新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第11章ザマの章

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 礼儀を弁えぬ振る舞い(さらに続き)
 その時、そのハンニバルが立ち上がった。
「私から意見を申し上げたい」
 元老院議員ではない彼がここにあるのを誰も奇異としなかった。
 祖国の運命が彼を中心に回っていることは、皆が理解していた。
 登壇するハンニバルとハンノンがすれ違う時、思いもよらぬことが起きた。
 ハンニバル、むずとハンノンの袖と肩を掴み、その場に引き倒したからだ。




「あ!」
 ハンノン、小さく叫んだ。
「この慮外者めが」
 ハンニバル、眉吊り上げ、口から罵倒がついて出ていた。
 滅多に感情を面に出さぬ彼、よほど憤っていたのだろう。
 ハンノンはぽかんと口を半開きし、盟主を仰ぎ見ていた。




 議場は騒然となった。
「ハンニバル殿!無礼であろうぞ!」
「左様!最高官スフェスに対して!」
 非難する声が轟々沸き上がった。
 現代でも、世界の議会を見回せば、議員同士が殴り合っているのにお目にかかるから、彼の行動はそれほど奇異ではないとも思えるが…。




 ハンニバル、怒号の中を静かに登壇した。
「諸君」
 議員の面々を見た。
「私の振る舞いについては素直にお詫びしよう。されど…」
 この時には、常の穏やかな表情に戻っていた。
「私がカルタゴに戻ったのは二十年ぶり。否、途中戻ったのは形ばかりのこと」
 彼は九歳の時にカルタゴを離れイベリアに向かった。途中、半ば人質も同然にカルタゴに帰還し、また遊学先のアカデメイアから戻る折にも一度立ち寄った。
「ゆえに、その実、父ハミルカルと共に離れてから三十五年ぶりの帰国。カルタゴの慣習を半ば忘れた人間が多少の無作法に及んだ次第であるから、大目に見てもらいたい」


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 礼儀を弁えぬ振る舞い(続き)
 スフェスのハンノンが、やおら立ち上がった。
「そもそも、そなたを差し向けたのは誰か。元老院は与り知らぬことぞ」
 ザマ決戦の惨敗の衝撃に元老院は大混乱に陥った。ために、ハンニバルは、ハンノンらに図ることなく、半ば独断で和平交渉を進めざるを得なかった。なのに、手続の問題をあげつらうのは今となっては卑怯であるが、法的な問題としては確かに存在する。




「う…」
 ハンニバル船長は言葉に詰まった。
 事実を告げるとハンニバルが糾弾されてしまうから、正直に明かす訳にはいかぬ。
 だから、肚をくくると、大きく息を吸い込んだ。
「それがしがカルタゴ国家の意思として赴き申した」
 堂々と言ってのけた。




「なに…そなたの独断とな。馬鹿な」
 その語気には、明らかに相手を軽んずる響きがあった。
 なにせハンノンは、歴代のスフェス(行政長官=首相)を輩出して来た名家の出。また、ハンニバル軍の一方の将を務めた男である。
 それに対し、船長は、出自は漁師であり、ハンニバル軍の密偵であったに過ぎぬ。しかも、軍を抜け出し、商人として成功したために元老院議員になったばかりの、いわば成り上がり。ハンノンから見れば召使いも同然の存在。
「余にも元老院にも図らず、そのような大事を進めるとは僭越至極。何の権限もないそなたが受け取った和平案など、何の意味もない」
 ハンノンは決めつけた。



 だが、船長は胸を昂然と反らしてみせた。
「何を申されるか」
 朗々たる声が響いた。
「貴殿らは、戦後の始末も思わず、うろたえてるばかりではなかったか」
「何だと」
「そのような御仁に国事を図るなど思いもよらず。されど、時を過ごせば、ローマの軍に包囲され祖国は滅亡。誰かが事を進めねばならなかったのは歴然。それがしは、その務めを果たしたのみ」
 繰り返すが、ザマの決戦後ハンノン率いるバルカ党は大混乱に陥った。彼らは、当事者能力を失ったのだ。船長はそれを指摘し、手厳しく批判した。
 議場は、船長のもっともな反論に静まり返ってしまった。




