新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

終章(二部)

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 スキピオその後−夢
 ラエリウスがローマに帰ったその夜。
 スキピオは夢を見た。




 薄もやがかかっていたが、そこは見覚えのある懐かしい風景。
 東西に山並みが連なり集落が点在する。
「ここは…ラケダイモン(スパルタ)か」
 向こうからやって来るのは…。
「プブリウス」
 その人は、少年の頃のように我を呼んだ。
「あなたは…」
 スキピオは瞳を大きくした。それはあの雄々しい王クレオメネス。
 いつの間にか眼前にスパルタを流れるエウロータスの川があった。
 二人は、あの時のように川の土手に腰掛けた。




「どうだ。そなた、己の本分を果たしたか」
 王は、にやりとして聞いてきた。
「いえ」
 スキピオは苦笑した。
「少年の頃、抱いた大志はとてつもなく大きいものでした。もっともっと大きな事をし遂げるつもりでしたが…。振り返ると、我が事は、こんな小さな事であったか、と」
「ふふふ」
 クレオメネスは笑った。
「それならば良かった」
「え…?」
「そなたが、己の成したことに思い上がっているのではないか案じておったのだ」




「いや…そのような」
 スキピオはここでも苦い笑みを浮かべた。
 そして、空を見上げて言った。
「人は、わたくしをアフリカヌスと呼び讃えてくれます。ヒスパニアとアフリカを平定した誉ある者として。ですが、そんな事績は千年の未来には跡形なく消えていることでしょう。プラトン先生やアルキメデス先生の真実には、到底歯が立ちますまい。彼らの事績は二千年の未来にも伝わっているでしょうから」




 その言葉にクレオメネスは満足げに頷くと立ち上がった。
「よくぞ申した。それでこそ我が婿よ」
 クレオメネスは幾度も頷きながら立ち去っていった。
「あ、いずこへ」
「はは。全ての人が赴く所だ。そなたもいずれ来ることになる。その時にまた会おう」
 クレオメネスの声が谺した。


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 スキピオその後−リテルノ(さらに続き)
「やはり、コルネリアの花嫁姿は見られそうにないな…」
 スキピオは寂しそうに微笑んだ。
 今養生に努めていたのは、それを望んでいたからだ。




「何を仰せか」
 ラエリウスは気色ばんだ。
「東方のマケドニアの動きはなおも警戒を要するもの。シリアとて油断なりませぬ」
 この頃、フィリッポスの暴政いよいよ激しく、マロネイア虐殺事件で緊張していた。また、シリアもアンティオコス三世死後、次男のセレウコス四世が王位継承していたが、密かに艦隊建造を進めるなど、和約の一部を骨抜きにしつつあるという。




「はは…」
 スキピオは力なく笑った。
「心配要らぬよ。いざとなれば、そなたもまだ働けよう。またグラックス殿あり、また我が義弟ルキウス・パウルスあり」
 スキピオは、グラックスと共に妻の弟パウルスを高く買っていた。
「暴君フィリッポスやセレウコス王如きならば、彼らで充分対処出来ようて」
 事実、パウルスは、後年、対マケドニアで大活躍することになる。





「時代は我らの手を離れつつある。それを認めねばならぬ」
 スキピオは窓の外を見た。
 歴史を知るが故に、人が歴史に果たしうる時間も心得ていた。十年でも歴史に何かしら貢献し得たのならば、大活躍と評することができよう。スキピオは二十過ぎから四十過ぎまでの二十年間、縦横無尽に活躍し続けたのだ。満足すべきものであろう。


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 スキピオその後−リテルノ(続き)
 数日後。ローマから親友のラエリウスがやって来た。
 奴隷上がりの平民士官に過ぎなかった若者は、今やコンスル経験者(紀元前191年)としてローマ政界に重きをなす存在であった。とはいえ、昨今のカトー一派優勢の政治状況に、彼も半ば等閑に付されていたが。




「お加減はいかがです」
「あまりよくない。そなたは相変わらず壮健そうでなにより。羨ましいぞ」
 確かに、ラエリウス、五十歳を越えた今も筋骨隆々、とても若々しかった。
 彼はとても長命し、これから数十年後に歴史家ポリュビオスの取材を受けている。スキピオに関わる逸話は彼が証言したものらしい。親友の彼ならば、公私の大概のことを把握していよう。
 なのに、ポリュビオスの記述ではルキウスが兄、スキピオが弟になってしまっている。これは後世の写本の誤植であろうか。父の名がプブリウスなのであるから、その名を継承したスキピオが長子であることは明らかというのに。




「弟は大丈夫か」
 スキピオはそのことをまず訊ねた。
 兄の彼がローマを去った後、弟ルキウスへの訴追の動きがあると伝えられたからだ。
「はい。コンスルの権限を逸脱したものとの批判を強めているとか」
「むむう」
 スキピオは顔を歪めた。
 昨今のローマ政界の急変が心外でならなかった。
(法を杓子定規に解し、もって慣例を攻撃する。悪辣なやり方よ)




「ですが、グラックス殿が懸命に取りなし、何とか事なきを得ていると」
 グラックスは、スキピオ弾劾中止を発議して以降カトー派と袂を分かち、政治的には中立を保ち、スキピオ兄弟に対する逆流を何とか阻止していた。
「そうか…彼がいれば」
 スキピオはほっと息をついた。
 彼が次女コルネリアを託した男。その誠実に間違いはなかったようだ。


