新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第10章アフリカの章

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 見えることと見えぬこと(さらに続き)
「ヘレンニウス」
「はい」
「ジスコーネに欠け、我らにあるものは何か。分かるか」
「いえ」
「徳だ」
「徳…」
「徳亡き者は徳ある者に敗れ去る。これは厳然たる真実」
 スキピオは言い切った。




 歴史を丹念に読み解くと、力の優劣のみで事が決していると思われがちな出来事が、実は、徳の有無が大きくものを言っていることに気付く。このことは、正義の観念が発達した近代以降に限らない。
 例えば、この物語と時を同じくして東方で進行していた、中国大陸の覇権を巡る漢の劉邦と楚の項羽の争い。この漢楚の攻防は、まさしくその典型であろう。
 武力では項羽に敵う者なく、彼は秦帝国を滅ぼし覇王となった。だが、彼は有徳ではなかった。部下の諫言を聞き容れず、旧主を弑するなど乱暴を働いた。
 人心は離反し、有徳の士は人物明朗な劉邦の許にこぞって集った。こうして、項羽は、僻地の蜀漢に押し込めた劉邦の反攻に遭うや、僅か数年後、垓下の地で四面を楚歌に囲まれた挙げ句、滅ぼされてしまった。




「翻ってジスコーネはどうか」
 スキピオは言う。
 和平を求め奔走したまでは良かった。
 が、和平の途を諦めるや、アカデメイアで学んだ徳を捨て狡猾な策士と化した。そして、敗北を重ねるや、同盟者マシニッサを裏切り、我が妹をシファクスの野望の犠牲に供した。
「彼は、私の寛大なる和平の提案も拒んだ。その挙げ句の裏切りや人倫にもとる振る舞い。これを不徳と言わずして何と言おう」
「不徳は有徳に敗れるよりほかない。傭兵の乱を例に挙げるまでもない。なぜならば、徳ある者には有徳の者が集い、必然狡猾を凌ぐ智と力が備わるからである」
 即ち、マシニッサやセルギウスなど、スキピオの仁徳を慕う智者勇者が集まって来ること。それこそが、勝利への大きな加勢となることを、スキピオは徳ある者の力の源泉であると明かした。




「ならば、不意打ちをかけては、なおさら閣下の仁徳に傷がつきませぬか」
 ヘレンニウスが、再びそのことを訊いた。
「彼らは、この交渉を、我らを図る策とも企んでいたろう」
 スキピオはそう言った。
「それは…確かに、そうかもしれませんな」
 ヘレンニウス、アルケラオスの当初の油断ならぬ目つきを思い起こしていた。
「ならば、それを逆手に奇貨とするは指揮官たる者の務め。敵の策に乗じ敵を破る、このことも有徳の者の使命だからの」
 スキピオは快活に笑った。
 そう。スキピオは、敵の和戦両天秤の策をとうに見抜き、偽って和平の気運をことさら高め、逆に敵を図る一手を打ったのだ。


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 見えることと見えぬこと(続き)
 こちら、コルネリア要塞。
「総司令」
 ヘレンニウスが訊いた。
「何か」
 スキピオは今日も地図を睨んでいた。
「よろしいのですか」
「何が」
「敵の使節を、こうも幾度もこの要塞の内へ招き入れること、です」
 シファクスの軍使アルケラオスは、既に幾度もこの陣営内をつぶさに見ていた。
 彼が敵の参謀格であることを思えば、副官として危惧を抱かざるを得なかった。




「ふむ」
 スキピオは顔を上げた。
「彼の見えるところに見えてはならぬものがあれば、そなたの言う通りであろう」
「見えるところに…見えてはならぬもの?」
 ヘレンニウスは首を傾げた。
「大丈夫だ。彼らには見えぬよ。有徳ではないからの」
 そんな言葉にも、ヘレンニウスは首を傾げるばかり。




