新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第13章世界帝国の章

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 母なる都市
 ここフリュギア地方の都市アパメイア(現ディナル)。
 ここは第二代国王アンティオコス一世により創建されたギリシア都市。母アパマ(セレウコス一世王妃)にちなんで建設された都市の一つだ。
 アンティオコス大王はこの都市に逃げ込んでいた。
 ここまで来ればローマ軍来襲の心配の必要はない。




(どうすべきか)
 安堵の息をついた途端、彼の苦慮の時が始まった。
 頭上のディアデマが、この時ほど重くのしかかって来たことはなかった。
(これがなければどれほど気楽か)
 一国の王というだけならば、何も気に病むことはない。彼の王国は、一国としては、まだ世界最大規模の領域を誇る。ローマとその同盟国の領分よりも広かったし、東方の漢帝国よりもその版図は大きかった。
 だが、彼が戴冠し象徴する地位は、世界最強の支配者たるメガス。一国の王というだけでは、そもそも戴くことのできぬもの。




 大王は、散々に悩んだ挙げ句、王妃エウボイアを連れ、気分転換することにした。城外に出て、この地方名物の湯に浸かることにしたのだ。
 四頭立ての馬車に同乗した王妃は、見る景色全てが珍しく、辺りを見回した。
「大王様とこのように遊山に出かけることができるなど嬉しゅうございます」
 無邪気に喜んだ。
 無理もない。彼女はカルキスの大商人の令嬢。そして、セレウコス王室に嫁いで来た。苦労知らずの女性。カルキスからアジアに渡った経験も、この厳しい世の中にあっては苦労のうちには入らぬであろう。




(他愛無いものだな…)
 大王は僅かに苦笑したが、いや、と彼女の髪を撫でてやった。
「そうだの。余もとても嬉しい。そなたと穏やかな日々をまた共に出来て」
 こういう気分こそ、新たな発想や着想に必要なのだと思い返した訳だ。




 大王は王妃と共に温泉につかった。いわゆる露天風呂である。
 現代トルコの温泉と言えばパムッカレがひときわ著名であるが、アナトリアには大小多くの温泉がある。セレウコス王家や重役の歴々は勿論、民衆の多くもその極楽に浸っていたに違いない。



「ふーっ」
 大王は大きく息をついた。
 湯を愛する人々ならば、その気持ちは分かるであろう。
 この二年続いた神経すり減らす交渉攻防、相次ぐ大戦。
 湯は、そんな人間の疲弊した体を優しく癒してくれる。



「陛下、御覧下さいませ。何と美しい山々でしょう」
 王妃がわくわくした声で語りかけた。
 狭いエウボイア島のカルキスの街しか知らぬ彼女、目にする自然全てに驚愕した。
「うん」
 大王は仰ぎ見た。
 そこは厳冬のフリュギア。
 連なる頂が神々しく白く光っている。



(ああ…この世界は何一つ変わっていない)
 だが、人間世界は昨日とまるで変わっていた。
 ヨーロッパから駆逐され、帝国創業の地の一つリュディアは敵の軍馬で満ち満ち、悠久の都サルディスも失った。これら拠点を失った以上、ギリシア世界制覇の大望は完全に打ち砕かれたといってよかった。


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 二人の述懐(さらに続き)
「マニアケスよ」
 スキピオはギリシア語に切り替えた。
「はい」
「もう…いいだろう。ここらで」
 スキピオは諭すように言った。
「…はい」
「この世界を平和の世にしようではないか」
「は…」
 マニアケスはうつむいた。




 亡きアルキメデスに責められている如く響いた。
 今回の戦いに、大王側の大義はなかったというしかない。アイトリア同盟という横暴不遜な勢力を頼みギリシア上陸を強行したこと自体、失策というほかない。
『徳なくば権力崩壊は必然。力だけで国を治めることはできない』
 老数学者は、かつてそう断じた。
 恐らく、このことは2000年を経た今日も正しいことといえよう。だが、徳のない政治家の何と多いことか。権益にしがみつく愚か者が人類社会を脅かし、力に頼る愚劣な独裁者が人々に恐怖を与えている現実。およそ信じ難い話だ。
 アンティオコス大王は、まさに力のみを頼む結果となった。敗北は必定。




「大王に伝えよ。このサルディスに使者を差し向けるように。明日の世を定めるために」
 スキピオは明快に言い渡した。
 マニアケスは抗弁する言葉を持たなかった。
 大王のため、ハンニバルのため、あれやこれやスキピオの非難に立ち向かうつもりでいたのに、昔話に花を咲かせ共感した今、抗う意欲の全てを奪われていた。
(恐ろしい人物だ…)
 もはや歯の立つ相手ではない。そういうことだ。




「ははーっ」
 彼女は、申し出を素直に畏むしかなかった。


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 二人の述懐(続き)
「あれは…マッシリアであったなあ」
 スキピオは敢えてラテン語で語りかけた。
 となると、理解出来るのはローマ軍の将官だけ。ここでは、スキピオ兄弟の他は、軍団長ドミティウスだけということになる。




「はい。閣下を抹殺するつもりでヘタイラ(娼婦)に扮し近づきました」
 マニアケスは、ほほと笑った。
 今から28年前の紀元前218年、スキピオは父スキピオ率いる遠征軍に従いマッシリア(現マルセイユ)に赴いたことがある。
「危なかった。そなたの美貌と踊りに夢中になっていたら、いきなり襲いかかって来たのであるからな。ラエリウスがいなかったら、仕留められていたことだろう」
 スキピオは首筋をぺんぺん叩いた。



