新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第11章ザマの章

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 和議問答(さらに続き)
 ハンニバル船長、四十年前の故事をつらつら述べて、
「我ら、閣下に寛容を願うしかない立場と重々承知いたしております。閣下の痛罵にも甘んじなければならぬ立場であることも。…ですが、祖国を失うとなれば、我らも命を捨てて戦うよりほかありませぬ。それは、かつてのハミルカルが述べたのと同じく、ローマ国家にとっても宜しくない結果をもたらすであろうと拝察いたします。それよりも」
 船長は唇を湿らせた。
「今一度、カルタゴ人に恩顧を賜れば、我らは以降ローマの忠順な同盟国となりましょう。それは御国にとっても、速やかな勝利を確定する上でも、戦果を確かなものにする点でも、大いなる幸いをもたらすものであろうと確信するのであります」




 ローマの将たちは、その堂々たる弁論に目を見張った。
 大平原の敗戦後に幾度か送り込まれたカルタゴの使者たちは、卑屈そのものであり、スキピオの前に這いつくばって和平を乞うたものであった。だが、この目の前の使者は、敗者なれど堂々国家の尊厳を守り通そうとし、それが守られないのであれば、決して屈服するものでない気概を凛々見せていた。
 そう。敗者であっても気概を見せねば、戦後の尊厳ある自立はあり得ないのだ。
(さすがハンニバル)
 この人物を送り込んで来たのが、彼であると誰にも知れていたから、誰もが肚から唸っていた。




「よろしい」
 スキピオは言った。
「おお」
 ハンニバル船長は喜悦した。が、スキピオは手を上げて遮った。
「喜ぶのは早い。和平の条件を申し述べる」
「謹んで承ります」
 船長、上目遣いとなった。
 スキピオは、条件を淡々と列挙していく。
「第一、カルタゴ国家は、ローマとの戦争開始前にアフリカの内に保有していた土地・都市を引き続き保有するものとする」
「第二、カルタゴ国家は、独立と自治とを享受し、これまで通り自らの法と慣習の下で暮らすことが出来る」
 ハンニバル船長は、口をあんぐりとさせていた。
 スキピオが多大なる恩恵から告げ始めたからだ。
 いや、この場にいる誰もが、ぽかんとしていた。




 スキピオは笑みを浮かべた。
「ふ。寛容はここまで。以下カルタゴ国家の負うべき義務を告げる」
 そして、ローマ国家の要求を次々と突きつけていく。
「第三、カルタゴ国家は、停戦中に犯した不正を全て賠償すること」
 これは停戦交渉中に奪ったローマ軍の積み荷や船舶の損害のこと。
「第四、ローマとその同盟国から逃亡した奴隷と脱走した兵士を時期に関わりなく返還すべきこと」
 今回、この免除は認められないことになった。
「第五、軍船は三段櫂船十隻を除き引き渡し、象も全て引き渡すこと」
「第六、カルタゴ国家はアフリカの外に戦争を仕掛けてはならず、アフリカの内でもローマの同意無くして戦争をすることを許さない」
 これは厳しい条件だ。宣戦布告の権能を奪われてしまったも同然。主権の制限だ。
「第七、ローマの指定する範囲内において、マシニッサとその父祖が有していた土地と家屋、都市全てをマシニッサに返還すべきこと」
「第八、この和平案についてローマ本国より承認の返答あるまで、三ヶ月分の兵糧を供給し、期間全てに渡りローマ軍将兵に給与を支払うべきこと」




 ハンニバル船長ら使節団は、眦を決し聴き入っていた。
 ここまでは、ほぼ想定の範囲内。第六が厳しいが、二度の敗戦の後であるから覚悟を決め受け容れねばならぬとも思える。
 最大の懸念の賠償額、あとハンニバルら『戦犯』の処遇を確かめねばならない。


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 和議問答(続き)
「総司令閣下」
 ハンニバル船長はおもむろに口を開いた。
「我らカルタゴの者どもは、もはや平和を願うしか生きる道はありませぬ。そのためには、与え得る全てをローマに差し出す覚悟にございます」
「与え得る全てとな」
「左様。カルタゴ本国の土地、カルタゴ市民の生命、そして、生きていくだけの財産、それ以外は全て閣下に差し出す覚悟にございます」
 それは思い切った物言いだ。つまり、駆け引きせずに、譲れぬ最低限の一線を明らかにした訳だ。だが、カルタゴの置かれた立場を考えれば、やむを得ないであろう。




「ならぬ、と申せばどうする」
 スキピオは敢えて冷笑を浮かべた。
「抗戦あるのみにございます」
 船長は、凛とした眼差しを返した。
「勝てるか」
「勝てるか、ではなく国家民族の尊厳のためにございます」
「尊厳のため…か。それで我が軍を支えることができるか」
 その問いかけに、船長は胸を反らせた。
「我ら、閣下に敗れたりとはいえ、未だ市内には五万の成人市民が武装する準備をしております。金銀充分にして兵糧も十年は保ちましょう。軍船も百隻あり、国庫を傾ければさらに増強も可能。そして、総指揮官にハンニバル。カルタゴの大要害に拠れば、閣下を慌てさせるには充分な陣容といえましょう」
 多少の誇張ありとはいえ、それは静かな恫喝といえよう。
 我らを窮鼠とするならば、何年でも籠城し狼狽させてやるぞと言っているのだ。
 意が伝わると、ローマの将たちは、憤りと焦りをないまぜにした色を浮かべた。




