|
※↑ナイル川です。ルクソール付近の画像となります。
https://novel.blogmura.com/novel_historical/ にほんブログ村
↑
ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)
−これまでのあらすじ−
シリアのアンティオコス三世が東方遠征で大成功を収め大王(メガス)を称し始めた頃、エジプトではプトレマイオス四世が死去した(紀元前204年)。
幼君プトレマイオス五世が即位。先王の寵愛を受けていたアガトクレスが摂政に就任。
国内は定まったかと思われたが、アガトクレスの妹アガトクレイア、母オイナンテの王母アルシノエ暗殺に端を発し、エジプト宮廷は大いに動揺する。
崩壊する権力(さらに続き)
(国家の土台を腐らせておいて…)
(よくいうぜ…)
白けた空気が充満した。
無論、アガトクレスも兵の気分は察している。そこで。
「諸君には、今後の精励を期待し、二ヶ月分の給与を特別に支給する」
「おおお」
全く現金なもので、途端に将士から歓声が上がった。
精鋭のマケドニア兵も、本質は傭兵。稼ぐため故郷を離れ遠くエジプトにやって来ている。だから、金にはとても弱いし、それを握れば大概の不満は消え去る。
そのことをアガトクレスはよく知っていた。
(これで兵はよしと…)
次に、アガトクレスは、先王の遺臣たちを様々な名目で、首都アレクサンドリアから体よく追い払った。ある者は地方の知事に任命し、ある者はマケドニアへの使節に遣り、ある者にはシリアに向かわせた。
名目は、辺境の安定と、先王との間に締結した条約の遵守を求めるもの。だが…。
「その地に滞在し、旧交を存分に温めよ」
そんな言葉を添えた。当時の周辺諸国はいずれもギリシア系だから、必ず旧知が何人かはいる。だから、休養を兼ねてゆっくりして来い、言い換えると、アレクサンドリアに急いで戻って来るな、ということ。
(これで宮中もよし、と)
安心したアガトクレスは、その日から、元の贅沢三昧の暮らしに戻った。
彼の放埒は尋常ならざるものがあり、特に女性に対して見境がなかったようだ。人妻、生娘手当たり次第だったようで、当然、その所業は都の人々の眉をひそめさせた。
彼には、先王プトレマイオス四世が残した、
「これからは慎め」
という言葉は、耳に充分届いていなかったようだ。
明けて紀元前203年。都にある噂が流れた。
「どうやら、太后アルシノエ様がお亡くなりになられたらしいぞ」
「え!先年、メンフィスの戴冠式に臨席あられていたではないか」
「どうも宮中で…」
その先の段になると、人々は声音をぐっと落とした。
街角のあちこちで、噂が囁かれ、あっという間に広まった。
どれもこれも、時の権力者が彼女を亡き者にした、それで一致していた。
「なんとおいたわしい…」
アルシノエは、アレクサンドリア市民の間にとても人気があった。それは、彼女が、現国王プトレマイオス五世の生母であることに加え、彼女がラフィアの戦いで自身軍勢を率いる勇敢を見せたこと、その後、国政改革を試みたこと、それが失敗し、以降アガトクレスとソシビオス一派の冷遇を受けたこと。このことを誰もが知っていたからだ。
次第に憤激した市民の怒声が響き始めた。
それは摂政アガトクレスの乱行と暴政に対する憤りであった。
首都の不穏は、あっという間に王国全土に伝播した。
半月後、ペルシオン総督トレポレモスが決起するとの噂が広がった。
「トレポレモス殿が大軍を率いて、アレクサンドリアに攻め込んで来る」
それは恐々としていうのではない。わくわくした口調だ。
皆切望していた。現在の旧体制を打破してくれる人物を。
「これはいかん」
ようやくアガトクレスも危機感を覚えた。
彼は再び、王家直属のマケドニア兵とアイトリア兵を召集した。
「トレポレモスは謀反を企んでおる。奴が陛下を呪詛しているとの証拠も上がっている」
強く訴えかけたが、将兵の反応は甚だ鈍いものであった。
(摂政殿下の自堕落の当然の結果だろう)
(なぜ我らが尻拭いをせねばならんのか)
確かに、アガトクレスには幾度も自省の機会があった。摂政になった後に身を正せば、まだ充分人生を清く全うすることもできたであろう。その機会を逃し、贅沢三昧、淫行波乱に過ごせば、反感反発は当然。
(こうなれば…いかなる手を使ってもトレポレモスを貶めねば…)
都の市井に手の者を放ち、自身に都合の良い噂を流し始めた。
「トレポレモスはアンティオコスを招き入れることを企んでおる」
「自身、バシレウス、ファラオの御位につく野望を抱いておるぞ」
だが、この工夫は徒労に終わった。民衆の誰もが相手にしなかったからだ。
それよりも、ますますトレポレモス待望の声が高まっていく結果となった。
しかも、ナイル上流の地方から、ぞくぞく兵士が上京して来た。誰もが現状改革を強く訴えかけた。王国全土に変革のうねりが起き始めていたのだ。
|