 二人は、あたかも幼馴染みが再会したかのように、昔話に興じていく。
 居並ぶ諸将は唖然としていた。
 エウメネス王らギリシア人の将には会話の内容は分からない。だが、その語気で、二人の会話が親し気なものであることは察することが出来る。




「かえすがえすもアルキメデス先生を救えなかったのは悔やまれる」
 スキピオは、ずっと心の底にあったつかえを、ここで吐き出した。
 マニアケスは苦笑した。彼女こそシラクサ争奪戦の当事者の一人。
「先生は私がどうこう言う前にとうに覚悟を決めておられました」
「分かっている。あの時は分からなかったがな。今はよく分かる」
 アルキメデスは、ヒエロンの遺託に従い全智全霊を駆使してローマと戦い、国家の最後に己の最期を重ねた。それはいかなる名将をも凌ぐ潔い最期であった。



「良く生き良く死んだ。人間らしい生き様なのだと」
「まこと正々粛々、御立派な振る舞いでありました」
 二人は、しみじみと述懐した。


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 二人の述懐 
 翌日の日も高くなった頃。
 マニアケスは、ただ一人、ミルトを伴ってアクロポリスを下っていった。
 麓のサルディス市街に入ると、ローマ軍とそれに味方する周辺諸国の軍勢で埋め尽くされていた。ペルガモン王国、ロードスは勿論、アカイア同盟、カルタゴ、マケドニア、ビュティニア、エジプト、その他ギリシア人都市国家諸国の旗が所狭しと翻っている。
 そう。諸国はローマが勝利を掴んだと知り、競って集まって来たのであった。




「事は決したか…」
 マニアケスは思わず嘆息した。
 彼女が半生を賭け戦い続けたローマ国家。眼前の光景は、そのローマが地中海世界に覇権を打ち立てたことをまざまざ示していた。




「これからは平和の時代となるのです」
 対照的にミルトは穏やかな笑みを浮かべていた。
「平和か…我らは用済みになるぞ」
 マニアケスの苦笑に、ミルトはこくと頷いた。
「そうなりましょう。ですが、密偵など不要な世こそ安心して暮らせる世。ならば、私はその方が良うございます」
 それは、平凡な日常を求め、マニアケスの許から逃れた彼女の赤裸々な本音であった。
「そうか…そうだな」
 マニアケスは呟くように繰り返し、彼女を待つ人物のいる迎賓館に歩いていく。




 マニアケスは軍使として招き入れられた。
 左右に同盟諸国の司令官、上席には軍団長ドミティウス、ペルガモン王国エウメネス二世、アカイア同盟司令官ディオファネス。
 そして、中央に総司令官のルキウス・スキピオ、その隣にスキピオ・アフリカヌスが座っていた。




 マニアケスは深々と頭を下げた。
「シリア王国の将マニアケスにございます」
「よく来たな」
 スキピオはニヤと笑った。
 思えば不思議な因縁の二人。今やローマ最大の実力者となったスキピオ、他方、ハンニバルの片腕であり大王軍の将としてローマに刃向かい続けて来たマニアケス。本来、二人は宿敵、犬猿の間柄の筈であった。
 だが、二人の感情にそんな起伏は微塵も見られない。


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 渡りに船(さらに続き)
「ミルトよ。そなたの主は、そなたの話を聞け、とある」
 つまり、この手紙は、ミルトがスキピオの使者であることの証明書に過ぎない。その者の語る言葉が、自分の語る言葉として受け止めてもらって結構ということ。
 ミルトは頷くと、用意していた言葉を発し出した。
「是非ともスキピオ閣下の前においで下さいませ」
「降参人として…ということだな」
 マニアケス、噛んで含めるようにしていった。




「いえ」
 ミルトは即座に首を振った。
「軍使としてにございます」
「軍使とな?」
 怪訝な眉を浮かべたマニアケスであったが、すぐに得心した。
(そうか…さすがスキピオ)
 軍使ならば、戦場の掟として、身体の安全が保証される。つまり、対等な存在として語り合いたい、そういうことなのだ。
「そうでなければ、虚心坦懐、明日のことを語ることも出来まい、と仰せ」




(ふむ…支配者として臨む腹積もりではないようだ…)
 帝国存続はこの一事で確信出来た。だが、もう一つ確かめておかねばならない。
「大王に味方した人たちはどうなる」
 そのことだ。アンティオコス大王の陣営には、アイトリア人やエピロス人などのギリシア人、そして、ハンニバルなどの亡命者が多数身を投じている。
 その人たちが、全てローマの陣前で断罪されるとあらば、和平そのものが揺るごう。
「許される余地なしということならば、その人々は抗戦するしかあるまい」




 これに対してミルトは、
「無論処罰される人もおりましょう。が、希望をもってお話し合いに臨むべきかと」
 とだけ述べた。越権に繋がる断定的な見通しを慎重に避けながらも、そう言った。
「だからこそ、わたくしが参ったのでございます」
 語気を強めた。
 マニアケスは彼女の瞳をじっと見詰めた。ミルトのまっすぐな視線を返って来た。
 それは、言外に何かを期待してもよい、そう訴えかけるように。
 マニアケスは頷いた。
「…分かった。明日そちらの陣を訪れる旨、スキピオ殿に伝えよ」


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