 スキピオは、僅かに笑みを見せると、傍らに控えるミルトに訊いた。
「ところで、先日、言いつけたものは用意出来たか」
「はい。連れて来た職人を動員して作業に当たらせておりますれば、あと少しで」
 ローマ軍は、ヒスパニアから連れた国有奴隷二千人を、この要塞の内で働かせていた。
「弓兵の訓練も滞りなく進んでおるか」
「はい。ラエリウスとマシニッサ殿が調練しておりますれば、それも間もなく」
 ローマ兵は、投槍兵はいるが弓兵はいない。従って、同盟国の兵や、動員した奴隷兵を用いるしかない。
「ふむ。いよいよだな」
 スキピオは立ち上がった。




「閣下、まさか…動き出すお積もりですか」
 ヘレンニウス、何も聞かされていなかったから、半ば驚き半ば唖然としていた。
 和平交渉の事務方として、彼は、日々アルケラオスの接待に当たっていたのだ。
 その裏で、スキピオはどうやら、新たな戦いの準備に向け着々進めていたのだ。
「ふふ」
 スキピオは笑った。
「見えぬことがここにある。本当に漏らしてはならぬことは、味方に対してもそうでなければならぬ。そなたは、そのことを新カルタゴの折に知った筈であろう」




「あ…」
 ヘレンニウスは愕然とした。
 海水を踏破しての新カルタゴ攻略の計画は、広大な水面を前に、まさしく土壇場になって知ったこと。
(ということは…)
 彼の知らぬ背後で、着々と事は進んでいたのだ。




「それでは…この和平交渉は見せかけなので…」
 スキピオは手を上げ相手の言葉を遮った。
「そなたは真実和平のためという体で振る舞え」
「ですが…」
 ヘレンニウス、何かを慮った顔になった。
「宜しいのですか。信義にもとることになりはしませぬか」
 ローマ国家の、また、スキピオの名誉に対する影響を危惧した。
 指揮官が、奇襲作戦を考えていることを察知したためであろう。
 奇襲は一つの戦法だが、時宜を誤れば騙し討ちの誹りを受ける。


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 見えることと見えぬこと 
 明けて紀元前203年の新年。
 マサエシュリの陣営は、明らかに高揚した何かを言祝ぐ雰囲気に包まれていた。それは、戦いの終わりを期待する空気であった。
 マニアケスが現れたのはそんな折であった。




「何。そなたがアルケラオスについていくと」
 シファクス王は素っ頓狂な声を上げた。
「はい。ジスコーネ閣下の命令にございます」
(この御仁は油断ならぬ…)
 彼女は厳しい眼差しを向けていた。
 用心深さの刻まれた彼女の思考回路は、開明的なヘレニズム君主を装い、その実、狡猾な部族の長であるシファクスを、心の底から信ずるなど到底出来なかった。
「うーむ…」
 対する王は、申し出を明らかに迷惑に思っていた。
(ようやく和平まであと一息というここに来て、この女に邪魔されては…)
 彼は和平の果実を十二分に認識している。
 地中海屈指の両大国を和平に導き、その間にあって漁父の利を得る。
 



「御安心を」
 マニアケスは僅かに笑みを見せた。
「従者に扮します。ローマ兵に悟られることはありますまい。私の目的は、敵の内情を確めることにありますので」
「ふーむ。従者か」
「少しお待ちを…」
 彼女は身を翻して幕舎を出ていったかと思うと、再び現れた。
「おお…」
 王は、思わず感嘆の声を上げていた。
 そう。あたかも、王に近仕する眉目麗しき衛兵そのものの姿であった。
(なるほど…。かつて、イベリア総督ハシュドゥルバルが寵愛したというのも頷ける)
 この時代、ギリシア世界を中心に同性愛に対して極めて寛容であったから、美貌の男性は、女性からだけでなく同性からももてたことだろう。




