新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第12章アジアの章

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 大王への道15−反逆者の処断
 紀元前213年初頭の深更。月もない闇夜。
 アクロポリスに木枯らしがびゅうびゅう吹き付けていた。
 言いつけ通りボリスがアリアノス一人を連れやって来た。




「そなたがボリス殿か」
「ははっー」
 ボリスは平伏して挨拶した。相手は王者の格式を取っているからである。
「宰相ソシビオスの命に従い、閣下をお救いせんとまかり越しましてございます」
 それから幾つか言葉を交わし、アカイオスは、その人物を慎重に吟味した。
 そして、歴戦の猛者で勇気に不足無く、胆力申し分無きことを確かめ得た。




(ふーむ…。これならば余の身を預けてもよいな)
 だが、ここからの彼は、その慎重をさらに一層慎重に、事を図った。
「よろしい。では、アクロポリスの門の所で、余が用意して出て来るのを待て」
 ここに彼の細心が現れていた。
 ポリス、一瞬眉をひそめたが、すぐにその命を畏んだ。
「は。では、アリアノスと共にお待ちしております」
 二人が下がって行くと、アカイオスは、侍臣に命じて、妻ラオディケを呼んだ。




「あなた…何ですの。こんな深夜に」
 既に就寝していた所を起こされたと見え、目をこすりながら現れた。
 出自はポントス王国の王女。ペルシア系の輝かんばかりの美貌と豊満を誇っていた。
「今宵、余はアクロポリスを抜ける」
「え?!」
 妻の瞳は大きく見開いた。
「そ、それはどういうこと」
 明らかに動揺を見せた。それは、これまで一心同体、大望も野心も同じくし、全生命を共にして来た夫が居なくなる、その事自体に動揺したのだ。



「落ち着け」
 アカイオスは沈着な笑みを浮かべた。
「余は、脱出した後、シリア方面に姿を現す。必ずや、余に同心する者どもが立ち上がろう。ならば、エジプトも動き出そう。自然と、ここの包囲も解かれるに違いない」
 彼には充分な算段があった。
 アンティオコス王不在のシリアに姿を現せば、大動揺が起きること、その動揺を衝けばアンティオケイアに入ることも不可能ではないこと。




 妻はこくと頷いた。
「…分かりましたわ」
「分かってくれたか」
「ええ。その代わり、今度戻る時には、アジアの王環をその頭に戴いていること」
 それは、まこと野望の人の妻らしい言葉であった。
「うむ。待っておれ。必ずやアジアのディアデマをこの頭に巻いてみせようぞ」
 彼は抱きしめた。美貌の妻を強く抱きしめた。


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 大王への道14−抜かりなき用心を衝く(さらに続き)
 ここアクロポリス眼下のアルテミス神殿付近のカンビュロスの陣。
 ボリスはここにいた。傍らには、この陣の将カンビュロスもいた。




「そうか。アカイオス陛下はそのように仰せであったか」
「はい。一刻も早く城内に参上するように、と仰せです」
 それを聴くと、ボリスとカンビュロスは意味ありげに顔を見合わせた。
「ご苦労であった。これは褒美だ。下がって休むが良い」
 ボリスは、金貨の入った袋をアリアノスに渡した。
「はは、ありがたき」
 アリアノスはホクホク顏で幕舎から出ていった。
 傭兵である部下の心を掴むのは、やはり金であった。




「巧くいったようだな」
 カンビュロス、まさしくほくそ笑んだ。
「うむ。慎重無類なしと評判のアカイオスだが、この窮地にあっては、藁にもすがる思いなのであろう」
 ボリスも小さく笑った。
 そう。この二人は、実はとうに心変わりしていた。




 ポリスがサルディスに到着し、アンティオコス包囲軍の圧倒的優位を一目見て、
(これは…とてもアカイオスに勝ち目はない)
 そう判断した時に遡る。傭兵であるから、あり得ぬ期待に縋ることはあり得ない。
 旧知のカンビュロスと面会した時には、思惑をがらりと変じさせた。まず、支度金の10タラントンは、二人で山分けすること。そして、この救出工作を利用してアカイオスを捕えアンティオコスに引き渡し、シリア宮廷で取り立ててもらうこと。
 二人とも狡猾な−とある歴史家の評価である−クレタ人であるから、話がトントン拍子に進み、アンティオコスに面会する運びとなった。




