新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第13章世界帝国の章

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 戦車隊(続き)
「戦車隊…はどうであろうか」
 大王の思いつきに、ハンニバルは大きく頷いた。
「…よろしゅうございますな」
 ローマ軍がこれまで遭遇した敵は、険難な地形に頼る敵が多かった。イタリア半島のサムニウム人、ギリシア人。イベリア半島のイルルゲテス族。ザマ決戦のように大平原が戦場というのはむしろ例外に属する。
 この平原において威力を発揮するのは、騎兵に象、そして戦車隊がある。
 東方遠征において、大王はこの戦車隊を活用したことがあった。東方は平原地帯の広がる地域も多い。ところで、ローマ軍は戦車隊と実は遭遇したことがない。建国当初、部族制の色合いの濃い時代に経験したのかもしれないが、もはやその記憶は失われていた。




「戦車にはさぞ面食らいましょう。ペルガモン、ロードスも戦車戦の経験はないでしょうから」
 ギリシア世界で戦車が用いられていたのはミケーネ時代(紀元前1200年前後)に遡る。だが、起伏の多いギリシアの地形に戦車は明らかに不向き。その後、ポリス=都市国家の時代となり、戦車は捨て去られ、重装歩兵の時代となった。だから、ギリシア人も戦車を知らないと言ってよかった。




「戦車隊はどうなっている…」
 大王は最も気掛かりな点を下問した。
「はっ、鎌付き戦車三百台を整えております」
 ゼウクシスが答えた。
 鎌付戦車とは、車軸に鎌を取り付け、車輪に合わせて回転し、接近する敵を切り裂く兵器だ。古代文明時代に主に用いられていたが、メソポタミア地方では現役であった。
 そのメソポタミアに展開していた戦車隊を急遽こちらに呼び寄せたものだ。
 文字通り、対ローマ戦に向け、帝国の総力を結集していた。
「ふむ」
 大王は満足そうに頷いた。
(象軍と戦車隊で敵の隊列を崩し、あとはこちらのファランクスで押しまくる)
 ファランクスとは、アレクサンドロス大王以来の主力で、六mもの長槍『サリッサ』を構えた重装歩兵部隊のこと。密集しハリネズミのようになって突進する。ヘレニズム諸国の主力部隊であり、彼らを押し出すのが伝統的な戦法であった。あのキュノスケファライの戦いでも、マケドニア王フィリッポスの主戦力を構成していた。




「ですが、陛下」
 アンティパトロスが心配そうに言った。
「もっと兵を集めた方がよくありませぬか」
 今ここに集結したのは総勢八万余。このサルディスを空にする訳にも行かないので、連れて行けるのは七万ほど。無論、これでも充分大軍なのだが、帝国の命運を賭ける一戦には物足りない気もする。




「それは大丈夫でしょう」
 そう言ったのはマニアケス。
「なぜじゃ、マニアケス殿」
「ローマ本軍は五万ほどですが、リュシマケイアに一万。さらに、ヘレスポントスにも一万。ペルガモン領内に入った兵力は三万弱と聞き及びます。エウメネスも、それほど大軍を引き連れて来ることは出来ますまい。背後のカッパドキアやポントスの勢力にも気を配らねばなりませぬゆえ」
「なるほど…七万でも充分という訳か」
「はい。恐らく我らの方が兵力では圧倒的優位に立つことが出来ることでしょう。また、あまりに兵が集まると、長期戦になった時の兵糧に困ることになりましょう」
 七万というのは、睨み合いを考え合理的な最大兵力である、そういうことであった。




 アンティオコス大王はすっくと立ち上がった。
「諸君!出陣だ!思い上がるローマに鉄槌を下し、真の強者はいずれなのか、思い知らせてやるのだ!」
「おおお!」
 諸将は雄叫びを上げた。
 そう。まだまだ帝国を支える人材はたくさんいる。兵力も武具も、兵糧物資も山のようにあるのだ。なんで俄に出て来たローマなどに負けようか、その気概が満ち満ちていた。


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 戦車隊 
 紀元前190年晩秋。
 サルディス市街はおろか城外に至るまで熱気に包まれていた。四方より集まった各地の将兵精鋭たちの人いきれでむせ返るほどであった。
 全て大王の命で集まった人々だ。ギリシア人傭兵、ペルシア兵、ガラティア兵、カッパドキア兵、さらには遠くアラビアからラクダ騎兵がやって来ていた。あたかも東地中海の民族の標本の体をなしていた。
 現代と違い衛生状態が格段に劣る古代の場合、体臭の民族差は明瞭であったろう。肉を多食するガラティア人(ガリア人)は体臭がきつかったに違いない。また、文明の進んだギリシア人とペルシア人との間も、入浴習慣の相違などから違ったことだろう。
 とにかく、人が集まれば、高貴な人々を除き、臭かったことは間違いない。
 



