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↑スキピオ・アフリカヌス(大スキピオ)晩年の姿とされる彫像です。
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非難から喝采へ(続き)
コミティアの当日。
ローマ市街は異様な空気に包まれた。
「聞いたか。今日の集会でスキピオ殿が弾劾されるとか」
「やむを得まい。500タラントンの横領容疑だからな」
「いや、シリアのアンティオコスと裏取引があったとか」
情報媒体の乏しい時代のこと。いったん噂が流れると、それには幾つも尾ひれがくっついていく。こういう情報操作も、政敵追い落としの工作に利用されたことであろう。
そして、ローマ史上最高の英雄と讃えられたスキピオが政治的弾劾に遭う、そのこと自体またとない見物と考える天の邪鬼も少なくない。それも人間心理の一つの自然。
コミティアの集会場となった城外のマルスの野は市民で埋め尽くされた。
集会の冒頭から議場は怒号に包まれた。
護民官の告発から始まった。その護民官はグラックスではなかった。
元老院で気後れしたグラックスを見て、カトーが人選を変更したものであろう。
その護民官の語気は初めから荒々しいものであった。
「プブリウス・スキピオは」
敬称の『アフリカヌス』を敢えて省いたことからも、この会議におけるスキピオの立ち位置が、あたかも被告人の如きものであったことが分かる。
「あろうことか、国庫に納められるべき500タラントンもの巨額な金員を私し、国家と市民に対する義務に背いた」
「病と称してエライアに留まり前線での指揮を怠った」
「アンティオコスと裏取引し、息子の身柄を無償で受け戻した」
「逃げる大王を追うこともなかった」
物事がエスカレートするときは、黒いものばかりか、灰色も黒へ、さらにはどこからか強引に引っ張って来て黒に塗り潰す。こういうことを人間は時折やらかしてしまう。正邪の区別を明確にしたい、邪悪を糾弾したい、そして、名声を得たい、そんな人間の本能的欲求であろうか。
冤罪や誤報やらは、こういう所に原因が潜むのではなかろうか。
人々の視線はスキピオその人に注がれた。
その風貌からは、かつての英気溌剌は全て削ぎ落とされていた。長い療養を経てやせ細り、華々しく活躍した面影は、もう微塵も感じられない。
そのスキピオは、入り替わり立ち代わり現れる護民官たちの告発に、ずっと無言のままであった。まるで枯れ木が風に揺らぐかのように飄々としていた。
「スキピオ殿、いかに」
監察官カトーは、いつもの恐らしい顔つきで問い詰めた。
内心喝采を叫んでいた。
(勝った…ついに、あのスキピオに余は勝利を収めたのだ)
これまで幾人もの政敵を葬り去って来た彼であったが、眼前のスキピオほど巨大な敵はなかった。若き頃、政略では全く歯が立たず、幾度も煮え湯を飲まされて来た。
(余に並び立つ者は、もはやこのローマにはいない)
だが、彼が心中で凱歌を上げた時、スキピオ最後の反撃が始まった。
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