新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第12章アジアの章

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※↑ガンダーラ美術です。「ブッダの入滅」のレリーフです。

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 大王への道22−大王となる
 紀元前206年初秋。
 バクトリアを平定したアンティオコスは、ヒンズークシ山脈を越え、ガンダーラ地方に入った。ここからは仏教の世界である。
「ふむ。西方とはまるで空気が違う」
 アンティオコスは、途中目にする豪奢な寺院や仏塔伽藍に興味津々であった。ペルシアやバクトリアとは異なる強烈な異国情緒を覚えたに違いない。
 この地方は、アショーカ王の時代から仏教建築が盛んになったらしい。それはせいぜい数十年前のことでしかない。この頃は、大志を抱いた僧侶や沙門が四方より集まり、寺院は光り輝いていたことであろう。
 もっともその建築様式は我々が想像する中国・日本のそれとは大きく異なる。時代はヘレニズム。ギリシア系移民も多くいたこともあり、その様式も取り入れた仏教建築であったに違いないのだ。




 王軍は、カイバル峠を通過し、アラコシア地方をインド方面に大挙降っていった。
 この辺り(現パキスタン周辺)は、セレウコス王家始祖セレウコス一世がインドのマウリヤ王朝創始者チャンドラグプタの攻勢に屈し、和睦の際に割譲した地域である。
 が、アショーカ王死後マウリヤ朝は衰退し、インドは小王国鼎立の時代となっていた。
「旧領奪回の好機」
 アンティオコスの大軍は、その思惑を込め怒濤の如く進撃した。
 パルティアに圧勝し、バクトリアからも兵と象の提供を受け、その軍勢膨れに膨れ上がり、総勢十数万にもなっていた。だから、延々と人波が後から後から続いた。
 その威容は、アレクサンドロス大王、セレウコス一世以来の壮挙であった。
「山の向こうから人の雪崩が溢れて来た」
 アラコシアの民衆は仰天した。




 王軍は何の妨害を受けることもなく、やがてインダス河に到達した。
 対岸に軍勢が現れた。北西インドを支配するソパガセノス王率いる軍勢である。
 ちなみに『ソパガセノス』とはギリシア語表記である。サンスクリット語表記ではスパガセーナとなろうか。
 いくらか小競り合いの後、すぐに和睦の運びとなった。
 というのも、アンティオコスにインド中枢(ガンジス川流域)に対する野心はなかったからだ。王の心は、西方の地中海世界帰還に逸っていた。
 ならば、あとは双方の面子をいかに立てるか、それだけの話だ。




 ソパガセノス王の使節は言った。
「我に、チャンドラグプタ、アショーカの歴代の王と同じく、セレウコス王家との同盟条約更新の資格をお与えくだされ。ならば、象八十頭と兵糧を差し出しましょう。また、河を越えて侵略することも以降厳に慎みましょう」
 要は、マウリア王朝の継承者たる格式を与えよ、ということ。
「よいであろう」
 アンティオコスはあっさりとこれを認めた。
 王の目的はインダス河までの支配権の回復。それが認められるのであれば、インドの秩序の動向に関心はなかった。
 こうして、アンティオコスとソパガセノスは、同盟条約更新という体裁をとった。アンティオコスはソパガセノスにインダス河以東の支配権を公認する代わりに、ソパガセノスは、象八十頭、兵糧をアンティオコスに提供し、セレウコス王家を盟主に立てることを誓った。

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※↑後にバクトリア王となるデメトリオス一世です。

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 大王への道21−王者足るを見抜く(さらに続き)
 和平交渉はようやく軌道に乗った。
 使節が往来し、バクトリア側からは王子デメトリオスがやって来た。
「ほう…」
 アンティオコスは感嘆の声を上げた。
 ギリシア人が理想とする、美しき肉体に威厳を兼ね備えた容貌であったからだ。
「デメトリオスにございます。こたびは我が父エウテュデモスの意向をお汲み取り頂き幸甚の至り。これで、バクトリア、アラコシア、ゲドロシア一帯を、夷狄の攻撃から守ることも出来ましょう」
 和平の大義は、アジアの大地をギリシア人の支配下に置くこと。それはギリシア人の正義であり、ギリシア人の論理に他ならない。
「これは、和平が成った暁に陛下に御贈りする物の目録にございます」
 デメトリオスは自身目録をアンティオコスに捧げた。
 戦象五十頭、そして、軍費として金銀、アンティオコス軍の半年分の小麦などなど。
 バクトリアの国富の巨大がうかがえるものであった。




