新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第13章世界帝国の章

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初物−世界帝国の章75


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 初物
 紀元前190年12月。
 ルキウス・スキピオ率いるローマ軍、続いてエウメネス二世率いるペルガモン軍、アカイア同盟の軍勢、総勢二万七千の兵力がヘルモス河畔に姿を現した。
 軍勢は、慎重に北岸沿いを東へと進んだ。やがて、支流のリュコス川との合流地点に到達した。




「コンスル閣下」
 エウメネス二世が右を向き、南に天高く聳える山を指差した。
「あれがシピュロス山。その麓に広がるのがマグネシアです」
 エウメネスは、かつてこの地を訪れたことがある。それは父アッタロスと共に、アカイオス滅亡作戦に従事した折。あの時、アンティオコス大王(三世)は友軍の将であった。




「ふむ。敵は南岸に強固な陣を敷いているな」
 ルキウスは目を細めた。
 執政官として初の采配。その相手が世界最大の帝国セレウコス王朝。
(勝利すれば国家の英雄…)
 身震いがした。兄スキピオに並ぶ栄誉を手に出来るかも知れぬのだ。




「よし。我らもここに布陣する」
 執政官の決定に、たちまち副官たちが四方に飛び、陣所の設営が始まった。
 真っ先に執政官の幕舎が立ち上がると、ルキウスはすぐさま将を集め軍議を催した。
 集まったのはペルガモン王エウメネス二世、アカイアの大将ディオファネス、そして、軍団長ドミティウス以下ローマの将官たちである。




「敵軍の配置はどうなっている」
 ルキウスはまずそれを訊いた。
 大王軍の陣は、城外にずらりとヘルモス川に並行して設営されていた。
「はい。中央に歩兵の陣所。両翼に騎兵の陣所」
 すらすら答えるのはミルトであった。
 彼女は味方に先んじて対岸に潜行し、入念な調査を行って来た。




「それは戦いの折の布陣そのものということよな」
 念を押すように質したのは、スキピオから弟の助言役を任された軍団長グナエウス・ドミティウス・アヘノバルブス。
「左様にございます。戦いとなれば、そのまま川岸にまっすぐ押し出して参るでしょう」
 つまり、寄せ集めの軍勢、しかも言語を互いに介さぬ部隊同士ゆえ、指揮命令はなるべく単純である必要がある。となると、そのまま前進した地点が自分の持ち場というのは至極明快と言えよう。




「あと気になる点が一つ」
「何かあったか」
 ルキウスの問いかけに、
「陣所の前にずらりと戦車が並べられていました。恐らくはメソポタミアから駆り集めて来たものでしょう」


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 度量比べ(続き)
 が、スキピオの意外な反応に、大王も元来の負けん気が沸々たぎって来た。
「よし。ならばスキピオがやって来ても絶対負けぬ布陣を施す。直ちに軍議だ」
「ははっ」
 ヘラクレイデスは駆けていった。
 この時まんまとスキピオの術中にはまったことを、大王は理解していなかった。
 スキピオの病中即ちローマ軍劣勢と認識したこと。弱体した敵を攻撃することが、大王としての威厳を損なう振る舞いと自認したこと。何よりも、その思考感情の過程で、敵に先んじて地の利を占めるという意欲が全く消え失せたことだ。




 大広間に五十人もの将たちが集められた。
「余は、このヘルモス川の南岸に布陣し、スキピオを迎え撃とうと思う」
 大王が意見を披露すると、諸将は訝し気に顔を見合わせた。
(スキピオのいるエライアに押し寄せるのではなかったのか…)
 麾下にはガラティア人やアイトリア人など、勝利さえ手にすれば何をしても良いと思う人種も多い。彼らは疑念を通り越し、憤懣の色すら見せた。




 その表情の群に、大王は鷹揚に笑って見せた。
「我が軍は敵の三倍近く。しかも、戦力兵糧充分。堂々相対し撃破することが肝心」
 大王はすっかり自信を取り戻していた。それは、スキピオが戦場に出て来れないこと、来れたとしても、所詮、病み上がりの男に過ぎないということ。
 つまり、自信が高じ、当初の作戦であったペルガモン領内に進攻するという意欲や気分がすっかり失われていたのだ。
 だが、戦いにおいて、こういう気紛れは慎まねばならない。こういう弛みこそ、敵の付け入る隙となるのだから。




