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プトレマイオス四世の遺言
紀元前204年。エジプト王国の首都アレクサンドリア。
「えらいことになった」
「大変なことになった」
宮中、重臣神官女官まさに右往左往。
プトレマイオス四世王が明日をも知れぬ重態に陥ったのだ。
まだ四十にも満たない。まさにこれからという時に倒れた。
いや。彼の放蕩ぶりを知る人はきっとこう言うに違いない。
「当然のことだ」
「こうならぬ方がおかしい」
あのラフィアの戦いの閃光が、まるで嘘のように四世王は遊蕩に耽った。
酒を浴びるように飲み、妖しげな秘儀に夢中になり、それで健康に生を永らえるべくも無かった。自然は、極端な不節制の結末を、当然の如く知らしめたに過ぎない。
四世王は、枕辺に二人の重臣を招き寄せた。
ソシビオスとアガトクレスである。
「そなたたちに頼むしかない」
王太子プトレマイオスの行く末である。なにせ、太子はまだ五歳の幼児に過ぎない。
「は。我らにお任せを」
「必ずや太子を守り立ててまいります」
二人は、この事態にそれほど慌てていなかった。
なにせ、王の交代を肥やしに栄達を極めた二人。
ソシビオスは、三世王(エウエルゲテス)に取り入り重用されて、四世王(フィロパトル)付きの家臣となり、四世王の即位に伴い王国の宰相に登り詰めた。
(太子は幼い。次は…摂政か)
野心、まさに果てしがなかった。
アガトクレスも同じである。太子であった四世王の遊び相手となり、側室として妹アガトクレイアを差し出して廷臣に引き立てられ、王国の兵権を握る地位に立った。
(太子は幼少。次は余が摂政)
こちらの野心も膨れに膨れ上がっていた。
「ふ…」
王は青白い顔に小さな笑みを浮かべた。
「余が、何ゆえ、ラフィアの後、元に戻ったか分かるか」
透き通る声が響いた。酒にまみれた濁った声ではない。
「は…?」「え?」
「そなたたちのせいよ」
王はここで思いの丈を吐き出し始めた。
「汝らの専横は認識しておった。それが王国に良くないことも。…だが、そなたたちは、王国の民衆に過酷に報いることはしなかった。ならば、悪政ではなく、所詮宮中のいざこざに過ぎぬ」
二人は、王の死の際の告白に、身じろぎ一つできない。
(この王は…)(全てを見ていた…)
「ということで、余は人生を愉しむことを選んだ。実はそれだけのことなのだ。ラフィアでらしからぬ奮闘を見せたのも、あのままアンティオコスに敗北すれば、国を失い、愉しむことが出来なくなる。それが嫌だったからだ」
それは人間本性の素直すぎる吐露であった。
「そなたらは暗君たる余の御蔭で存分に栄華を見た」
四世王は苦笑いした。
「それゆえ、我が息子を頼むのだ。我が息子を守ることが、そなたらの権勢を守ることに繋がろうからな」
二人の魂胆を全て見抜いていた。
「は…」「う…」
死に瀕しての言葉は正しいと古代中国の聖賢の言葉にあるが、四世王の言葉は二人の胸に突き刺さった。
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