新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第11章ザマの章

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 凱旋そして平和へ(続き)
「おほん」
 軽く咳払いしたのは弟ルキウス。
「されど、兄上」
「何か」
 スキピオは、優しく妻の体を離した。 
「まだ元老院の審議も経ておらず、コミティア(民会)の承認も得てはおりませぬぞ」
 ローマの国法上、条約締結の権限は戦場の執政官にありとはいえ、最終的に民会の批准がなければ効力を発することはない。




「大丈夫だ。市民は余の味方だ」
「それは承知しています。が、元老院は必ずしもそうではありませぬ」
 弟が懸念していたのは、元老院の動向だ。表面上、スキピオの功績を讃えつつも、内心嫉妬に渦巻いている者も少なからず存在する。
 元老院で異議が出れば、批准手続に少なからず影響が出る。




「はは。相変わらずの心配性よな、我が弟は。大丈夫だよ」
 家族たちを前に、すっかり兄の顔に戻っていた。
「なぜ、そう言い切れまする。あのネロ殿も今や元老院の大実力者。カトーとやらも、次第に勢力を蓄えているとか聞き及びまする」
 事あるごとにスキピオの指揮権延長を妨害しようとした勢力が元老院にはある。それがそのまま今回の和平に反対する勢力になるのではないか、弟の危惧はそこにあるようであった。




「市民がそんなことは許さぬであろう」
「市民が許さぬ?」
 弟は怪訝な顔をした。元老院の議事に一般市民は関わることは出来ないからだ。
「なぜならば、誰もが平和を待ち焦がれていたからだ。祖国の勝利の下に訪れる平穏な日々を。それを阻害する輩など許す筈もなかろう」
「平和を…」
「そう。我らは何のために戦っていた。今日という日を掴むため。平穏な日々を掴むためではなかったか」


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 凱旋そして平和へ
 スキピオ率いるローマ艦隊は、シチリア島のリリュバエウム(現マルサラ)に食糧と水の補給のため立ち寄ると、レギウム、ネアポリス(現ナポリ)と、海岸沿いにイタリア半島を北上した。
 そして、艦隊はローマ近郊のオスティアの港に碇を下ろした。
「帰ったぞ」
 スキピオは大きく息を吐いた。




 そして。港には、どうして知ったものか、大勢の人々が待ち構えていた。
 スキピオが桟橋に降り立つと、
「おおお!お帰りになられたぞ!」
「スキピオ様!」「あなた様こそ我が国の英雄!」
 四方からどっと歓声が沸き上がった。
「ありがとう、ありがとう」
 笑顔で手を振るスキピオ、たちまち揉みくちゃにされた。
「これ!危ない!」「下がれ下がれ!」
 兵がいくら制止しても、言うことを聞くどころではなかった。
 うれし泣きに涙する者、兵に抱きついて来る者、港は熱狂と興奮の坩堝となった。




 オスティアからローマへ至る街道も、人、人、人、であった。
 沿道は一目凱旋軍を見ようと群がり、人垣を延々連ねていた。
「凱旋の大将に!」
 花びらが、わっと撒かれた。
 ラエリウスやヘレンニウスら将が通るたびに、歓声が爆発した。
 凱旋式は、元老院の承認の許に正式に催される予定であったが、既にローマ史上最大の凱旋式の様相となっていた。
 人々は知っていた。
 スキピオこそが、この戦争終結の立役者であることを。彼が、イベリアで奇跡の勝利を挙げていなければ、反対を押し切りアフリカ上陸を決行していなければ、さらに、ハンニバル相手にザマの決戦に勝利していなければ、ローマ市民は、この日を決して迎えることはできなかったことを。
 スキピオ以下将士は、花びら舞う色彩鮮やかな空の中を進んだ。
 そう。まさに空にある心地であったのだ。




 ローマ市内に入ったスキピオたちは、ここでも民衆の熱烈な歓迎を受けた後に、ようやくパラティヌス丘の自邸に戻った。三年ぶりの我が家である。
 待っていたのは、愛する妻アエミリア、そして、執事のティロ以下の家人たち。
「勝利を収めての御凱旋、祝着至極にございます」
 名家の女らしく挨拶した後、顔を上げた彼女、涙を流していた。
「帰ったぞ」
 スキピオ、いつものおおどかな笑顔を見せ、それだけを言った。
「お帰りなさいませ。ようやく、ようやく…愛する人が戻って参りました」
 アエミリア、感に堪えた面持ちでそう言った。
 彼女の実父クレオメネスはセラシアの戦いで敗北し、亡命先のエジプトで客死し帰還することはなかった。養父パウルスはカンネーの戦いで敗死し、やはり帰還することはなかった。
(どうか…どうか、御無事に帰還ありますように)
 それだけが彼女の願いとなっていた。




