新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第13章世界帝国の章

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 二人の指揮官の逡巡 
 一方、こちらマグネシアのアンティオコス大王の本営。
「そうか…スキピオはまだやって来ぬか」
 大王は明らかに苛立っていた。
(まだ来ぬのか。こちらは正々堂々の対決を万端整えておるというのに)
 不思議な人間心理である。
 来襲を恐れ、リュシマケイアを放棄してしまうほど動転した相手なのに。国家の歳入と引き換えに和議を申し入れたほどの相手であるのに。
 それが、今は、そのスキピオ相手に勝つ気満々でいるのだ。




(今なら勝てる)
 大王は確信していた。
 兵力は敵の三倍弱。強力な戦車隊に、選りすぐりの騎兵隊、さらには戦意抜群の象軍。そして、主力のファランクス隊。
(スキピオを破り、全てを取り戻す)
 確かに、スキピオ相手に圧勝すれば、光景は一変するであろう。ペルガモンやロードスなど物の数ではない。アカイア同盟などのギリシア諸国もすぐさま頭を垂れて来よう。マケドニア王フィリッポス五世も大王の足元にひれ伏すしかなくなろう。




 そういう思惑だから、
「陛下、機先を制して攻め寄せてはいかがでしょう」
 王子セレウコスや、アンティパトロスやゼウクシスら重臣の再三の勧めにも、頑として首を縦に振らなかった。
「スキピオを待つのだ」
 大王は頑に言い張った。
 彼が囚われているもう一つの理由が、その敵将スキピオが、
「自分が行くまで待て」
 と要求していることにあろう。敵将が正々堂々の対決を望んでいるのに、メガス(大王)たる自分が、姑息な手法で戦いを挑んで勝利を掴んでも名誉にならない、そんな思い込みなのである。




「それならば」
 マニアケスがたまりかねたように提案した。
「このまま陣内にあるだけでは兵が倦み疲れてしまいますから…」
 無為に過ごせば、遠方より駆けつけた勇者も懦者に堕する、と説いた。
「敵の動きに関わらず、押し出してはいかがでしょう。敵がいつ攻め寄せて来ても良いように、川岸に陣取るのでございます。そして、戦いがないとなれば引き揚げる。それならば、演習を兼ねることにもなりますし、諸国の軍勢との呼吸を合わせることにも役立ちましょう」
 朝に川岸に押し出し、夕にマグネシア城に引き揚げよとの進言である。
 これならば、スキピオを待つ、という大王の意向にも沿うことになる。




「…なるほど。それは良い意見だ」
 諸将は頷き合った。
 マグネシア市内は諸国の兵でごった返しており、言語民族風俗の異なる兵の間で、いさかいも頻発していた。このままでは軍内の秩序を保てなくなろう。
 滞陣の鬱積を打開する方途が緊急に必要であった。
「うむ…そういうことならば」
 アンティオコス大王もようやく裁可した。


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 ドミティウスとエウメネス(さらに続き)
 現れたのは眉目秀麗のエウメネス。
「夜分、失礼いたす」
「いえいえ。いかがなされましたか」
 ドミティウスは丁寧に席を勧めた。相手は同盟国の君主である。
「恐らく、貴殿も同じことを悩んでおられるのではないかと思いましてな」
 エウメネスは微笑を浮かべた。
 スキピオから託されたドミティウスと知っての来訪に違いなかった。




「同じこと?」
「戦車ですよ」
「あ…」
「わたくしも悩んでおりましてな」
 エウメネスにも一翼の指揮を担ってもらうことになっていた。それ即ち、戦車隊の一撃を蒙る可能性があるということ。
「我が兵も、随分大王の軍とは矛を交えて来ており、鍛えられている筈なのですが…。あの鎌付き戦車には怯えを見せておりましてな」
 王は苦笑した。
 ペルガモン人も戦車隊との遭遇はこれが初めて。ずらりと並んだ戦車のまがまがしい鎌の刃の光に、畏怖を覚えるのは人間本能としてやむを得ないであろう。




