸鼻を極めた。
 オリッセス族の生き残りを村に押し込めると四方から火を放った。
 ハンノンも、他の密偵と手分けして、火を枯れ草に点けて回った。
「一人とて逃すな!皆殺しにせよ!」
 ハンノンらは、新総督ハシュドゥルバルの命を冷酷に執行した。
 逃れ出て来る部族の者共を、容赦なく全て斬り殺した。
「さすがにもうおらぬか…」
 ハンノン、血に塗れた抜き身を手に、草むらをほっつき回った。




 と、そこに。
 影が飛び出して来た。
「おっ!」
 ハンノンは、獲物が来たとばかりに、立ちふさがるや剣を振り上げた。
 が、切っ先を振り下ろすことはできなかった。
 若い母親が幼子を連れていた。火の中を逃げて来たのであろう。目は血走り、顔はこわばらせていた。
「お願いでございます!どうかお見逃しを!」
 母親は必死に懇願した。
 言葉は分からなかったが、そう言っているのが分かった。
「うむ…」
 ハンノンは迷った。
 総督の命令は女子供問わず斬り捨てよ、ということであった。
 そうこうしているうちに、同僚の兵の声が近づいて来た。
 ハンノン、とっさに女の腕をぐいと引っぱり草むらに隠した。
「よいか。暗くなるまで、そこに潜んでいよ」
 女は無言のまま頷いた。
 





「…して、その女は、その後どうしたのだ」
 ヘレンニウス、話の途中であったが、堪えきれなくなって口を挟んだ。
「ええ。私の妻にしました」
 けろりと、ハンノン、いや、改めセルギウスがいった。
「えっ!」
「女には諭し、子は諦めさせました。親子二人でいれば勘付かれるやも知れぬ、と。どうも、部族の王の縁者のようでしたから」
 そして、世を忍ぶため、密偵稼業から足を洗い、開府なったばかりの新カルタゴで娼館業を始めたと語った。二十年ほど前のことだ。




「…なるほど、そういうことか。だが、その子どもはどうしたのだ?」
「故郷のリュビアに送り、我が親類の里子にやることにしましたが…」
「が、どうしたのだ?」
「どうやら、船旅の途中で積み荷と共に海賊にさらわれてしまいまして」
「それは気の毒な…」
「奴隷として売り飛ばされてしまったことでしょう。女には内緒にしてましたが、そのうち知れて、大いに悲嘆に呉れまして」
 セルギウス、何を隠すでもなく全てを明かしていく。
 ヘレンニウスの人柄を深く信用してのことであろう。





「そうであったか…」
 ヘレンニウス、頷いたが、だが、と言った。
「今の話を聞いても、我が総司令に仕えることになった理由が分からぬぞ」
「ええ、それは…」
 セルギウス、周りに誰もいないのに、声をぐっと潜めた。
 密偵としての習性であろう。大事な核心に至ると、自然と声量を細くする。
 その核心を耳にすると、ヘレンニウス、これ以上ないほどに瞳を見開いた。




「な…なになにっ!その子どもが…!」
「しーっ!」
 ヘレンニウスの驚愕に、セルギウス、慌てて遮った。
「副官殿、声が大きゅうございます」
「す、すまぬ。…が、これを驚かずにいられようか」
「ええ。総司令閣下も大いに驚かれておられました」
「ということは…」
「左様」
 セルギウス、微笑を湛え頷いた。
「我が愛する妻の産んだ子を守るため、また、その行く末を見届けるため。それもまた男子の本懐と存じましたので」
 そう。彼は、愛する女の産んだ子を守るため、スキピオに仕えることを決意した訳だ。現代に通ずる男の気概であろう。
「そうであったか…」
 ヘレンニウス、大いなる驚きに続いて、大いなる感動に包まれていた。
(人は…このように一途になれるものなのだ)


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 セルギウスの志
 別の幕舎に案内され、従者たちが出ていくと、セルギウスは口を開いた。
「ヘレンニウス殿、出過ぎた真似をして申し訳ありませぬ」
「いや…貴殿のことだ。何か考えがあったのであろうから」
 それは、セルギウスが彼を差し置いて王と会話したこと。
 用件のあらましは、副使のセルギウスが伝えてしまった。
「あの場にマニアケスがおるのが分かりましたので…」
「なに!あの場に!」
「それゆえ王君の解するギリシア語で主旨を伝えました」
「なるほど、それはよいが…」
「は?」
「君もギリシア語を話せるのか」
 ヘレンニウス、少し羨ましげであった。
 というのも、司令官スキピオがギリシア語に堪能で、マシニッサとの普段の会話はギリシア語でやりとりしていたし、また、ラエリウスが妻ミルトの影響でギリシア語を解するようになっていた。従って、陣内はあたかもギリシア語が第二の公用語のようになり、ヘレンニウスたち他の幕僚は、少し疎外感を覚えていたからだ。
「は。わたくしは、ハミルカル配下の密偵稼業を辞めた後、地中海を渡り歩いておりましたので、自然と…」
 彼は後に娼館の主となっている。ギリシア女の奴隷なども仕入れたであろうから、堪能となったものであろう。




