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前回言葉を絞りすぎたかなとも思う。各句に一語増やしてみた。四言絶句というのがあるのかどうか知らないが、それ並みに簡潔であった。簡潔な詩にはいろんなイメージを読者は抱くであろうからそれはそれでいいのだろう。
さて当時の男性は、閨怨の型の詩に登場する女性に、受動的な悲しみの表現を要求していると考えていいであろう。
簾を巻くということは姿を人目にさらすという能動的な行為であるので、貴婦人はやはり奥に下がらせた方がいい。sit を recede inner とした。簾は珠簾とは違うのでそれ相応の表現があってもいいと考え、 pearly blind とした。美人にも拘り、 lady を beauty に置き換えた。
ただ蛾眉を頻むには困った、「顔をしかめる」の英語 in a frown ではどうも人相が悪くなりそうで、noble を付け加えたが、そんな姑息な方法で表せるものか。そもそも女たるもの涙は流さなければいけないのは、洋の東西を問わないが、西洋の女が顔をしかめて貴婦人といえるのだろうか。怖いおばさんにならなければいいが。noble で美人を貴婦人にする効果もねらったのであるが、気になる frown の用法である。
良くなったのか悪くなったのかはまだ判断できないが、重要かつ長い名詞、動詞、形容詞、副詞はだいたい五語に収まってはいる。これで訳詩の改善を主張することはできない。
詩はすこし長くなったが、杜甫の半分以下の長さにはなったと思う。中国語での五言から七言への拡張は相当の内容を付加させるので、英語の長さを倍加させても致し方ないと思う。それにしても杜甫の詩は短くしなくてはいけない、冗長である。今回李白を取り上げて反省点となった。
怨情
美人捲珠簾
深坐頻蛾眉
但見涙痕潤
不知心恨誰
李白
美人 珠簾を捲き
深く坐して蛾眉を頻む
但だ見る 涙痕の潤えるを
知らず 心に誰をか恨む
In Boudoir
A beauty rolls up the pearly blind
And recedes inner in a noble frown.
She appears in a tear-stained gown.
Unknown is whom she has in mind.
Li Po
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