「今日は良き日かな」
 アンティオコスは慶賀した。
「余は娘の婿を見つけたぞ」
「え…?」
 デメトリオスは目を点にした。
「余の娘ラオディケはまだ幼い。それゆえひとまず婚約の儀を取り交わしたいが…」
 唐突な申し出にデメトリオスは目を丸くした。
「それは…わたくしに陛下の王女を賜ると仰せで」
「うむ」
 アンティオコスは大きな笑顔を見せた。
「そなたの人相を観察するに、将来、ひとかどな王となると見た。それゆえ、セレウコス家とエウテュデモス家との誼を通じておくことが、アジアの秩序を保つ最善の策」
 それは破格な提案であった。




「ありがたき仰せ」
 デメトリオス王子は謝意を述べたが即答は差し控えた。
「…さりながら、父の了解を得たいと思います。しばし猶予を」
 それも奥ゆかしい振る舞いであった。
 その提案をバクトラ城内に持ち帰ると、果たしてエウテュデモスは狂喜した。
「でかした、デメトリオス!さすがは我が息子!そなたの器量の御蔭で、我らは新たな王統をここに打ち立て得たぞ!」
 こうして、セレウコス王家とエウテュデモス王家は和平条約を締結した。
 セレウコス王家はエウテュデモスに王位を認める、その代わり、バクトリア王国はセレウコス王家の求めに応じ、兵と兵糧を供出する義務を負うことなどが取り決められた。




 エウテュデモスは、その後、紀元前200年頃まで王位を全うしてこの世を去った。
 そして、デメトリオスが父の跡を継いでバクトリア王となった。
 デメトリオス一世である。インド方面に進攻して勢威を振るい、中央アジアから西北インドに巨大な国家を築き上げたという。インド・ギリシア王朝の先駆けである。
 そのインド遠征での勝利を記念し、彼は自身のコインを鋳造させている。そこには、象をかたどった兜をかぶる彼の威厳に満ちた横顔が彫られている。
 アンティオコスは、その眼力で見抜いた通り、愛娘に良い婿を得た訳だ。

※地図は10月13日『大王への道20−遅れて来た味方(続き)−アジアの章45』をご覧ください。

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 これまでのあらすじ
 小アジアで王位を僭称した叔父アカイオスを数年がかりの戦いで滅ぼしたアンティオコス三世。
 209年春より念願の東方遠征を開始し、パルティア王国へ進攻。
 麾下にポリュクセニダスやニコメデスらギリシア人猛将を従え、パルティア王都ヘカトンピュロスを攻略。パルティア王アルサケスをラボス峠の戦いに破り、アルボルズ山脈を越え草原地帯(ヒュルカニア)へと追撃し、ついにこれを降伏せしめる。
 残る大敵バクトリア平定に向けて、さらに東に進む。
 バクトリア王エウテュデモス率いる大軍をグリアナ近郊アリオス河畔で撃破。
 そのまま追撃し、王都バクトラ(現マザリシャリフ)を包囲。
 2年に及ぶ包囲戦の末、和平交渉に臨む。


 大王への道21−王者足るを見抜く(続き)
「それよりも大事なことがある」
 エウテュデモスは続けた。
「北方に巨大な遊牧民の勢力が控えている」
 トルコ系ないしアーリア系(サカ、月氏)とモンゴル系(匈奴)の勢力であろう。草原はいわば一繋がりであるから、優勝劣敗の結果、あっという間に大勢力が誕生する。事実、これからしばらくしてモンゴル高原に匈奴の大帝国が出現し、中央アジアからインドにクシャーナ朝(月氏の一支族)が登場する。




