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私は流行の先端を行ったことがない。若い頃ジェームス・ディーンのファンになったかと思ったら、彼は自動車事故で急死し、ブルース・リーにいたっては彼が死んでからカンフー映画を見始め、遅ればせながら彼のファンの一人になった。世俗のことに疎いというと聞こえがよいが、ただ反応が鈍いだけのことである。人一倍先端を行きたいという気はあるのである。ただ流行は繰り返すものであるから、時代遅れであってもいつかは、流行の最先端を行くことがあるだろうとうそぶいている。
今回の冬季オリンピックで登場した競技も見知らぬのが多かった。同じ世代の老人でも実に良く新競技をフォロウしているのもいる。ただ一度だけ私が普通以上に知りうる可能性のあった競技がある。それは今回不振を極めた日本選手のなかで唯一日本人を慰めてくれたカーリングという競技である。
私は四半世紀前にカナダに滞在していた。休日に家族とひなびた景色を眺めながらドライブを楽しんでいたのだが、人気のない野原にポツンと立っていた不思議な建物を見かけた。長細い建物で、高くそびえる穀物の貯蔵庫ではないし、牛を飼うには狭すぎるし、密閉されている。臭いもない。一定容積を確保するにはもっとも不経済な建物である。不思議に思いながらもそこを通り過ぎた。
その後長野の冬季オリンピックで、体格的に劣る日本人選手が結構活躍したカーリングという競技を見て、長細い建物が村のカーリング場であったことを悟ったのである。もしカナダ滞在中にこの競技を知っていたら、得意げに講釈できたものをと思った次第である。またしても流行の先端を逃してしまった。さて次回流行の先端を行くには何がいいだろうか。
日本は、カナダのように人口を上回る数の湖水があるわけではなく、それほど寒くもなく、電気代がべらぼうに高い国である。でもその日本の選手が今回決勝進出はならなかったものの、常勝カナダに勝ったのである。この競技は囲碁のような知的競技であり、なによりも茶道のように姿勢が美しい。伝統はないが、日本選手の将来性を期待した次第である。
なお私のように衒学的で講釈趣味のある人は、カーリングの語源について気を付けた方がいいようである。ウェブでの解説ではほとんどが、カールする(曲がる)からカーリングと解説されている。「オッホン教養のない人はそう思っているようだが」というと座が白けるかもしれないが、専門家によればカール由来説は誤った俗説だそうである。
OEDも外見上はカールと関係があるようだがとお茶を濁している。Wikipedia もカールするからカーリングではないとしている。そういわれれば、ケルト系のスコットランドから発生した競技である。とすれば、「教養人」は気を付けなければいけない。どうでもいいや、語源なんて記憶術の一つだと割り切れば、「カールするからカーリング」という説は非常に記憶しやすい。
絵はブルーゲルによる「雪の上の狩人」の絵の一部に描かれてある湖上の遊技で、カーリングをしている人がいる。雪が降っていないので、ほうきのようなものを使っている人がいない。昔のカーリングでは雪のない時にはほうきを使わなかったのである。いつ頃から雪も降っていないのにほうきを使うようになったのであろう。それはともかく、全体は下をクリックされると良い。
http://sunsite.icm.edu.pl/cjackson/bruegel1/p-brueg1-5.htm
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今日は失礼しました。やはり藝術に造詣がふかく、語学に堪能な方だったのですね。例の文章、いまから訳してみます。私も専門家ではないし、あくまで参考にとどめていただけたら幸いです。
2006/2/21(火) 午後 9:44
R ボーダーさんのページでコメントを拒否されてしまったので、こちらに書きます。すみません。適当に直してください。
2006/2/21(火) 午後 9:54
ヴィルヘルムは、いまになってとつぜん、君の名前を一度も聞いたことがないと頑強に主張している。パパ・ヨーゼフ、ヴォルフガング・アマデウス、ルートヴィヒ、ヨハネス、それにアントンは、第二ヴァイオリンは右側に配置したほうが好ましいとか、君のテンポはすべて間違っているとかいっている。でも、ほんとうは、みんな、そんなことは気にしていないんだ。いずれにしても天上ではそんなことを気にかける必要はない。ボスがのぞまないんだよ。
2006/2/21(火) 午後 9:55
すぐとなりに住んでいる禅の老師は、君が禅仏教を完全に間違って理解したといっている。ブルーノは君のコメントを読んで、ほとんど具合がわるくなるくらい笑っていたよ。君がぼくとカールにかんしてくだした判断を、ブルーノはひそかに支持してるようだ。たまにはブルーノにもひどいことをいってくれないかな。そうしないと、かれは自分が除外されていると感じるよ。
2006/2/21(火) 午後 10:08
どうも有り難うございました。Karlos さんのドイツ語は完全に納得しました。あまり緊張感がなく、自分でも納得しないまま訳をしましたが、コメントもあり、有益であったので、べつに後悔はしていませんので、R ボーダーがコメントを拒否された理由はよく分かりません。管理人さんはそんなことまで気を遣う必要があるのでしょうか。外国の掲示板ではズケズケTypoの指摘もやっています。今後ともこんな機会にめげずに投稿し、間違っていれば削除したいので全訳をお願いしたいです。
2006/2/21(火) 午後 10:14 [ fminorop34 ]
残念だが、君にいっておかなければならない。ここ天上では、みんな完全にヘルベルトにいかれてしまっている。もちろん、指揮者たちはほんのすこしだけだが嫉妬してる。ここでかれが15年か20年にわたってこころから歓迎されるなんてことは、ほとんど期待できないね。君がその場に居合わすことができないのが残念だ。
2006/2/21(火) 午後 10:19
でも、君のいくところはここよりずっと煮えたぎっているし、下のオーケストラはいつまでも練習していると、そういわれている。それどころか、オーケストラはわざと間違わないんだ。そのおかげで、君は未来永劫オーケストラを直していられるわけだ。/恐縮です。コメント拒否はブログの不具合です。自分のページでもよくあるんですよ・・・。
2006/2/21(火) 午後 10:21
↑要するに、チェリビダッケは地獄にいくといいたいのでしょうか。最後の部分よくわかりません。それから、先の訳で、オーケストラのヴァイオリン配置についていっているとおもったのですが、チェリビダッケが第二ヴァイオリンをどこにおいていたのかしらべていません。
2006/2/21(火) 午後 10:25
セルジュ、君がそのことを気に入るのは間違いない。ここ天上では、天使たちは作曲家の目を見て直にすべてを読みとるのだ。ぼくたち指揮者はただ聴き入っていればいいのさ。どのようにしてぼくがここにきたのかは、神さまだけがご存知だ。
2006/2/21(火) 午後 10:35
fminorop34 さんの訳をかなり参考にしました。ありがとうございます。今日はこれからまだ一仕事あるので、またゆっくり記事を拝見しにお邪魔します。
2006/2/21(火) 午後 10:38
拒否はなてないです。コメントを書かないのは約の流れを止めてしまうと悪かなと思い。おまちしてます。
2006/2/21(火) 午後 10:42 [ Rボーダー(´・ω・`)つ ]