「ですが、一つ弱点を見出しました」
「ほう、何ですかな」
 ドミティウスは身を乗り出した。
「戦車は馬二頭立てとなっています」
「…確かに。それがまた悩ましい所」
 構造上、一頭に傷を負わせても、もう一頭が無事ならば戦車は止まらない。
 といって、乗員全てを仕留めても鎌付き戦車が突っ込んで来ることには変わりはない。それだけでも、緒戦にローマ・ペルガモン連合軍の隊列を乱すという大王の意図は達せられることになる。




「いや、そうではありませぬ」
 エウメネスは言った。
「え」
「一頭を傷つけさえすれば、恐らくもう一頭は恐慌に陥りましょう」
 エウメネスは、そこは動物、象などと同じように動転するに違いないと言った。
 即ち、機械仕掛けではなく動物であるからには恐怖や怯えが働くということだ。




「なるほど…確かに」
 ドミティウス、戦車隊を退け難しと思い込み、よく見ていなかったことに気付いた。
「即ち、我らは乗員ではなく馬一頭を狙えば良い、ということか…」
「左様」
 二人は、それからも夜更けまであれこれと談合した。
 その最後は、大いに笑みを漏らすようになっていた。


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 ドミティウスとエウメネス(続き)
「どうすれば大王の大軍を破ることができるでしょう」
 軍団長ドミティウスは、これまでガリア人との戦いなどで戦功を上げて来たが、これほどの大軍相手に采配しことは一度もない。
「一点を破ることを思い給え」
「一点を…」
「敵は寄せ集め。互いに言葉も解さぬ。一点を打ち砕けば、そこから全体が破綻していくであろう」
「なるほど…」
 ドミティウスは唸り声を上げた。
 スキピオは敵の陣容を見てもないのに、核心を洞察したからだ。
 この時から、ドミティウスの頭脳は、どの箇所を撃破するか、そのことばかりで占められるようになっていた。




 ミルトのもたらした情報に基づいて、ドミティウス、地図上に駒を並べていく。
「ふーむ。両翼は騎兵隊」
 大王軍の騎兵は、アゲーマと呼ばれる帝国の精鋭中の精鋭。それが六千。
(これを破るのは容易ではあるまい…)
「中央はファランクス(歩兵隊)か」
 調べた所によると、歩兵の総数は一万六千。それを1600人の隊に分けて左右に十個に並べ、しかも、五十人が三十二列という分厚い隊列をとるらしい。
(これは凄まじいことだ。この隊列を突破するのは難事ぞ)




「その両隣に、象軍二十二頭」
 インド象である。ローマ軍の連れて来たアフリカ象と比べ遥かに巨体。
(我が軍の象は使い物にならぬであろう。後方に置かねばならん)
 象は、勝ち気の間はいいが、一旦臆病風に吹かれると、象使いの言うことも聞かなくなる。味方の隊列に逃げ込み、見境無く暴れ、味方を大混乱に陥れる。




 こう見てみると、自軍の劣勢ばかりが目につくではないか。
(どこを突破すればよいのだ…)
 ドミティウスは目を血走らせた。
 いつ戦闘突入となるか分からないのに、指揮官が明確な戦術を立てられずにいる。焦らずにはおれない。




 と、その時、ミルトが入って来た。
「レガトゥス(軍団長)閣下」
「お、どうなされたミルト殿」
 口調が丁寧なのは、ミルトが現執政官ラエリウスの奥方であり、何よりもスキピオ兄弟の信頼する配下であるからだ。
「エウメネス王がお越しになられました」
「なに、エウメネス殿が」
 執政官の許ではなく、その配下である自分の幕舎に直々訪れたことが意外であった。


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 ドミティウスとエウメネス
 紀元前190年12月。
 本来ならば冬営に入り休戦となる季節。だが、ヘルモス川南北両岸に十万近い大軍が集結している。決戦を経ずに年を越すことは考えにくい情勢となっていた。
 もっとも、両軍ともヘルモス川を挟み気勢を上げるばかりで、いっかな戦闘に入ろうとしなかった。




 軍団長グナエウス・ドミティウス・アヘノバルブスは、ずっと思案していた。
 家名の由来である赤茶けた髭(アヘノバルブス)を、しきりに撫でていた。先祖の誰かがそれを家名とし、子孫に赤髭と共に継承させて来た訳だ。
「これが敵の戦車か…」
 ミルトが敵陣に密かに接近し、戦車の有り様をスケッチして来てくれていた。
「二頭の馬が台車を引き、二人の兵が乗り、車軸に鎌が付いている。ふーむ。迂闊に近づくことは出来んな」
 といって、飛び道具で迎え撃つのも考えものであった。戦車に乗っているのは、弓兵と投槍兵の上手たち。徒歩で接近すれば格好の標的になるであろうし、撃ち合いの間に、味方の弓兵や投石兵の隊列が蹴散らされてしまうであろう。
 つまり、平原において、戦車は無敵に近い存在であった。




