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10月1日投稿し、10月7日にもヴォーン・ウィリアムスの付曲で取り上げた Vagabond であるが、イタリア語に訳詞されているので紹介しよう。
イタリア語は外国人にとって残忍なまでに美しく、接近を阻む雪をいただいた山にたとえた人がいた。美しいも何も私には接近不能であり、遠くから眺めるだけであるが、電子辞書を使って日本語訳をしてみた。
イタリア語は韻文にはむいた言葉で、私のように勝手に内容を変える必要はないと思っていたが、第一詩節の6行目の「パンを川にひたして」を「清らかな流れで魚を釣って生きる」としてある。自然と共に生きる放浪者の描写が損なわれずに韻がきれいになっており、納得できる訳詞である。
それ以外にもスティーブンソンの最後の行は少し違わないかともおもう。原詩はこれからもこの生活を続けたいといっているようだが、訳詞はこれまでずっとこの生活をしてきたと書いてあるような気がする。私の現段階の知識ではそう思う。誤解かもしれないが、韻を損なわないためではないかと思っている。
今日は第一詩節のみ翻訳に挑戦する。イタリア語は教科書と辞書しかないので、いい訳よりも直訳を心がける。イタリア語の訳の語列に対応させて訳をつけた。現在の実力相応の作業である。過ちを指摘いただければ幸いである。なおこの訳詞は Ferdinando Albeggiani というイタリアの詩人であり、単なる翻訳・解説者ではない。
The vagabond
GIVE to me the life I love,
Let the lave go by me,
Give the jolly heaven above
And the byway nigh me.
Bed in the bush with stars to see, -
Bread I dip in the river -
There's the life for a man like me,
There's the life for ever.
Il vagabondo
Concedi a me la vita che amo
che ciò che mi resta viaggi con me,
dall'alto cielo un allegro richiamo,
sempre una strada davanti a me.
Sotto le stelle, per letto, un cespuglio
cibo, dal limpido fiume, pescato –
E' proprio questa la vita che voglio,
è sempre questa la vita che ho amato
あたえてください、私に、生活を、(私が)愛する。
(私は)物、私に、残された、旅をする、一緒に。(怪しい?)
高い空から、喜びを、(私は)お願いします。
いつも、一本の道が、私の前に。
星の下には、ベッドのために、草むらが。
(私は)生きる、清らかな流れから、魚をつって、
そして、これが独自の、生活です、(私の)欲する。
そしていつも、これが、生活です、(私が)愛してきた。
以下はイタリア語訳を私が和訳したものである。
放浪者
俺には俺の好きな人生を送らせてほしい、
残リ物を持って旅をすればいい、
高い空が機嫌良く、
行く手に道があればいい。
星空の下で茂みを床とし、
きれいな川で魚を釣って生きていけばいい。
これが俺の好きな生き方だし、
これがずっと俺が好んできた生き方だ。
あてにならない翻訳である。イタリア語のできる友人もいるが、こんなことに興味をもつかどうか。私自身が訳を試みるのは止めよう。ある日突然私の頭が良くなるとかの事態が生じない限り、納得の得られる訳は期待できない。
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