新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第10章アフリカの章

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 疑念と信頼 
 こちら、ローマ軍の陣営より60スタディオン(約10km)離れたマサエシュリ軍の陣営。ウティカ市の西の丘陵地帯に布陣していた。
「なに。ローマ軍の使節がやって来たと」
 シファクスは目をぎろりと動かした。
 先日、彼は、アルケラオスとマニアケスから聞いていたからだ。





「なんと。これはローマ軍の策略であると!?」
 シファクスが驚きの声を上げると、アルケラオスは若干狼狽した。
「いや、まだそうと決まった訳ではありませぬ」
「が、汝の話では交渉の裏で何か企んでおると」
「はい。このマニアケス殿が勘付かれまして…」
「マニアケス殿が」
 アルケラオスの背後に控えていた衛兵が前に進み出て、兜のひさしをぐいと上げた。
 美貌の彼女が現れた。



「おお、いつの間に…」
「挨拶もなくまかりこし申し訳ありませぬ」
「いや。それより何か証拠があって申されておるのか」
「明らかなものはありませぬが、幾つか不自然な点が」
「何か」
「一つは、最初の訪問時に、アルケラオス殿を案内し、ことさら陣内の様子を隈無く見せたこと。これは我らの疑念をまず解くための作為かと存じます」
「ふーむ。それはそうとも言えるかも知れぬが…」
「確かに。…ですが、二つ目は明らかにおかしく」
「それは何だ?」
「交渉中とはいえローマ兵が明らかに寛いでおることです」
「それがおかしいか。和平成るといえば誰も多少は緩もう」
「いえ、スキピオその人に限れば、おかしゅうございます」
「なぜだ」
「スキピオは、シラクサ陥落を熟知している将だからです」
「シラクサ陥落?」
「はい」
 マニアケスはいう。
 スキピオは、マルケルスの副官として、アルテミス大祭の隙を衝き、シラクサ市街占拠を企んだ当の部将であると。
 あれは、エピキュデスら上将たちが大祭に油断し、そこを衝かれたものであった。
 その油断の隙に奇襲を仕掛けて来たのは、まさしくスキピオ率いる部隊であった。




「その彼が、和平成る前に油断する訳がありませんし、配下にも許す訳がありませぬ。油断が滅亡に直結してあることを誰よりも知っておるのです」
「うーむ」
「その彼がことさら油断を見せている…これは何かあると考えざるを得ませぬ」
「ふーむ」
 シファクスは何度も大きく唸っていた。
 彼の中でも急速に不安と疑念が膨らんで来るのを覚えたからだ。
「…なるほど。これは用心せねばならんな」
 ということで、シファクスは、これまでの緩んだ規律を引き締め直し、警戒を再び強め始めていたのだ。
 ローマ軍の使節がやって来たのは、そんな折であった。


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 帰って来るな(続き)
 使節一行が立ち去ると、
「何か勘付かれたかな」
 スキピオは呟くように発した。




「ひょっとして…」
 口を挟んだのはミルトであった。
「一行にあの者が潜んでいたやも」
「あの者…マニアケスのことか?」
「はい」
 幕舎の内は静まり返った。
 知らぬ間に強敵を内に迎えていたことに慄然としたのだ。
「ということは、我らに策ありと見抜かれたかな」
「大丈夫と存じますが…何かを勘繰ったのやも…」
「ふむ」
 スキピオは思案した。
 今、最も心を砕くのは、自身の和平に向けた情熱を疑われぬようにすること。それこそ作戦の根幹。




「ヘレンニウス、セルギウス」
「はっ」「ははっ」
「そなたらは、返礼の使としてマサエシュリの陣に向かえ」
「なんと応答すれば宜しいので?」
 ヘレンニウスが訊いた。
 位階の順序から当然自分が正使となり、敵方とやりとりすることになるからだ。
「我らは提案を受け容れる用意がある。だが、果たして、先の提案はカルタゴ側の意に適うのか、我らはカルタゴ側が後に講和条件を蒸し返すのではないかと懸念している。確たる返答を頂きたい、と」
「なるほど」
 セルギウスが頷いた。




「そして…」
 スキピオは人差し指を立てた。
「肝心なことであるが、返答あるまでは決して戻って来てはならぬ、そう命じられた、こうシファクスに申せ」
「返答あるまでは帰陣せぬ、と言う訳で?」
 ヘレンニウスが首を傾げた。
「そうだ」
 スキピオは大きく頷くと、その傍らの人物に顔を向けた。
「どういうことか分かるかの。セルギウス殿」
「ええ、すぐに分かりましたとも」
 密偵上がりのセルギウス、済ました顔で応えた。
「ほう…何が分かった?」
「シファクスは、マニアケスの報告で、我らの和平の意思に疑念を抱くに違いありませぬ。さりとて偽装と断定するまでには至らぬ、と。そんな疑心暗鬼の折、我らの側から確固たる和平の意思を示されれば…。シファクスの疑念は氷解するに違いありませぬ」
 幕僚たちは、セルギウスの顔を驚いたように見た。
 このリュビア人副官の頭脳の回転の素早さに驚嘆したのだ。




