814年 女王エリッサによりカルタゴ建国
753年 ロムルスによりローマ建国
400年頃 ガリア人諸部族、アルプスを越えてイタリアに侵入。エトルリア人を追放し、パドゥス川(現ポー川)流域を次々に占領
390年
ガリア人の一部族セノネス族南下し、ローマを占領。名将カミルスの活躍で、セノネス族撃退
362年 ギリシア本土マンティネイアで、エパミノンダス率いるテバイ軍、アテネ・スパルタ連合軍と決戦。テバイ軍勝利するも、エパミノンダス戦死。ギリシア統一ならず
338年 カイロネイアの戦い。マケドニア王フィリッポス二世率いる軍勢、南下し、カイロネイアの地でアテネ・テバイ連合軍を撃破
335年 アレクサンドロス東征開始。ペルシア帝国と対決
330年 アレクサンドロス、ペルシア帝国を滅ぼす。ペルシア大王に成り代わり、諸国の王(大王)を称す
323年 アレクサンドロス大王バビロンにて死去
この後、大王の後継を巡り東方全土で争乱となる〜ディアドコイ(後継者)戦争〜
301年
イプソスの戦い 総司令官アンティゴノスが帝国再統一を目指し進撃。それを阻止すべく、シリア王セレウコス、トラキア王リュシマコスらが迎撃。アンティゴノス戦死。アレクサンドロスの旧領は、アジアをセレウコス、エジプトをプトレマイオス、マケドニアをカッサンドロス、トラキアをリュシマコスに、それぞれ分割される
エピロスの王子ピュロスも、アンティゴノス側に参戦するも捕らえられる。その後、ピュロスは、エジプト王の後援によりエピロス王に即位
289年 シラクサの独裁者アガトクレス死去。アガトクレス麾下のカンパニア人傭兵集団マメルティニ、シラクサ政府より解雇される
マメルティニ、欺いてメッシーナ市内に突入。成人男子を全員殺害し、国を奪う
280年 エピロス王ピュロス、タラスの要請に応じて、イタリア遠征
ヘラクレアの戦い。ピュロス率いる軍勢、ローマ軍を打ち破る
279年
アウスクルムの戦い ピュロス、地勢の不利を自身の奮戦と象軍で克服、ローマ軍を再度撃破する。その後の講和交渉は不調に。同年。ピュロス、シチリア島に転じる。カルタゴを大いに打ち破る
276年 専制の度を強めるピュロス、シラクサ市民の反感を買い、シチリア島から退去のやむなきに至る。この時、部将のヒエロン、彼に従うことを拒否し、自立する
275年
マルウェントゥム(ベネウェントゥム)の戦い ローマ軍、ピュロスの奇襲を破り、苦手の象軍も退け大勝利する。
ピュロス、イタリア征服を諦めエピロスに帰国
272年 ローマ、レギウム(現レッジーナ)攻略。イタリア半島統一
265年 ピュロスの部将であったヒエロン、シラクサの国君となる。同年、マメルティニを大破する。マメルティニ、カルタゴとローマに援軍要請。
264 年 ローマ軍、マメルティニの要請に応じ、メッシーナに入る。ローマ・カルタゴ戦争勃発。
263 年 ローマ、カルタゴ・シラクサ連合軍を破る。ローマとシラクサ、講和条約締結。
256 年 レグルス率いるローマ軍、アフリカ上陸。大いにカルタゴ軍を破り、チュニスを占領
255 年
クサンティッポス率いるカルタゴ軍、レグルス軍に圧勝。レグルス以下ローマ兵八百人を捕らえる
253 年 グナエウス・スキピオ率いるローマ軍、パノルモス(現パレルモ)を攻略。この頃よりローマの優勢が明確に
247 年 ハミルカル、若干23歳にてカルタゴ軍司令官となる。シチリア島を縦横無尽に活躍。ローマ軍を大いに翻弄する。
244 年 アギス四世。スパルタ王に即位。国政改革に着手
241 年
アエガデス諸島沖の海戦。カトゥルス率いるローマ艦隊、逆風をものともせず、カルタゴ艦隊を潰滅させる。カルタゴ、抗戦を諦め講和を申し入れる。カルタゴ・ローマ戦争終結
同年。カルタゴ本国にて、傭兵の給与を巡り、傭兵の乱勃発 主要都市全てがカルタゴから離反。カルタゴ、存亡の危機に。
240 年
スパルタ王アギス四世、改革反対派により処刑される
238 年 ハミルカル、鋸山でスペンディオス率いる傭兵軍を滅ぼす
次いで、マトス率いる傭兵軍と決戦。ハミルカル大勝利を収める 傭兵の乱終わる。
同年、ローマ軍、サルディニア及びコルシカを占領。
237 年 カルタゴ屈服。ローマの要求を呑み、サルディニアとコルシカのローマ帰属を認める
同年、ハミルカル、イベリア遠征に向かう