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↑209年頃の勢力図と東方諸国の地図です。アンティオコスの進路は、はエクバタナからカスピ門を通過し、さらにヘカトンピュロス(ヘカトンタピュロスは誤記です)、そしてラボス峠に北進、シュリンクスを包囲。再びをアルボルズ山脈を南に越えて東進。
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これまでのあらすじ
小アジアで王位を僭称したアカイオスを数年がかりの戦いで滅ぼしたアンティオコス三世。
209年春より念願の東方遠征を開始し、パルティア王国へ進攻。
麾下にポリュクセニダスやニコメデスらギリシア人猛将を従え、パルティア王都ヘカトンピュロスを攻略。パルティア王アルサケスをラボス峠の戦いに破り、アルボルズ山脈を越え草原地帯(ヒュルカニア)へと追撃し、ついにこれを降伏せしめる。
残る大敵バクトリア平定に向けて、さらに東に進む。
大王への道19−遥かなるバクトリア
紀元前208年初秋。
アンティオコス軍は東進した。パルティアに圧勝したこともあり、途中、周辺の部族が王に面会を求め、こぞって臣従を誓った。
「我ら、王家に忠誠を誓う者どもにござる」
「兵も差し出します。兵糧も水もこの通り」
王は物資を受け取り、代わりに彼らの支配権を公認してやった。
このため、王軍は驚くべき速さでバクトリア東の国境に達した。
「…なるほど。こういうことなのだな」
王は、馬上、大層感じ入っていた。
もし、パルティアに峻烈な制裁を加えていたら、残党の討滅など、その戦後処理に恐ろしく手間取ったことだろう。また、日和見を見せていた周囲の部族も、自身の存続を危ぶみ、どんな敵対を見せるか知れなかった。
「左様」
重臣アポロパネスは大きく頷いた。
「かつてアレクサンドロス大王が、この道を通った時も、土豪どもの支配権を認めてやったそうにございます。これこそ、王者の上に立つ王者の振る舞いにございます」
「なるほど…王者の上に立つ王者」
アンティオコス、その言葉をしみじみと味わった。
そこに、先方に出していた斥候が戻って来た。
「どうやら、バクトリア王エウテュデモス自ら出陣して来ておるようです」
「ほほう」
エウテュデモスとは、マグネシア(小アジアの都市)出身のギリシア人。
紀元前230年頃、先代ディオドトス二世から王位を簒奪した男である。
「エウテュデモスは、グリアナに一部の兵を置き、あとはアリオス川南岸に大軍を集め、我らの進軍を背後より止めようとしている模様」
グリアナとは、現アフガニスタン領ヘラートの西、現グリアーンと思われる。アリオス川とは、ヘラートの南を流れる現ハリ川のことである。
王国の首都バクトラ(現マザリシャリフ)は、ここから東北約五百kmもの遠くに位置する。しかも、都の方角とは異なる川の南側に陣取っている。
アンティオコス軍に、首都への道を開け放しているような格好だ。
「ふーむ」
(エウテュデモスめ、持久戦に持ち込み、あわよくば背後から攻める肚だな)
そう。エウテュデモスは、わざと河の南にあって敵の鋭峰を避け、敵がバクトラに進めば背後より衝かんとの肚であった。
「河の守備はどうなっている」
「は。一万ほどの兵が橋を守備しております。ですが、夜になると、20スタディオン(3.5km)離れたグリアナに戻るようにございます」
「ほう…」
アンティオコス、目を光らせた。
「ここから、その橋まで道程はどれくらいだ」
「は。普通に行軍して三日ほどにございます」
「三日…」
王は思考を素早く巡らせた。
遠征が進むに連れ、彼の行動は次第に精緻の度を加えてきた。パルティア平定の大戦果に己を確信し、されどそれに慢心せず、さらに切磋琢磨せんとの心の作用が、彼を次第に優れた指揮官の思惟へと誘っていた。それは、時にして頭脳に閃光をもたらす。特に、荒野に囲まれた沈黙の世界においては、一層研ぎ澄まされる。
「ゼウクシス、ポリュクセニダス」
「ははっ」「はーっ」
かつて、彼ら将軍たちは、この王を、セレウコス王朝の継承者として仰ぎ見ているだけだったが、近頃、その視線に尊崇の念が加わっていた。それは、あのアレクサンドロス大王の配下が、驚くべき戦果の連続に次第に無二の忠誠を誓う、あの熱狂に似ていた。
「そなたらは、我と共に、騎兵、軽装歩兵、軽盾兵を率いて進むぞ」
軽盾兵とは、重装歩兵の如き密集して戦うのではなく、散開して戦うことを目的とした歩兵。機動性の重視される歩兵である。装備は軽装備では決してなかった。
「はっ」「ははっ」
王は背後を振り返った。
「ファナイトロス」
テオドトスの腹心で、共にエジプトから降って来たアイトリア出身の将軍である。
「はっ」
「そなたは、後ろより騎兵を率いて進んで来るのだ。三日とも普通に行軍せよ」
普通に行軍せよとは、不思議な命令であったが、傭兵出身のファナイトロス、一切の疑問を差し挟まない。
「はっ」
只命令を畏むだけ。傭兵とは、雇い主の求めを完璧に遂行すること、それが最善なのであるから。あたかもそう言っているかのようであった。
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