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見ているようで見ておらぬ(続き)
アルケラオスら使節は、一通り会談を終えると、別の幕舎に通された。
「そなたらは、今のうちに、帰陣の支度をしておけ」
アルケラオスは、従者たちを外に追い出した。
そして、一人の衛兵と向き合った。
「どうであった。納得したかの」
目の前の衛兵−マニアケス−に対して、そう言った。
「ええ…」
マニアケスは曖昧な返事をした。
「どうなされた。何か異変を感じられたのか」
「確かに…見える範囲では異常は見えません」
「見える範囲では…か」
アルケラオス、相手の奥歯にものの挟まった物言いに苦笑した。
「だが、わしは、先にこの陣内を隈無く見聞しておる」
自信に満ちたように言ったその時、マニアケス、はたと胸を衝かれた。
「それは…最初のことですね」
「そうだ。わしが乞う前に、進んで案内してくれた。何も隠す風もなく」
「その後は」
「その後?」
「その後も、隈無く案内してくれたことがありましたか?」
「それは…ない。また見せろというもおかしな話であるし」
アルケラオス、むっとした。
執拗に疑う相手に、不快に思ったに違いない。
が、マニアケス、この時ある確信に到達した。
「それです。執事殿」
「なに…何のことだ」
「初めに全てを見せ疑念を解く。そして、思い込ませる」
「思い込ませる?」
「お分かりになりませぬか。全てを最初に見せ、そこはそのままと思い込ませる」
「なに…」
「その後、通りに面した部分しか見ていないのに、その裏の陣営は、以前見たままの光景と思い込ませる。即ち、見た光景全てがこの陣営全てのこと、と」
「あ…」
アルケラオス、唖然とした。
ようやく彼女が何を言わんとするかに思い至った。
「和平に向け寛いだ雰囲気は演出に過ぎず、裏で何かを企んでいる、そう申すか」
「恐らく」
「うーむ」
老執事は唸った。
それは、論理的にあり得るというにとどまらず、策士の勘として充分にあり得る筋である、その直覚が働いたからである。
(もし、これが策ならば…我が軍は危うい)
「見ているようで見ておらぬ…ということか」
アルケラオスは己の言葉を噛み締めた。
「はい」
「ならばどうすればよい」
穏やかな執事の風は消え、焦燥の色を浮かべていた。
「これが敵の策ならば、速やかに対応せねばならぬ」
スキピオは、和平の条件を詰めるとの口実でアルケラオスを待たせている。策ならば、この時間の空費も痛いことになる。
「交渉決裂ということで退散してはいかが」
「そうはいかん」
王家の執事は即座に退けた。
彼は、スキピオの返答を待つため日数を費やすことが慣例になっていると述べた上で、
「まだ敵の策略と決まった訳ではない。早とちりならば和平が台無し。ゆえに、ここは疑念を抱かれることなく退散せねばならぬ」といった。
それは、用心深く和戦両方の可能性に目を配る国家の宰相の言葉であった。
幕舎の内は静まり返った。
「…ならば、この手はいかがでしょう」
マニアケスが美しい唇を開いた。
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