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見られるものはすべて見尽くし、命令どおりホワイト・ホールに向かった。セント・ジェームス公園に歩いていき、妻、クリード、ウッドと彼の妻にあった。私の船に乗り、上流に行き、火災現場を上り下りした。火はますます大きくなり、風は強くなってきた。出来るかぎり近づこうとしたが、煙のせいでそう近くは行けなかった。テームズ河周辺では、風がつよく顔に吹き付け、火の粉が降りってきて、焼け死にそうである。これは真実である。家屋はこの火の粉で焼けたのである。3件か4軒、いや5軒か6軒は1軒の家の火の粉で燃えたのである。
水の上にはいられなくなって、スリー・クレインの向こう岸のバンクサイドの小さなエール・ハウスに行った。暗くなる頃までそこにいた。火がますます巨大になるのを見ていた。暗くなるにつれ、いっそう町の様子ははっきりしてきた。町角や塔の上、教会と家屋との間がはっきり見えた。はるかシティーの丘までも。バーバリーと夫はどこかに行ってしまった。
暗くなるまで私達はそこにとどまり、火がアーチとなり、こちら側から向こう岸までブリッジをわたり、1マイル以上のアーチになって丘に行くのを見ていた。私は見ていて涙が出た。教会、家、ありとあらゆるものに火がつき、すぐに燃え始めた。炎から出る恐ろしい響き、家が壊れてだす音。
悲しみにくれて家路につくと、家中が火事の話をして嘆いていた。トム・ヘイターが家にあったわずかな家財をもってわが家にやってきた。私はわが家に泊まるように言い、彼の家財を預かった。だが私は滞在中に騙された。
火事が大きくなるにつれ、刻々と新しい知らせがやってきた。そこでやむなく私達も家財を荷造りし、避難に備えた。非常に乾燥しており、月は明るく、暖かい夜だったので、月の光の中で多くの家財を庭に運び出し、ヘイター氏と私は私の現金と金庫を地下貯蔵庫に運んだ。ここが一番安全な場所と考えたからである。
金の袋はいつでも持ち出させるように役所に持ち込んだ。私の帳簿もそこにおいた。貸借の証文だけは箱に入れておいた。サー・W・バッテンは領地から馬車をとばし、家財をもっていったように、私達も非常に恐かった。ヘイター氏は気の毒なので少し寝るように言った。しかし彼はほんの少ししか休めなかった。家財の運び出しで家の騒音がひどかったからである。
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