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5月9日に投稿したサンザシの詩の和訳に今年のけりをつけたいと思った。また来年までにチョーサーをすこしかじることにしよう。
http://blogs.yahoo.co.jp/fminorop34/35467122.html
May Flower
Among the many buds proclaiming May
Decking the fields in holiday array,
Striving who shall surpass in braverie;
Marke the faire flowering of the hawthorn tree
Who finely clothed in a robe of white,
Fills full the wanton eye with May’s delight.
attributed to Chaucer
サンザシの花
五月を告ぐる蕾
祭りの衣で野をかざり
妍をきそわんとするが
うるわしく咲きほこるサンザシの木を見るべし
こはましろき衣をたくみに着こなし
五月のよろこびでうつりぎな人の目をうばう
伝チョーサー
ちょっとふざけて伝チョーサーの英詩を復元したら、こんな感じになるかもしれない。英語の先生にはみせられないが、チョーサー作とされる詩があったとしてこんな調子ではないか。あくまでもお遊びであるが、以下の英単語は一応チョーサーの活躍した時代の英単語としてOEDに保存されているものである。
Mai Flour
Among the many buds proclamynge Mai
Deckynge the feld in haliday araie
stryvyng who schal surpass in bravery
Marke the faire flourynge of the hawethorne treo
Who finliche cloedhed in a robe of whyte
Fill full the wantoun eyhe with Mais delit
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詩作検討恐れ入ります。私が翻訳したならば、それは翻訳ではなく全てが意訳になります。言葉は単なるヒントで全体が作者の意図にあっているかどうかが重要なのです!
2006/5/21(日) 午後 2:42
翻訳には二はあるみたいですね。一つは、京都の吉川先生の意見で、解説はありえても翻訳などというものはあり得ない。中国語の発音ができないのに杜甫、李白の詩の翻訳などありえない。つまり中国人にならなければ理解不能であるという意見。もう一つは日本語の詩としては完成していなくてはいけないというものです。3355さんの態度は後者なのでしょうね。森鴎外にしても上田敏にしてもそういう態度でしょう。
2006/5/21(日) 午後 3:25 [ fminorop34 ]