「うむ、それはよい。是非、進めてくれ給え」
 果たして、アンティオコス王は大喜びした。
 アクロポリスの力攻めは、もはや不可能と悟らざるを得ない。結局、兵糧攻めしかない訳だが、それは避けたかった。
 というのも、アカイオス征討にかかり切りになっている間に、東方のパルティアやバクトリアでの不穏な動きが頻々と伝えられて来たからだ。
(これ以上、ここに滞陣しているわけにはいかぬ)
 遠征開始から二年と半年。想像を絶する長期戦。
「事が成功すれば、そなたらを重く用いよう」
 アンティオコス王がしきりに鼓舞したのは、早期決着を心底切望していたからだ。


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 大王への道14−抜かりなき用心を衝く(続き)
 一月後。ここサルディスのアクロポリス。
 季節は真冬。紀元前214年も暮れる頃。
 アカイオスは、一人の男と面会していた。
「汝がソシビオス公の配下ボリス殿の密使か」
「はい。アリアノスと申します。用向きは…」
 要は、ボリスと寄せ手の将の一人カンビュロスが手引きして、密かにアカイオスを脱出させるというもの。無事脱出し得た後は、ロードスに案内する、と言った。




「ふーむ」
 アカイオスは唸った。
 眼前の人物の表情を観察した。動揺はないか、後ろめたい人間が見せる翳りはないか。この注意深さは、セレウコス王朝という、陰謀策略渦巻く王家の中に居たことから自然と身に付き、叛乱自立してからは一層鋭いものとなっていた。
(余の観察眼を騙しおおせる奴はなかなかおらぬ筈)
 そのように自負するに至っていた。
 その用心深い眼差しを、ここでも厳しく向けていた。




「して…証立てる書面は」
「は。これにございます」
 取り出したのは、諸国に散らばるアカイオス支持派の有力者たちの署名入り親書。
 本文は暗号で記載されていた。解読すると、そのどれも、ボリスたちを信頼して身を任せるようにと記されていた。
 ボリスは、ソシビオスを通じアカイオス派の人々と面会し、その信頼を得た訳だ。




 それからも、アカイオスは、なおも詳細な事実を訊ねた。
 アリアノスは、何ら澱みなく、その全てに明快に答えた。
(ふむ…怪しい節はないようだな…)




「よろしい」
 アカイオスは言った。
「ボリスに自身ここに参るよう伝えよ。彼と面会し、その上で最終の決断を下す」
「はっ。我が主に伝えます」
 アリアノスは、再び闇に紛れ、城外へと消えていった。


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 大王への道14−抜かりなき用心を衝く
 明けて紀元前214年。早くも季節は秋となっていた。
 ここアレクサンドリアのプトレマイオス宮廷。



「まずい。まずいぞ」
 宰相ソシビオス、肥満体をゆすり、前後左右歩き回っていた。
 彼の耳にも、アンティオコスとアカイオスの争闘の経緯は逐一報告されていた。両者の争いはシリア王権を巡る戦いではあったが、アカイオスがエジプトの援助を得ていることは周知のこと。だから、これはエジプト対シリアの代理戦争でもあった訳だ。
 エジプトにとっては、同盟者アカイオスの勝利に越した事はないが、戦い自体の長期化こそ望ましい。シリアの国力を削ぐこと自体、エジプト国家の安全に直結するからだ。
 だが、サルディス市街はとうとう陥落してしまった。




(もし、このままアクロポリスが落ちれば…)
 アンティオコスは帝国全土に己の王権を宣言するであろう。その勢威は、いずれ再びコイレ・シリアへと向けられることは火を見るより明らか。
 アカイオスさえ健在であれば、いずれ、シリア領内のどこかに火の手が上がるであろう。アンティオコスは、その鎮圧に忙殺され続けることになる。
(何としてでもアカイオスを救わねばならぬ)
 それでは、アカイオス救援のため出兵するかというと、それは頭になかった。
 というのも、プトレマイオス四世王の暗愚、ソシビオス一派の専制復活により、多くの有能な将たちがエジプトを去り、シリア宮廷に亡命してしまった。この人材払底の折、シリアとの全面対決は避けたかった。
(ラフィアの幸運を再び期待するのは無謀だ…)




「アカイオスはどうしている」
「はい。アクロポリスに立て籠り、頑強に抵抗を続けております。アンティオコスは攻めあぐね、兵糧攻めに切り替えた模様にございます」
「そうか…」
 アクロポリスには三年の籠城に耐え得る兵糧武具が備蓄されていた。また、時折、エジプトからの援助物資も届けられていたから、あと少しならば持ち堪え得るであろう。
(それも、あと半年が限界…だな)
 ソシビオスは慎重に計算した。
 兵糧尽きれば、機略の人アカイオスも降伏のほかない。
「よし。ボリスを呼んで来てくれ」
「ははっ」