 その高貴な人々は、城市の天空アクロポリスにて日々軍議を執り行っていた。
「象軍は集まったか」
 大王は群臣に向かって下問していた。
 対ローマ戦で一対一で敵わぬことははっきりした。兵力において優位に立つこと、このことに腐心していた。
「はい。帝都アンティオケイアより急遽二十二頭を追加しております」
 王族のアンティパトロスが答えた。
「よし…」
 大王は満足げに頷いた。
(あと少しでハンニバルの要求する戦力を充たし得る。あとは…)




 大王は、かつて、相対する強敵ローマの特質を知るため、ハンニバルに教えを乞うたことがあった。
「ローマ軍は、組織力抜群、兵は勇猛。ですが、初物に弱いようです」
 ハンニバルはそう語った。
「かつて、我が国とシチリアを舞台に初めて矛を交えた折のこと」
 第一次ローマ・カルタゴ戦争(紀元前264年〜同241年)で、カルタゴ軍は陸上戦で当初優位に戦うことができた。
「それは我が軍に象部隊があったからにございます」
 ローマ軍もピュロス王との戦い(紀元前285年〜紀元前279年)で象軍に遭遇しており、決して初見ではなかったが、象軍との戦いにはまだ不慣れであった。そのため大いに苦戦した。




「ですが、今は、彼らも象軍のあしらい方を充分心得ております」
 ザマの決戦(紀元前202年)でスキピオは見事にハンニバル采配の象軍をあしらい、潰滅せしめたことを例に挙げた。
「そのため、象軍に代わる新たな戦力を御用意されることをお勧めいたします」
 ハンニバルは己の失敗を踏まえ、そう進言した。
「なるほど…ふーむ」
 大王は考え込んだが、あることを閃いた。


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 全てを掻き集めよ(続き)
「決戦か…」
 大王の顔色も暗然となった。
 もうローマ軍の強さは充分に思い知った。テルモピュライの戦い、キオス島沖の海戦、ミュオンネソス岬の海戦。全てに敗北したのだ。
 ローマが海陸共に地中海最強であるのは認めざるを得ない。
(勝てるのか、この相手に)
 危惧せざるを得ない。海上無敵と謳われたポリュクセニダスの艦隊も惨敗したのだ。今やエフェソス周辺の海域を維持するのに汲々としている有様。




「陛下。ローマのスキピオは寛容にございます」
 マニアケス、自分でも話の流れからおかしなことを言っていると感じた。現実スキピオは厳しい要求を突きつけている。なのに、その彼の人格に期待を寄せるかの如き口吻なのだから。だが、彼女は事実のままを語った。
「彼は降伏した敵を虐げることを極度に嫌います」
「ふーむ」
「仮に敗北したとしても、これ以上の要求を突きつけることはありますまい。それが彼をスキピオ足らしめている矜持だからにございます。ならば決戦の選択しかありませぬ」




「なるほど…」
 要は決戦を挑んでも挑まなくとも結果は同じ。仮に大王が勝利しても、スキピオはやはり同じ要求をしてくるであろう。それが強情なるローマの指導者なのだ。
(確かに、こちらが勝利してからの方が交渉がしやすくなるのは間違いなかろう…)
 大王は計算した。
 ペルガモンとロードスの関係が、実は必ずしも良くないこと、その他タウロス以西の諸国も一枚岩でないこと。ビテュニアとペルガモン両国は犬猿の間柄ですらある。
(さらにはギリシア本土にはアイトリア同盟が踏ん張っている。一度勝利すれば、形勢は大きく変わる可能性がある)




「掻き集めよ」
 大王は命じた。
「アジアの全ての戦力、否、東方からも間に合う全ての戦力を。そして、アジアの物資を目一杯、このサルディスに集めよ。そして、スキピオに決戦を挑むのだ」
 そう断じた時には、アジアを制覇した折の雄々しさが面に満々溢れていた。
 メソポタミアからペルシア、パルティア、バクトリアからインドに攻め込んだあの果敢な大王の姿がそこにあった。




「スキピオに息子を返してやれ」
 大王は命じた。
「その息子を通じてスキピオに伝えよ。こうなれば、いずれが世界の覇者か、正々堂々決戦し、証明しようではないか、とな」




 間もなく。
 スキピオの息子プブリウスを乗せた馬車が出立するのと入れ替わりに、諸国から続々兵が集まって来た。それは獰猛なガラティア人(アジアに移住したガリア人)、弓馬に優れたペルシア系の兵士たち。この一戦に一旗揚げようと目論むギリシアの傭兵たち、続々やって来た。
 まさに帝国の総力を挙げた戦力結集であった。


