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1666年9月3日
朝の4時頃バッテン卿夫人からの荷車がとどいて私の現金、皿、その他大事にしていたものをベンドノール・グリーンのサー・W・ライダーに運び込むことにした。そこで私はナイトガウンをきたまま荷車に乗りこんだ。ああ、そこで見たものは、街や道路が、急いで歩く人、乗り物に乗る人、荷車で家財を運ぶ人でごった返していることであった。サー・W・ライダーは友人の荷物を預かる仕事で一晩中ねられずにひどく疲れていた。
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家中家財であふれていた。ほとんどはサー・W・ライダーとサー・W・ペンのものであった。私の大事なものが安全に保管されることで心から安堵した。その後自宅に戻るが、道を見つけるのに非常に苦労し、私も妻も一晩中不眠不休であった。しかしその後も一日中妻も私も家の者も残りのものを運ぶためにおおわらわであった。それをはこぶ艀をトゥカー氏に手配してもらった。私達はそれをタワー・ヒルの向こうまで運んだ。タワー・ヒルはすでに運び込んだ人々の家財でいっぱいであった。タワー・ドックの上流にある次の埠頭で艀に乗ろうとした。
そこで近所の奥さん-----夫人と子供にあった。多少の持ち物もあった。一緒に乗せてあげることにした。 ところが裏口から入ろうにも人々が多くて入れない。ヨーク公がこの日は役所の近くで声をかけてくださった。護衛兵とシティーを巡回して治安の維持のため巡回中であった(彼は司令官であり、すべてを取り仕切っていた)。
今日、メルサーは家にいなかった。彼女の奥様の命令に反して自分の母の所に行ってしまった。妻はあちらに行ってW・ヒュウアーと話しに行き、そこでこの女に会い、怒った。母親は娘は年季奉公の娘ではないし、外出するときはいつもお許しをいただいていますといった。妻が怒るのも無理はない。この女が戻ってきたとき、出て行きなさいと行った。
こうしてメルサーは出ていったが、これには少々参った。私達が今いる状況では、すぐに代わりを得るのは難しいし、すぐにあの娘と同じ能力にするのは難しいからである。夜は役所でW・ヒュウアーのキルトで横になった。全部荷造りしてしまったからである。妻も同じである。昨日の食事の残り物を食べた。火もなければ、皿もない。着変えたくても着るものもない。
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