「よろしい」
 スキピオは頷いた。
「ならば、安心して任せられるな」
「御意」
「両者、用意万端整え向かい給え」
「ははーっ」
 数日後。ヘレンニウスを正使、セルギウスを副使とする軍使一行が、マサエシュリの陣営に向かった。


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 帰って来るな
「なに。帰陣したいとな」
 スキピオの声の調子が僅かに高くなった。
「はい」
 アルケラオスは穏やかな笑みを浮かべた。
「閣下の和平の意思充分と拝察致しましたので」
「とは申せ、まだ我らの結論は出ておらぬが…」
 司令官は眉間に少し皺を寄せた。




「何の」
 アルケラオス、ゆったりと言葉を継いだ。

「それがし、閣下の志を承知いたしておりますれば、必ずや和平が成るものと信じておりまする。また…」
「また何だ」
「それがし、王家の執事として、決裁せねばならぬ些事も多数あり。それが滞りますれば、和平に向けた段取りも遅れることになり申す。速やかに帰陣し、元来の任務をこなしながら、閣下の御返事をお待ちいたしております」
 相手を信ずるがゆえに、加えて、本来の任務があるゆえに帰る、そう言っているのだ。




「ふーむ」
 スキピオは不思議な顔をした。
 確かに、これまで互いの軍使が頻繁に行き交いし、和平の機運高まりつつある時であるから、別段おかしな申し出ではない。
(だが…何か引っかかるな)
 これまでは、スキピオの返答を待って帰陣し、その後、スキピオが新たに条件が加えたローマ軍の使者がマサエシュリの陣を訪れ、それを検討し、アルケラオスが再びやって来る、その繰り返しであったからだ。
 つまり、これまで、スキピオの主導を全く許してくれていたのだ。




「よろしい」
 スキピオは、いつものおおどかな笑みを浮かべた。
「いつもいつも、我らの結論出るまで待たせるのは、王家の執事である貴君にとって甚だ迷惑なこと」
「決して迷惑などとは…」
 慌ててアルケラオスが弁明しようとするのを、スキピオが手を上げ遮った。
「追って返事を使者に持たせ貴軍の陣に向かわせる」
「それはそれは」
 アルケラオスは目を丸くした。
 スキピオの容子が、全く和平に前向きなままであったからだ。
(これは…穿ち過ぎであったか)
 疑念を行き過ぎたものとも思ったか、ばつの悪い顔になった。
「では、我が陣営にて、お待ちしております」
「うむ。シファクス王によしなにお伝えあれ」


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 見ているようで見ておらぬ(続き)
 アルケラオスら使節は、一通り会談を終えると、別の幕舎に通された。
「そなたらは、今のうちに、帰陣の支度をしておけ」
 アルケラオスは、従者たちを外に追い出した。
 そして、一人の衛兵と向き合った。




「どうであった。納得したかの」
 目の前の衛兵−マニアケス−に対して、そう言った。
「ええ…」
 マニアケスは曖昧な返事をした。
「どうなされた。何か異変を感じられたのか」
「確かに…見える範囲では異常は見えません」
「見える範囲では…か」
 アルケラオス、相手の奥歯にものの挟まった物言いに苦笑した。
「だが、わしは、先にこの陣内を隈無く見聞しておる」
 自信に満ちたように言ったその時、マニアケス、はたと胸を衝かれた。
「それは…最初のことですね」
「そうだ。わしが乞う前に、進んで案内してくれた。何も隠す風もなく」
「その後は」
「その後?」
「その後も、隈無く案内してくれたことがありましたか?」
「それは…ない。また見せろというもおかしな話であるし」
 アルケラオス、むっとした。
 執拗に疑う相手に、不快に思ったに違いない。
 が、マニアケス、この時ある確信に到達した。




「それです。執事殿」
「なに…何のことだ」
「初めに全てを見せ疑念を解く。そして、思い込ませる」
「思い込ませる?」
「お分かりになりませぬか。全てを最初に見せ、そこはそのままと思い込ませる」
「なに…」
「その後、通りに面した部分しか見ていないのに、その裏の陣営は、以前見たままの光景と思い込ませる。即ち、見た光景全てがこの陣営全てのこと、と」
「あ…」
 アルケラオス、唖然とした。
 ようやく彼女が何を言わんとするかに思い至った。




