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夢幻の如く(続き)
「そういうことならば、もう一働きしてもらいたいのだが…」
「マニアケス殿の許へ、ですね」
「そうだ」
スキピオは頷くと、書面を取り出した。
「これを彼女に渡してほしい」
どうやら、早くからマニアケスがアクロポリスに立て籠っていることを知り、周到に用意していたものらしい。セルギウスあたりの通報であろう。
「これを…」
「そして…」
スキピオはあることを囁いた。
ここサルディスのアクロポリス。
マニアケスは僅かな兵と、この天上の城に立て籠っていた。
ヘルモス川の悠久の光景を見詰めながら何かを待っていた。
(あとどれだけ時を稼げば、大王は逃げ果せるか…)
敗北後の逃避行は厄介極まる。落ち武者を狙う地元民が一斉に群がって来るから、それを避けるため右に左に道を取り、間道を抜けたりしなければならない。特に、獲物が大王やその重臣となれば、ローマやペルガモンの覚えめでたきことは疑いの余地はない。莫大な褒賞が期待出来るのだ。
この頃の小アジアの山中には凶暴なガラティア人など油断ならぬ部族が蟠踞していた。平時は大王の権威に平伏していた連中も豹変することが予想される。
(アパメイアまで逃げ果せれば…)
フリュギアの拠点アパメイアにまで辿り着ければ後詰めもある。タウロス山脈の向こうはシリア本国。さらなる援兵も期待できる。海上にはハンニバル艦隊も健在。
(再起は充分可能だ)
彼女がここで体を張るのは、ひとえにその希望からだ。
この帝国が瓦解すれば、ハンニバル・マニアケス主従の安住の地は失われるのだ。
(この三十年、まるで夢幻であったかのよう)
彼女は、イベリア南部の一部族オリッセス族の王の娘であった。少女の時間を何不自由なく暮らしていたが、部族がイベリア総督の攻撃で滅ぼされ、流浪が始まった。
総督府に近衛兵となって紛れ込み、愛する総督ハシュドゥルバルを暗殺し遂げた。が、死の間際に許された彼女は狂喜と絶望のままイルルゲテス族支配地に逃げ込んだ。
そして、ハンニバル北上に際し、格別に従軍を許された。
それからは、まさにハンニバルと生死を共にしてきた。アルプス越え、カンネーの戦い、シチリア争奪戦。一時、ジスコーネ付きの指揮官として離れたが、ザマ決戦、ハンニバルのカルタゴ本国帰還、アンティオコス宮廷への亡命、全て運命を共にして来た。
全身全霊の智勇を振り絞って来たが、今や最後の拠り所となった大王の勢力もローマ軍を前に敗北を喫してしまった。
(このまま終戦となれば…)
そのことも考える。
いや、大王は戦意を喪失しているから、そうなる可能性が高い。
(帝国は残ろう。だが、我らはどうなることか…)
このまま和平となれば、ローマ側がハンニバル主従の引き渡しを要求するのは確実であった。第二次ローマ・カルタゴ戦争終結の際には格別の寛容で許されたが…。
(もう許されまい。戦乱の芽を摘まねばならぬとなる筈だ)
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