「…よろしい。ならば、和平案の当否を論ずるとしよう」
 ハンノンは議場の空気を察すると、論点を内容の当否へと移した。
 彼は登壇した。
「この和平案を承認するわけにはいかぬ」
 声を大にした。
「国家の尊厳を保つためには、土地と富と兵、そして何より誇りある市民が必要だ」
「しかるに、この和平案は、父祖の獲得した全ての土地を剥ぎ取り、富のありったけを賠償で搾り取り、軍船の引渡しほか武装解除を求めている。加えて、有望な人士を人質として連れ去ることまで規定しておる。これでは戦わずして滅びるようなもの」
「このような和平は、所詮、滅亡に怯える明日を掴むに過ぎぬ。スフェスとして、断固反対する」




 議員たちは明らかに驚いた顔を見せている。
 和平交渉が、ハンニバルの指導の下に進められているのは誰もが察している。すなわちこれは、ハンノンによるハンニバルに対する初めての反発だ。
 ハンノンは、これまで、ハンニバル軍の部将として、本国バルカ党の指導者として、常にハンニバルを支持し続けて来た。異を唱えたことは一度たりともなかった。
(だが、こればかりは容認するわけにはいかぬ)
 あくまでも、対ローマ戦の英雄としてハンニバルを支持して来たのだ。


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 礼儀を弁えぬ振る舞い
 ここカルタゴ、ビュルサの丘にある元老院会堂。
「ハンニバル船長が持ち帰った来たスキピオの和平案を審議するとか」
「どのような要求であろうか」
 議員の多くはバルカ党の面々。
 今回の和平交渉に、彼らはほとんど関与していなかった。
 ハンニバルは、彼らを意図的に排除し、中間派に属するハンニバル船長らを敢えて起用し、半ば隠密裏に事を進めた。




 そういうことだから、納得していない色を見せる者も少なくなかった。
「我らに何の相談もなく事を進められるとは…」
 特に、スフェスのハンノン周辺では、不信と不満が渦巻いていた。
「我ら積年ハンニバル殿をお支えしたものを…」
 ハンノンは苦虫噛み潰していた。
 彼は、ザマの決戦の後も徹底抗戦論者であった。ハンニバル主導で、こうも速やかに和平の方向に進むとは思いもよらなかったものだ。




 先日、彼は、肚を確かめるべくハンニバルの屋敷に訪れた。
「貴君の働きは大である」
 ハンニバルは、これまでの働きを称揚した。
 ハンノンは自説をここぞと主張した。
「ザマに敗れたりとはいえ、五万の兵力、兵糧金銀充分、艦隊の備えもあり。この要害に拠って戦うならば、まだまだ勝ち目はあります」
 ハンニバル麾下の部将であったときと変わらぬ一途さであった。
 ハンニバルは、そんな彼を見詰めていたが、やがてこういった。
「分かった。最善の途を熟慮するとしよう」
 その応えに、ハンノンは対ローマ戦継続あるものと安堵し帰路に就いたのであった。
 それなのに、である。




 会議は始まった。
 使節団の代表ハンニバル船長が、スキピオから示された和平案を披露した。
 その途中。議場はざわついた。
 ハンニバルが姿を現し、端の席に着いたからであった。
 その間にもハンニバル船長の懸命な呼びかけが続いた。
「スキピオには決して我がカルタゴを滅ぼす意図はありませぬ。ここは後図のため、この和平案を受諾あるべきものと存ずる」
 船長は鬼気迫る形相になっていた。
 和平案成らざれば絶望的な戦いが待つ。なのに、その絶望を理解出来ぬ面々が、この議場には少なからずいる。そのことが彼を必死にしていた。