「もし、我らがずっと戦い続けていれば、両者共倒れ。このバクトリアは言うに及ばず、メディア、ペルシス一帯全て彼らに奪われ、夷狄の支配するところとなろう」
 確かに、これはまんざら冗談や誇張とは言えなかった。
 現に、パルティアという勢力が、中央アジアの草原地帯から文明の中心への侵入を試みていたからだ。これは、古来メソポタミア、インダスの文明の頃から変わらぬ、富を求めて移動する遊牧民族の本能であった。
「それゆえ、アンティオコス王に伝えてほしい。我に王号を惜しむ勿れ、と。もし、王位を認めて頂けるならば、我らはセレウコス王家に対する忠誠を誓おう、と。また、王が西方諸国と戦う際には、兵や象の提供も惜しむまい、と」



 ここバクトラ城外のアンティオコス王の本陣。
「そうか。あくまでも王号を譲らぬ、とか…」
「はい。陛下の優渥な申し出にも頑固な奴で」
 テレアスは額に汗を浮かべ復命していた。



「ふーむ」
 王は考え込んでいた。それは、二年に及ぶ長期戦から来る将兵の疲労、厭戦。それだけを慮ったものではなかった。
 遠く西方から新たな胎動が聞こえて来たからだ。
「ローマが勢力をひたひたとギリシア世界に浸透させております」
 時折都からやって来る使者は、新たな勢力の登場を告げていた。
 地中海世界を舞台に激闘を繰り広げるローマとカルタゴの争闘であった。




(ローマ…歴史は新たな勢力に扉を開きつつあるようだ)
 彼は、本能的にそういう勢力にこそ最も警戒せねばならぬと思った。
 セレウコス朝の支配する領域は、かつてのペルシア帝国に重なる。
 そのペルシアは世界最大の版図を誇り、これが揺らぐとは当時、誰も思わなかった。
 だが、アレクサンドロス率いるマケドニアという未知の勢力が流星の如く登場し、ペルシアに取って代わって帝国を築き上げた。セレウコス朝は、そのアレクサンドロス帝国の大半を継承しているのだ。
 セレウコス朝を脅かすとすれば、名もなき新たな勢力に他ならない。そのことを歴史はまざまざと教えてくれる。
(戻らねばならぬ。そして、ギリシア世界に目を向けねばならぬ)




「よいであろう。エウテュデモスの王位を認めよう」
「え…!よろしいのですか!」
 テレアスはびっくりした。彼は、てっきり叱られると思っていたのだ。
 傍らに控える老臣アポロパネスは、我が意を得たりとばかりにうんうん頷いていた。




 アンティオコス、二つの顔を見比べ、くすりとした。
「よい。余は、あくまでも我がセレウコス王朝の威風を知らしめ、その支配を確立するため来たもの。エウテュデモスが我に従うのならば、バクトリアの王号を認めてやろう。我はその王の中の王なのであるから」
 諸王の上に君臨する王、だから一国の王号など惜しくない、そういうことだ。
 これを手ぬるいと思う人もきっといよう。だが、セレウコス朝の如き広大な領土を支配する国家は、その領域内全てを厳格に統制することは不可能に近いし、各民族の反感などの副作用も大きい。だから、ペルシア帝国以来、地域・部族の自治を認めてやり、緩やかな統制に止めていたのだ。

※地図は10月13日『大王への道20−遅れて来た味方(続き)−アジアの章45』をご覧ください。

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 これまでのあらすじ
 小アジアで王位を僭称した叔父アカイオスを数年がかりの戦いで滅ぼしたアンティオコス三世。
 209年春より念願の東方遠征を開始し、パルティア王国へ進攻。
 麾下にポリュクセニダスやニコメデスらギリシア人猛将を従え、パルティア王都ヘカトンピュロスを攻略。パルティア王アルサケスをラボス峠の戦いに破り、アルボルズ山脈を越え草原地帯(ヒュルカニア)へと追撃し、ついにこれを降伏せしめる。
 残る大敵バクトリア平定に向けて、さらに東に進む。
 バクトリア王エウテュデモス率いる大軍をグリアナ近郊アリオス河畔で撃破。
 そのまま追撃し、王都バクトラ(現マザリシャリフ)を包囲。