「よかろう。アルケラオスについていくがよい」
 シファクスは、ここはジスコーネの顔を立ててやることにした。
(カルタゴ軍司令官の彼を疎外した形にするのは、戦後のことを思うとよくない)
 そう思ったからだ。但し、と王は釘を差した。
「そなたはあくまでも従者ぞ。それを弁えるようにの」
「心得ております。会議に口を挟むことは致しませぬ」
 マニアケス、にこと微笑んだ。
 翌日。
 朝日が高く昇ると、シファクスの陣営から、軍使アルケラオスとそれに従う十数騎の騎兵が出て来た。和平交渉のため、今日もコルネリア要塞に向かうためであった。


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 葦葺きの陣営(続き)
 こちら、ジスコーネの本陣。
 ここでは密かな焦燥が広がっていた。
「シファクス王は和平に熱中しておられる」
 そのことであった。方便の筈の和平交渉が、いつの間にか本筋の外交戦略に変じてしまっている。
「同盟国の軍がここにあることを御忘れになっているのではありますまいな」
 アドヘルバルなど将たちは、露骨に不満な声を上げていた。




「大丈夫でしょうか」
 マニアケスも言った。
「仕方があるまい」
 ジスコーネ、苦虫を噛み潰した表情であった。
「交渉は決裂しておらぬ。ローマは、我がアフリカの領土の保全を約束したばかりか、さらにはヒスパニアの領土も一部返還する意思も示唆したとか…。となれば、こちらから蹴る訳にはいくまい」
 静観するほかないと言いながら、事態の推移が、彼にとっても甚だ居心地の悪いものに感じていたのは、その表情からも明らかだ。
(終戦…ローマ軍の撤退。いずれも望むところなれど、このまま終わって我が国に良い目が出るであろうか)
 だが、スキピオが明らかな譲歩の姿勢を見せている以上、シファクス王の和平交渉に干渉する訳にもいかない。




「もし、これが策であったら…」
 マニアケスが不安の核心を口にした。
「内情が敵方に筒抜けとなりますが…」
「それならば、余も王に注意したのだ」
「何と仰せで」
「五分五分と」
「五分五分?」
「アルケラオスが既に敵の要塞内をくまなく見聞しておる、と。それだから、こちらが陣容を明かしたとしても、対等になったに過ぎない、と」
「なるほど」
 彼女は頷いたものの、表情は全く晴れなかった。
(…だが、なにゆえか気になる)




「閣下。一度、わたくしをマサエシュリの陣に派遣して下さいませ」
「何をする気か?」
「実相を確かめて参ります」
「それは…」
「軍使に従い様子を確かめて参ります」
「コルネリア要塞を見て来るというか」
「はい。何か察知出来るやも知れませぬ」
「ふむ…」
 ジスコーネも頷いた。
 確かに、彼も近頃思いあぐねていたことでもある。マニアケスの目で確認出来れば、安心できるし、何よりも見通しを立てられるというもの。




「よろしい。そなたを余の名代といたそう。疑念不審な点あらば、遠慮せずに王やその家臣に問い質せ」
「ははっ」
 数日後。マニアケスは、数騎の供を従え、マサエシュリ軍の陣へ向かった。
 時は、年をまたぎ、紀元前203年となっていた。

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※↑このファイルはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植ライセンスのもとに利用を許諾されています。Photo by Keven Law from Los Angeles, USA.

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 葦葺きの陣営 
 それから。
 コルネリア要塞とシファクスの陣営を、両軍の軍使が往来した。
 そこで繰り広げられるやりとりは、おおよそこんな具合であった。
「この条件は良い」
 スキピオがまず言う。
「それでは…」
 アルケラオスがまとめにかかると、いやいやとスキピオが遮る。
「されど、この条項について、もう少し熟慮したい」
 そういってアルケラオスを帰し、しばらくしてからヘレンニウスを派遣し、別の条件を伝える。シファクスがジスコーネと協議し、その返答をアルケラオスが持ってやって来る。こんな繰り返しであった。
 とはいえ、頻繁な交渉に、両軍に和平の気分が広がりつつあった。
 一回のやり取りで半月ほど要した。それが十回ほど繰り返された。
 暦は進み、季節は巡り、いつの間にやら夏から秋、冬へと至った。




