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奴隷制度について
ギリシア・ローマ世界を考える上で、目を背けるわけにいかないのが、奴隷制度ですよね。
この物語では、主題がそこにはないので、真正面から向き合ってません。というより、この時代に、現代の人権尊重主義を持ち込むことは、まさしく時代錯誤と思われたからです。
そもそも、生産力が乏しい時代のこと、他者から収奪しなければ経済的繁栄が得られない面があったことは否めません。そのため、奴隷制度は、悪とはみなされませんでした(一部の哲学者は問題としたようですが)。
この奴隷の労働力が、ポリス(都市国家)の経済活動、市民生活を支えていたことは周知のことです。
奴隷がいるからこそ、市民は自由を獲得でき、政治活動に携わることができ、文芸に励むことができ、劇場に赴く余裕が生まれたのです。
貧しい市民の家にも、家事労働に従事する奴隷が必ず一人はいたようです。
ギリシアの古典時代に、アテネ民主主義が繁栄し、各地で哲学者や芸術家が活躍したのはこういう背景があったからにほかなりません。
奴隷の多くは、戦争捕虜だったようですね。傭兵隊長は、攻略した都市や村の住民を売却して莫大な富を得ていたようです。
もう一つは、海賊による人身売買ですね。
海賊たちは、商船を狙い、財宝だけでなく、乗組員や乗客を奴隷として売却していたようです。
あのプラトンも、あやうく奴隷として売却されそうになったことがあるそうです。
特異な例は、スパルタ(ラケダイモン)の奴隷たちです。
この国には、ヘロットと呼ばれる農民階級がありましたが、参政権も、市民的自由も否定されていましたので、奴隷といってよいと思われます。
彼らの多くは、メッセニアの住民でした。スパルタは、西隣のメッセニアを征服して、そこの住民を丸ごと奴隷にしてしまったのです。
スパルタは、豊かなメッセニアの収穫を独占することにより、農作業から解放され、経済的基盤が確立し、軍事優先国家として歩むことが可能となりました。
が、独立と自由を奪われたメッセニア人は、スパルタ人を激しく憎悪しました。幾度となく反乱を起こします。
この物語でも、アウラの父親が、反乱の首謀者の一人となっていましたが、おそらく機会があればスパルタに反乱しようとしていたメッセニア人は、至る所にいたと思われます。
スパルタは、このメッセニアの統治に、神経をすり減らすことになります。
監督官は、毎年、ヘロットに対して宣戦布告していたと伝えられているほどです。
が、このような特異な体制に無理があるとは否めません。
この物語でも、やがて、その矛盾が頂点に達する場面が出てきます。ご期待ください。
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