新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

雑感

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 テバイ−カドメイアのこと
 2002年夏。テバイに赴きました。タクシーに乗って。
 何分、主人公とその仲間たちの舞台となるわけですから、見ておかないわけにはいきません。
 が、期待はしておりませんでした。文献を調べると、ほとんど何も残っていないとのことだったからです。
 で、実際、そのとおりでした。
 アテネのような遺跡は勿論、スパルタほどの遺跡も存在しませんでした。カドメイアの丘の上は、人々の住宅、タベルナ(食堂)などで埋め尽くされ、神殿跡の一つもありません。たまに、発掘途中と思われる場所が見かけられるほか、エレクトラ門の跡を示す看板があるだけでした(上の写真:旅行時撮影)。

 しかし、当時の私は、テバイの丘の上にいるという事実だけで、嬉しくて仕方がありませんでした。当時の英雄たち、エパミノンダスやペロピダス、カロンやダイファントスの足音が聞こえるような錯覚に陥りながら、坂道だらけの街を夢中で駆け回りました。
 遠い将来、発掘が進み、神殿跡などが明らかになれば、是非、またいってみたい土地ですね。

※追申 画像を、少しずつ、自前のものに移行しております。
 著作権に触れるリスクを最小限にしたいですからね(今までのものは問題ないはずですけどね)。
 「地中海の真珠」(序章1)「ヘレネの帰国」(カドメイアの章28)、「新将軍ティモテオス」(同29)に掲載した画像は、新しいカメラで撮影したものです。


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奴隷制度について

 奴隷制度について
 
 ギリシア・ローマ世界を考える上で、目を背けるわけにいかないのが、奴隷制度ですよね。
 この物語では、主題がそこにはないので、真正面から向き合ってません。というより、この時代に、現代の人権尊重主義を持ち込むことは、まさしく時代錯誤と思われたからです。
 
 そもそも、生産力が乏しい時代のこと、他者から収奪しなければ経済的繁栄が得られない面があったことは否めません。そのため、奴隷制度は、悪とはみなされませんでした(一部の哲学者は問題としたようですが)。

 この奴隷の労働力が、ポリス(都市国家)の経済活動、市民生活を支えていたことは周知のことです。
 奴隷がいるからこそ、市民は自由を獲得でき、政治活動に携わることができ、文芸に励むことができ、劇場に赴く余裕が生まれたのです。
 貧しい市民の家にも、家事労働に従事する奴隷が必ず一人はいたようです。
 ギリシアの古典時代に、アテネ民主主義が繁栄し、各地で哲学者や芸術家が活躍したのはこういう背景があったからにほかなりません。

 奴隷の多くは、戦争捕虜だったようですね。傭兵隊長は、攻略した都市や村の住民を売却して莫大な富を得ていたようです。
 もう一つは、海賊による人身売買ですね。
 海賊たちは、商船を狙い、財宝だけでなく、乗組員や乗客を奴隷として売却していたようです。
 あのプラトンも、あやうく奴隷として売却されそうになったことがあるそうです。

 特異な例は、スパルタ(ラケダイモン)の奴隷たちです。
 この国には、ヘロットと呼ばれる農民階級がありましたが、参政権も、市民的自由も否定されていましたので、奴隷といってよいと思われます。
 彼らの多くは、メッセニアの住民でした。スパルタは、西隣のメッセニアを征服して、そこの住民を丸ごと奴隷にしてしまったのです。
 スパルタは、豊かなメッセニアの収穫を独占することにより、農作業から解放され、経済的基盤が確立し、軍事優先国家として歩むことが可能となりました。
 が、独立と自由を奪われたメッセニア人は、スパルタ人を激しく憎悪しました。幾度となく反乱を起こします。
 この物語でも、アウラの父親が、反乱の首謀者の一人となっていましたが、おそらく機会があればスパルタに反乱しようとしていたメッセニア人は、至る所にいたと思われます。

 スパルタは、このメッセニアの統治に、神経をすり減らすことになります。
 監督官は、毎年、ヘロットに対して宣戦布告していたと伝えられているほどです。
 が、このような特異な体制に無理があるとは否めません。
 この物語でも、やがて、その矛盾が頂点に達する場面が出てきます。ご期待ください。

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アカデメイアのこと

 アカデメイアのこと
 
 「アカデメイア」って何?という方も、アカデミーという言葉ならご存知でしょう。
 その語源が、アカデメイア、プラトンの創設した学園アカデメイアなのです。

 アカデメイアは、もともと、古代アテネの街の西北に広がる森の中にありました。
 今は、巨大化するアテネ市街地に呑み込まれ、遺跡の一部が公園になっているにとどまります。
 したがって、当時の学園の様子を正確に再現することはできません。
 大手ゼネコン大林組の発行する雑誌(季刊大林)上で、その再現が試みられていますので、関心のある方は、図書館でご覧ください。その多くが想像に根拠を有しますが、当たらずとも遠からずなのではと思います。

