新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第10章アフリカの章

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 肚の探り合い
 マサエシュリ王シファクスの使節アルケラオスは、盛大に出迎えられた。
 副官ヘレンニウスに導かれ奥へと進んでいく。
 陣所は、ローマ式に区画され整備されている。
「こちらが騎兵の陣所となっており」
「こちらに兵糧を備蓄しており申す」
「こちらには、武具を貯蔵してます」
 陣内の各所をきめ細やかに案内された。まるで友軍の将校の待遇だ。
 アルケラオスは面食らった。
 同時に、大きく唸っていた。
(…うーむ。やはりスキピオ…底知れぬ男よ)
 それは、彼がヒスパニアの戦いを手の者を使って詳細に調べさせた結果であるし、シガの宮廷でのスキピオの振る舞いからも確めた事実であった。
 そして今も…。
 敵に対し備えを明かすなど大胆不敵この上ないが、確かに、どれも充分な備えであることが見て取れた。
(これは…強敵だ)
 アルケラオス、コルネリウス要塞の至る所を引きずり回された挙げ句、ようやく、スキピオの陣所に案内された。




 幕舎の内に入ると、左右にローマ軍の幕僚たちが居並んでいた。
 ラエリウスやルキウスという将に混じって、マシニッサもいた。
 一瞬目が合ったが、宿敵同士であるから、ふんと目を逸らした。
「マサエシュリ王シファクスの使者として参りましたアルケラオスにございます」
 教養あるギリシア人でもある。洗練された物腰で挨拶した。
「うむ。余がローマのプロコンスル、スキピオである。遠路大儀」
「ははっ。痛み入ります。閣下におかれましても御機嫌麗しく…」
 二人は、あたかも初対面かの如き挨拶を交わした。シガの宮廷で一面識ある筈なのに、と思う方もいるかもしれぬが、あれは非公式かつ極秘の会談。だから、公式には、これが初対面ということになる。




 一通りの形式張った挨拶の後、
「して…存分に拝見されたかの」
 スキピオはニヤとして訊いた。
 これからの会話は、まさに互いの肚の探り合いであった。
「拝見しました」
「どう感じた?」
「貴軍は強いと」
「ほう…」
 スキピオ、大袈裟に驚いた表情を作った。
「そこで…」
 アルケラオスが身を乗り出した。
 両者共にギリシア語に堪能、だから、会話に小気味良いテンポがあった。つまり、通訳を介した時に生ずる無駄な間がない。




「我が王シファクスは、貴国とカルタゴとの和平を仲介いたしたいと申しております」
「和平のう…」
「は。コンスル閣下のご要望をよく伺って参るようにと…」
 そこで、スキピオはさっと手を上げ遮った。
「は。何か?」
「コンスルではない。プロコンスルだ」
 傍目からは同じでも、職階は厳しく異なる。プロコンスルには内政の権限は一切ない。
「これは…申し訳ありませぬ」
 アルケラオス、大仰に詫びて見せた。
「…ですが、我らから見れば、閣下は只今ローマの最高実力者。コンスルと申してもあながち間違いではないかと…」
 王家の執事は、にやとして、追従じみた言葉を返した。
「追従を述べる者は信用ならぬというがの」
 スキピオ、ふふんと鼻で笑った。
「いえいえ」
 今度は執事が大仰に手を振った。
「閣下はヒスパニアで勝利を重ね、あのハンニバルからもロクリを奪うなど、実を見せておるのです。追従などでは決してありませぬ」
 二人は、視線をまっすぐに交わしたまま、しばし黙した。
 こんな言葉のやり取りも互いの器量を測る物差しとなる。




「よろしい」
 プロコンスルのスキピオが言った。
「和議の条件を、今一度詰めてみるとしよう。また参るがよい」
 それは敵味方双方にとって意外な言葉であった。
「はっ。御言葉を聞けば、シファクスも喜ぶに違いありませぬ」
 アルケラオスは嬉々としていた。
 彼の肚は当初から和議にあった。
(マサエシュリ主導の下、和平を成立させることが、我が国、我が王家の安泰に繋がる)