「約束したではないか」
 スキピオは笑顔を一層輝かせた。
「イベリア人との約束も、カルタゴ人との約束も守る私が、愛する妻との約束をどうして忘れようか」
 そういうと両手を大きく広げた。
 アエミリアはみるみる涙に頬を濡らし、夫の胸に飛び込んでいた。


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 帰還(続き)
 紀元前202年晩秋。
 スキピオと一万余の兵を乗せた艦隊はローマに向かった。残余の兵はチュニスとコルネリウス要塞に留まった。講和条約発効を見るまで駐留する予定である。
 スキピオは、旗艦の舳先に立って、飽くことなく海原を見詰めていた。
 シチリア島の影が次第に濃くなって来る。




(不思議なものだ…)
 こうして勝利を収め生きて帰ることが不思議でならない。
 アフリカ遠征の当初、この大陸には全く拠点はなかった。
 そもそも老ファビウスの徹底的な反対にもあった。かつてカルタゴに押し寄せたものの全滅したレグルスの故事があるからであった。
 元老院の承認こそ得たものの、
「どうしてもというのならば、己の才覚でなしたまえ」
 満足な兵備すら与えられなかった。僅かなローマ市民兵のほかは、シチリアで調達した奴隷を兵に仕立て、あとはマシニッサのマッシュリ騎兵、それとアフリカで掻き集めた兵力だ。それでジスコーネ、ハンニバル率いる大軍団に勝利を収めたのだ。




「閣下」
 ラエリウスが近寄って来た。
「不思議なものですな」
「そなたもそう思うか」
「は。人とは、こうも変わるものか、と」
 しみじみとそう言うのであった。
 それは自身の心根のことである。アフリカ遠征に向かった自分と、帰還する今の自分は、全く異なる人格のようになっていた。猛将ラエリウスが数々の真実に触れ、心の琴線を震わす名将へと成長を遂げたことを意味していた。




「左様。人とは変わるもの」
 くちばしを入れたのはセルギウス。
「だからこそ、人は希望を抱くことが出来るのではありますまいか」
 彼自身も血塗られた密偵の上がり。その血の沼の果てに、マニアケス、ラエリウス姉弟の母と出会った。不思議な縁の連続で、スキピオの参謀に収まり、今や誰もそのことを疑わない。




「そうか…」
 スキピオが振り返ると、カルタゴの使節マニアケスと、ローマ軍の副官ヘレンニウスがあたかも気の置けぬ同僚の如く会話していた。全く屈託のない人間同士のものだ。
「確かに…人は変わるものらしい」
 大空を見上げた。
「もっと早く…もっと早く、これを成し遂げたかったもの。ならば、尊い犠牲を出さすにすんだものを」
 空の彼方に、平和を希求し続けたジスコーネ、ソフォニスバ兄姉の面影を描いた。
「決して無駄にせぬ。決して…」
 彼の船は、きらめく海原を縫い、陽光に輝きながら、まっすぐ漕ぎ進んでいく。

帰還−ザマの章56


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 帰還
 ここチュニスのローマ軍本営。
 カルタゴ本市より和平案受諾の返答が届くと、どっと歓声が沸き上がった。
「勝ったぞ」
 それが第一の声。
 だが、それに劣らず大きな声であったのが、
「終わった」
 その声である。ここにある将兵は、紀元前205年のアフリカ上陸以来、ずっと故郷に戻っていない。まる三年、遠く離れたこの地で、命を賭け戦い続けたのである。
「家族に会える」
「故郷に戻れる」
 父母妻子のある者は勿論、たとえ天涯孤独な者であっても生きて故郷に戻れることは、望外の喜びであったろう。




 迎賓館では、スキピオとハンニバル船長とが、今後の手続について打ち合わせていた。和平成ったとはいえ、最後の詰めで誤るわけにはいかない。
 講和条約に署名したとはいえ、ローマ側には民会(ケントゥリア民会)の批准手続が残っていた。執政官格司令官に全権ありとはいえ、国法上民会の承認を経てはじめて講和条約が発効するのだ。万全を期さねばならない。
 そこで、カルタゴの責任ある者がローマを訪れることになった。
 民会で演説し、和平案受諾をローマ市民に要望する予定である。
「ハンニバル船長、そこ許が来てくれるのかな」
 スキピオは、交渉の折とは違い寛いだ表情を見せた。
 それは船長も同じ。頬を緩めて交渉に当たっていた。