「ですが、我らは、あくまでも和平を希求しております。閣下におかれましては、是非とも先の大戦の折の、カトゥルス閣下と我らがハミルカルの和平交渉を想起頂き、和議のおとりまとめに配慮頂きたく」
「カトゥルス閣下か…」
 スキピオは目を細めた。




 紀元前241年、ローマ軍総司令官カトゥルスは、アエガデス諸島沖の海戦に大勝利すると、カルタゴ軍総司令官ハミルカルと和平交渉に入った(詳しくは第二章参照)。
 国家の体面もあり交渉は難航した。しかし、カトゥルスは勝者の驕りを見せず、敗者のハミルカルを労り、講和条約の条項についても特段の配慮を見せた。
 特筆すべきは、逃亡奴隷・脱走兵の引き渡しを免じたことだ。奴隷とは、この時代、法律上は動産(宝石や陶器などの物品)に過ぎず、元来の持ち主に返還するのが正義とされている。また脱走は重罪であり、敗戦となれば送還を要求されるのが常。
 ハミルカル麾下の傭兵には、ローマからの逃亡奴隷・脱走兵が多数いた。
 カトゥルスは、その送還が正義であるとして返還条項の挿入を主張した。




 だが、これにハミルカルは強硬に反対した。
「もし、送還されるとならば彼らは暴発いたしましょう。なにとぞ配慮されたい」
 どうしても送還条項を入れるならば、彼らをシチリア全土に解き放つことを暗に示唆して。そう談判する彼も死を覚悟していた。
「ふーむ」
 カトゥルスは熟慮した。
 統制の利かない傭兵が始末に負えぬものであるのは、マメルティニの害賊どもや傭兵の乱で明白。折角の勝利が台無しになってしまう。
「よろしい。引き渡しを免じましょう」
 カトゥルスは譲歩を決断した。
 それに報いるかのように、それ以外の賠償金や領土については、ハミルカルは目一杯譲歩した。
 先の第一次ローマ・カルタゴ戦争の講和条約は、カトゥルスの英断とハミルカルの勇気によりまとめられたのだ。

和議問答−ザマの章53


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 和議問答
 間もなく。カルタゴより使節団が訪れた。
 ハンニバル船長を筆頭に十人の元老院議員である。
 使節たちはチュニスの迎賓館の大広間に通された。
 左右には、ローマ軍の錚々たる武将たちが綺羅星の如くに居並んでいた。
 ラエリウス、マシニッサ、ヘレンニウス、ルキウス、セルギウス、バエビウス、そして、ローマ本国から和平を見越し、多くの元老院議員がやって来ていた。
 ハンニバル船長は、ミルトに導かれその真ん中を進んでいく。
 中央に座するのは、ローマ軍総司令官プブリウス・スキピオ。




「使者のハンニバルにございます」
「そなたもハンニバルと申すのか」
 スキピオは不思議そうに眉をひそめた。
「ハンニバルという名は、我が国では珍しくありませぬゆえ」
 船長は笑みを浮かべた。
 そんなやりとりで始まった。ここでもギリシア語で会話がなされた。
 だが、ローマ側にはギリシア語を解しない者も少なくない。傍らの通訳がラテン語に訳していく。そう。後日のため、身内に交渉のやり取りを聞かせる必要があった。




「本日は和議のためにまかり越しました」
「和議…か」
 スキピオは苦笑してみせた。
「おかしゅうございますか」
「おかしいな。いや、ここにいるローマの者は皆そう思っているであろう」
 スキピオの意が伝わると、多くの者が頷いていた。
 カルタゴは、大平原の戦いに大敗した後、平身低頭し和平を望み、スキピオはそれを寛大な条件で許した。その誓約を破り、ハンニバルを先頭に立て決戦を望んだのはカルタゴの方である、と。そして、ザマの決戦。




「敗北したからとて、それでは和議、というのは道理に合わぬのではないか」
 スキピオは、語気穏やかに、されど厳しく問い返した。
 平和を思うスキピオの筈が、この厳しさに、おやという向きもあろう。
 だが、筋は通さねばならぬ。相手の不道理を正しておかねばならぬ、ということ。
 対するハンニバル船長も、決して動揺してはいなかった。
 このことは、カルタゴ側でも予想していたことだからだ。
『スキピオのこと。許す心としても、その前に必ずや覚悟を試すことであろう』
 使者を送り出したハンニバルも透察していた。


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 寛容に終わる(続き)
「どうやら、諸将は総司令の考えについていけないようで」
 苦笑していたのはセルギウスであった。
「そなたもカルタゴを滅ぼしてしまえ、というのか」
「いや…」
 セルギウスにも何となく分かっていた。ここで矛を収めるのが最善ということが。
 だが、理屈でそれを表現するのは難しいとも思った。
 スキピオも、それの説明の難を省くため、ローマの伝統という言葉に置き換えているということを。




