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礼儀を弁えぬ振る舞い(続き)
スフェスのハンノンが、やおら立ち上がった。
「そもそも、そなたを差し向けたのは誰か。元老院は与り知らぬことぞ」
ザマ決戦の惨敗の衝撃に元老院は大混乱に陥った。ために、ハンニバルは、ハンノンらに図ることなく、半ば独断で和平交渉を進めざるを得なかった。なのに、手続の問題をあげつらうのは今となっては卑怯であるが、法的な問題としては確かに存在する。
「う…」
ハンニバル船長は言葉に詰まった。
事実を告げるとハンニバルが糾弾されてしまうから、正直に明かす訳にはいかぬ。
だから、肚をくくると、大きく息を吸い込んだ。
「それがしがカルタゴ国家の意思として赴き申した」
堂々と言ってのけた。
「なに…そなたの独断とな。馬鹿な」
その語気には、明らかに相手を軽んずる響きがあった。
なにせハンノンは、歴代のスフェス(行政長官=首相)を輩出して来た名家の出。また、ハンニバル軍の一方の将を務めた男である。
それに対し、船長は、出自は漁師であり、ハンニバル軍の密偵であったに過ぎぬ。しかも、軍を抜け出し、商人として成功したために元老院議員になったばかりの、いわば成り上がり。ハンノンから見れば召使いも同然の存在。
「余にも元老院にも図らず、そのような大事を進めるとは僭越至極。何の権限もないそなたが受け取った和平案など、何の意味もない」
ハンノンは決めつけた。
だが、船長は胸を昂然と反らしてみせた。
「何を申されるか」
朗々たる声が響いた。
「貴殿らは、戦後の始末も思わず、うろたえてるばかりではなかったか」
「何だと」
「そのような御仁に国事を図るなど思いもよらず。されど、時を過ごせば、ローマの軍に包囲され祖国は滅亡。誰かが事を進めねばならなかったのは歴然。それがしは、その務めを果たしたのみ」
繰り返すが、ザマの決戦後ハンノン率いるバルカ党は大混乱に陥った。彼らは、当事者能力を失ったのだ。船長はそれを指摘し、手厳しく批判した。
議場は、船長のもっともな反論に静まり返ってしまった。
「…よろしい。ならば、和平案の当否を論ずるとしよう」
ハンノンは議場の空気を察すると、論点を内容の当否へと移した。
彼は登壇した。
「この和平案を承認するわけにはいかぬ」
声を大にした。
「国家の尊厳を保つためには、土地と富と兵、そして何より誇りある市民が必要だ」
「しかるに、この和平案は、父祖の獲得した全ての土地を剥ぎ取り、富のありったけを賠償で搾り取り、軍船の引渡しほか武装解除を求めている。加えて、有望な人士を人質として連れ去ることまで規定しておる。これでは戦わずして滅びるようなもの」
「このような和平は、所詮、滅亡に怯える明日を掴むに過ぎぬ。スフェスとして、断固反対する」
議員たちは明らかに驚いた顔を見せている。
和平交渉が、ハンニバルの指導の下に進められているのは誰もが察している。すなわちこれは、ハンノンによるハンニバルに対する初めての反発だ。
ハンノンは、これまで、ハンニバル軍の部将として、本国バルカ党の指導者として、常にハンニバルを支持し続けて来た。異を唱えたことは一度たりともなかった。
(だが、こればかりは容認するわけにはいかぬ)
あくまでも、対ローマ戦の英雄としてハンニバルを支持して来たのだ。
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