新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第12章アジアの章

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 −これまでのあらすじ−
 シリアのアンティオコス三世が東方遠征で大成功を収め大王(メガス)を称し始めた頃、エジプトではプトレマイオス四世が死去した(紀元前204年)。
 幼君プトレマイオス五世が即位。先王の寵愛を受けていたアガトクレスが摂政に就任。
 国内は定まったかと思われたが、アガトクレスの妹アガトクレイア、母オイナンテの王母アルシノエ暗殺に端を発し、エジプト宮廷は大いに動揺する。



 崩壊する権力(続き)
「馬鹿な!」
 兄アガトクレスは顔を真っ赤にしていた。
 彼は分かっていた。権勢を振るう自分たちに対する憎悪が渦巻いていることに。
 それが分かったのは、つい先日、宰相ソシビオスがぽっくり死んだときのこと。
(ほ…。死んでくれたか)
 摂政位を巡り激突が予想された二人。謀略を巡らし亡き者にと覚悟していた矢先であったから、アガトクレスは大いに喜んだし安堵もした。




 ソシビオスも随分と謀略を巡らし王族や政敵を害して来たから、その死は一片の同情にも値しない。むしろ、平穏な死が与えられたことこそ僥倖。
 だが、意外なことに群臣も明らかに僥倖の表情を浮かべていた。国家の宰相が死んだというのに、嘆く者一人おらず、厄介払いが出来た、そんな色でしかなかった。
(これは…)
 己の不徳を、否が応でも痛感せざるを得なかった。
 残る権臣は自分一人。即ち、人々の憎悪を一身に集める立場にあるということ。
(まずい…。このままでは我ら一家は破滅)
 栄華の先にある悲劇の予感に、戦慄を覚えずにはおれなかった。
 その矢先に、この身内の暴挙である。




(何ということを仕出かしてくれたのか…)
 だが、妹はとぼけた表情を見せるばかり。確かに、これまで自分で何か物事を考えるということがなかったに違いない。四世王の寵愛、それで全てが解決したのだから。
「とにかくアルシノエの死は当面秘匿だ。一切誰にも口外いたすな。女官どもにも言いつけておけ」
 兄は妹に固く言い含めた。
「あい…」
 妹は全く危機を感じぬのか、ぼんやりと答えた。




 アガトクレスは摂政に就任すると、まず宮殿直属のマケドニア兵を一堂に集めた。
プトレマイオス王朝はギリシア系の征服王朝。だから、軍の中枢は全てマケドニア兵やアイトリア兵などギリシア系の将士で構成されている。
「余は、先王の遺命により新王を託された」
 自身の摂政位の就任をまず正当化した。
「王家の安危は諸君の忠誠にかかっている」
 彼の演説に、将兵の間に白々とした空気が漂った。
 無理もない。ラフィアの勝利後、有為な将がアンティオコス側に次々寝返っていった。その大本の原因は、眼前の人物の専横放埒にあることは明らかだったからだ。

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※現在のメンフィスです

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 崩壊する権力
 ここエジプト王国の聖都メンフィス。
 プトレマイオス四世の子プトレマイオスが、エジプト人の神官に囲まれ、厳かな即位式に臨んでいた。とはいえ、まだ五歳の幼児であるから、行儀を守ることなど出来ない。生母アルシノエの膝に縋り、しきりにむずかった。




「あともう少しです。我慢なさい」
 しきりに言い聞かせ、息子をその場に立たせ続けた。
 間もなく儀式は滞りなく終了した。五歳の幼児はプトレマイオス五世となった。ファラオの正装に身を包み、儀杖と宝剣を手に握らされた。
 アルシノエとプトレマイオスは、群臣の万歳を浴びた。




 その光景に、狼狽にも似た焦燥を覚えた親子がいた。
「お母様、これはよろしくありませぬ」「うむ。いけない」
 アガトクレイアとオイナンテの親子である。
 覚えているであろうか。この二人の画策で、スパルタ王クレオメネスが破滅に追いやられたことを(第一章参照)。
 アガトクレイアは四世王の寵愛を得たが、結局世継ぎを産むことは出来なかった。
 ために、王妃アルシノエの産んだプトレマイオス王子が王位を継承した訳だが…。




「アルシノエが増長するに違いありませぬ」
 アガトクレイアは猜疑の光を宿した。
 王母即ち国母。アルシノエは絶大な権威を手にする筈であった。
 しかも、アルシノエはプトレマイオス四世の姉でもある(近親婚はこの王朝では当たり前のことであった)。王家直系の出自、それを後光に権力掌握に乗り出せば、さしたる難事ではないであろう。
「消しましょう」
 オイナンテはあっさりと言った。
 元々は秘儀の館の女主。四世王を引きずり込み、骨抜きにした訳だ。
 今や、この老婆は、権力の亡者となっていた。