 現れたのは体躯堂々としたクレタ島出身のギリシア人。
「宰相。ボリス、まかり越しましたございます」
「おお、よく来てくれた。日々調練に勤しんでいるとか、まことご苦労なこと」
「なんの。宰相の引き立てにより今日がある我。何を措いても駆けつける所存」
 ボリスは、テオドトスやニコラオスの亡命以降、急速にエジプト軍内において重きをなしていた男である。アンティオコス宮廷のラゴラスといい、クレタ島には、こういう野心に充ちた若者が、ごろごろしていたのであろう。
 ソシビオスは、難題の解決を、この壮者に託した。




「アカイオス殿救出の方法でございますか」
「うむ。何か良い手立てはないものかのう」
「左様ですなあ」
 ボリス、思案していたが、
「城内のアカイオス殿と連絡さえとれるのならば、手はなくもありませぬ」
 と言った。
「それは本当か」
「はい。アンティオコス軍に同郷のカンビュロスという男がおります。包囲軍の一隊を受け持っているとか。彼を通じ、救出出来るかと存じます」




「おおお」
 ソシビオスは肥えた体を震わせた。
「是非、アカイオス殿救出のため尽力してくれ給え。それこそが、我が王家の安泰に多大に寄与するのであるから」
 エジプト宰相は、救出作戦の資金として10タラントンという莫大な金額を用立てると共に、アカイオスの信頼する海外人脈を紹介してやった。
「ロードスとエフェソスに彼の信頼する人物が住んでおる。彼らの書付けを受け取り、サルディスに向かうがよい」


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 大王への道13−本能と機微(続き)
 そのまさに同じ時刻。
「獲ったぞ!」
 ラゴラスの手が城壁を掴んでいた。
 続いてテオドトス、ディオニュシオスが城壁の上に現れた。さらに、配下の兵も城壁の上に次々躍り上がった。一隊はついに『鋸』登攀に成功したのだ。
 見立て通り天険に安心し切って兵は一人もいなかった。
 まさにしてやったり。意気天を衝かんばかりとなった。




「さあ、城門を奪うぞ!味方を引き入れるのだ!」
 百人の奇兵は、闇に紛れ城壁を伝い勢いよく駆け降った。
 市域に出ると、山の斜面の劇場を通過し、ペルシア門の隣の城門に接近した。
 ここは小さい門。予測通り、少数で警戒に当たっていた。
(しめた…!)
 ラゴラスは、指先を前にくいくい向け合図した。
 ここで彼らは初めて喚声を上げ、突進していく。




「あっ!敵兵だ!」「アンティオコスの兵だ!」
 暗闇から突如として現れた敵兵に、守備兵は腰を抜かさんばかりに仰天した。
 激しい斬り合いとなったが、ラゴラスらは精鋭。あっという間に蹴散らした。
「それっ!城門を開くのだ!」
 真一文字に城門が開かれた。
 外で待ち構えるは、ニコラオス率いる五千のマケドニア騎兵。
「よーし、一気に突入だ」
 大喚声を上げ城内に雪崩れ込んだ。




 そこに、ようやくアリバゾス率いる三千の兵が駆けつけた。
「おお!敵が城内に攻め入って来ておるぞ!」
 アリバゾスは愕然とした。
(一体…!どこから…!?)
 彼も『鋸』を通って来た訳だが、その時にはラゴラスらは下った後だったから、こうして敵勢のあることが不思議でしかたない。
 ともかく、もはや戦うしかない。
「ええい!追い払うのだ!敵は烏合の衆の傭兵どもぞ!」
 配下のペルシア兵を鼓舞した。




 だが、アンティオコス麾下のマケドニア騎兵は勇猛。馬上から穂先を繰り出し、敵の隊列を腰砕けにすると、すかさず馬から飛び降り、重装歩兵に変じ突進した。ここらは戦闘の専門家の本領の発揮だ。
 そして…。
 ゼウクシス率いる万余の主力が突入して来ると、勝負はあった。



 なおも抵抗するアリバゾスの部隊を追い散らすと、市街へ怒濤の如く進んだ。こうなるともはやどうしようもない。市街地にある政府機関や要所は、全てアンティオコスの軍勢により制圧されてしまった。
 アカイオスの手勢は、山上のアクロポリスへと退却するほかなかった。
 ラゴラス発案の奇襲作戦は、こうして見事大成功を収めたのであった。
 サルディス市街にアンティオコスの兵の凱歌がいつまでも轟いていた。
 紀元前215年も暮れようとする時のことであった。


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