 大王への道21−王者足るを見抜く
 紀元前208年晩秋。
 バクトラに攻め寄せたアンティオコス軍は直ちに城の包囲にとりかかった。
 寄せ手は、ギリシア文明の攻城技術の全てを駆使した。四方に配したカタパルト、バリスタによる連日の砲撃、さらに地下に坑道をずんずん掘り進めた。
 だが、砲撃により城壁の表側こそ崩したものの、裏側に詰められた土砂が砲撃の威力を著しく減殺した。石はずんと土砂に埋まるだけで何の打撃も与えられない。加えて、このあたりの地層は坑道掘削に適さず、地中からの進攻は断念せざるを得なかった。




「これは厄介な…」
 アンティオコスは唸りを上げる日々が続いた。
 バクトラは、平城(ひらじろ)にも関わらず、分厚い城壁、深く掘られた壕、堅固無類を誇っていた。
 この辺りは元々遊牧民の抗争の舞台となっていた。乾燥地帯のど真ん中にありながら、豊潤な水量を誇る河川、流域の肥沃な緑地、しかも歴史誕生より交易の中心として発展した要衝。格好の標的にならざるを得ない。それゆえ、防御に全く抜かりない用心深い構造になっていた訳だ。
 そのため、包囲戦が始まって、あっという間に二年近くになった。




 紀元前206年初夏。
 灼熱の日々であったが、バクトラ城内は至って涼しいものであった。空気が乾燥しているから、陽射しを遮り、散水や水回りに工夫を施せば結構快適となるのだ。
 エウテュデモス王は、ギリシア風の真っ白なチュニカをゆったりとまとい、一人の男と相対していた。無論、その頭には王環(ディアデマ)を戴いている。
「テレアスよ。ここは考慮を要するぞ」
 そう語る相手は、アンティオコスが送り込んで来た使者のテレアスである。
 エウテュデモスとテレアスは同じマグネシア出身。だから、すこぶる親し気であった。




 テレアスははじめこう提案した。
「アンティオコス陛下は、貴殿をバクトリア州太守に遇したいと仰せだ」
 要は、セレウコス王朝に服従する代わりに、太守の称号と広範な自治権を与えるという申し出であった。一介の傭兵出の男に対し過分な申し出であったが、エウテュデモスは難色を示した。
(このディアデマは譲れぬ)
 太守(総督)は確かに栄位ではあるが、王の家臣に過ぎない。その命令次第で地位を剥奪されかねぬ。王と太守の地位は、だから、天と地ほどの差があった。




「わしはだな。決してセレウコス王家に背いた訳ではないのだ」
 エウテュデモス、そんな風に弁明を始めた。
 こんなところは、まさしく彼もギリシア人。
「わしは、王家に背いたディオドトス一家を誅滅したに過ぎぬ」




 はじめ、セレウコス王家から叛乱自立したのはディオドトス。彼はバクトリア州の太守であったが、王家が対エジプト戦に敗北、続く宮廷内の抗争、さらにパルティアの自立、その混乱ぶりを見て紀元前239年頃に独立し、王環を戴いたものであった。
 それを継いだのが、彼の息子ディオドトス二世である。これに仕えたのが、傭兵エウテュデモスであった。
 彼は叛乱決起し、ディオドトス一族を滅ぼし、自ら王位に就いた。これが紀元前230年頃のこと。だから、二十年間、王環を守って来たことになる。