「あいや…別の者が訪れることになっております」
 カルタゴで戦後処理の指揮をとるハンニバルは、慎重に人選していた。
「ふむ。そなたでなくて大丈夫か」
 スキピオは不安な眉を浮かべた。
 談判における船長の手腕はなかなかのものであったからだ。
 言外に、他に人物がいるのか、という意が込められていた。
「ええ。本日、同道しておりますれば」
 船長、不思議な笑みを浮かべた。
「ほう」
「是非、お目通り頂きたいのですが…」
「通すがよい」
 ハンニバル船長、振り返って声をかけた。
 現れたのは…
「そなたが来てくれるのか」
「はい。プロコンスル閣下」
 丁寧にお辞儀したのは、あのマニアケスであった。
 カルタゴ貴族の衣服を優美にまとい、美貌の青年貴族の出で立ちである。




「ふふ」
 スキピオは笑みをこぼした。
「我がローマを苦しめた腕利きの密偵二人が、今度は両国を平和に導く役目を果たそうとは…」
 そう。マニアケスはもちろんのこと、ハンニバル船長も、かつてハンニバル麾下の密偵として、散々にローマ側を苦しめて来た。
 その二人もまたこの転変が信じ難い心地なのであろう。苦笑を並べていた。
「いや、これも歴史か…。所変われば異なる役目を果たす、それが人なのであるな」
 スキピオはしみじみと呟いた。


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 礼儀を弁えぬ振る舞い(さらにさらに続き)
 ハンニバルは、議場が落ち着きを取り戻すと、その隻眼で人々を見回した。 
「我を忘れ無作法に及んだのは、この和平案がまさに祖国カルタゴにとって僥倖そのものであるということ、諸君がそのことを弁えぬまま、暗闇に向かって猪突猛進しようとしているからである」
 怪訝な視線を向ける者もあった。それは、ハンニバルがこの戦争を起こした当事者であるということであろう。イベリアで決起しイタリアに攻め込み、アフリカで敗れた総司令官ではないか、と。




 それに気付いてか、ハンニバルの語調は温和なものとなった。
「将たる者、勝利を掴むは勿論であるが、敗北の後始末も劣らず大事な務め」
 和平をまとめあげることは、敗将としての務めということであろう。
 歴史家ポリュビオスは言う。名将にも二通りあり、と。
 一方は、勝利の栄誉に馴れ過ぎ、敗北の際に惨めなほどにうろたえる者。他方、敗北と決まった後、潔く振る舞う者があることを。メタウルス川で敗死したハンニバルの弟ハシュドゥルバルは、後者の部類に入るとして激賞している。
 ただ、ハンニバルはカルタゴ全軍の総帥。死んでおしまいという訳にはいかなかった。戻って来たのはそのためである。彼もまた後者の部類に属する名将なのであった。




「これ以上の和平案はない。ローマは、カルタゴをどう料理しようとも、今ならばどうにでも出来るのだから」
 繰り返すが、当時は勝者絶対の掟が支配する時代。現に、大国シラクサはマルケルス率いるローマ軍に敗れると、国家は破壊され、国庫の金銀財宝全て奪われているのだ。
「我が国の存立を認め、本国の領土と自治が保証している。しかも思い給え。ここにいる誰も処罰されることはないのである。私も含めてだ。これは稀有なことではないか」
 ハンニバルの雄弁に次第に拍車がかかって来た。
 人々も次第にそれに魅入られていく。




「我らは指導者。まず思うべきは国家の存続。ならば、拒む選択はあり得ない。諸君、どうか、敗者の陥りがちな騒がしき心を鎮め、虚心坦懐聞き分けて頂きたい」
 確かに、賠償金や人質など、スキピオの突きつけた要求は生易しくはない。
 だが、停戦協定を不意に破り、ザマ決戦に敗北した後ということを思えば、国家存続と自治の保証が認められただけでも破格なこと。なにより、ハンニバルら指導層の引き渡しを全く要求していないのは、スキピオの寛容を示して余りあった。




 ハンニバルの表裏なき意見は論議を大きく和平に傾けた。
 なおも論議は続いたが、ハンノン派もついに受け容れた。
「元老院は全会一致で和平案を承認する」
 紀元前202年秋。
 ローマとカルタゴの十六年に及ぶ大戦は、ここに終結したのである。


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