 間もなく。食事となり酒が入ると、寛いだのか、ヘレンニウスは訊いた。
「…ところで、貴殿は、どうして我が司令官に従っているのだ」
 元々、セルギウスは、ハンノンとカルタゴ風の名を称して新カルタゴの娼館を経営しており、新カルタゴ攻略の際の一度きりの協力という約束であった。それが、その後のバエクラ、イリパ、さらにはこのアフリカまで同行し、名をローマ風に改め、副官にもなっている。それが当然の如く振る舞っていたが、考えてみればやはり不自然だ。
「それは総司令の人柄のためです」
「とは聞いているが、それ以外にも理由があるのであろ」
「理由ですか…」
 セルギウスは苦笑した。
「総司令にはお話しした事ですが」
「私にも是非聴かせてくれ給えよ」
「それでは…」
 セルギウスは滔々訳を話し始めた。
 時は三十年遡る。





 紀元前238年秋。
 アフリカ大陸を炎のように焦がした傭兵の乱は終わった。
「さて…これからどうやって生きるか」
 セルギウスもといハンノンは呟いた。いや、ハンノンという名も、リュビア人の彼が、カルタゴ軍で働くため仮に名乗ったものに過ぎない。
 彼は、三年間仕えたハミルカル(ハンニバルの父)から暇をもらった。
 すばしこいところから、一兵卒の自分を密偵として重く用いてくれた。




「よく働いてくれたな。これは褒美だ」
 名将と謳われる彼は、全く物惜しみをしなかった。
 密偵の端くれに過ぎぬ彼にどっさり金銀を与えた。
「ありがたき」
(俺の人生はこれからだ)
 そう。この時、密偵を辞したハンノンは二十を少し越えたばかり。
 だが、その機会はすぐにやって来た。
 ハミルカルが再び立ち上がり、イベリア遠征に向かうという。
(やはり、この御方に付いていくべきだ)
 遠征軍に志願し、将校の一人としてイベリアに渡った。
 そして、北に西に東に、奔走する日々が再び始まった。
 ハミルカルは、この新天地でも無類の強さを発揮した。
 が、彼も人間であった。オリッセス族との戦いであえない最期を遂げてしまった。


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 疑念と信頼(さらに続き)
「なるほど…これがあれば、他国の前に出ても…」
「左様。我がローマ市民の前でも、王君の威望を損ねることはありますまい」
 暗に、和平が成りローマに赴くことがあっても、ということを示唆していた。
「これは…行き届いた心遣い」
 アルケラオス、老臣らしく、ぐっと心を揺さぶられた。
(やはり…スキピオは和平に賭けているのだ)
 再びその思いに囚われた。
「ささ。こちらに参られよ。王君に取り次ごう」
 そういうアルケラオスは、人の良さが前面に出ていた。
 そのアルケラオスに対し、セルギウスは冷ややかな視線を送っていた。




 ヘレンニウスとセルギウスは、シファクス王に謁見した。
「なに。和平の確答あるまで帰らぬ、とな」
 王は目を大きく見開いた。
「はい。スキピオが申しますには、我がローマが和平を承諾しても、カルタゴが講和に不備ありと蒸し返すのではないか、そのことを大変危惧いたしております」
「先の和平の条件をスキピオ殿は呑むと仰せなのか」
 そちらの方にシファクスは驚いていた。
 和平条項の概要は、カルタゴ軍がイタリアから撤退し、ローマ軍がアフリカから撤退する。カルタゴはヒスパニアを放棄するものの賠償金は負担しない、といった内容だ。
 相互の撤退でけりをつけるというカルタゴ側にとって寛大な内容に、これまでスキピオは難色を示していた。特に、アフリカにおけるローマの権益が一切認められておらぬことを差し支えとした。
「これでは我らがアフリカまで遠征して来た意味がない」
 それゆえ、彼は返答をこれまで曖昧にしていた。
 それだけに、王にとって、回答は意外であった。
(これは思いがけぬ返答だが…)
 シファクスは、ちらと傍らの衛兵を見た。それはマニアケスが扮したもの。
 マニアケスも驚きを隠せない容子であった。
(まさか…あの和平案をスキピオが呑むとは)




