新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

終章(二部)

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索


[https://novel.blogmura.com/novel_historical/ranking.html にほんブログ村 歴史・時代小説]

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)


 清廉なグラックス殿(さらに続き)
 数日後。元老院で会議が開かれた。
「諸君」
 監察官カトーが口火を切った。
「我がローマの美徳は、専制国家とは異なり、いかなる有力者であろうとも、いかなる英雄であろうとも、国法の前では何人も同じであるということである」




(また始まったぞ)
 そんな顔つきの議員も少なからずいた。
 いや、矛先が自分に向けられるのではないか、そんな警戒の色を浮かべる者もいた。
「法が支配する国家、そうでなくては国家の背骨が凛と保てぬ。このことは王制であろうとも貴族制であろうとも、我が国の如き共和制であろうとも、いかなる国制をとろうとも異ならぬ」
「人の恣意がまかり通る国家は、てっぺんから爪先まで腐敗するしかない。そのような国家はいずれ土台から崩壊すること万々間違いないのだ」
「ならば、功多き人物であっても、その科に目をつぶるということはあってはなるまい」
 カトーは、視線を議席最前列に座る人物に向けた。
 そこには、スキピオ・アフリカヌスが座っていた。




「ケンソル殿」
 そのスキピオが口を開いた。
「何か仰せになりたいことがあるのならば、直截に申されよ。このスキピオ、事の理を聞き分ける耳は持っているつもりだ」
 堂々とした声音が響いた。
 スキピオ、五十二歳。この頃、病を経てやせ細り、豊かな髪は全て失われ、颯爽とした貴公子の風格は消え失せた。だが、その語気は若き頃と変わらぬ力強さがあった。




「このスキピオに何か科(とが)ありと仰せか」
 その言葉に、カトーは薄ら笑いを浮かべた。
「それについては、トリブヌス・プレピス殿から申し上げてもらう」
「なに…」
 スキピオの瞳が僅かに大きくなった。
 護民官グラックスが姿を現したからだ。


[https://novel.blogmura.com/novel_historical/ranking.html にほんブログ村 歴史・時代小説]

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)


 清廉なグラックス殿(続き)
「そこで、トリブヌス・プレピス(護民官)殿の出番」
「それがしの…」
「左様。貴殿の職権でコミティア(民会)で弾劾手続を提起して頂きたい」
「コミティアで…」
 グラックスは唾を呑み込んだ。
 相手は祖国の英雄スキピオ・アフリカヌスなのである。




「確かに相手は巨大。だからといって法をないがしろにしてよい訳ではあるまい。法の前では、何人も同じローマ市民なのである」
 カトーは精緻な論理立てで説き始めた。
「貴殿の清廉を見込んでのことなのだ」
 言葉に熱がこもり出した。相手の動揺が見て取れたからだ。




(清廉潔白な仁は論理に弱いものぞ)
 そのことをカトーは熟知していた。
 清廉とは正論貫徹ということ。即ち、論理の通った結論は正義と認識する人だということ。そして、それに従うことを美徳とする。
(ならば、言葉で説かぬ法があろうか)
 こういう説得作戦は、まさに雄弁家カトーの独擅場。
「なに…昨今の世情に、農民たちのスキピオ支持も大きく揺らいでおる。時は我らに味方しておるのだ。法を厳正に執行し、風紀を正し、良きローマ国家を再興するのだ」



[https://novel.blogmura.com/novel_historical/ranking.html にほんブログ村 歴史・時代小説]

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)


 清廉なグラックス殿
 カトーの攻撃は、いよいよ大本命へと絞られた。
「スキピオ・アフリカヌスこそローマ堕落の根源」
 だが、相手はローマ最大の実力者。
(確たる証拠を集め、味方をもっと増やさねば、弾劾手続はもたぬであろう)
 弁護士としての嗅覚と慎重、それをそのまま政治家としての生き様に重ねていた。
 一時ほどではないにしろ、スキピオ人気は根強い。ヒスパニア、アフリカ、そしてアジアを股に掛け活躍した彼は、ローマっ子の誇りそのものであるからだ。