「和平に向け寛いだ雰囲気は演出に過ぎず、裏で何かを企んでいる、そう申すか」
「恐らく」
「うーむ」
 老執事は唸った。
 それは、論理的にあり得るというにとどまらず、策士の勘として充分にあり得る筋である、その直覚が働いたからである。
(もし、これが策ならば…我が軍は危うい)




「見ているようで見ておらぬ…ということか」
 アルケラオスは己の言葉を噛み締めた。
「はい」
「ならばどうすればよい」
 穏やかな執事の風は消え、焦燥の色を浮かべていた。
「これが敵の策ならば、速やかに対応せねばならぬ」
 スキピオは、和平の条件を詰めるとの口実でアルケラオスを待たせている。策ならば、この時間の空費も痛いことになる。




「交渉決裂ということで退散してはいかが」
「そうはいかん」
 王家の執事は即座に退けた。
 彼は、スキピオの返答を待つため日数を費やすことが慣例になっていると述べた上で、
「まだ敵の策略と決まった訳ではない。早とちりならば和平が台無し。ゆえに、ここは疑念を抱かれることなく退散せねばならぬ」といった。
 それは、用心深く和戦両方の可能性に目を配る国家の宰相の言葉であった。
 幕舎の内は静まり返った。
「…ならば、この手はいかがでしょう」
 マニアケスが美しい唇を開いた。


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 見ているようで見ておらぬ
 その日の午後。
 軍使アルケラオスの一行がコルネリア要塞を訪れた。
 いつものようにヘレンニウスがにこやかに出迎えた。
「貴兄には、いつも御足労頂き、まことにもって感謝の言葉もありませぬ」
 慇懃な挨拶に、老獪なアルケラオスも顔を綻ばせた。
「なんの。アフリカ大陸の平和が成るか否かの折、どうして労を惜しみましょうや」
 はじめ、この交渉を敵内部を探知する方便と考えていた。
 だが、今は、真実和平を実らせるべく精魂を傾けていた。




 一行は、陣営の真ん中を通る大きな道を進んだ。
 軍使に従う衛兵の一人が、兜の奥から、ちらちら左右に目を遣っている。
 マニアケスである。
(ふむ…異常は感じられぬ…な)
 和平交渉中とあって、視界に入る兵士たちは、全て寛いでいた。
(だが…)
 マニアケス、何か引っかかった。
(何か…何か違和感がある)
 それは、密偵特有の嗅覚であった。
 見えるものをそのまま鵜呑みにせず、見えぬものを感覚に囚えよう、その本能であり執念である。




 一行は、大通りの行き止まりに設営された、総司令スキピオの幕舎に導かれた。
「ようこそお出でになられた」
 おおどかな笑顔に迎えられた。
「貴君の労はまことに大なり。後世の歴史家より大いに嘉せられるであろう」
 スキピオは、ギリシア語でアルケラオスの働きを労った。
「ありがたき仰せ」
 アルケラオス、感謝の面持ちことさら表しながら、とある思いに耽っていた。
(このまま和平となれば、このスキピオとのつながりも悪くないものになろう)
 なにせ、飛ぶ鳥落とす勢いのスキピオ。講和成れば、ローマ政界の最高実力者にのし上がることは確実。その彼との人脈は、マサエシュリ王国におけるアルケラオスの権力増大に大いに寄与しよう。




 だが、それとはまるで異なる視線を向ける者がいた。
 マニアケスである。
(スキピオ…ここまで大きくなっていたか)
 スキピオの一言一句は、彼女の胸にも響いた。
 初め、特例でヒスパニアの司令官となった青年が、ミルトやセルギウスという手練の密偵を配下に収めるや、新カルタゴを攻略し地中海世界をあっと言わしめ、イリパの大勝利の後ヒスパニア全土を制圧し、確かな手腕を見せつけた。
 だが、真に驚嘆に値するのはその後だ。
 敵対するマシニッサを人間力のみで説き伏せ味方につけ、特例で執政官に就任したこと。さらには、ハンニバルをロクリで破ったこと。そうして背後を押さえると、シチリア島民を手なずけて兵を掻き集め、大挙してアフリカ大陸に上陸を果たしたこと。




(まごうことなき強敵…。心してかからねば足をすくわれよう)
 だが、そんな彼女の目にも、スキピオの瞳に曇りを見い出すことは出来なかった。
(やはり…真実和平を求めておるのか…)
 そう思う一方、どうしても腑に落ちなかった。
(ここまで出張って来て、一戦もせず和平に応ずる…。そんなことがあるのか)
 スキピオとアルケラオスのやり取りの間、そんなことばかりを思っていた。


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