 その視線のやり取りを、セルギウスは見逃さなかった。
(やはり…こやつはマニアケス。ならばもう一押し…)
 セルギウス、一歩前にずいと出た。
 ヘレンニウスが少し驚いた顔をしたが、構わず前に出る。
「バシレウス(=王)様」
「お」
 王は驚いた。通訳を介さず、ギリシア語で話しかけられたからだ。




「そなたはギリシア語を解するか」
「はい。商人上がりなものでして」
 セルギウス、そんな風に言って笑った。
 地中海を股にかける商人の多くがギリシア語を解した。ビジネス言語であったからだ。
「我が総司令は王君の申し出を重んじ、和平に心が傾いているもの」
「ふむ」
「それゆえ、王君とジスコーネ殿との間で話し合いが付くまで、この陣に留まり、王君から良き返事を頂いて参れと。それまでは決して帰るなと命じられたのでございます」
「ほほう、左様か」
 王は明らかに喜悦の表情を浮かべていた。
 敵の策ではないかとの疑念は解消され、和平の望みが確かなものとなったからだ。




「よかろう」
 シファクスは、すっかり上機嫌となっていた。
「これから直ちにジスコーネ殿と談合いたそう。また、カルタゴ政府の了解も得ておこう。それまでしばらく別の幕舎にて寛がれるが宜しかろう」
「ははーっ」
 こうして、ヘレンニウスとセルギウスはシファクスの陣営に逗留することとなった。


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 疑念と信頼(続き)
「これを何と見る、アルケラオス」
「はっ。スキピオは、返礼の使節を送ると約束しておりましたので、それかと…」
「余が訊いているのはそれではない。何の意図でやって来たのか、と訊いている」
「それは…わたくしにも分かりませぬ」
「マニアケス殿はいかが?」
「わたくしも分かりませぬ」
「ふーむ」
 シファクスは思案した。
(奴は人の心を読む達人。油断はならぬが…)
 何かを仕掛けて来たものと思ったようだ。
「…よし。とにかく会うといたそう。思案はそれからだ」




 やがて、ローマの使節がシファクスの幕舎に現れた。
 正使ヘレンニウスに副使セルギウス、そして、多くの従者を伴っていた。しかも、どれもが豪奢な装いに身を凝らしていた。
(おお…これは…)
 王家の執事アルケラオスは、意外な光景に目を丸くしていた。
 これまでは、一人の軍使−それも百人隊長クラスの将校−に数人の従者だけの簡素な使節であったのが、今回はあたかも友好国を訪れたかのような仰々しさである。
(これは、やはり我らの思い過ごしではあったのでは…。スキピオは真実和平に情熱を注いでいるのやも知れぬ…)
 だが、彼の隣に立つ衛兵姿のマニアケスは、使節たちに厳しい視線を向けていた。




「アルケラオス殿。約束に従いやって参りました」
 ヘレンニウスが通訳を介し、にこやかな笑みを浮かべていた。
「おお、ようこそ参られた。王はお待ちかねです」
「王の御機嫌はいかがかな」
「すこぶる麗しくあられる」
「それは良かった」
 そう言って、ヘレンニウスは、従者に命じて大きな箱を運び込ませた。




「これは何ですかな?」
「王君に献じたいと思いまして」
 といって、箱を開けさせた。
「ほほう。これは…鞍ですかな」
「王家は、代々騎乗の達者で、鞍も付けずに自在に馬を操るとか。ですが、諸国の民の前に出るには、鞍がなくては映えませぬし、軽んじられる元となりましょう」




 正確には、今日の『鞍』とは違う。今日の鞍は、頑丈な革製の腰掛けに、足を乗せ踏ん張るための『鐙』が付いている。当時のものは、薄い敷物の如きものに足腰を固定させる突起のついたような代物に過ぎず、肝心なことに鐙は付いていなかった。
 だが、ヌミディア騎兵は、この『鞍』さえ付けず裸馬に騎乗した。手綱だけを頼りに、自在に馬を操るのだ。まさしく人馬一体。
 それは見事な馬技とはいえ、明らかに文明諸国とは異風。当時の感覚では『野蛮人』に見えてしまうのは否み得ない。


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