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 全てを掻き集めよ 
 ここサルディス。
 今、天空に聳えるこの城が、アンティオコス大王の本営であると同時に、帝国の首都であった。大臣の全てがここにあり、将軍の全てが結集し、宮廷がまるごと移動して来た観があった。




 ヘラクレイデスとマニアケスは打ち揃って山上のアクロポリスに参内し報告していた。
「そうか。スキピオの返事はそれか」
 大王は明らかに落胆していた。
 アジアを確保していれば、アレクサンドロス大王の権威を象徴するメガス(大王)の面目は保てる、そう踏んでいた。また、アジアさえ確保していれば、捲土重来を期すことも出来る。つまり、ギリシア再侵攻の芽も残すことができる。




 だが、スキピオの要求はタウロス以西の放棄。その実質はローマの属国化である。
(これを呑むわけにはいかぬ)
 世界の最高権威としてのメガスの威光が失墜するのは必至。そうなれば、諸王の王として君臨する東方支配にも多大な影響を及ぼすであろう。パルティアやバクトリア、インド諸国が自立を強めるのは疑いの余地もなかった。




「ハンニバルの意見を訊きたいの…」
 大王は思わず呟いた。
 大王の周囲には群臣が控えていたが、ハンニバルに匹敵する人材は皆無だ。
「それならば、既に聴き取っております」
「なんと」
「僭越ながら、帰途パンピュリアに飛び、意見を聞きこちらに戻って参りました」
「そうであったか。それは大儀であった」
 本来ならば順序が違うという咎めがありそうであったが、今はそんなことを言っている場合ではない。むしろ、大王は行き届いた気配りとして称揚した。
「して、ハンニバルは何と申していたか」
「はい…。ハンニバルが申しますには…」


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 決戦の勧め(続き)
「決戦しかない」
 熟慮の下、ハンニバルは吐き出すように言った。
「決戦…」
 マニアケスは唾を呑み込んだ。
 アジアの地で敗北すれば、タウロス山脈以西の諸国や諸都市は、雪崩を打ってローマ側に靡くであろうことは明白。アンティオコスのメガスとしての権威は必然崩壊する。




「大丈夫でしょうか…」
 マニアケスがこのように訊くのは珍しい。
 逆境をものともせず、奮闘に奮闘する、そして、道を切り拓く、それが彼女の本領であるからだ。その彼女が気圧されている。それだけスキピオの人格に圧倒されていたのだ。




 ハンニバルは苦笑した。
「敗北したとしても、それ以上の要求はあるまい」
「え?」
 マニアケスは目を点にした。
 彼女の心配する所は、決戦に敗れれば、帝国の存亡自体危うくなるのではないか、ということであった。タウロス以西を要求するスキピオが、勝利を収めれば、もはや要求の規矩が失われるのではないか。その恐怖だ。帝国の崩壊は、ハンニバル、マニアケス主従にとって、全ての希望が地上から失われることを意味していた。




「それがスキピオだ。ならば、まずは戦わねばならぬ」
 不思議な物言いをした。
「では、息子の身柄はどうすればよいでしょう?」
「返してやるが良い」
「え」
 再び意外な感に打たれた。
 交渉は決裂したのに、ハンニバルは身柄を返してやれという。
「教えてくれたのだ。我らが勝っても負けても、スキピオは同じ要求をする、と。ならば返してやらねばならぬ」
 要は、教授料ということだ。




「戦場はどこを選べばよいのでしょう」
 マニアケスはおずおずと訊いた。
 彼女には勝算がまるでなかった。
「ペルガモンに進まねばならぬであろう」
 ハンニバルは言った。
 要は、ローマの同盟国ペルガモン王国領内で、できることならば王都ペルガモン付近まで進むこと。それが間に合わぬとしても、せめて敵領内で戦えということだ。




「サルディスに迫られては、スキピオの思う様に采配をとられよう」
 この言葉ほど、ハンニバルの感情を表しているものはなかった。
 12年前、スキピオに首都カルタゴに迫られ決戦に突入した。ハンニバルは、持てる才能の全てをもって戦場戦法の工夫を凝らしたが、まるで運命の濁流に漂流するかの如き展開に終わった。
(自ら戦場を選び、自ら戦機を導かねば、決戦に勝つなど土台無理なのだ)




「陛下にお伝えせよ。今は和平の未練を断ち切り決戦しかない、と」
「ははっ!かしこまりました!」
 マニアケスは身を翻すと、飛ぶように駆け出した。


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