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※↑このファイルはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植ライセンスのもとに利用を許諾されています。Photo by Keven Law from Los Angeles, USA.
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葦葺きの陣営
それから。
コルネリア要塞とシファクスの陣営を、両軍の軍使が往来した。
そこで繰り広げられるやりとりは、おおよそこんな具合であった。
「この条件は良い」
スキピオがまず言う。
「それでは…」
アルケラオスがまとめにかかると、いやいやとスキピオが遮る。
「されど、この条項について、もう少し熟慮したい」
そういってアルケラオスを帰し、しばらくしてからヘレンニウスを派遣し、別の条件を伝える。シファクスがジスコーネと協議し、その返答をアルケラオスが持ってやって来る。こんな繰り返しであった。
とはいえ、頻繁な交渉に、両軍に和平の気分が広がりつつあった。
一回のやり取りで半月ほど要した。それが十回ほど繰り返された。
暦は進み、季節は巡り、いつの間にやら夏から秋、冬へと至った。
紀元前204年も暮れる頃。
とある夜。
「プロコンスル閣下」
スキピオの幕舎に、マシニッサがやって来た。
「何か」
司令官は、ほのかな灯火の下、辺りの地形を詳細に写し取ったパピルス(古代の紙)を睨んでいた。朝も早いが夜も遅いスキピオの日常であった。
「本当に和議を結ぶおつもりですか」
そう問い質すマシニッサ、不満を顔一杯にしていた。
それはそうだ。ローマとカルタゴが和睦してしまえば、マサエシュリによるマッシュリ併合を追認する格好にならざるを得ない。
となれば、亡国の君主のまま捨てられるマシニッサとしては立つ瀬がない。配下の厳しい突き上げがあったに違いない。
「これまでの私の言葉通りだ」
スキピオは顔を上げずにそういった。
「それは…」
マシニッサが言葉を口にしかけた時、相手はすっと顔を上げた。
「信じてもらいたい。私は…否、我がローマは、そなたを友として迎えている。その友を裏切ることは決してしない」
「は…」
確たる裏付けの言葉はない。だが、人を信じさせる確たる響きがそこにはあった。
だから、退出するマシニッサの面には、穏やかな笑みが広がっていた。
マシニッサと入れ替わりに、ヘレンニウスがやって来た。
「どうであった」
スキピオは訊いた。
「はい。シファクス王は、なんとしてでも和平を成立させたいと申しております。少々の譲歩はいたすから、そちらも、今少し譲れるところは譲って頂きたいと」
交渉を重ねるに従い、シファクスは和平に見込みありとして、並々ならぬ情熱を注ぎ始めていた。確かに、往来十度ともなれば、人間心理の必然の成り行きかも知れない。
スキピオは手を上げ遮った。
「そのこと、ではない。もう一つの方、だ」
「は。それにつきましては、この者から…」
ヘレンニウス、背後を振り向き、目で合図した。
セルギウスが前に進んだ。彼は随員として同行していた。
「敵の布陣は全て、このハピルスに書き留めました」
皺苦茶になった書面を懐から取り出し、司令官に渡した。
スキピオは紙の皺をぐいと伸ばし紙の隅を押さえると、敵軍の布陣を見入った。
セルギウスは苦笑した。
(途方もない不敵を見せたかと思うと、こういう細かなところもある…)
「これまでの内偵で他に何か気付いた点はあるか?」
スキピオ、視線を下に落としたまま訊いた。
「造りに手抜かりあるやに見受けました」
「造り?」
「我がローマは、敵の侵入を阻止するため、地を深く掘り杭を打ち込み柵を連ねます。また、弓勢の届かぬよう幕舎を柵から離して設営し、また火矢を打ち込まれても延焼せぬよう所々土を盛り、布製の幕舎を張りまするが…」
そう。ローマ軍の陣営というものは、十二分なる用心の下に設計されていた。
「敵は違うか」
「はい。柵の打ち付け浅く、しかも、葦で葺き、小枝で組み立てた簡素な小屋を陣所に用いております」
「葦と枝…」
スキピオはここで顔を上げた。
葦は温帯地域に広く生育する植物。日本でも、簾などに用いられるし、古くは民家の屋根を葺くにも用いられた。
「は。兵卒の一部の陣屋に仮に用いているのかと思いきや、将校の宿所も含め、ほぼ全ての陣所がそのような造りとなっておりました」
こういう十全な観察というものは、一回や二回の潜入では到底不可能。セルギウスは、十度にも及ぶ往来で、布陣だけでなく、こんな細かな所も調べを入れていたものだ。
「…そうか。葦と枝を用いておるか」
スキピオの瞳が輝き始めていた。
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