「そなた、アレクサンドロス大王を知っているか」
「は。勿論存じております」
 アレクサンドロス大王。死後120年。
 事績を伝える文物が広く流布していた。
 大王の臣たちが様々に記録したものが、書籍となって広まったからだ。
「彼の王は、ペルシアを滅ぼした後、さらに東に進んだ」
 ギリシア世界に脅威を与え続けたペルシア帝国の打倒、その大義の旗の下に、ギリシア諸国をまとめ上げ、大挙攻め込んだアレクサンドロス。エジプトを制圧し、メソポタミアに進撃し、ガウガメラ大決戦の後、ペルシア中枢を攻め落とした。
 千年の栄華を極めた首都スーサを占領し、帝室の象徴ペルセポリスの宮殿に放火し、炎上破壊した。




「だが、大王は戦いをやめず、ついにはインダスを越え、インド亜大陸に進攻した」
 だが、ここで彼の部下は、進むことを拒んだ。
『故郷に帰りたい』
 確かに、それまでギリシア世界の一角しか知らぬ人間どもにとっては、インドなどは、地の果ての異空間にあるような心地であったろう。
「それでも大王は、どこまでも進もうとした。彼の王の帝国が後に呆気なく崩壊したことからも、大王は、統治者ではなく、むしろ冒険者であったといえよう」
 アレクサンドロスは史上空前の大帝国を築いたが、死後すぐに瓦解した。
 大王の後継を自称する部将により帝国は切り取られ分裂したのであった。
 三十年の激闘を経て、シリア、エジプト、マケドニア三王国に収斂した。




「国家の指導者ならば、どこかで止まらねばならぬ」
 スキピオは断じた。
 アレクサンドロスの如き冒険家であってはならない、と。
「信頼を礎とする平和を築くことを思わねばならぬ」
 スキピオが自身の真情を表現するには、言葉の限界があったろう。
 当時、国際的な正義や人権という観念もない。勝者絶対の時代。だから、捕虜はしばしば虐殺されたし、奴隷に落とされれば何をされても文句は言えなかった。
 だが、スキピオは理解していた。相互の寛容にこそ自国の安全と平穏があることを。だから、思想と言葉の限界を超え、彼は尋常ならざる寛容を示し続けることが出来た。それが、次代の秩序の形成へとつながっていくことになる。


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 寛容に終わる
 こちらチュニスのローマ軍陣営。
 ここでも一悶着が起こっていた。
「総司令は、どうしてカルタゴを攻め潰さないのか?」
「そうだ。カルタゴには財宝が唸っているというのに」
 将兵の間から疑念・不満の声が上がっていたのだ。
 チュニスから指呼の距離にあるに過ぎないカルタゴ。建国から六百年。衰えたりとはいえ、金銀財宝の蓄えられていることに違いない。
 シラクサ攻略の時の略奪を期待する向きもあったに違いない。あの時も、シラクサの巨額の財宝が将兵に切り分けられた。




「総司令、実のところ、どうなのですか」
 弟のルキウスが、将兵の不満を代弁して、そのことを訊いた。
 本当にカルタゴを許してしまうのか、ということ。
 こう問うたのは、彼が最初ではない。マシニッサも訊いて来たし、ヘレンニウスも訊いて来た。
「そなた…まだ戦うつもりか」
 兄スキピオは呆れたように言った。
「されど…カルタゴは掌中にあるではありませぬか」
 なんとも惜しげに、そう言うのだ。
 実際、ローマ軍陣営はそんな気分であったのだ。眼前に首都カルタゴを見下し、どうにでもなるという空気が充満していた。




「掌中になどない。心得違いいたすな」
 スキピオはすげなく答えた。
 ザマで敗れたりとはいえ、カルタゴ市内にはなお成人男性が数万。祖国の存亡となれば剣を取ろう。兵糧の蓄えは充分。しかも、指揮を振るのがハンニバルともなれば、容易ならざる事態となることは想像に難くない。




「数年がかりの合戦となろう」
「それでも滅ぼしてしまうことが最善ではありますまいか」
 弟はこだわった。眼前に手の届きそうな、たわわに実る果実があり、それに手を伸ばすかのように。
「長期戦に及べば、アフリカの諸部族の動向も、どのような逆変を見せることか」
 スキピオは、圧倒的勝者となった今こそ慎重に振る舞うべきと思っていた。
 アフリカの地で延々戦い続けることが、理に叶わず利もないと知っていた。




「ルキウス。勝者こそ分を弁えねばならぬ。敗者を労り勝利をもって戦いを終わらせる、それがローマの伝統であり最善の途。そなたも知っている筈」
 ローマ国家は常に敗者に寛容であった。敗者の勢力を組み入れ強大化して来た。
 祖国の成り立ちを想起させることで、弟をはじめとする配下らに貪欲を戒めた。
 ルキウスは渋々引き下がった。


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