「陛下」
 たまりかねたように口を挟んだのはマニアケス。
「おう。マニアケス、何か意見があるか」
「ここマグネシアは要害とはいえサルディスにもほど近く、異変があらばリュディア全土に影響を及ぼします。今少し敵に接近した地点に戦場を求められてはいかがでしょう」
 彼女は、名目上大王の臣ハンニバルに仕える陪臣。しかも群臣の手前である。極力控えめに意見を具申した。
 要は、この地で敗北すると、サルディスも失うことになろう。サルディスはリュディアの主都。リュディア全土の支配権が失われれば、当然、エーゲ海沿岸のイオニア、カリアなどの支配権も瓦解する。そのことを危惧したのだ。




「エライア付近で戦えば、あわよくばスキピオを包囲することも出来ます。万が一敗北した場合にも、ここマグネシア付近で敵勢を支えることも出来ましょう」
 彼女は、あくまでも前進し敵の領分での決戦を主張した。
 そして、これは正論であったし諸将の願う所でもあった。
 しかし、大王の御気色は、みるみる険しいものとなった。




「マニアケス。余はメガス。アジアの覇者ぞ」
「はい。それは重々承知しておりまするが…」
「敵将の病中に乗じるなどあり得ぬ振るまい」
 相対するのが寛容の大将スキピオとあって、アンティオコスは急に名分に拘るようになっていた。あくまでもスキピオを迎え決戦する、そのことに熱中し出していた。




「ですが、敵の弱みを衝くのも戦いの常道。決して恥じる振る舞いでは…」
「もうよい」
 大王は遮った。
「余はここを戦場と定めた。絶対不敗の陣を敷く。異論は許さぬ」
 絶対君主の言葉は法そのもの。否やはあり得ない。
 マニアケス、思わず瞑目した。
(ああ…大王はスキピオの恐ろしさを理解していない)


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 度量比べ 
 その頃。アンティオコス大王の大軍はサルディスを進発し、西へ進んでいた。
「出来ることならば、エライアからペルガモン方面へ進んだ所を戦場に」
 ペルガモン王国領内に戦場を持っていきたかった。
 とはいえ、七万余の大軍勢。しかも諸国から狩り集めた兵である。また、戦車隊や象軍など重装備の隊も多いとあって、進軍は遅々としたものとなった。
 何よりも、互いに言葉も介さぬ多くの民族が密集しているのだ。大王の威光でまとめあげていたが、その意思疎通は困難を極めたことだろう。
 こうして、のろのろした歩みで、ようやくマグネシアに到達した。ここはサルディスから僅か60キロメートル進んだ地点に過ぎない。




 マグネシア(現トルコ領マニサ)は、シピュロス山麓のギリシア人都市である。ニオベが岩にされたとされるギリシア神話の舞台でもある。確かに、その山麓には奇岩が散らばっている。
 大王軍は大軍勢。城内に全て入り切らず、溢れた兵は城外に思い思いに布陣した。
「陛下、使者が戻って来ました」
「おう、すぐに通せ」
 大王は、スキピオの息子プブリウスの身柄を届けるべく使者を送っていた。身柄送還の名目であったが、決戦前の最後の交渉という意味もあった。




(決戦は避け難いであろうが…何と言うか。また、彼の様子も確認しておきたい)
 スキピオの体調不良という風聞も耳にしていた。
(あわよくば、和睦が成るやも知れぬ)
 大王は、和睦に未練を残していた。
 それほどにスキピオ率いるローマ軍を恐れを抱いていたのである。




 立ち戻った使者は例のヘラクレイデス。
「陛下、只今戻りました」
「挨拶など良い。どうであった、スキピオの容子は」
「は。病は癒えているらしゅうございましたが…。顔蒼白く、全快には程遠いと拝察いたしました」
「そうか。良くないのか」
 大王は喜色を浮かべ安堵の溜め息をついた。
 それは朗報に他ならない。最も恐るべき敵が陣頭で指揮を取れないのであるから。




「…して、彼は息子の身柄引き渡しについて何か申しておったか」
「はい。素直に大王に感謝申し上げる、と。この礼と申しては何だが、是非、正々堂々相対したいもの。ついては自分が出馬するまでお待ちありたい、と」
「なに。出陣できるまで待て、と申したか」
 さすがの大王も、この返事には驚いたようだ。
 病中であることを隠しもせずに面会し、自身の体調整うまで戦闘を見合わせろとは、なんという図々しい言い草であろう。それは、自身が采配をとりさえすれば、三倍近い兵力相手にも絶対勝てると踏んでいることに他ならなかった。
(なんとふてぶてしい…。いや、無類の自信家というべきか)