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 眼下に収める(続き)
「何の用で参ったか聞いたか」
「和議の申し入れに参ったと」
「和議…」
 シガでの会談の際、和議のあり得ないことを、ジスコーネは口を酸っぱくして強調していた。それだけに、かなり違和感のある話だ。




「ふむ…。真実和平を求めて参ったのかのう」
「和平の途も考えているかもしれませぬが…」
「が、何だ」
「我が軍の内情を探るためか、と。軍使ならば、堂々陣内に入れますので」
 セルギウス、ずばり答えた。
「ふーん。そうか」
 スキピオ、気のない反応を示した。
 ありうべき事柄の筆頭だったからかも知れぬ。




「いかがいたします」
 セルギウスは、上目遣いとなった。
(さて…どうするつもりか。そもそも和平に今は関心はない筈だが…)
 そう。スキピオは、この地で、ジスコーネ次いでハンニバルを破る、そうして大戦を終結に導く。日々そう繰り返しているのだから。




「追い返しまするか?」
「いや…」
 スキピオは小さく首を振った。
「見せてやれ」
「え…?」
「存分に見せてやれ」
「それは…我が軍の備えをですか?」
「うむ」
「それでは敵に内情をみすみす明かすことになりませぬか?」
「が、我らもシファクスの陣営にも使者を送ることになろう」
「それは…そうですが…」
「交渉が長引けば、何度も送ることになろう」
 そういってスキピオは、笑顔を見せた。
 その瞳は、あの例の輝きを見せていた。




「あ…」
 セルギウス、あることに勘付いた。
「なるほど…和議の道があるように思い込ませて…。なるほど」
「分かったならば、ヘレンニウスらと共に使者を丁重に迎えよ。私も後ほど参ろう」
「かしこまりましてございます」
「よいか。敵は狡猾をものともせぬジスコーネ、シファクスなのだ。我らも負けずに狡猾であらねばならぬ」
 その語調は、あたかも自身にも言い聞かせるかの如くであった。

イメージ 1

※空から撮影された「麗しの岬」の光景です。このファイルはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植ライセンスのもとに利用を許諾されています。Photo by Citizen59.

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 眼下に収める
 紀元前204年夏。
 こちらスキピオ率いるローマ軍の本陣『コルネリア要塞』。
 ローマ軍は各地に出撃したものの、見るべき戦果なくここに戻っていた。
 それからここに立て籠って数ヶ月。が、将兵の士気はすこぶる高かった。
 そうであるから、『立て籠って』というのは、正確な表現ではない。
 というのも、これは、なにもカルタゴ軍に攻め立てられて逃げ込んだ結果ではない。あくまでも、次の攻め手を求めての一里塚に過ぎなかったからだ。
 そうであるから、
「ウティカにほど近い地点に、ジスコーネ率いるカルタゴ軍と、シファクスのマサエシュリ騎兵団の大軍が布陣しました」と聞いた時にも、
「そうか…来たか」
 スキピオは、そう言っただけであった。




 そのスキピオは、岬の高台に登って四囲を見渡すのが日課となっていた。
 ここからは、カルタゴ国家連合の中枢を一望出来る。
 南に巨大な首都カルタゴの城市を望み、西は眼前にウティカの城壁が連なり、北を向けば、まっすぐ海岸が伸び、その先に『麗しの岬』が、その名に恥じぬ美しい稜線を海と空に描いていた。東は洋々たるリュビア海(地中海)が広がっている。
 この辺りは、数々の歴史の舞台となった土地。古くは女王エリッサの建国に始まり、新しくはレグルスの敗北、さらにハミルカルとマトスの激闘の戦場ともなった。
(ここなのだ…ここで勝ってこそ、この戦いを終わらせることが出来る)




