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Edith Holden の絵日記によれば、99年前の10月1日、ウォリックシャーは warm, bright であったそうである。彼女が次の詩を好んだのは分からなくはない。彼女はレディーであり、放浪者ではないが、こよなく自然を愛し、鳥の声を聞き、花を眺め、木の実を採るために好んで野を歩いた。この10数年後には、栗の花をとろうとしてテムズ川に落ち、溺死している。
「宝島」の作者がこんな詩を書いたのか。知らなかった。彼は病気療養のため諸国を転地しているが、秋も冬もおそれぬ放浪者の健康には恵まれなかったようである。この詩の素性はまだ分かっていないが、おそらくイギリスで愛読された詩集があったのだろう。シューベルトの歌曲によせてとあるが、一体どの曲を聴いたのであろうか。彼がコンサートによく出かけたらしいことは承知していた。恥ずかしい話だが、私は「冬の旅」もろくに知らない。このブログが冬の季節を迎えるまでに解説ぐらいは読んでおこう。ドイツの歌手がロンドンでコンサートを開くとしたら、おそらく曲目は「冬の旅」あたりに限定されるのではないか。
それにしても英詩の和訳は日本人である私には結構やっかいである。日本語の詩には自由度はあり、直し始めたらきりがない。英語の語彙と表現能力には限界があるから一定のところであきらめがついて次に進むことが出来る。
THE VAGABOND (To an air of Schubert)
GIVE to me the life I love,
Let the lave go by me,
Give the jolly heaven above
And the byway nigh me.
Bed in the bush with stars to see, -
Bread I dip in the river -
There's the life for a man like me,
There's the life for ever.
Let the blow fall soon or late,
Let what will be o'er me;
Give the face of earth around
And the road before me.
Wealth I seek not, hope nor love,
Nor a friend to know me;
All I seek, the heaven above
And the road below me.
Or let autumn fall on me
Where afield I linger,
Silencing the bird on tree,
Biting the blue finger.
White as meal the frosty field -
Warm the fireside haven -
Not to autumn will I yield,
Not to winter even!
Let the blow fall soon or late,
Let what will be o'er me;
Give the face of earth around,
And the road before me.
Wealth I ask not, hope nor love,
Nor a friend to know me;
All I ask, the heaven above
And the road below me.
R.L.Stevenson
放浪者(シューベルトの歌曲によせて)
俺はきままな人生を送りたい、
残リ物を持っていけばいい、
上に陽気な空があり、
近くに小道があればいい。
茂みを床とし、星を眺め、
パンを川の水にひたす。
俺のような男には俺の生き方があり、
いつまでもこの生き方でいい。
そのうち強い風が来るだろう、
なんでも来るがいい;
あたりに地面があり、
行く手に道があればいい。
俺は財も希望も愛も求めない、
身近な友も同様だ;
ただ欲しいのは上の空
下の道だけだ。
また秋もやって来るだろう、
野をさまようときは
木にとまる鳥は沈黙し、
血の気の失せた指をかめ、
霜が下りた野原は粉のように白くなるが、
俺はたき火で暖をとる。
俺は秋にまけないし、
冬にもまけない。
そのうち強い風が来るだろう、
なんでも来るがいい;
あたりに地面があり、
行く手に道があればいい。
俺は財も希望も愛も求めない、
身近な友も同様だ;
ただ欲しいのは上の空
下の道だけだ。
スティーブンソン
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