「それゆえ、余から王位を取り上げるのは妥当でない。余は、反逆者を討ち取り、そのため自然とこの国土の支配権を手にしたのであるから」
 まあ、理屈はどうにでも付けられる、そんな程度の弁明だ。反逆者を受け継いだに過ぎぬのだから、支配権を正統な王権保持者に戻すべきという理屈も成り立つのだから。


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 これまでのあらすじ
 小アジアで王位を僭称した叔父アカイオスを数年がかりの戦いで滅ぼしたアンティオコス三世。
 209年春より念願の東方遠征を開始し、パルティア王国へ進攻。
 麾下にポリュクセニダスやニコメデスらギリシア人猛将を従え、パルティア王都ヘカトンピュロスを攻略。パルティア王アルサケスをラボス峠の戦いに破り、アルボルズ山脈を越え草原地帯(ヒュルカニア)へと追撃し、ついにこれを降伏せしめる。
 残る大敵バクトリア平定に向けて、さらに東に進む。
 バクトリア王エウテュデモス率いる大軍と西南の国境グリアナ近郊アリオス河畔で激突。
 大いに押し込まれるも、ファナイトロス率いる新手が駆けつける。


 大王への道20−遅れて来た味方(さらに続き)
「おお、我が軍が退却して来るぞ」
 ファナイトロス、アンティオコスら味方を吸収すると、王の許に駆けよった。
 馬上でうつ伏せになっている王の姿に、彼は愕然とした。
(まさか…)




「陛下!大丈夫にございますか!」
 案ずる配下の声に、王はむくりと起き上がった。
「大丈夫だ。歯がちと痛いだけだ」
 王は、血まみれの口を見せて、にっと笑った。
「それは…!」
 ファナイトロスは仰天した。
「歯が折れただけだ。それよりも、敵が隊列も定まらぬまま追撃して来る。それを打ち破れ。ならば、エウテュデモスを捕えることも出来よう」
「ははっ」
 ファナイトロスは、王以下、傷ついた味方を後方に退かせると、
「さあ!全軍突き進め!敵はアジアに散らばる烏合の衆ぞ!」
 彼の雄叫びは、ペルシア語やバビロニア語に訳され、将兵に伝播した。
 まさしく大地を響かせ、槍を前に突き出し、進んでいく。




 その前方からバクトリア兵が、まさしくてんでばらばらに突き進んで来た。
 彼らの頭の中は、アンティオコス王を捕虜にすること、それだけであった。
(王を捕えればアラコシアの太守)
 その空前の栄達を思い浮かべ、誰もが浮き足立っていた。
 その彼らの前に、ファナイトロスの大軍勢が丘の向こうから忽然現れると、
「あっ!」「敵の新手だ!」
 腰を抜かさんばかりに仰天した。
「急げ!隊列を整えるのだ!」
 バクトリア軍側は慌てて戦列を組もうとした。重装歩兵は隊列を組まねば、その威力はない。機動性がないから散開したままでは餌食になるしかない。




 だが、その前に、ファナイトロスの歩兵の大部隊が雪崩れ込んで来た。
「わっ!」「ひっ!」
 あっという間に突き崩されてしまった。
 こうなると兵力の差がものを言う。散々に追い散らされると、形勢は全く逆転した。
 ファナイトロスの軍勢は、後方から進んで来るエウテュデモス本隊と激突した。
 激戦となったが、やはり敵に倍する兵力、疲れを知らぬ新手。ついにバクトリア軍を木っ端微塵に撃破した。




「血路を開いて逃げよ!」
 エウテュデモス王は叫んだ。
 が、ここでアリオス川南岸に陣取ったことが裏目に出た。都は川の遥か北。
 だから、敗北を悟ったバクトリア兵は退却を諦めると、大挙投降して来た。
「これはいかん!」
 エウテュデモスは馬首を巡らし逃げ出した。
 主力を失ったエウテュデモスは、王子デメトリオス以下僅かの兵を連れ、川をなんとか渡り、馬を飛ばしに飛ばし、首都バクトラへ逃げ込むことが出来た。
 こうしてアリオス河畔の戦いは、アンティオコス軍の大勝利に終わったのであった。


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