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しばらくお休みをいただいた『印象派とドレフュス』、今日はドガについて話すことにしよう。あいかわらず要領をえないが勘弁願いたい。事実関係だけで理論的な話は出来ない。
さてこれまでルノアールが保守的であり、反ユダヤ的感情を持っていたことを述べた。それではこれまでの印象派の画家たちの置かれていた環境や芸術に対する、一般的な予想を立てられるだろうか。
ルノアールは前衛的な画家であるようにみえたが、本質的には18世紀のブルボン朝の画家と同じような美学を持っていたといった。
すなわち裸体画を描いている。現実にはわれわれは裸の女を見ることが出来ない。見ることが出来ないものは描かないというリアリズムの精神からかけ離れている。その意味で裸体画を描く画家はリアリストではない。
ドガは裸体画を描いている。ドガは裕福な家系のでであり、他の印象派の連中と異なり、ちゃんとイタリアに行き、本格的な修行をした人物である。ラファエロを研究しており、そのラファエロの19世紀版であるアングルを尊敬していた。その点でもルノアールと共通している。
それではドガをルノアール同様の保守的な趣味の18世紀的な画家といえるであろうか。ルノアールは川で無邪気に水浴する18世紀のフラゴナールを思わせる女を描いた。
http://cgfa.sunsite.dk/renoir/p-renoir45.htm
ドガは川で水浴する女を描いていない。それは彼のリアリズムの理念に反している。そうではなく、室内で入浴する女を描いている。彼は鍵穴から覗かれた女を描いてみせるといったが、まさにドガの裸婦は不用意に覗かれてしまった女である。われわれが裸の女を見る機会はまさにこのような機会に限られる。
http://cgfa.sunsite.dk/degas/p-degas27.htm
また入浴する女についで肌を露出させているのが、洗濯女である。彼女は季節を問わずにアイロンがけをしなければいけない。どうしても薄着になり、風を入れるために窓を開けて仕事をする。薄着の女をのぞきに来る男を承知の上で仕事する女を描いている。この意味でルノアールとはちがう。
http://www.abcgallery.com/D/degas/degas42.html
それ以外にも動きのあるバレリーナやサーカスの女たちを描いている。そして覗かれ、欲望の対象となる女たちを表面に出しながら、実は画面に登場しない男を描いたという点できわめて斬新である。彼は近代的なリアリストである。
http://www.abcgallery.com/D/degas/degas24.html
また彼はアブサンを飲む隣り合わせの男女を描いている。この二人の間には何の会話もなければ、互いに通い合う心もない。ただ二人は別々の事を考えている。都会の孤独を描いている。リアリズムの傑作である。
http://www.abcgallery.com/D/degas/degas17.html
この絵はゾラのリアリズム小説の傑作「居酒屋」のペンギン・クラシックの表紙画になっている。まさに適切な表紙である。女主人公ジェルベーズはアルコールに溺れて転落していき、最後にはのたれ死にしている。
あるいはペンギンの版によっては、ジェルベーズが洗濯女だったことからアイロンがけをしている女が表紙になっているのもある。
ドガとゾラという二人のリアリスト、現在の出版者の編集ではきわめて親密な関係にあるように見える。これは大いなる皮肉であり、事実に反している。
ドガは裕福な人であり、裕福なユダヤ人に親しくしていた家族があった。ドレフュス事件がそれを一変させた。家族とは一切口をきかなくなった。ゾラがドレフュスを擁護しだすと、ますます頑なな反ドレフュス、反ユダヤ主義者になった。
あるエピソードによれば、ドガがモデルを描いていた。モデルが何かの拍子にドレフュスの有罪はおかしいといったところ、ドガは「とっとと出て行け、この売女め!」とさけんで追い出したという。
私がよんだ美術史の本では、ドガの反ユダヤ主義を、ユダヤ人の社会的・経済的地位の上昇対する自己の社会的転落の被害妄想で説明しようとしていたが、どうも説得的ではなかった。
なおこの稿を書く前にウェッブを見直してみたが、気になることがあった。彼の一族は銀行業を営んでおり、この銀行がつぶれたとしている。銀行家であるのは確かだが、この時期に倒産したというのは初耳である。
私の知識、記憶は不確かであるが、私が読んだ美術史の本にはふれていなかったと思う。そうであればまことに単純な話であり、あれこれ議論するまでもない。ドガの反ユダヤ主義を説明しようとして、勇み足をしたのではないかと思う。インターネットの影響力は美術史の本とは比べもものにならないので、一度調べ直してみよう。
上の絵はドガがパリの証券市場を描いた絵である。彼の公然たる反ユダヤ主義からしばしば取り上げられる絵である。策謀をめぐらし、フランスの国益など眼中にない陰険なユダヤ人を意識的に描いた絵とされる。
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はじめまして!履歴からお邪魔しました。とても難しい内容ですが興味をそそられますので、ゆっくり時間をかけて拝見させていただきます。私の主人はドイツ人でエンジニアですが、美術・音楽にもかなり詳しいんですよ。時々二人でクラシカルミュージックを楽しんだりもします。
2006/9/12(火) 午後 3:46
こちらこそ。独りよがりのブルグです。ご主人様にもよろしく。ずいぶん昔になりますが、ドイツには合計2ヶ月滞在しました。
2006/9/12(火) 午後 3:56 [ fminorop34 ]
加島祥造さんの「伊那谷の老子」を読みました。あなたのことが思い出され訪れました。
2006/9/12(火) 午後 9:42
3355さん今晩は。加島祥造さんと言う方は全く知りませんでした。いずれにしても普通の外国文学者は一生自分の専攻を勉強し続けますが、一流の外国文学者が東洋に回帰する例が多いので、興味あります。読ませて頂きます。ご紹介有り難うございました。それとべつでしょうが、老子がアメリカで流行っているのかなと思われる記事を読んだことがあります。ハーバード出の人が注目すべき中国の思想家として取り上げていました。
2006/9/12(火) 午後 10:06 [ fminorop34 ]
加島さんは翻訳家です。英訳と漢詩の間を彷徨っておられます。あなたにすごく似ていたものですから。私の想像の世界で。加島さんは朝日文庫にあります。
2006/9/13(水) 午後 11:25
3355さん今晩は。そうですか。私は外大の先生かか英文学部の先生だった人かなと想像しておりました。一度読ませて頂きます。私はかさばる美術書の本で狭い家の書架を一杯にしてしまった単なる道楽者です。経済的な理由だけではなく、本は買えないのです。でも文庫本のスペースはあります。その方が老荘の世界的権威になられるといいですね。中国人が頼りにする中国研究者が、英国人が頼りにする英文学者が日本にはいると聞いています。
2006/9/13(水) 午後 11:52 [ fminorop34 ]
同じように、日本文学や日本の芸術の、卓越した研究者が欧米におられますね。私もあまり家に在庫しないようにしております。図書館が私の本箱です。本屋さんは私の図書館です。
2006/9/15(金) 午前 2:00
まったくおっしゃるとおりです。ですが、首都圏に住んでみえる3355さんと違って、私の住んでいる所は図書館も本屋さんも零細です。
2006/9/15(金) 午前 9:04 [ fminorop34 ]