 しばらくして。アルシノエが何者かの手により暗殺されてしまった。
「王母様が!」「御生母が!」
 いや。後宮にある者は、容疑者がどのあたりにいるか、すぐに察した。
 それゆえ、誰もが形式上嘆き悲しむだけで、あとは平然の風を装った。
 それは、宮中を生き抜く知恵だったが、心ある者誰しも内心憤激した。




「なにっ、アルシノエを暗殺したと!」
 摂政アガトクレスは驚愕した。
 王位継承後の動揺を鎮めるべく奔走していた彼。なるべく穏便に事を運ぼう、そう務めていた矢先にこれである。
「大丈夫ですわ、兄上。我らの仕業とは分かりませぬから」
 アガトクレイアは、けろりとしていた。
 この妹は、どこか思慮に欠けている。四世王と享楽を共にするうち、頭脳から何かが飛んでいってしまったのやも知れぬ。
 今までの不品行は、四世王の威光で取り繕って来たに過ぎないのだが…。


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 プトレマイオス四世の遺言(続き)
「これからは充分に慎め。さもないと王国が崩壊するぞ」
 事実、ラフィアの戦いに参加し自信を深めたエジプト人はその後南部で叛乱し、今に至るまで自立したままになっていた。反乱軍は独自の王(ファラオ)を立て、古来の王国の流れを汲むのは自分たちであることを証立てようとしていた。
「民衆の怒りに火が点けば、汝らの身を引き裂くなど訳もないことぞ」
 凛とした言葉が続いた。
 それは、あたかも天上から叱りつけるが如きであった。
「お詫び申し上げます」「申し訳ありませぬ」
 二人は平伏し、慟哭した。
 英明な君主をそれとは気付かず、好き放題に国家の根元を腐らせていたことを。




「我ら、いかがいたせばよろしいでしょうか…」
 ソシビオスが縋るように仰ぎ見た。
「我が子プトレマイオスをメンフィスに連れていけ」
「メンフィスに?」
「ファラオとして即位させよ」
「ファラオに…」
 二人は顔を見合わせた。
 それは大いに意外なことであった。確かに、プトレマイオス王朝歴代の王はファラオも併せ称していたが、第一にバシレウスであった。あくまでも、アレクサンドロス大王の後継者としてエジプトを治める、その体裁をとっていたから、王号はギリシア語で王を意味する『バシレウス』となるのが必然であったのだ。




「大王の御威光に頼る時代は終わった」
 四世王は言った。
 アレクサンドロス大王が死んで百二十年。その余光に縋るのはさすがに無理があった。
「むしろエジプトに根を張ることを思うべし。ならば、メンフィスにて古来の伝統に則りファラオたるべし。さすれば、エジプトの民衆も我が王家を支持してくれるであろう」
 王の威厳をまとった遺言に、天来の言を得た心地となった二人は、思わず額を床にすりつけた。
「ははーっ」
「我ら二人、必ず御命通り事を取り運びまする」




 それから間もなく。
 プトレマイオス四世フィロパトルは死去した。享年三十七歳ぐらいであったという。
 人生を大いに愉しむことに決め、ラフィアの戦いで一回限りの閃光を見せた、まことに不思議な王であった。


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 プトレマイオス四世の遺言
 紀元前204年。エジプト王国の首都アレクサンドリア。
「えらいことになった」
「大変なことになった」
 宮中、重臣神官女官まさに右往左往。
 プトレマイオス四世王が明日をも知れぬ重態に陥ったのだ。
 まだ四十にも満たない。まさにこれからという時に倒れた。
 いや。彼の放蕩ぶりを知る人はきっとこう言うに違いない。
「当然のことだ」
「こうならぬ方がおかしい」
 あのラフィアの戦いの閃光が、まるで嘘のように四世王は遊蕩に耽った。
 酒を浴びるように飲み、妖しげな秘儀に夢中になり、それで健康に生を永らえるべくも無かった。自然は、極端な不節制の結末を、当然の如く知らしめたに過ぎない。



 四世王は、枕辺に二人の重臣を招き寄せた。
 ソシビオスとアガトクレスである。
「そなたたちに頼むしかない」
 王太子プトレマイオスの行く末である。なにせ、太子はまだ五歳の幼児に過ぎない。
「は。我らにお任せを」
「必ずや太子を守り立ててまいります」