 ここ監察官カトーの屋敷。
「なんと、わたくしにスキピオ殿を告発せよ、と仰せか」
 驚いたのはティベリウス・センプローニウス・グラックス。あの対ハンニバル戦で奴隷軍団を指揮したグラックスの甥に当たる。この年(紀元前184年)の護民官である。
「左様。スキピオは公金を横領している疑いがある」
「な、なんと!」
 グラックスは驚愕した。




「それは本当なのですか!」
「左様」
 カトーは大きく頷き、数字が走り書きされた布切れを差し出した。
「これは…」
「ルキウス・スキピオがコンスルであった年(紀元前190年)の帳簿の写しである」
 それは、ルキウスのアジア遠征における軍中の帳簿であった。
 どこから手に入れたのか。恐らく、カトー支持者が、軍中にも広く根を張っていたということであろう。




「これを御覧あれ。500エウボイア・タラントンの使途が不明である」
 対アンティオコス戦争の終結時、賠償金の内金として500タラントンを支払われていた。ローマ軍の冬営費用に充てること、そして、そこには当然スキピオ兄弟の便宜を図る意味も込められていたろう。具体的な使途を記載することが憚られるものも少なからずあったに違いない。
「おお…確かに…」
 グラックス、目を大きく見開き、見入っていた。


[https://novel.blogmura.com/novel_historical/ranking.html にほんブログ村 歴史・時代小説]

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)


 勝者の問題(さらに続き)
 紀元前184年初め。ケンソルの任期が始まると、カトーは活発に動き出した。
 最初の標的に定めたのは、ルキウス・フラミニヌス。フラミニヌスの兄である。
 紀元前192年の執政官でもある。
「ルキウス・フラミニヌスは、あろうことか、人の処刑する有様を酒宴の余興に添える、おぞましき人物」
 元老院で弾劾事由をぶち上げた。




 これは、ルキウス・フラミニヌスが紀元前191年にプロコンスルとして北イタリア(ガリア・キサルピーナ)の総督在任時の出来事。
 彼は寵愛する少年をローマから呼び寄せた。そう。ギリシア人の少年愛の風習もいつしかローマ人紳士の嗜好の一つとなっていた。こういうところも、保守派政治家や長老たちの眉をひそめさせたのであろう。
 その少年が到着すると残念そうにこう言った。
「出立直前、一騎打ちの催しがありまして。わたくし、人の死を見たことがありませんので、見逃したことがたいそう心残りで…」
 戦士同士の剣闘技の見せ物であろう。人の死に様を愉しむのは、ローマ人の悪趣味である。この娯楽は、これから何世紀にも渡り繁栄を謳歌することになる。引き出されるのは戦争捕虜や奴隷たち。
 一大文明を築き上げたローマであるが、人権という感覚が完全に欠損していることが、この事実でよく分かる。奴隷経済が、人権というものを感覚させる前提を生まなかったのであろう。



「ですが、閣下の思し召しは至上。我慢してこちらに駆けつけました」
「何も残念がることはない」
 ルキウス・フラミニヌスは笑った。
「罪人を連れて来て、ここで処刑させよう。ならば、そなたの見たかったものが見ることが出来よう」
 そういうと、死刑判決を受けた罪人を宴席の場に引き出し、眼前で斬首刑に処した。
 どうやら、この男は弟ティトゥスに比べ相当軽薄であったようだ。
 どこから情報を仕入れたか、カトーはこれを取り上げたのである。




「かかる道徳観念の薄き者は元老院議員たる資格はない」
 峻烈なカトーは、ルキウス・フラミニヌスを除名処分とした。つまり、元老院議員資格を剥奪したのである。これは政治生命を絶たれるに等しい。
 これはかなりの衝撃を人々に与えたらしい。ケンソルの除籍の権能は滅多に発動されることはなかったからだ。




 これに烈火の如く怒ったのが、弟のティトゥス・フラミニヌス。
「ケンソル殿!いかなる根拠があって我が兄を除名したのか!」
 カトーに詰め寄った。
「それならば」
 元々敵の多いカトー、これしきの恫喝脅迫で微塵も動揺しない。
「スポンシオで決着を付けようではないか」




