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ハンニバルその後−野原に散る(さらにさらにさらに続き)
(情けない…)
ハンニバルは心底そう思った。かけるべき言葉もなく、その至上の人がこの世を去ろうとしているのに。
「ハンニバル様…おさらばです…」
抱きしめる彼女の体から力が抜けていく。
「マニアケス!」
ハンニバルの呼び掛けに、彼女はもう応えなかった。
イベリア部族の王女と生まれ、母なる部族を滅ぼしたハシュドゥルバル暗殺するため近づき、そして彼を愛し、彼を殺害し、彼に許され、無情の愛を得たマニアケス。ハンニバルと共に波乱に満ちた生涯を送った彼女が、ここに生命を閉じた。
「ハンニバル殿。もうよかろう。潔く縛につかれよ」
プルシアス王子は興奮を押さえ切れなかった。
(もう邪魔者はおらぬ)
最強の密偵マニアケスを呆気なく仕留めることに成功したのだ。
(この私が、大スキピオですら捕虜とすることが出来なかったハンニバルを捕える)
彼は、フラミニヌスと共にローマ元老院の議場で、自身がローマ人の喝采称賛に与る栄光を、早くも脳裏に描いていた。
「ふふふ」
ハンニバルはふらりと立ち上がった。
そして、歴史に残る言葉を口にした。
「もうローマの悩みの種であることはやめてやろう」
そういうや、マニアケスの胸に突き立っていた矢を引き抜き、自身の胸に突き立てた。
「あっ!」
一瞬のことで制止する間もない。
ハンニバルの体は野花の中に崩れ落ちた。
「しまった」
プルシアスが駆け寄った時には、ハンニバルは早くも土気色となっていた。刺し傷もさることながら、猛毒があっという間に体内を駆け巡ったものに相違なかった。
ハンニバル、顔半分でプルシアス王子に言い放った。
「フラミニヌスに告げよ。大スキピオの捕虜となることも拒んだハンニバルは、そなた如きの捕虜とはならぬ、と。欲しければ、死んだ後、首でも何でも持っていけ、とな」
そして、ハンニバルはマニアケスの手を掴んだ。
「共に参ろうぞ。義兄ハシュドゥルバルの許へ。我が父ハミルカル、弟たちの許へ。そして…父と義兄君に頼もうよ。そなたと添え遂げられるように」
空の彼方を見詰めた。
「父や義兄は許してくれるかなあ…」
ハンニバルは微笑むと、がくとうなだれた。
紀元前183年。少年の時に打倒ローマの志を抱き、イベリアを制覇し、アルプスを越えてイタリアに攻め込み、ローマを滅亡の淵に追い込んだ男。アジアに移ってからも大ローマに果敢に戦いを挑み続けた男。そのハンニバルが死んだ。享年六十四歳であった。
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