 二人は、この事態にそれほど慌てていなかった。
 なにせ、王の交代を肥やしに栄達を極めた二人。
 ソシビオスは、三世王(エウエルゲテス)に取り入り重用されて、四世王(フィロパトル)付きの家臣となり、四世王の即位に伴い王国の宰相に登り詰めた。
(太子は幼い。次は…摂政か)
 野心、まさに果てしがなかった。
 アガトクレスも同じである。太子であった四世王の遊び相手となり、側室として妹アガトクレイアを差し出して廷臣に引き立てられ、王国の兵権を握る地位に立った。
(太子は幼少。次は余が摂政)
 こちらの野心も膨れに膨れ上がっていた。




「ふ…」
 王は青白い顔に小さな笑みを浮かべた。
「余が、何ゆえ、ラフィアの後、元に戻ったか分かるか」
 透き通る声が響いた。酒にまみれた濁った声ではない。
「は…?」「え?」
「そなたたちのせいよ」
 王はここで思いの丈を吐き出し始めた。
「汝らの専横は認識しておった。それが王国に良くないことも。…だが、そなたたちは、王国の民衆に過酷に報いることはしなかった。ならば、悪政ではなく、所詮宮中のいざこざに過ぎぬ」
 二人は、王の死の際の告白に、身じろぎ一つできない。
(この王は…)(全てを見ていた…)




「ということで、余は人生を愉しむことを選んだ。実はそれだけのことなのだ。ラフィアでらしからぬ奮闘を見せたのも、あのままアンティオコスに敗北すれば、国を失い、愉しむことが出来なくなる。それが嫌だったからだ」
 それは人間本性の素直すぎる吐露であった。
「そなたらは暗君たる余の御蔭で存分に栄華を見た」
 四世王は苦笑いした。
「それゆえ、我が息子を頼むのだ。我が息子を守ることが、そなたらの権勢を守ることに繋がろうからな」
 二人の魂胆を全て見抜いていた。
「は…」「う…」
 死に瀕しての言葉は正しいと古代中国の聖賢の言葉にあるが、四世王の言葉は二人の胸に突き刺さった。

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※↑インダス川です。

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 これまでのあらすじ
 小アジアで王位を僭称した叔父アカイオスを数年がかりの戦いで滅ぼしたアンティオコス三世。
 209年春より念願の東方遠征を開始し、パルティア王国へ進攻。
 麾下にポリュクセニダスやニコメデスらギリシア人猛将を従え、パルティア王都ヘカトンピュロスを攻略。パルティア王アルサケスをラボス峠の戦いに破り、アルボルズ山脈を越え草原地帯(ヒュルカニア)へと追撃し、ついにこれを降伏せしめる。
 さらに東に進む。バクトリア王国に進撃し、王都バクトラ(現マザリシャリフ)を包囲。
 2年に及ぶ包囲戦の末に服属せしめることに成功。
 さらに東進しインドに進攻。インド北西の王国の支配者ソパガセノスと和睦。インダス川以西の支配権を確立。


 大王への道22−大王となる(続き)
 間もなく。
 アンティオコスの大軍はインダス河を離れた。
 インダス河沿いを南へ下り、アラコシア地方を西へ横断し、エリュマントス川(現ヘルマンド川)を渡り、ドランギアナ地方を貫くように進んだ。
 さて。御存知の方もおろうが、この進路、まさにアレクサンドロス大王の帰還のルートに重なる。
 アンティオコス三世が自負するものが何か、もはや明らかであろう。
 初め、叛乱自立したパルティアの制圧、バクトリアの平定、その緊急の必要からの遠征であった。だが、勝利の積み重ねるに従い、不世出の王、アレクサンドロス大王に己を擬するようになっていた。
(我こそアレクサンドロス大王の志の継承者)
 当然、その巨大な自負は将兵にもびしびし伝わる。
「我が偉大なるメガス(大王)!」
 王の姿のある所、将兵の歓呼が爆発した。
 



 軍勢は、カルマニア地方(現イラン南東部)で冬を越し、翌紀元前205年早春、ペルシス、スシアナ、最古の文明の地を踏みしめ踏みしめ、セレウケイアへ帰還した。
「我が大王!」
「諸王の王!」
まさに熱狂興奮の渦となった。




 そして…。
 アンティオケイアの都に帰還した時、市民は歓喜の沸騰で王軍を出迎えた。なにせ再現あり得ぬと思われたアレクサンドロス大王の偉業を成し遂げた凱旋軍である。
「陛下、万歳!」
「メガス万歳!」
 こうしてアンティオコスは、諸王の王(バシレウス・バシレオーン)、大王(メガス)の称号を手に入れた。最上の君主の称号が奉られた訳だ。
 アンティオコスは、ここに新たな王環(ディアデマ)を戴いた。
 それはアレクサンドロス大王の格式が、ディアドコイ(後継者)の王統に初めて認められた瞬間であった。
 アンティオコス大王の登場である。


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