新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第11章ザマの章

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 マニアケス帰る(さらにさらに続き)
 数日後。マニアケスの姿はオスティアの港にあった。
 ラエリウスとセルギウスが頭巾を被り、そして、ミルトが従者に扮して、密かに見送りに出ていた。




「貴方樣方にも随分とお世話になりました」
 マニアケス、身なりは男装のままであったが、女性らしい柔和な挨拶をした。
「姉上…このままローマに住まわればよろしいのに…」
 ラエリウス、惜しげに繰り返した。
 彼も、姉の在ローマ中、何度も説得していたのだ。
「そうですとも。カルタゴに頭領様の縁戚がいる訳でもなし」
 ミルトが加勢した。




「いや…」
 マニアケスは静かに首を振った。
「そなたらの気持ちはありがたい。だが、奥方様と御曹司を連れ戻らねばならぬし」
「それは姉上でなくともよろしゅうございましょう。私が、幼馴染みのトレベリウスに命じ、護衛させてもよろしゅうございます」
 ラエリウス、なおも言い募った。
「いや…。二人を守ること、これは戦いに敗れてしまった後の、先の総督様に対するせめての義理立て。これは遂げたい。そして、バルカ家の行く末も見届けたい」
「姉上…」




「これを」
 マニアケスは、おもむろに懐からイチジクを取り出した。
「それは…カルタゴのものか?」
 セルギウスが訊いた。
「そうです。まだこのようにみずみずしいまま」
 そのイチジクは、アフリカの燦々降り注ぐ日光を浴びて育ち、ローマへと輸出されたものであろう。戦後間もない頃であったが、早くも、生きるための経済が動き始めていた。ローマとカルタゴ、実は、航路三日ほどの行程でしかないのだ。
「我ら、別れるとはいえ、実は、そのように近い所にいる者同士。その気になれば、いつでも会うことが出来るでしょう」
 微笑みを投げかけると、マニアケスは甲板へ軽やかに上がっていった。
 彼女の視線に、ある人物の姿が目に入った。




 頭巾に被った人物が二人。港の方を見詰めていた。
「閣下は見送らなくとも宜しいので?」
 一人の男が頭巾をぐいと上げた。ヘレンニウスだ。
「私はあの者の家族ではないからな」
 マニアケスを囲むのは、彼女の家族ばかり。ラエリウスは弟。セルギウスは義父にあたる。ミルトはラエリウスの妻。
「そうですけども…」
 ヘレンニウス、どうやらあの輪の中に入りたいらしかった。
 そう。人とは、人の輪にあってこそ安堵する生き物なのだ。
「お前、見送りたかったら、行って来たらどうだ」
 頭巾の人物は、からかうような口調で勧めた。
「いや、私も家族ではありませんので」
「強がるな」
「強がってはおりませぬ」




 ぐいと頭巾を上げた。スキピオであった。
 近頃、彼を讃えるべく副え名が加わった。
 アフリカ平定を讃え『アフリカヌス』との副え名が。だから、以降、彼は、プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌスと呼ばれるようになった。
「我らも祈ろうではないか」
「祈る?」
「あの者の先途の安穏を」
「マニアケスの安穏を?」
「あの者の平和はローマの平和に繋がるからだ」
「マニアケスの平和がこのローマの平和に…?」
「あの者が矛を置く意味を考えよ」
「…なるほど。確かにそうですな」
 ヘレンニウスは大きく頷き、改めて彼女の方を凝視した。
 そう。マニアケスは戦陣に活躍する存在。彼女が平穏であるということは、カルタゴの平和、ひいてはローマの平和となろう。




 やがて、船は帆を揚げると、ゆるゆると桟橋から離れ始めた。
 マニアケスは手をすっと上げた。
 それは桟橋にいる三人、そして、遠くにいる人に向かって。
 
第11章ザマの章終わり。第12章アジアの章へ続く。


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 マニアケス帰る(さらに続き)
 実は、マニアケスは、二人の安否の確認と解放を図るため、密かにスキピオに働きかけ続けていた。
 対するスキピオの反応は鈍かった。
「ガデス陥落の際に捕えられローマに連行されたようだがの。調べておく」
 ヒスパニア司令官だった彼は詳細を承知している筈なのに、とマニアケスはいぶかったが、相手は戦勝国最大の実力者。それ以上、強く追及も出来ない。
 その後の再三の問い合わせにも、
「セルギウスに命じ調べさせておく」
 と、のらりくらりかわされるばかり。




 同じ頃、マサエシュリの王シファクスが虜囚のまま死去したとの報が耳に入ると、焦燥を深めた。
(まさか…。御二人の身に何かあったので、口に出せずにいるのではないか…)
 マニアケスは不安に駆られた。
 彼女が帰国を決断したのも、ハンニバルと協議し、善後策を練るためでもあった。