 そこに、一人駆け上がって来た。
 ハンノン改めセルギウスである。
 彼は、近頃スキピオより副官を拝命していた。
 あの娼館の老主人の風は、今や全く消え、壮年のローマ軍将校に変じていた。
「プロコンスル閣下。またここにおられましたか」
 言葉遣いも、いつの間にか生粋のローマ人の如く洗練されたラテン語に変じていた。手練の密偵というものは、こういう語学の才も備えているものだ。
「…いかがいたした」
 スキピオ、四囲の風景に目を向けたまま訊いた。
「敵より軍使がやって参りました」
「ほう」
 司令官は振り返った。
「使者はあのアルケラオスですぞ」
 セルギウスはギリシア語で言った。
 二人は、内密な話をする時には、ギリシア語でした。
 それもアテネ地方で使われるアッティカ方言で。軍中にはシラクサから狩り出した奴隷出身兵が多くいる。彼らはスパルタなどで使われるドーリス方言を話すからである。
「…そうか。傭兵の乱の生き残りがやって来るか」
 そんな風に言ったのは、そのことを随分前にセルギウスから知ったからだ。
 セルギウスがハミルカルに仕えていた密偵であるとの告白を受け、そのあたりの事情も含め詳細に聴き取ったのである。



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 和議の使節(続き)
 数刻後。
 シファクス王は、ジスコーネの本陣に出向き談合していた。
 そう。マサエシュリ軍とカルタゴ軍は別々に布陣していた。
「ふーむ。和議の申し入れを装い…か」
 ジスコーネも唸っていた。
「はい。もし、我らの要求を容れて和議がなれば、それは御国にとっても幸い。もし、容れられなければ…やはり我らにとって幸い」
 シファクス、策士らしく唇を歪めた。




「なるほど」
 小さく頷いた後、ジスコーネはにやとした。
「これは…アルケラオスの策ですかな」
「左様」
 シファクスは悪びれずに頷いた。
「閣下は毛嫌いなされておるが、人間、活用次第で毒にも薬にもなり申す」
「うむ…」
 ジスコーネ、小さく頷くと共に、妹の言葉を思い出していた。
 それは、彼女を介して、シファクスの要求を聞いた時のこと。






「そうか。アルケラオスを返せと申しておるか」
「はい。身にとっては良い教師であるから、と」
「良い教師…か」
 ジスコーネはソフォニスバの言葉を咀嚼した。
「はい。人は変わるもの、と仰せで。どのような極悪人であっても、罪の意識を悟れば、良く生きようとするもの、と。それを活用することこそ慈悲深き王者の務め、とも」
「ふーむ」
「ハンニバル殿やジスコーネ殿は、それをよく御存知の筈とも」
「なぜ…?」
「あなた方のそばに、マニアケス殿がいるではないか、と」
「マニアケス…か」
 マニアケスは、出身部族を滅ぼされた復讐とはいえ、イベリア総督ハシュドゥルバルを弑逆している。にもかかわらず、ハンニバルとジスコーネは、今は彼女を腹心として重用しているのだ。




「確かに…な」
 苦笑する兄に、ソフォニスバも微笑んだ。
「私も不思議でなりませんでした。なぜ兄上らは、マニアケスを許したのか…と。ですが、彼女と会話を交わすようになると、その疑念は氷解いたしました。恐るべき密偵の外見の裡には、純粋無垢な真情が隠されてあることを」
「そうか…分かってくれたか」
「はい。それを思い起こすと共に、夫の要求も無碍に出来ぬとも思いました」
「そういうことになるか。…やはり切り札は取っておいて良かったようだの」
「はい。我が夫も喜びましょう。これでカルタゴのため働いてくれましょう」
 ジスコーネは、後日のためとアルケラオスを処刑せずにおき、カルタゴ市内に監禁するに留めていた。早速、その備えが利いた格好となった。
 こうして、アルケラオスは解き放たれたのであった。





