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セルギウスの志(続き)
ハンノンは、ハシュドゥルバルの復讐戦に従軍した。
ハミルカルの仇討ちとあって、戦いは酸鼻を極めた。
オリッセス族の生き残りを村に押し込めると四方から火を放った。
ハンノンも、他の密偵と手分けして、火を枯れ草に点けて回った。
「一人とて逃すな!皆殺しにせよ!」
ハンノンらは、新総督ハシュドゥルバルの命を冷酷に執行した。
逃れ出て来る部族の者共を、容赦なく全て斬り殺した。
「さすがにもうおらぬか…」
ハンノン、血に塗れた抜き身を手に、草むらをほっつき回った。
と、そこに。
影が飛び出して来た。
「おっ!」
ハンノンは、獲物が来たとばかりに、立ちふさがるや剣を振り上げた。
が、切っ先を振り下ろすことはできなかった。
若い母親が幼子を連れていた。火の中を逃げて来たのであろう。目は血走り、顔はこわばらせていた。
「お願いでございます!どうかお見逃しを!」
母親は必死に懇願した。
言葉は分からなかったが、そう言っているのが分かった。
「うむ…」
ハンノンは迷った。
総督の命令は女子供問わず斬り捨てよ、ということであった。
そうこうしているうちに、同僚の兵の声が近づいて来た。
ハンノン、とっさに女の腕をぐいと引っぱり草むらに隠した。
「よいか。暗くなるまで、そこに潜んでいよ」
女は無言のまま頷いた。
「…して、その女は、その後どうしたのだ」
ヘレンニウス、話の途中であったが、堪えきれなくなって口を挟んだ。
「ええ。私の妻にしました」
けろりと、ハンノン、いや、改めセルギウスがいった。
「えっ!」
「女には諭し、子は諦めさせました。親子二人でいれば勘付かれるやも知れぬ、と。どうも、部族の王の縁者のようでしたから」
そして、世を忍ぶため、密偵稼業から足を洗い、開府なったばかりの新カルタゴで娼館業を始めたと語った。二十年ほど前のことだ。
「…なるほど、そういうことか。だが、その子どもはどうしたのだ?」
「故郷のリュビアに送り、我が親類の里子にやることにしましたが…」
「が、どうしたのだ?」
「どうやら、船旅の途中で積み荷と共に海賊にさらわれてしまいまして」
「それは気の毒な…」
「奴隷として売り飛ばされてしまったことでしょう。女には内緒にしてましたが、そのうち知れて、大いに悲嘆に呉れまして」
セルギウス、何を隠すでもなく全てを明かしていく。
ヘレンニウスの人柄を深く信用してのことであろう。
「そうであったか…」
ヘレンニウス、頷いたが、だが、と言った。
「今の話を聞いても、我が総司令に仕えることになった理由が分からぬぞ」
「ええ、それは…」
セルギウス、周りに誰もいないのに、声をぐっと潜めた。
密偵としての習性であろう。大事な核心に至ると、自然と声量を細くする。
その核心を耳にすると、ヘレンニウス、これ以上ないほどに瞳を見開いた。
「な…なになにっ!その子どもが…!」
「しーっ!」
ヘレンニウスの驚愕に、セルギウス、慌てて遮った。
「副官殿、声が大きゅうございます」
「す、すまぬ。…が、これを驚かずにいられようか」
「ええ。総司令閣下も大いに驚かれておられました」
「ということは…」
「左様」
セルギウス、微笑を湛え頷いた。
「我が愛する妻の産んだ子を守るため、また、その行く末を見届けるため。それもまた男子の本懐と存じましたので」
そう。彼は、愛する女の産んだ子を守るため、スキピオに仕えることを決意した訳だ。現代に通ずる男の気概であろう。
「そうであったか…」
ヘレンニウス、大いなる驚きに続いて、大いなる感動に包まれていた。
(人は…このように一途になれるものなのだ)
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