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 スキピオその後−リテルノ
 紀元前183年初秋。ここカンパニアの小都市リテルノ。
 その郊外の一角に広壮な邸宅があった。



「ごほ、ごほ」
 一人の男が背を曲げ咳き込んでいた。
「あなた、水をお飲みになって」
 男は妻の持って来た水差しを口に含むと、ごくごくと飲んでいく。
「ふーっ。少し落ち着いた」
 男はスキピオ・アフリカヌス。この時、五十三歳。
 ここはスキピオ家の別荘。首都ローマでスキピオに対する弾劾の動きがなお窺われたため、一部の口さがない民衆はその矛先を回避するためと噂した。
 だが、彼の健康は、真実、政治的圧迫にすら耐えられない状態になりつつあった。




「余も人間に過ぎぬということだな」
 スキピオは苦笑した。
 幼少から青年に至る頃には、まるで世界が無限に手招きしているような感覚に囚われたこともある。何でも出来る、永遠に活躍出来る、そんな錯覚に陥ったこともある。



(だが、それは違うのだ)
 人が人であることを忘れ己を神と勘違いする者は、古来多くいた。それが古代オリエントの絶対君主たち、そしてギリシア都市の独裁者たち。アレクサンドロス大王もその一人に数えられよう。あいにく彼も、三十過ぎで熱にうなされ死んでしまったが。
 中国統一に得意となった秦の王嬴政(えいせい)も甚だしい勘違いをしていたようだが、その彼も若くして死んでしまった。不老長寿の妙薬として水銀を服用していたらしいから、死因は水銀中毒かも知れぬ。『始皇帝』を称し、果ては『真人』と自惚れた彼も、その程度の知見しか持ち合わせていなかったということだ。
 人間であるから不摂生を重ねれば病魔に冒されるし、毒性のものを服すれば速やかに死に至る。生物共通の必然。


「そうですわ。あなたは、若い折、妙に神がかっていましたけど、やはり地上にある人間の一人でございますわ」
 アエミリアは笑った。
 この妻は、常に夫に直言して来た。
「うむ。病というものは、そのことをしみじみ悟らせてくれる。まこと厳しい教師だ」



 だが、このスキピオは終生思い上がることはなかったといえよう。
 この人物は独裁権力を思うことはなかった。後世のローマの英雄たちの常套手段となった独裁官(ディクタトル)に就任することも思わなかった。望めば、東方で王国を築くことも出来たであろう。だが、帝王へ登ることを夢想だにしなかった。
 スキピオは、ローマ第一の市民、そのことに満足した。この無欲・自制こそ、彼が、世界史の主人公として活躍出来た所以であろうと思う。


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 ハンニバルその後−野原に散る(さらにさらにさらに続き)
(情けない…)
 ハンニバルは心底そう思った。かけるべき言葉もなく、その至上の人がこの世を去ろうとしているのに。
「ハンニバル様…おさらばです…」
 抱きしめる彼女の体から力が抜けていく。
「マニアケス!」
 ハンニバルの呼び掛けに、彼女はもう応えなかった。
 イベリア部族の王女と生まれ、母なる部族を滅ぼしたハシュドゥルバル暗殺するため近づき、そして彼を愛し、彼を殺害し、彼に許され、無情の愛を得たマニアケス。ハンニバルと共に波乱に満ちた生涯を送った彼女が、ここに生命を閉じた。




「ハンニバル殿。もうよかろう。潔く縛につかれよ」
 プルシアス王子は興奮を押さえ切れなかった。
(もう邪魔者はおらぬ)
 最強の密偵マニアケスを呆気なく仕留めることに成功したのだ。
(この私が、大スキピオですら捕虜とすることが出来なかったハンニバルを捕える)
 彼は、フラミニヌスと共にローマ元老院の議場で、自身がローマ人の喝采称賛に与る栄光を、早くも脳裏に描いていた。




「ふふふ」
 ハンニバルはふらりと立ち上がった。
 そして、歴史に残る言葉を口にした。
「もうローマの悩みの種であることはやめてやろう」
 そういうや、マニアケスの胸に突き立っていた矢を引き抜き、自身の胸に突き立てた。
「あっ!」
 一瞬のことで制止する間もない。
 ハンニバルの体は野花の中に崩れ落ちた。
「しまった」
 プルシアスが駆け寄った時には、ハンニバルは早くも土気色となっていた。刺し傷もさることながら、猛毒があっという間に体内を駆け巡ったものに相違なかった。




 ハンニバル、顔半分でプルシアス王子に言い放った。
「フラミニヌスに告げよ。大スキピオの捕虜となることも拒んだハンニバルは、そなた如きの捕虜とはならぬ、と。欲しければ、死んだ後、首でも何でも持っていけ、とな」
 そして、ハンニバルはマニアケスの手を掴んだ。
「共に参ろうぞ。義兄ハシュドゥルバルの許へ。我が父ハミルカル、弟たちの許へ。そして…父と義兄君に頼もうよ。そなたと添え遂げられるように」
 空の彼方を見詰めた。
「父や義兄は許してくれるかなあ…」
 ハンニバルは微笑むと、がくとうなだれた。




 紀元前183年。少年の時に打倒ローマの志を抱き、イベリアを制覇し、アルプスを越えてイタリアに攻め込み、ローマを滅亡の淵に追い込んだ男。アジアに移ってからも大ローマに果敢に戦いを挑み続けた男。そのハンニバルが死んだ。享年六十四歳であった。

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