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さてバジールの群像画で残るのはルノアールとされている。ルノアールは経済的にも、アトリエの空間でもバジールに頼っており、絵に出てこないはずはない。私もメートル、バジール、マネ、モネはたしかに印象派の絵の解説書にでてくる通りだと思う。階段から話しかける人物と見上げて話しているのはどちらかは分からないが、ゾラとルノアールであることは間違いないと思う。
さて二人は楽しげに話しており、仲が良さそうであり、事実仲は良かったのだろうと思われる。ルノアールがゾラと仲が悪くなる理由は特にない。ではゾラが『オーロール』紙で『私は弾劾する』を発表したときは彼を支持したかというとそうではない。彼は反ドレフュス派である。そもそも彼は公言してはばからない保守主義者である。
私が仕入れた知識はアメリカのフェミニストであり、ニューヨークに拠点を置く女性の美術史家である。左翼というものがすっかりだらしくなり、左翼と言う言葉が死語になりつつある昨今である。
若い人にきいても右翼は街宣カーに乗って日の丸を振っているから、右翼という言葉は死語ではない。では左翼という言葉は具体的イメージが伴わない。しいていえば最後の左翼は女性闘士フェミニストであろう。
彼女によれば、ルノアールは「極右反動分子」である。だいたい女を描きたがる画家、それも理想化して実物よりも美しく描く画家は反動的であると言わんばかりである。そもそも印象派はリアリズムから出発している。現実をありのままに描くことを基本的理念にしている。それでこそ前衛であった。
ルノアールは現実には絶対に目にすることのない川で水浴びする裸の女を描いている。これはリアリズムの理念に反している。彼は18世紀のブルボン王朝の堕落した宮廷画家の末裔である。そういえば上の絵のモデルは労働者階級である。そのモデル達は絹の衣装を身にまとっていないかもしれないが、ルイ王の愛人然とした貴婦人になっている。これをロートレックが描いたムーラン・ド・ギャレットの絵と比べてみよう。
http://cgfa.sunsite.dk/lautrec/p-lautrec3.htm
もちろんルノアールはこんな批判を気にもとめない。女に教育は必要はないと公言してはばからなかった。教育を受けた女はかわいげはないといっている。しかしルノアールは美術学校に入学しようとして女であるがゆえに断られたベルテ・モリゾにも親切であった。19世紀ではこんな発言は許されたし、女から非難されることもなかった。
もちろんユダヤ人を中傷し、フランスという国を滅ぼす民であると言っても非難されなかった。ニューヨークの人達がユダヤ人の悪口を言う場合、あたりを見回し、声をひそめるのとはちがう。ユダヤ人に毅然たる態度を持つ自分をフランスの愛国者であると信じていた。
彼は自分の絵が18世紀のもっともフランス的な伝統の後継者であることを誇りにしていた。たしかにルノアールの絵はリアリズムの教条にのっとってはいない。そこにフランスの画家ルノアール独特の魅力がある。かくしてはじめてゾラと親交があった人から反ゾラ派が登場した。
前回のべたようにほかの印象派で態度を鮮明にした人達の解説はしばらく休ませて頂きます。
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