「よろしいでしょう」
 ジスコーネは大きく頷いた。
「ですが、和議の条件について、大きく譲歩されては困りますぞ」
 釘を刺すことを忘れなかった。
「無論です。只今の戦況は、決して我らには不利ではありませんからな」
 シファクスは笑った
 そう。ローマ軍迫るとはいえ、カルタゴ近郊の都市は一つも落城していないのだ。だから、実はともかく、傍目からは、スキピオ軍がウティカ近郊の岬に追い詰められているとも言えなくはなかった。
 こうして。数日後、ローマ軍の陣営に和議の使節が向かった。
 使節は、アルケラオスその人であった。


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−これまでのあらすじ−
 ローマは、アルプスを越え来襲したハンニバル軍に連戦連敗するも、反攻に転じハンニバル軍をイタリア半島南端へ追いやることに成功する。
 ヒスパニアの新司令官にスキピオが選出されるや、新カルタゴを急襲し(209年)、バエクラでハンニバルの弟ハシュドゥルバル率いる軍に勝利を収め(208年)、イリパの戦いに勝利し、ついにヒスパニアからカルタゴ勢力を駆逐(206年)。
 次なる戦いの舞台はアフリカ大陸へ。
 スキピオとジスコーネ、熾烈な外交戦を展開。マサエシュリ王都シガで思わぬ遭遇。激論を交わす。
 スキピオ、ヒスパニアを平定するとローマに帰還。執政官選挙に出馬するや、年齢の壁を飛び越え、圧倒的支持を得て当選する(206年秋)。
 シチリアで戦備充実に勤しんでいたスキピオ。ついに海洋に兵を進めアフリカ大陸上陸を果たす。カルタゴの近くウティカ近郊の岬に要塞(カストゥロ・コルネリア)を建設。
 マシニッサもスキピオ軍に合流し、大陸を大きな戦雲が包み始めた。


 和議の使節
 紀元前204年春。新緑の色も深くなる頃。
 カルタゴ・マサエシュリ連合軍は、陸路を東へ東へ進んだ。
 キルタからカルタゴ本市まで直線距離で、およそ340km。行軍一日20km弱とすると半月ほどの行程となる。途中、山々もあるから、迂回するなどして、もっとかかったに違いない。
 遮る勢力はないとはいえ、遠距離の行軍は兵どもの体力・気力を消耗する。だから、国境を越えてカルタゴ領内に入ると、進軍の速度を落とし、ウティカ近郊に到達した。




「あれがローマ軍の要塞か…」
 ジスコーネは岬に聳える敵の大要塞カストゥロ・コルネリアを望んだ。
「ウティカ城内に入りますか」
 副官アドヘルバルが訊いた。
「いや…」
 なにせ味方は大軍である。それゆえウティカ城内には入らず、近郊にカルタゴ軍とマサエシュリ軍が分かれて布陣した。
 それから。
 ローマ軍との睨み合いは延々続き、間もなく夏が到来した。からからの空気が支配する季節である。




「敵軍の布陣はどうだ。アルケラオス」
 シファクス王は侍臣にぶどう酒を注がせながら訊いた。
 なにせ、喉が渇いて仕方がない。
「は」
 アルケラオス、神妙に畏まっていた。
 復帰後直ちに家宰に返り咲いた彼は、この遠征軍においても参謀として従軍した。
「スキピオ軍は何度かウティカに寄せたものの、落とすこと叶わず、コルネリア要塞に立て籠ったままなそうにございます」
 スキピオが、この敵地のど真ん中に上陸を決行したのは、あわよくばウティカを攻め落とし、カルタゴ本市を窺う拠点にとの腹積もりがあったことは疑いない。
 だが、ウティカは要害。その目論みはあっさり外れた。
「ここは、一度和議を提案されてはいかがでしょう」




「和議か…」
 シファクスは苦笑した。
「それはジスコーネ殿が喜ばぬ。先に、そなたが追われたのは、我らが半ば独断で、和睦の道を進めようとしたからだからの」
「なんの」
 アルケラオスは老獪な笑みを浮かべた。
「実のある和議ならば、ジスコーネ殿も御認めになる筈。それに、これは和議以外の思惑を含んだ必勝の策にございます」
「ほう。聞かせよ」
 シファクスは身を乗り出した。


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