新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

終章(二部)

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 非難から喝采へ
 紀元前184年。ローマ政治の風向きは大きく変わりつつあった。
 監察官(ケンソル)のマルクス・フォルキウス・カトーの保守派が台頭し、あたかも政権与党の如き勢力を見せていた。
 かつて絶対的勢力を誇ったスキピオ、フラミニヌス連合の党派は、ローマ市民の中核を成す農民たちを見舞った経済的苦境に、急速に支持を失いつつあった。




「なんでこのような」
 上流紳士たちは戸惑ったろうが、そういうものだ。
 国民生活の基盤である経済が揺らげば、政治の潮流にも不可避的に激変を及ぼす。
 武家政権を切り拓いた平清盛も、一時の繁栄後、後白河院の謀略、藤原貴族の反抗を招き、源氏との大規模な抗争の末、彼の死後平家一門は滅亡した。政権後半、日本全土を覆った飢饉の影響大きく、民衆の支持が失われたのが致命的であった。
 第二次大戦を戦い抜き人気の高かった英国首相チャーチルも、終戦間際の総選挙に敗れ、労働党に政権を譲り渡している。これも経済再建を労働党に託したものだ。
 いかなる国家党派勢力一門も永遠に栄えるなどということは決してないのだ。




 その政治的逆風を、スキピオ家の人々はひしひしと感じていた。
 名門と言われる家々には、支持者が朝に挨拶に訪れる。だが、それが明らかに激減していたからだ。
「兄上、本当にコミティアに出席なさるのですか」
 弟ルキウスが案じた。
 彼はアジアの勝利後アシアティクスの添え名をローマ市民から拝し、一躍名声を獲得したが、今や兄と重大な危機を共にしていた。告発の対象は、彼が執政官であった時なのであるから。兄が有罪ならば弟の彼も罪は免れ得ない。




「出席する。元老院で言明したことだからな」
 兄スキピオは素っ気なく答えた。
 近頃、覇気が失われ、まるで枯れ木のような頼りなさであったが、言葉にはかつてと同じ力があった。
「しかし…カトーのあの調子では、兄上を元老院から追放せんと企んでいるに相違ありませんぞ。もし兄上にそのようなことあれば…」
 そう。スキピオはコルネリウス氏族の頂点にある人物。事はスキピオ一人の問題では済まない。スキピオ一門ひいてはコルネリウス氏族の存亡の危機となる。
「プレプス(平民)たちの心変わりも不安です。ラエリウスたちが走り回ってくれていますが…昨今の世情になかなか反応は芳しくなく」
 スキピオの支持層の一つに平民たちがいた。だが、その彼らが生活苦に陥っている。彼らの心を引き戻すのは至難であった。




「ローマびとに良心があれば…そのようなことはあるまい」
 スキピオは宙を見詰めた。


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 スキピオ弾劾(さらにさらに続き)
 議場は静まり返り、壇上にあるグラックスも立ちすくんでいた。
「さ、されどアフリカヌス閣下、いかに祖国の英雄とて法を侵しては…」
 護民官の職分を全うすべく、何とか言葉を押し出した。
 スキピオは寂し気に微笑んだ。
「ならば貴君に訊こう。貴君の崇敬する故グラックス殿の些事を取り上げ、英名を汚す者が現れた時、君は平静でいられるのか」
 グラックスは、奴隷軍団を統率してハンニバルと戦い続け、ルカニアの地に倒れた叔父グラックスを尊敬してやまなかった。
「そ…それは…」
 グラックスはうなだれた。




 スキピオは、ケンソルのカトーを睨み付けた。
「ケンソル殿。貴殿なのであろう」
 本当の敵はあなたなのだということ。
 そのカトーは、相手の眼光を跳ね返すかのように、傲然と胸を反らした。
「我はケンソルの務めを果たしているだけぞ」
「よろしい」
 スキピオは不敵な笑みを浮かべた。
「コミティアでも何でも開催するがよかろう。私はどこにでも出て、いかようにも反駁する用意がある」
 この時、スキピオとカトーはローマ政界の両雄。それが激突したのだ。




 カトーは冷笑を浮かべた。
「殊勝な申し出である。ならば、護民官殿に申して、コミティアを開催するよう取り計らうとしよう。そこで、貴君の問題も論じ、黒白を決しようではないか」
 ここのコミティアは、コミティア・ケントゥリア即ち兵員会。兵役義務を負う成人市民により構成される、ローマ国制上の最高機関であった。
「異存はない」
 使途不明金の問題の決着はコミティアに持ち越しとなった。


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 スキピオ弾劾(さらに続き)
「諸君、これが帳簿である」
 だが、次の瞬間、元老院議員の全てが、あっと叫んだ。
 スキピオ、なんと、帳簿をびりびり引き裂き始めたからだ。
「あああ」
 護民官グラックスもうめいた。
 紙片はこなごなになって床に舞い落ちた。




「疑念あらば、ここから探し出すがよかろう!」
 スキピオは轟然と言い放った。
 恐らくカトーの狡さを表現したかったのであろう。
 これまで、内金として得た賠償金については執政官の裁量が大きく効いたに違いなく、それが凱旋将軍としての特権として容認されて来たであろうこと。ただ、それは法律上明確に根拠ある権限ではなく、暗黙に容認されて来たに過ぎず、突き詰めれば違法になるしかない行為であるということ。
 カトーは敢えてそこを衝いたと思われる。使途不明金が500タラントンという巨額であることをあげつらい、彼はスキピオ兄弟の弱点を衝いた訳だ。