 ドミティウスはスキピオの言葉を思い出していた。
「相手は遥かに大軍。されど、それこそが敵の弱点」
 いかなる敵にも動じたことのない、破天荒の将軍はそう言った。
 ドミティウスにとって、眼前の人物はずっと憧憬の対象であった。
(この人物の高みに近づきたい)
 執政官を経て、フラミニヌスの推挙もあり、ようやく念願叶い、今回スキピオの遠征に従軍することが出来た。
 だが、ドミティウスは、これまでの軍議では意見らしい意見を述べたことすらなかった。いずれの局面でも、スキピオの器量に圧倒されたからだ。




 それなのに、この人物は、自分を執政官ルキウスの参謀に付けるという。
「それがしが?そんな大任が務まりましょうや?」
「そなたの兵卒に対する指揮ぶりを見て、充分頼みになると見て取った」
 病み上がりの英雄はそう言って笑った。
(恐ろしい人物だ)
 恐らく、この人物は、こうやって人を虜にし、優秀な配下に仕立てていくのであろう。
 事実、この頃本国ローマでのスキピオは、貴顕平民問わぬ人気ぶりで、まさにスーパースターであった。それは、まさにこういう人望の積み重ねの結果であった。


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 初物(続き)
「なに、戦車とな」
 諸将は顔を見合わせた。
 戦車戦は、ギリシア・ローマ世界では長らくお目にかかっていなかった。ギリシアではミケーネ時代(紀元前1200年前後)に王たちによって戦車戦が繰り広げられていたらしい。同時代のエジプト王国やヒッタイト帝国を真似たものであろう。
 が、起伏の多いギリシアの地形に戦車戦は不向き。横転や脱輪が頻発したに違いない。次第に廃れ、歩兵戦さらには集団激突戦が主流となっていった。
 ローマに至っては、戦車戦の記録すら残っていない。建国の草創期にラテンの平原で戦車戦があったのやも知れぬが、ローマ人の記憶からは完全に消え失せていた。
「いずれも二頭立ての鎌付戦車にございます。歩兵の陣所の前面に置かれてますから、歩兵隊の前面に配置されるのでしょう」




「戦車か…」
 執政官ルキウスは困惑の色を見せた。
 この頃、ローマ軍は象の扱いにようやく慣れたばかり。今回の遠征にも象軍を連れて来ていた。が、戦車に遭遇したことは一度もなかった。
(どうやってあしらえばよい…)
 ピュロス王との戦い、第一次対カルタゴ戦争で、緒戦に象軍に痛い目に遭った記憶が甦る。ローマ軍は初物には弱いのだ。




(だが、今回の戦いで敗北すれば…)
 かつての敗戦では、その後の勝利で巻き返すことが出来た。が、今回、敗北すれば、アジアから追われるばかりか、ペルガモンなどアジア諸国が大王の軍門に降る虞があった。そればかりか、ギリシア本土で抵抗するアイトリア同盟が息を吹き返す可能性もあった。つまり、これまでの連戦連勝が台無しになる恐れもなきにしもあらずであったのだ。
(ここで大敗するわけにはいかぬぞ)
 執政官の額に脂汗が浮かんで来た。
 実直な性格ゆえ、悩み出すと、見通しを得るまで落ち着きが得られないのだ。




「コンスル閣下」
 声をかけたのは軍団長ドミティウス。
「戦車については、工夫を考えましょう。良策を見つけるまで、川を盾に守備を固めておこうではありませぬか」
 至極穏当な意見に、ルキウスはほっとしたように頷いた。
「そういたそう。しばらく陣を固め、対応を練ることとしよう」
 数日後には、ローマ軍の強固な陣営がヘルモス川北岸に姿を現した。
 だが、一歩も動くことではなかった。
 やがて季節は真冬となった。びゅうびゅう北風が吹き出した。


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