 スポンシオとは、原告被告が敗訴した場合には賠償金を相手に支払うことを約束して開始する訴訟手続のこと。勝てば良いが負ければ莫大な負債を負うこととなる。法廷を舞台にした弁論の決闘の如きものだ。
 当時、カトーは引く手あまたな辣腕弁護士でもあった。腐敗した政治家をこっぴどく懲らしめるので、人々の喝采を得ていた。そう。彼の人気もなかなかのものなのだ。
 その彼を向こうに回して法廷で対峙することに、ルキウス・フラミニヌスは怖じ気づいたのであろう。出頭することはなかった。
 結果、ルキウス・フラミニヌスは、宴席の不始末が原因で失脚してしまった。何とも情けない話である。

イメージ 1

↑※カトーです。


[https://novel.blogmura.com/novel_historical/ranking.html にほんブログ村 歴史・時代小説]

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)

 勝者の問題(続き)
 この新たな貧困の問題は、ローマ政治の潮流にも大きく影響を与えた。
 台頭して来たのは、カトーら保守派の党派である。
「旧き良きローマを取り戻そうではないか」
 長らく無視されて来た彼ら党派の主張が、再び日の目を見ることとなった。
「農民こそローマ国家の中核。その衰退は国家の存亡に関わる」
 この言葉は、困窮の極みにあった農民市民の琴線に触れた。
「そうだ!」「俺たちこそローマを支えて来たんだ!」



 ローマ国家は、伝承によると、羊飼いが建国したとされる。即ち、牧畜農業に携わる人民が市民団の中核となった。彼ら自営農民が国政を動かし、非常時に武装し外敵と戦った。
 その自分たちが没落するとは、国家の中身が台無しになるのと同義ではないか、と。
「伝統を取り戻し、行き過ぎた奢侈を戒めよ!」
 カトーの雄弁に市民は喝采を送った。
 カトーの言葉が強い説得力を持ったのは、経済社会の矛盾があったからだ。つまり、雄弁が雄弁たるのは、弁舌の巧拙だけではなく、言辞に確かな背景があるからだ。



 とはいえ、経済問題というものは、伝統を回復すれば解決するという精神的な話ではない。
 だが、貧困に喘ぐ者たちが、ついつい目の敵にしてしまうのは、やはり繁栄を謳歌する富裕層、いわゆる上流階級にある者たち。目ざとい者は、没落した農民から土地を買い漁り、危機を糧に、むしろ肥え太る者も少なからずいたからだ。
 となると、清貧で知られるカトーの支持が高まるのは政治的必然であったのだ。
「我がコミティアは、ケンソルに、マルクス・フォルキウス・カトー君を選出しました」
 この年(紀元前185年)、カトーは、ついにケンソル(監察官)に当選した。



 ケンソルは、インペリウムこそ与えられないが、絶対的な権威と権能を有する。
 主な権能は二つ。戸口調査(ケンスス)という市民の財産調査である。これにより市民を分類し、兵役・納税の義務の程度を定める。
 もう一つは、風紀の監督であり、それを著しく乱す者を懲罰する権利である。元老院議員が風紀を乱したと認定すれば、単独の権限で除名することも出来る。
 この二つ目の権限は絶大で、だからこそ最高官職とされる。
 恐らく、カトーがこの権限を握ったことで震え上がった者もいたに違いない。




 そして、カトー自身もこの権限を遺憾なく発揮しようと意気込んでいた。
「我がローマの伝統を汚した連中を追い落とす」
 それは彼の最大の政敵たちのこと。すなわち、スキピオ・アフリカヌス、ティトゥス・フラミニヌスの二人だ。
「この二人がローマの伝統を蝕んだ張本人たち」
 スキピオは真っ先にギリシア文化に傾倒し、フラミニヌスはギリシア本土から大量に文物を持ち込んだ。今や、ローマの紳士の誰もがギリシア語学習に熱を上げていた。挙げ句の果てに、ローマの歴史がギリシア語で著述される有様。




「この二人を追い落とさねばならぬ」
 とはいえ、二人は大戦を勝利に導いた英雄。人気も絶大。いきなり彼らの弾劾に踏み切れば、市民の反感を買う恐れがあった。
「まずは周囲から攻めるのだ」
 マルクス・フォルキウス・カトー、峻厳な眼光がローマ政界に光り始めた。


.
アバター
Dragon
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

Yahoo!からのお知らせ

友だち(3)
  • 時間の流れ
  • JAPAN
  • ダイエット
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事