「いやのう」
 スキピオは苦笑した。
「もともと、二人の御仁は、そなたの帰国に併せて解放する予定であったのだ」
「そんな…人の悪い」
 マニアケスは美しい眉を少し寄せた。
 あれほど心配して様々に問い合わせてして来たのに、ということであろう。




「ふふ」
 スキピオは、悪戯を見つけられた少年のような笑みを浮かべた。
「無事を伝えれば、そなたはすぐに連れて帰ると言い出すであろう。そこで、セルギウスに命じ、とある娼館の一角に住まわせていた」
「娼館に…」
 マニアケス、セルギウスが元娼館の主であったよと思い出したようだ。
「二人をだしに時間を稼がせてもらった、という訳だ。これが余の土産だ。連れて帰れ」
 スキピオは全てを白状した。さばさばしていた。
 とはいうものの、これはスキピオ格別の配慮であった。
 敵国の捕虜の解放は、身代金などの代償を伴うもの。特に、身分が高いと、その値はぐんと吊り上がる。ハンニバルの妻子ならば、途方もない巨額になりかねない。
 スキピオは、それを、すぱと無償で解放するというのだ。




 それだから、
「大丈夫なのですか?」
 マニアケス、かえって心配の言葉を口にした。
「私の取り分として預かっていた。大丈夫だ」
 スキピオはニヤとした。
 つまり、戦利品のうち司令官の分け前として預かっていた、ということなのであろう。ということは、金銀宝石と同じく自分の財産であり、どう処分しようと勝手ということになる。




 マニアケスは、ここでも震えるほどに感動した。
「ありがとうございます。このことは、必ず…必ずハンニバルにも伝えます」
 マニアケス、ローマでは決して口に出すことのなかった主の名を上げ、感謝の言葉を口にした。
 スキピオも頷いてこう言った。
「伝えてくれ。戦いは終わった、とな」


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 マニアケス帰る(続き)
「残念だな」
 文字通り残念そうに言うスキピオの視線は、この時、早くも東方に向いていた。
 というのも、対カルタゴ戦終結の頃と前後し、マケドニア王フィリッポス五世が、アジア方面で着々と勢力を拡大しているとの報が入って来ていたからだ。
(これからは東方が戦いの舞台となる)
 アレクサンドロス大王の後継者たち、即ちヘレニズム諸大国との戦いであった。
 事実、友邦のペルガモン王国や、ギリシア本土でフィリッポスに抵抗するアイトリア同盟から、援軍の要請が頻々と入って来ていたのだ。
(この者がいれば)
 そう思ったに違いない。
 だが、今は諦めるしかない。




「ならば、そなたに土産を取らせよう」
 スキピオは、いつものからっとした笑顔を見せた。
「土産?」
 マニアケス、怪訝な顔をした。
 和平成ったとはいえ、敵国の使者に土産まで与えるとは、ということだろう。
「ティロ、あの者たちを呼んで参れ」
「は」
 執事は頷くと、扉の陰に隠れ、やがて、二人の者を連れて戻って来た。
「ささ、こちらへ…」
 二人は、異国の人なのか、通訳を介して頷き、動きもぎこちなく、どことなく怯えた風であった。




 だが、その姿を認めると、
「あっ!」
 マニアケスが素っ頓狂な声を上げた。
 現れたのは、ハンニバルの妻イミリケとその子ハミルカルであったからだ。
「奥方様!御曹司!」
 思わず叫んでいた。
「え…」「あ…」
 二人は、思いがけぬ再会に唖然とした。
 が、ハンニバル股肱の臣の姿を間近に認めると、途端にぽろぽろと涙をこぼした。異郷に久しくあって、ようやくハンニバルの身近な人と再会したからだ。




「マニアケス殿…」
 イミリケはよろよろと近づき、マニアケスとひしと抱き合った。
 しばらく喜びに浸るマニアケス、涙に濡らした顔で振り向いた。
「閣下、これは…」
「驚いたか」
 スキピオ、にやりとした。


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 マニアケス帰る
 紀元前201年早春。
 パラティヌス丘のスキピオ邸。
「長らくお世話になりました」
 マニアケスが帰国の挨拶のため訪れていた。
 彼女の使節としての逗留は数ヶ月に及んでいた。元老院での弁明を速やかに済ませ、民会での承認も直ちに行われたが、条約の履行にあたって詰めることはたくさんある。人質の選定など、事務的作業に随分と時間を費やしたものであった。