 紀元前204年も暮れる頃。
 とある夜。
「プロコンスル閣下」
 スキピオの幕舎に、マシニッサがやって来た。
「何か」
 司令官は、ほのかな灯火の下、辺りの地形を詳細に写し取ったパピルス(古代の紙)を睨んでいた。朝も早いが夜も遅いスキピオの日常であった。
「本当に和議を結ぶおつもりですか」
 そう問い質すマシニッサ、不満を顔一杯にしていた。
 それはそうだ。ローマとカルタゴが和睦してしまえば、マサエシュリによるマッシュリ併合を追認する格好にならざるを得ない。
 となれば、亡国の君主のまま捨てられるマシニッサとしては立つ瀬がない。配下の厳しい突き上げがあったに違いない。




「これまでの私の言葉通りだ」
 スキピオは顔を上げずにそういった。
「それは…」
 マシニッサが言葉を口にしかけた時、相手はすっと顔を上げた。
「信じてもらいたい。私は…否、我がローマは、そなたを友として迎えている。その友を裏切ることは決してしない」
「は…」
 確たる裏付けの言葉はない。だが、人を信じさせる確たる響きがそこにはあった。
 だから、退出するマシニッサの面には、穏やかな笑みが広がっていた。




 マシニッサと入れ替わりに、ヘレンニウスがやって来た。
「どうであった」
 スキピオは訊いた。
「はい。シファクス王は、なんとしてでも和平を成立させたいと申しております。少々の譲歩はいたすから、そちらも、今少し譲れるところは譲って頂きたいと」
 交渉を重ねるに従い、シファクスは和平に見込みありとして、並々ならぬ情熱を注ぎ始めていた。確かに、往来十度ともなれば、人間心理の必然の成り行きかも知れない。




 スキピオは手を上げ遮った。
「そのこと、ではない。もう一つの方、だ」
「は。それにつきましては、この者から…」
 ヘレンニウス、背後を振り向き、目で合図した。
 セルギウスが前に進んだ。彼は随員として同行していた。
「敵の布陣は全て、このハピルスに書き留めました」
 皺苦茶になった書面を懐から取り出し、司令官に渡した。
 スキピオは紙の皺をぐいと伸ばし紙の隅を押さえると、敵軍の布陣を見入った。
 セルギウスは苦笑した。
(途方もない不敵を見せたかと思うと、こういう細かなところもある…)




「これまでの内偵で他に何か気付いた点はあるか?」
 スキピオ、視線を下に落としたまま訊いた。
「造りに手抜かりあるやに見受けました」
「造り?」
「我がローマは、敵の侵入を阻止するため、地を深く掘り杭を打ち込み柵を連ねます。また、弓勢の届かぬよう幕舎を柵から離して設営し、また火矢を打ち込まれても延焼せぬよう所々土を盛り、布製の幕舎を張りまするが…」
 そう。ローマ軍の陣営というものは、十二分なる用心の下に設計されていた。




「敵は違うか」
「はい。柵の打ち付け浅く、しかも、葦で葺き、小枝で組み立てた簡素な小屋を陣所に用いております」
「葦と枝…」
 スキピオはここで顔を上げた。
 葦は温帯地域に広く生育する植物。日本でも、簾などに用いられるし、古くは民家の屋根を葺くにも用いられた。
「は。兵卒の一部の陣屋に仮に用いているのかと思いきや、将校の宿所も含め、ほぼ全ての陣所がそのような造りとなっておりました」
 こういう十全な観察というものは、一回や二回の潜入では到底不可能。セルギウスは、十度にも及ぶ往来で、布陣だけでなく、こんな細かな所も調べを入れていたものだ。
「…そうか。葦と枝を用いておるか」
 スキピオの瞳が輝き始めていた。


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