|
7月17日に「バジール・コードの説明」という馬鹿げた記事を投稿した。何のことかわからぬ方で、読んでみてやってもいいという方は左にあるカレンダーで7月17日のところが赤くなっている。そこをクリックしていただければ私の記事が出てくる。
7月17日の投稿では、私が今後怪我をした場合のコードを決めておいた。ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの「包帯をした自画像」は私が転んだりして頭部を怪我したときに、ヴィンセント・コードとして使わしてもらうことにしておいた。上にある有名なゴッホの自画像である。
この絵、さっそく10日後に登場した。期待されていた方には申し訳ないが、私はまだ頭部の怪我はしていない。このゴッホの絵にまつわる面白くもないお話が今日のテーマである。
私はアメリカのヤフー・クラブに籍を置いたことがある。絵のクラブで断然多いのはゴッホのクラブである。日本人だから、日本の美術館にあるゴッホの絵について語ったりするしかない。ヤスダの「ヒマワリ」、広島の「ドービニーの庭」等は話題に出来たが、日本には、ゴッホのコレクションが少ないから投稿ネタが尽きて、今はご無沙汰している。
それとインターネットのクラブでの人間関係は結構難しいものである。いったんこじれると収拾がつかない。ホストの対抗馬が登場して主導権争いが始まったりする。なんの利権が絡んでいるわけでもないのに、頂点に立たないと気の済まない人がかならずいるものである。もめたすえに消滅していくことが多い。それでもヴァン・ゴッホにかぎりクラブはまだあるはずである。
私はゴッホ関係で三つばかり入会と脱会を繰り返したが、日本のクラブよりレベルが低いものが多かったような気がする。ゴッホの耳を切ったのはゴッホ自身ではなくてゴーギャンだという新説も飛び出してきたりする。そういえばゴッホの負傷事件後ゴーギャンはさっさとアルルを出て行った。犯人でないとは言い切れない。ばかばかしいが、私にはこんな説をまことしやかに語りかける語学力はないので、英語の勉強にはなった。
それはともかく、こんな投稿を別のクラブでだが、二度見かけたことがある。「ゴッホが耳をきったのは右か左か、どなたかご存じの方は教えてくれないか。またそれを証明する絵があったら、教えてほしい」という趣旨である。
この質問者は正解を知っていて質問しているのである。一度引っかかれば二度と引っかからないが、さっそく引っかかる人もいる。たとえば上の絵を証拠にして、「ゴッホは右の耳を切ったのだ」という投稿をする人がいる。
正解はもちろん左の耳である。
|
fminorさんは正解を教えながら、謎解きをされないのはちょっといじわるっぽいですね。「一度引っかかれば二度と引っかからない」とおっしゃいますが、なぜ左耳なのですか。是非、教えて下さい。
2006/7/28(金) 午前 0:21 [ suika ]
suikaさんお早うございます。いかがですか。彼の服のボタンがヒントです。
2006/7/28(金) 午前 8:21 [ fminorop34 ]
「ゴッホの遺言」(小林英樹著)という本を読んだことがあります。著者はゴッホが好きらしく「ゴッホの証明」「耳を切り取った男」などを書きました。「遺言」と「証明」は贋作についての新説でなかなか説得力があり面白かったです。ゴッホのクラブがあることを全然知りませんでした。
2006/7/28(金) 午前 11:13
私の住んでいる市の図書館にあれば借りてみようかなと思います。図書館は本を返却できて、狭い家に住んでいる人間にはいいですね。その方は特定の作品を贋作と決めつけたのですか。世界的な美術史の大家ゴンブリッジは科学的手法に頼らずある「ボッティチェリ作」を贋作と見破り、一躍有名になったそうです。
2006/7/28(金) 午前 11:29 [ fminorop34 ]
上の写真以後の自画像は全て左半身のものを描いていますね。左耳もちゃんとある横顔ですね・・・!?式場隆三郎「ヴァン・ゴッホの耳切事件」。
2006/7/28(金) 午後 0:58
「ゴッホの遺言」ではアルルの寝室のスケッチ(テオへの手紙に添えられた)が贋作であると書いていましたが、芸大油絵科卒だけあって分かりやすい説明でした。「遺言」は推理作家協会賞を受賞しているので図書館にあるのではないでしょうか。「証明」では自画像の一枚を取り上げていました。
2006/7/28(金) 午後 1:05
3355さんこれ以降の自画像については知りません。
2006/7/28(金) 午後 1:58 [ fminorop34 ]
贋作作家はひたすら書簡を読んでいる連中で書簡にあるがそれに相当する実物がない場合に活躍すると聞いていましたが、その書簡を贋作するというのは推理作家ならではの考えですね。
2006/7/28(金) 午後 2:03 [ fminorop34 ]
小林英樹という人は画家で作家ではなさそうです。「ゴッホの遺言」では教科書にも載ったことのある(それで私も知っていた)デッサンを透視図法を使って何故ゴッホの作品でないか説明していて、つい納得させられました。文章はちょっとくどかったです。
2006/7/28(金) 午後 4:22
小林英樹氏はずいぶん本を書いていますね。いくら貧しい市でも買わないと市民に怒られるでしょう。一度行ってみます。ちょっとずれますが、以前NHKでゴッホの最後の絵は広島の「ドービニーの庭」かテキサスの「ドービニーの庭」かという話題で登場した人物がいましたが、もしや彼か彼の亜流でしょうか。ご存じありませんか。
2006/7/28(金) 午後 5:42 [ fminorop34 ]
小林英樹氏はNHKに出たことがありました。話題については覚えていませんが「遺言」ではドービニの庭について書いています。
2006/7/28(金) 午後 11:09
お久しぶりです。お元気ですか?---ボタンは左前。ということは、鏡に写った自分を描いたという事なのでしょうか。そうすると必然的に耳は左になるのですね。(あくまでも想像ですが)左手で耳を掴み、右手のナイフで耳を切断したのであれば、彼は右利きということでしょうか?私はゴッホの黄色よりも青い夜空が好きです。
2006/9/1(金) 午後 6:39
元気です。鏡像とは写真が写真館でしか撮れなかった時代、それもモノクロです。一番リアルな自分は鏡に映った自分であるというリアリズムの信念に基づくものかわかりません。
2006/9/1(金) 午後 7:22 [ fminorop34 ]
リアリズムとの関係は無い話しですが、鏡の中の自分というのがはたして本当の自分の姿なのか、鏡の中に続く真逆に映し出される世界は、何処までもRealで、何処までも虚ろな、不思議な場所だと想っています。…こういうことを言う度に「変なの」と言われてしまいますが(笑)
2006/9/2(土) 午後 0:38
たしかにおっしゃるとおりですね。はぐらかすようで申し訳ありません。ゴッホ最後の自画像も鏡像画だと思いますが、たんなる鏡像を超えた本当の自分を表現しているとは思いませんか。提起された問題が難しくて答えになっていないとおもいます。鏡像とリアリストの関係はだれかが論文を書いているかも知れません。一度さがしてみたいと思います。http://cgfa.sunsite.dk/gogh/p-gogh4.htm
2006/9/2(土) 午後 1:49 [ fminorop34 ]
そんな、かえって申しわけありません。御気になさらないで下さい。ゴッホの自画像観て来ました。本当ですね。鏡に映し出されるもの、眼に映るものに止まらず、その奥にあるものが描き出せるかどうかで、人の心に響く作品になるか否かが違ってくるのだと想いました。ゴッホの恐ろしいまでの強い情念に呑みこまれそうになり、そして、淋しさも感じました。
2006/9/2(土) 午後 4:25