「そうか…やはり帰るのか」
 スキピオは言った。
 実は、彼女に対し、このままローマに留まってはどうかと勧めていた。
「そなたはラエリウスの姉。また、セルギウスは義父に当たる。また、馴染みのミルトもいる。これも縁であろう。戦いも終わったこと。ここローマに残って生活してはどうか。そなたほどの者ならば、大いにその才能を役立てることが出来よう」
 これまでのことは一切水に流し、仲間になろうではないか、そういう大度な申し出であった。
 元来、ローマびとにはこういう気質があった。敵であった者でも、器量を認めると、大いにもてなすような所が。
 かつて、第一次ローマ・カルタゴ戦争の終結の際、ハミルカルが講和交渉のためローマを訪れた際、ローマの元老たちは彼の将器の大きさを褒めそやし、名家と言われる家々はこぞって彼を招待したという。





「ありがたきお言葉」
 マニアケスは素直に感謝した。
 だが、決まってこう言って断るのが常であった。
「されど、こたびの戦いでは、敵味方大勢の者が犠牲となりました。その戦いの余燼収まらぬうちに、わたくしだけが平穏を得るのはあまりにも申し訳なく」
 ハンニバルの次弟ハシュドゥルバルに末弟マゴーネ、ジスコーネ、ソフォニスバの兄姉、その他にも身近な人々の多くが倒れ、非業の最期を遂げてしまっていた。




 固辞するマニアケスを、スキピオはなおも説いた。
「そこまで義理立てする必要があるのか。ハンニバルとて、そなたのこれまでの働きを称揚しこそすれ、これ以上、そなたに何かを求めることもあるまい」
 前の総督ハシュドゥルバルやらに対する義理立ては、この十数年に及ぶ戦いで充分に果たしたのではないか、その他の犠牲もやむなき次第で、マニアケスの責任ではない。そして、これからはローマの時代。才能を役立てるのならば、このローマにあってこそではないか、と縷々と説いた。
 だが、結局マニアケスが肯んじることはなかった。
 そう。彼女の生きる途は、いつも論理や利害を超えた所にあった。

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↑※元老院会堂です(但し元首政期の「クリア・ユリア」です)。GNUフリー文書利用許諾書 (GNU Free Documentation License) 1.2に基づいて掲載しています。


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 凱旋そして平和へ(さらに続き)
 数日後。元老院でカルタゴ使節の演説がなされた。
 当時の地中海諸国の慣例では、講和を求める国が相手国に使節を送り、民会や元老院で意見する機会が与えられていた。




 登壇したのは男装の麗人マニアケス。
「我がカルタゴ国家は、全てをローマの信義に委ねることを決定しました」
 これが事の全てを言い表していた。
『ローマの信義に委ねる』とは、無条件降伏を意味する慣用句であった。
 ローマは交戦国と和議を結ぶ際、この意思表明を相手に求めるのが常であった。ヒエロン率いるシラクサと戦い講和した際にも、中身はほぼ対等な和約であったが、ヒエロン側はこの文言を用いたという。
 要は、服従を誓わせ、その後に同盟の恩恵を与える、これがローマのやり方であった。
 即ち、カルタゴは、これ以降、ローマの同盟国の一員となった訳だ。




「一つ懸念がある」
 立ち上がったのは元老院議員になったばかりのカトー。
 既に、その雄弁で汚職告発などで名を上げ始めていた。
「何でございましょう」
 マニアケスは柔らかな物腰で問うた。
「カルタゴには、今回の戦いの首謀ハンニバルが存命とか。なのに、カルタゴ政府は、責任をもって和平を誓うことが出来るのか」
 明らかにカトーは不満の面持ちであった。否、内心、不満で渦巻いていた。
(ハンニバルら戦犯の引き渡しを求めぬ講和条約など言語道断)
 その点を衝けば、スキピオ人気に沸騰するローマ市民に冷や水を浴びせ、落ち着きを取り戻させることが出来る、そんな風に思惑しているようであった。




「その者が今回の和平を決断いたしました」
 マニアケスの反論は明快であった。
「将たる者、矛を収める時も弁えておらねばなりませぬ。ゆえに、なおも国内に残る抗戦の意見を押さえ、国論を和平にまとめることが出来たのでございます」
 言外に、ハンニバルあればこそ、今回の和平が実現したのだと強調した。
 それは、敗者なれども、国の代表として譲れぬ尊厳を見せものであった。
「その者を引き渡せ、貴公の言がそういう意味ならば、そもそもこの講和を諦める、それと同義かと存じます」
「む…」
 気迫ある反論に、雄弁家カトーも押し黙らざるを得なかった。
 なぜならば、元老院も和平実現では異論はなかったからだ。




 間もなく元老院は決議した。
「元老院は、プロコンスル、プブリウス・スキピオ君の締結した講話条約を了とし、これをコミティア・ケントゥリア(ケントゥリア民会)の承認手続に付するものとする」
 それから数日後。
 マルスの野で開催されたケントゥリア民会は、圧倒的多数の賛成で、スキピオの講和条約を承認した。
 こうして、ローマ、カルタゴ両国に再び平和の時が訪れることとなったのだ。

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