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 スキピオ、病を得る(続き)
「心配いたすな。必ず勝てる」
 兄は大きな笑みを浮かべた。
 そこには、勝利を確信した時の、煌めく眼差しがあった。
「敵は大軍とはいえ四方より掻き集めた寄せ集め。一点を破ることのみを思え」
「一点?」
「そうだ。一箇所が破れると、恐らく雪崩を打って潰乱する筈。それが寄せ集めの大軍の弱点だからだ」
 さすがスキピオ。正鵠を射ていた。
 寄せ集めの兵力は、優勢もしくは互角に戦っている間は勇敢に戦うが、敗勢になれば連帯心や忠誠心が乏しいため、どうしても我れ先に逃げ出してしまいがちとなるのだ。




「ドミティウス殿がそなたの良き助言者となろう」
 スキピオは言った。
 軍団長ドミティウス。紀元前192年の執政官で、フラミニヌスの推挙で今回取り立てた。平民出身の指揮官だ。
「ずっと観察して来たが、軍のことをよく心得ておられる。また自制も利く御仁」
 平民出身の指揮官について、最も心配すべきことは暴走である。叩き上げで執政官に登り詰めた男なのであるから、優秀なのは分かっている。あとは、己の功名に駆られ自制心を失わないか、強い心を保てるか、それだけだ。




「彼ならば、そなたの良き参謀となろう。彼を頼め」
(兄がこのように人を薦めるのは珍しいこと…)
 本来ならば、スキピオ兄弟の知友にして知勇兼備の将ラエリウスがここにあればと思うが、そのラエリウスはルキウスの同僚執政官として本国ローマの守備に回っている。
「分かりました。ドミティウス殿の意見を訊き、軍の采配をとることにしましょう」
「頼む。私は、なるべく敵の動きを鈍らせるよう工夫するゆえ」




 数日後。
 ルキウス・スキピオ率いる二万七千の軍勢は南下を再開した。
 海岸沿いを進み、いよいよリュディアの中心ヘルモス川流域へと進攻した。


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 スキピオ、病を得る
 一方、スキピオ兄弟率いる軍勢は、アジア渡航後ペルガモン領内を進軍。王都ペルガモン近郊でエウメネス二世の軍勢五千と合流し、カイコス川沿いを西に進み、港湾都市エライアに到達した。
 ところが、ここでなにゆえか進軍が止まった。




「兄上、大丈夫にございますか」
 執政官にして総司令官のルキウスは兄の幕舎でしきりに案じていた。
 そう。スキピオが病を得たのである。
 大陸の秋風に当たったものか、大層な熱を出して寝込んでしまった。
 今日のインフルエンザか何かも知れない。
「大分良くなった。だが、体がだるく、まるで自分のものではないかのようだ」
 スキピオは蒼白い顔に苦笑いを浮かべた。
(案外、体は弱いのかも知れんな…。こんなことで床に伏すことになるとは…)
 若い時は、新カルタゴ急襲、イリパの戦いと率先敵中に攻め入ったが…。
 やはり、青春の肉体にものを言わせた無茶であったのであろう。




「今は急がねばならぬ」
 スキピオは語気を強めた。
 既にアンティオコス大王自ら大軍を率いて出陣したと聞こえていたからだ。このエライア付近で迎撃となれば一大事だ。ここは王都ペルガモンに近く、エウメネスの軍勢が動揺しかねない。加えて、ペルガモンが落ちるようなことがあれば、アジア全体のローマに対する信頼が揺るぎかねない。
「そなたは先に進め。速やかにヘルモス河畔に到達せよ」
 ヘルモス河畔にマグネシア、サルディスというリュディア地方の主要都市がある。それに迫り、大王軍を守勢に立たせるべし、ということだ。




「は…」
 ルキウスは顔をこわばらせた。
 味方の軍勢は三万弱。対する大王軍は七万余。兵力差二倍以上。
 これまで兄スキピオの存在を頼み、味方の寡勢に何も恐怖を覚えなかったが、その兄が不在となると思うと、途端に兵力差に心細さを覚えたのだ。

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