「諸君に問いたい」
 スキピオは滔々と弁じ始めた。
「諸君は、500タラントンの使途について説明を求めながら、その一方でアンティオコスが支払っている15000タラントンについては、誰が何をした御蔭で国庫に運び込まれていることについて、なぜ何も言わないのか」
 そこには、長老をもやり込めた、あのスキピオの堂々たる姿があった。




「諸君が、どのようにしてイベリア、アフリカ、さらにはアジアの支配者となったのか、なぜ振り返ってみようとしないのか」
 その言葉に、議員たちは顔を見合わせた。
 人々は改めてこの20余年の間に起きた歴史事実を振り返ったに違いない。
 そこにはスキピオの数々の活躍があった。
 新カルタゴの奇跡的攻略がなければ、それに続くヒスパニア全土平定がなければ、ハンニバル怒濤の侵略はまだまだ続いたであろう。
 ザマで勝利を収めなければ、カルタゴはアフリカ大陸の一角で今なお有力な国家の一つとしてローマと対峙していた筈であった。
 マグネシアで勝利しなければ、アンティオコス大王の威権なおアジアを覆い、東方からの深刻な脅威に晒されたままであったろう。




「諸君が、安閑とここに座って議論出来るのも、私やフラミニヌス殿が、命を賭け奮闘したからではないか」
 スキピオは突きつけた。
 事実こそいかなる雄弁にも優るもの。詭弁曲解、緻密精巧、いかなる論理立ても、事実の前には木っ端微塵となるのだ。


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 スキピオ弾劾(続き)
 そう。グラックスは、アジア遠征前、とある居酒屋でスキピオと語り合ったことがあった。あの時、グラックスは熱烈なスキピオ支持者であった。
 そのため、心を込めてこう忠告した。
「不適切な金品授受を疑われれば、閣下の名声たちどころに失墜いたしましょう」
 ヘレニズム君主の買収工作は知られていた。それに巻き込まれると、戦勝も霞んでしまうであろう、そのことを危惧したし、何よりもスキピオの立場が危うくならんと思ったからであった。
(それなのに…)
 グラックスは、今、明らかにスキピオの政敵の位置に押しやられていた。それは、民衆の如く、妬みやそねみからではなく、清廉の矜持のなせる業。




「分かった」
 スキピオは隣に座っていた弟のルキウスに何事かを囁いた。
「少し時を頂きたい。すぐに弟が帳簿を持って来る」
 会議は暫時休憩となった。
 議場は異様なざわめきに包まれた。
(スキピオ殿にまで矛先が及ぶのか)
(カトーめの増上慢、思い上がりぞ)




 とはいえ、誰も進んでスキピオに声をかけようとしない。ましてや、カトーを敵に回して弁護を試みようという気骨ある者もいない。相手は、今、ケンソルの絶大な権威を身にまとっているからだ。
 もう一人の雄フラミニヌスも黙して座ったまま。兄ルキウス・フラミニヌスが先頃追放されたばかり。失脚理由が何とも無様であったから、カトーに対してすこぶる旗色悪く、この場面で加勢する立場にはなかったろう。
 必然、英雄スキピオは孤立した。
 かつてローマの第一人者であり人気絶頂を誇った彼。昨今の世情の急激な変化に、いつの間にか、かかる不思議な孤立を見ようとは。
 それだけローマ経済の地盤低下が著しく、かつての政権与党の党首スキピオに対する風当たりが強くなっていたのだ。




 やがて、ルキウス・スキピオが走って来た。
「兄上…これにございます」
「うむ」
 帳簿を持って来させたものの、恐らくは見せられぬ支出の項目もあったろう。
「本当に…これを見せるのでございますか」
 ルキウスが小声で確かめたのも無理はない。
「いいから寄越せ」
 スキピオは、苛立った声を上げ、冊子をむんずと掴んだ。
 そして、議場の真ん中に進み出た。

スキピオ弾劾−終章18


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 スキピオ弾劾
 グラックスは登壇すると胸を張った。
「トリブヌス・プレピス(護民官)のグラックスより、今回の件を報告する」
 アジア遠征のマグネシアの戦いの後、執政官ルキウス・スキピオとアンティオコス大王との間で講和条約の署名が行われた後、500エウボイア・タラントンが即金で支払われたこと、まずは周知のことを述べた。




「いかがです、アフリカヌス閣下」
「その通りだ。間違いないことだ」
「問題はここからです。その500エウボイア・タラントンの使途にございます」
「それならば、我が軍の冬営費用に充てた。また、弟ルキウスが執政官の権限として、兵士に分配した」
「おかしゅうございますな」
「なにがだ」
「講和条約は正式には発効しておらず。冬営の費用に充てるのはともかく、兵士に分配するなどは」
 報告に名を借り、なし崩し的にスキピオ弾劾が始まっていた。




「護民官殿、それは…」
 スキピオ、色をなし反駁しようとしたが、護民官グラックスは手を上げて遮った。
「お待ちを」
 彼は議場を見回した。
「私は、その折の軍の帳簿をここに披露あるよう求めたいと思います。そうすれば、ここで私とアフリカヌス閣下が多くの言葉を交わすよりも事の真相は明白となりましょう」
 そう言って視線をスキピオに戻した。
 そのグラックスの視線は悲し気に語っていた。
(あれほど、遠征前に御忠告申し上げたではありませぬか)


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