 アカデメイアの言葉の由来は、アカデモスの森に由来します。「アカデモス」とは、古代トロイ戦争の頃の英雄の名です。
 ここに、アテネ政府公設の体育場(ギムナシオン)がありました。体育場は、多くの成人男子が集まり、社交場でもありましたから、ここに学校を開設するというのは、理にかなっていたのです。
 
 物語では、現在の学校のような情景描写となっていますが、実際は、プラトンの弟子たちだけでなく、一般市民も、プラトンの講義するところを自由に聴講できたのではないかと思います。
 
 が、その情景は、現代の人間からも、ある種の憧憬を覚えるのではないでしょうか。たわわに揺れる木々の中で、散策しながら理想に思い巡らせる、それは、現在の大学の風景につながるものがあるといえるでしょう。


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 観光と遺跡-スパルタをめぐって

 2002年夏。スパルタに行ってきました。アテネからバスに揺られて。

 スパルタは、どうも観光ルートには入っていないようですね。
 人々が集まるのは、アテネのアクロポリスであり、エーゲ海に浮かぶ島々であり、あとはアレクサンドロス大王の故地である北のマケドニア地方といったところでしょうか。

 要は、スパルタには見るべきものがほとんどないということなのです。
 近年、スパルタスロン(アテネ・スパルタ間のマラソン)によって、あるいは近日公開の映画などにより、多少知名度は上がっているようですが、観光地としてはマイナーといわざるを得ません。

 私も、スパルタのアクロポリスの丘(無料です。柵もありません)に登ったとき、オリーブの木ばかりが生い茂り、僅かに残る公共建築物の礎石を見て、アテネとのあまりの違いに愕然としました。
「ここが本当に、ギリシア世界に覇を唱えたスパルタなのか」と思わざるを得ませんでした。
 大国は、滅亡しても、その遺跡は巨大なもの、豪華なものという先入観がどこかにあります。
 エジプトのピラミッド、中国の万里の長城、インカ帝国の空中都市跡など。

 しかし、遺跡だけでは、その国の大きさを見誤ることがあります。
 このことは、当時の歴史家トウキュディデスもいっています。
 後世、スパルタの都市の建物が朽ち、遺跡だけを見れば、ここに大国があったとは人は思わないであろうということを述べています。

 歴史に思いをいたす者は、このことに留意しなければならないと思います。


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スパルタのこと-下

スパルタのこと-下

 スパルタといえば、本編の小説でも描いたように、戦士の国です。
 戦前の日本の軍国主義とは比べ物にならないほどの、軍事中心国家です。
 
 近代の帝国主義・軍国主義は、海外市場・植民地の獲得という、利得目的がありました。軍隊を送って、そこを占領して、住民に物を売りつけ、搾取し、独占的利益を上げるというものですよね。
 しかし、スパルタはそうではありませんでした。その証拠に、スパルタ貴族(スパルティアタイ)は、軍務への専従が要求され、さらには経済の根幹である貨幣の流通も制限されていたほどです。
 本編の物語の時代より少し前のペロポネソス戦争(紀元前431〜404)で、スパルタは、ライバルのアテネに勝利して、アテネを占領しました。が、国を解体することはなく、その領土を奪うということもなかったのです。帝国主義国家であれば、ありえないことですよね。
 要は、スパルタの意思は、ギリシアの最強国家として、ギリシア世界の盟主であり続けたい、それに尽きるように思えます。

 女性も、健康な戦士を生むために、鍛錬が要求されていました。その代わり、スパルタの女性は、他のギリシア世界では考えられないほどの自由を享受していました。
 アテネなどの民主国家でも、女性に社会的発言権が全くないことを考えると、異例なことでした。

 しかし、戦争に勝つという、一つの理想しかないということが、結局スパルタの限界であったように思えます。平和の時代をどう生き抜くか、その理想がありませんでした。
 そのため、ペロポネソス戦争で勝利し、莫大な戦利品が流入すると、スパルタ国家も貨幣経済の波をかぶり、貴族たちも堕落していったそうです。
 ヘリッピダスのような賄賂を受け取った人もいたに違いありません。

 この物語では、スパルタ(ラケダイモン)の、その限界ゆえに、絶頂期から次第に退潮していく過程が映し出されています。今後を、ご期待ください。
 

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