 案の定…。
「止めろ!止めろ!」
 猛烈なヤジが飛び始めた。
「そのような亡国の提案、賛成する者などおらぬ!」
 これが亡国の元老どもであろうか。敗戦の始末を思わず、無鉄砲に事に突き進む。
 国家衰亡の過程にあって、短慮、視野狭窄、偏狭なる愛国心、それらの混ざった統治失格者を上に戴くことが往々ある。この時のカルタゴは、まさにそれであった。


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 敵将を咎めず(続き)
(え…?)
 使節団は顔を見合わせた。ハンニバルら首脳の処置の言及がないからだ。だが、こちらから申し出る訳にもいかない。




「総司令閣下…以上にござりまするか?」
 ハンニバル船長は、おずおずと訊いた。
「以上だ。何か足りぬか?」
 スキピオはニヤとして訊き返した。
 その笑みに、船長は震えるほどの驚嘆を覚えた。
(この人物は…時代を遥かに超えている…)




「そなたを遣わした人物にこう伝えよ。然るべき人物がいなければ、国家再建もままなるまい、と。しかと国の舵取りをいたし、万々誤ることなきように、と」
 スキピオは言った。
 この時、三十四歳。本来執政官就任の年齢にも達していなかったが、まるで何十年も国政を担って来た重鎮・長老の如くに、カルタゴ使節団の面々を諭した。
 スキピオとすれば、これが最後の機会ということを念を押したものであろう。




 ハンニバル船長は、顔を紅潮させ大きく頷いた。
「かしこまりました。閣下のご提案をきっとハンニバルに伝え、そのように取り計らうよう粉骨砕身、取り組みまする」
 船長は、自分を遣わした人物の名を、ここに明らかにして、真実謝意を述べた。
 使節団の議員たちも深々と頭を下げた。
 確かに、一部厳しい条項を含むとはいえ、滅ぼされても文句を言えない所を、ハンニバル以下首脳を赦し、本国を安堵するというのは稀有の寛容。


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 敵将を咎めず
 使節団は息を呑んで、次の言葉を待ち受けた。
「第九、賠償金額は銀1万エウボイアタラントン」
 それを聞いた途端、使節団は顔を青ざめさせた。
 東方世界で流通するエウボイア銀貨(若しくは重量)で1万タラントンを支払えということ。和平を一度踏みにじった経緯から倍に跳ね上がっている。
(途方もない巨額…)
 ハンニバル船長は息を呑んだ。
 ちなみに1タラントン(エウボイア基準)とは今日の25.8キログラムに相当する。現在(2013年)、銀の価格は1グラムあたり約90円であるから、1タラントンは2,322,000円。1万タラントンは232億2000万円ということになる。生産性の極めて低い古代にあって、これは目も眩む巨額であった。国家の歳入の数年分、今で言うと、何十兆円という金額に相当しよう。




 スキピオは、微笑して言葉を付け加えた。
「但し、五十年間、毎年200タラントン、分割して支払うものとする」
 それを聞いた使節団は明らかにほっと息を吐いた。
(それならば何とか支払える)
 200ということであれば、アフリカの本領が安堵され農業が復興し、貿易が再開されたならば、充分に支払える目処があった。




「では、続けて」
 スキピオは口を開いた。
「は…」
 使節団は生唾を呑み込んだ。
 今度こそ戦犯処遇の条項が来ると思ったからだ。
「第十、ローマ軍司令官が指定する、14歳から30歳までの市民を人質としてローマに差し出すこと」
 ローマが人質を要求するのは広く知られていた。もっとも、降伏した相手を同盟国とするのがローマの流儀であったから、留学生という名目などで婉曲に要求するのが常であった。しかし、今回は、はっきりと人質を求めて来た。
(これはやむないこと)
 この点は予期された要求で、使節団も当然肚をくくっていた。
 以上を告げると、スキピオは口を閉じた。


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