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ザマの決戦2−象
スキピオは、全将兵の前で馬を輪乗りした。訓示するためだ。
ミルトとセルギウスが従った。ギリシア語とマッシュリ語の通訳としてだ。
ここにはローマ兵のほか、ギリシア兵、マッシュリ兵がいる。
「諸君、思い起こすのだ」
凛とした声音が響いた。
「これまでの数々の戦闘を。諸君の勝利を思い起こすのだ。ならば、勇敢なる奮闘が、諸君に輝かしい名誉を授けて来た記憶を呼び起こすであろう」
スキピオは、声を張り上げるでもなく淡々と続ける。
「しかも思うがよい。この合戦に勝てば、諸君は世界の覇者たる国家の市民となる。子々孫々、腐朽の誉れとして語り継がれよう」
だが、と声音を一変させた。
「諸君が讃えられるのは、勇敢に戦い遂げた場合である。卑怯な振る舞いが咎められることは勿論、敗北したとて逃げても逃げ切れず、悲惨な境遇に陥るは必然。この大陸に敗者となった我らを受け容れる都市など一つもないからだ」
「カルタゴ人の過酷な報復を蒙り、安らかな生命など保証されぬであろう。加えて、故郷の家族も、肉親の卑怯な振る舞いに四囲の白眼視に苛まれよう」
即ち、名誉を、子孫の繁栄を思うならば、たとい敗北したとしても戦い抜いて死ね、そう訴えているのだ。このあたりは、かの軍国スパルタと変わらぬ苛烈さだ。
スキピオの胸には、カンネーで倒れたローマ兵の無数の姿があったやも知れぬ。
「勇敢に戦い抜いた者には、大いなる栄誉で祖国が応える。諸君の家族も、国家の保護の許、終生安泰であろう」
それゆえに、といった。
「諸君は勇敢に戦い抜くことのみを思え。ならば、諸君に栄誉がもたらされることは疑いの余地はない」
全軍から、わあっと歓声が上がった。
他方、ハンニバルも、イタリアから連れて戻った兵士たちの前で演説を行っていた。
傍らにマニアケスとクサンティッペがいる。ガリア語とギリシア語の通訳としてだ。
「諸君、思い出すがよい」
澄んだ声が響いた。
「我らがイタリアの地で勝ち続けてきたことを」
ハンニバルは、ローマが持久戦術に切り替えるまで連戦連勝、無敵を誇っていた。
トレビア、トラスメヌス、カンネー、いずれにおいても劇的な勝利を収めている。
合戦となれば、決まってハンニバルが勝利を収めてきた。本国帰還も、祖国の命で撤退したのであって、戦闘に敗れて逃げ出したのでは決してない。その意味で、戦いに負けたことは一度もない、そういっても過言ではなかった。
「この戦いに勝ちさえすれば」
ハンニバルは噛んで含めるように言った。
「全てを取り返すことが出来る。なぜならば、ローマには、スキピオ以上の武将はなく、これ以上の精鋭も存在しない。敗北すれば、必ずや意気消沈し、形勢一気に逆転しよう。否、勝利の下に終局に導くことも出来よう」
そして、と続ける。
「眼前の軍勢とて、これまで我らが対決したローマ軍から見れば、取るに足らぬ存在。あのカンネーでは十万の兵と対決した。総司令官は名将パウルス、しかも、ローマ国家が総力で結集した、敗北を知らぬ精鋭若人たちであった」
この時より15年も前であるが、ここに残る兵たちの多くはあの戦いを経験していた。
「それに比べれば、眼前の兵どもは、シチリアで掻き集め、また、勝利のおこぼれに与らんと群がって来た烏合の衆に過ぎぬ。カンネーの精鋭にも恐れを抱かなかった我らが、一体何を恐れる必要があるというのか」
それゆえに、と続ける。
「諸君は、その名誉を損なわぬためにも、一層の勇気と闘志をここで見せねばならぬ。そうすれば、勝利は必然我らに輝くであろう。ゆめ忘れるな。このハンニバルが、会戦において一度も敵に引けを取らなかったことを」
将兵から地唸りの如き雄叫びが上がった。
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