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前回はクレーにたいするアメリカ人の平均的な嗜好を紹介してくれたジェシカ女史の記事を紹介した。展覧会よりも万博の記事でも書いておれば無難なセンスの持ち主の彼女は、展覧会カタログに助けられてようやく記事をものにした感じである。今回はなぜかワシントン・ポスト紙はマイケル・オサリヴァン記者の記事を掲載している。彼女よりは文章は短いが、語彙は豊富である。ワシントンには、札束にものをいわせて第一次大戦後ヨーロッパの混乱期に美術品を買いまくった大富豪アンドリュー・メロンの寄贈をもとに創設されたナショナル・ギャラリーがあるが、規模は小さくてもフリップ・コレクションも収集家個人の見識がある点で見逃せない美術館である。このフィリップ・コレクションとクレーに思い入れのあるオサリヴァン記者の記事には多少とも救われた気がした。せめてこの程度の記者がいない国に亡命してもクレーは決して幸せではなかったというものである。
「クレーとアメリカ」:いつまでも若く
マイケル・オサリヴァン
6月23日
フィリップ・コレクションの最新の展示会「クレーとアメリカ」は「驚き」の言葉で表せる。旧友にあらためて驚き、再会したのである。
もちろん、スイス生まれのドイツの画家の美学は ―― 遊び心のある線とジャズのような色彩の調和との結合 ―― この美術館にぴったりである。この美術館のマントラは最近の出版物のタイトルで表現されたように、「イズムを超えた芸術」である。これには驚かない。創設者ダンカン・フィリップはクレーの作品13点を所有し、1948年から1982年までクレーの部屋とぴったり同じサイズの部屋で展示していたのである。この話はいい知らせの前半である。すなわち、あのクレーの部屋の再現というおまけがまた付いたのである。この部屋はかってないほどすばらしかった。この部屋のおかげでクレーの芸術は齢を取ってはいなかった。これが最大の驚きであった。ワシントンで育って、私はクレーの部屋をよく憶えている。あごひげに白いものが目立つようになった今も、作品は以前と同じように新鮮だった。
学芸員のエリザベス・ハットン・ターナーは、人形が飛び出して、子供をいつまでもあきさせないジャック・イン・ザ・ボックスを思い出して、クレーの芸術を「びっくり箱」と呼んでいる。今回美術館が「若かりし頃:新たな視点からみた子供の絵」を同時企画としたのは当を得ている。この小企画はクレーと彼のライバルであるパブロ・ピカソの幼児時代のスケッチだけでなく、ワシントンと世界中の現在の子供の絵を展示している。
ピカソが語った有名な話だが、子供の時は「ラファエルのように」描くことができたが、子供のように描けるようになるまでには何年も掛かった。たしかに、クレーの作品には無意識の即興性があり、形の上では子供の絵に似ている。しかしながら、印象深いのは彼の絵の子供のような特性ではない。すくなくともそれだけではない。それよりもわれわれをくり返し喜ぶことのできる子供自身に変えてしまうかれの才能である。
フィリップ・コレクション館長のジョン・ゲイツが言うように、この展示物には、「次々に登場する不思議でイコン風のオブジェ」があるにもかかわらず、クレーの作品には ―― おなじみの作品でも ―― 驚きがある。どのようにして?彼の作品には、ある種固有の、秘密の視覚的語彙を駆使して普遍的統合を達成させる能力にある。
ターナーが両者を「大人と子供」の感受性とよんだものを、混合させる選択の自由性がクレーの絵にはあるようにおもわれ、それがアメリカ精神に共感を呼んだのである。なぜならこの展示会の主題はクレーとアメリカであり、したがってダンカン・フィリップだけではなく、他の収集家、美術館、画家との関係なのである。
ターナーは壁のラベルに注目するように言っている。作品のプロブナンスの一覧にも驚きがあるからである。クレーの作品の所有者の中にはアレクサンダー・カルダーやマーク・トビーがある。いずれの場合もその魅力と影響は明らかである。
クレーの人気の高まりとアメリカへの影響、これが展示会のコンテキストである。アメリカはクレーが生涯(1879−1940)を通じて、格別の関心を示さなかった国である。その結果1920年代の終わりまでアメリカはほとんど彼を無視した。しかし、画家の作品がナチの不興をかい、1930年代スイスに出国せざるをえなかったとき、クレーを救出できたのはアメリカであったともいわれてきた。死に至るまでの十年間、クレーの作品はアメリカで熱烈に展示され、収集された。1930年のMOMAの個展を始めとして(奇妙なことに、私の好きなMOMAの「さえずり機械」はフィリップ展でてんじされずに、カタログにのっているのみである)
年代順あるいは様式別で企画構成されず、彼を支持したのは誰かという観点で展示され、「クレーとアメリカ」は普通の展示会とは違うような気がする。政治や趣味の変化の真実は若干理解しにくい。ダンカン・フィリップが最初は抽象画のファンではなかったが、最終的にはクレーのナンセンスな構成の内容を発見し、認めるようになったかは決して明らかにはされなかった。
しかしクレーはありきたりの画家ではない。フィリップが彼に見出したものはこんなことではないだろうか。すなわち、クレーのマジックは、クレーがその才能によって彼の内なる幼児性に触れたのではなく、彼の作品にはわれわれの幼児性に触れるものがある。
後記:オサリヴァンはMOMAの「さえずり機械」が展示されず、ジェシカ女史は「さえずり機械」が展示されたかのように書いている。二人の素養からしてオサリヴァンの言っているのが正しいみたいだが、これは展覧会カタログをみればわかることである。この食い違いについてワシントン・ポストの釈明があっても良さそうである。
MOMAの「おしゃべり機械」は下記のURLにある
http://www.moma.org/collection/browse_results.php?object_id=37347
さらに後記:
この両者の疑問点でオサリバン氏にメイルをだした。6月27日ちょうど0時頃ワシントン・ポストのオサリバン氏からメイルを受け取った。前回のミズ・ジェシカ・ドーソンの記事では「おしゃべり機械」がワシントンに来ていたかのようにかいてあったが、オサリバン氏はジェシカの間違いであると言ってきた。つまり彼女は展覧会ではなく、展覧会カタログを訪問したのである。まだいい方で最近の記者は現地に行かずにインターネットで記事を書くから、間違いはあっという間に伝染する。現にアメリカではワシントン・ポストの記事を間引いたようなブログ記事が3つばかり出ている。また彼のメイルによると、クリムトで有名になったノイエ・ガレリエでもすでにクレー展があり、これからも各地で展示されるとの話である。クリムトにも間違った記事があった。すぐにニューヨーク・タイムスは修正記事を出した。今回のクレーの間違いは質が違うような気がする。
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「われわれをくり返し喜ぶことのできる子供自身に変えてしまうかれの才能である」なるほどなぁって思いました。前の記事とだいぶ印象が違いますね。
2006/6/27(火) 午前 1:35
この記事は美術批評になっていますね。彼なかなかの文章を描きますよ。ワシントンで催される展覧会の記事を彼が書いたら読もうかと思います。でもアメリカ人が彼の絵をつり上げ始めたら、ちょっと手のとどかない値になりそうで心配です。
2006/6/27(火) 午前 7:41 [ fminorop34 ]