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※地図は10月13日『大王への道20−遅れて来た味方(続き)−アジアの章45』をご覧ください。
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これまでのあらすじ
小アジアで王位を僭称した叔父アカイオスを数年がかりの戦いで滅ぼしたアンティオコス三世。
209年春より念願の東方遠征を開始し、パルティア王国へ進攻。
麾下にポリュクセニダスやニコメデスらギリシア人猛将を従え、パルティア王都ヘカトンピュロスを攻略。パルティア王アルサケスをラボス峠の戦いに破り、アルボルズ山脈を越え草原地帯(ヒュルカニア)へと追撃し、ついにこれを降伏せしめる。
残る大敵バクトリア平定に向けて、さらに東に進む。
バクトリア王エウテュデモス率いる大軍をグリアナ近郊アリオス河畔で撃破。
そのまま追撃し、王都バクトラ(現マザリシャリフ)を包囲。
2年に及ぶ包囲戦の末、和平交渉に臨む。
大王への道21−王者足るを見抜く(続き)
「それよりも大事なことがある」
エウテュデモスは続けた。
「北方に巨大な遊牧民の勢力が控えている」
トルコ系ないしアーリア系(サカ、月氏)とモンゴル系(匈奴)の勢力であろう。草原はいわば一繋がりであるから、優勝劣敗の結果、あっという間に大勢力が誕生する。事実、これからしばらくしてモンゴル高原に匈奴の大帝国が出現し、中央アジアからインドにクシャーナ朝(月氏の一支族)が登場する。
「もし、我らがずっと戦い続けていれば、両者共倒れ。このバクトリアは言うに及ばず、メディア、ペルシス一帯全て彼らに奪われ、夷狄の支配するところとなろう」
確かに、これはまんざら冗談や誇張とは言えなかった。
現に、パルティアという勢力が、中央アジアの草原地帯から文明の中心への侵入を試みていたからだ。これは、古来メソポタミア、インダスの文明の頃から変わらぬ、富を求めて移動する遊牧民族の本能であった。
「それゆえ、アンティオコス王に伝えてほしい。我に王号を惜しむ勿れ、と。もし、王位を認めて頂けるならば、我らはセレウコス王家に対する忠誠を誓おう、と。また、王が西方諸国と戦う際には、兵や象の提供も惜しむまい、と」
ここバクトラ城外のアンティオコス王の本陣。
「そうか。あくまでも王号を譲らぬ、とか…」
「はい。陛下の優渥な申し出にも頑固な奴で」
テレアスは額に汗を浮かべ復命していた。
「ふーむ」
王は考え込んでいた。それは、二年に及ぶ長期戦から来る将兵の疲労、厭戦。それだけを慮ったものではなかった。
遠く西方から新たな胎動が聞こえて来たからだ。
「ローマが勢力をひたひたとギリシア世界に浸透させております」
時折都からやって来る使者は、新たな勢力の登場を告げていた。
地中海世界を舞台に激闘を繰り広げるローマとカルタゴの争闘であった。
(ローマ…歴史は新たな勢力に扉を開きつつあるようだ)
彼は、本能的にそういう勢力にこそ最も警戒せねばならぬと思った。
セレウコス朝の支配する領域は、かつてのペルシア帝国に重なる。
そのペルシアは世界最大の版図を誇り、これが揺らぐとは当時、誰も思わなかった。
だが、アレクサンドロス率いるマケドニアという未知の勢力が流星の如く登場し、ペルシアに取って代わって帝国を築き上げた。セレウコス朝は、そのアレクサンドロス帝国の大半を継承しているのだ。
セレウコス朝を脅かすとすれば、名もなき新たな勢力に他ならない。そのことを歴史はまざまざと教えてくれる。
(戻らねばならぬ。そして、ギリシア世界に目を向けねばならぬ)
「よいであろう。エウテュデモスの王位を認めよう」
「え…!よろしいのですか!」
テレアスはびっくりした。彼は、てっきり叱られると思っていたのだ。
傍らに控える老臣アポロパネスは、我が意を得たりとばかりにうんうん頷いていた。
アンティオコス、二つの顔を見比べ、くすりとした。
「よい。余は、あくまでも我がセレウコス王朝の威風を知らしめ、その支配を確立するため来たもの。エウテュデモスが我に従うのならば、バクトリアの王号を認めてやろう。我はその王の中の王なのであるから」
諸王の上に君臨する王、だから一国の王号など惜しくない、そういうことだ。
これを手ぬるいと思う人もきっといよう。だが、セレウコス朝の如き広大な領土を支配する国家は、その領域内全てを厳格に統制することは不可能に近いし、各民族の反感などの副作用も大きい。だから、ペルシア帝国以来、地域・部族の自治を認めてやり、緩やかな統制に止めていたのだ。
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